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第66話:旅立ち その4

 ラヴァル廃棄街を旅立って三日目の夜。


 旅の道程は、レウルス自身驚くほどに問題なく過ぎていった。

 強いて問題を挙げるとすればエリザの体力が少ないことと、街道を警備する正規軍と会う度にジルバが恐れられていたことぐらいである。


 街道で武装を整えた正規軍とすれ違うこと三回。その度に相手はジルバを知っており、下にも置かない態度で接してきた。ジルバは大したことがないように振舞っているが、実際のところはかなり有名らしい。


 街道脇の『駅』に入り込んだレウルスは、前の利用者が残していったのだろう石で組まれた即席の竈に薪を放り込む。夏場のため寒くはないのだが、日が落ちると視界がほとんど見えなくなるため光源として用意したのだ。

 夜空には半月が浮かんでおり、完全に視界が閉ざされているわけではない。それでも明かりがあるのとないのとでは大違いである。

 火を焚きながらも、時折薪を放り込む以外は『駅』の外に視線を向けた。街道は遮蔽物がほとんどなく、遠くからでも火を焚いているのが丸見えだからだ。


 エリザは歩き通しで疲労が溜まっており、気を抜けば眠ってしまいそうである。うつらうつらと寝ぼけ眼で頭を揺らし、時折大きく頭を揺らしては慌てて顔を上げるといった動作を繰り返していた。

 吸血鬼ならば夜に強そうだが、吸血種のエリザは普通の子どもらしく疲れれば夜だろうと昼だろうと眠ってしまう。


「エリザ、眠かったら寝ていいからな?」

「……んぅ……眠く……ない……」


 そう言いつつも既に意識が半分眠っているらしく、レウルスが優しく肩を押すとそのまま地面に転がって寝息を立て始める。そんなエリザの姿に苦笑すると、レウルスは声を小さくしてからジルバに話を振った。


「ジルバさんって本当に顔が広いですよね……」

「若い頃からマタロイのあちこちを旅していたのですが、街道で魔物を倒したり野盗を捕らえたりしている内に自然とこうなりまして……いやはや、若い頃の“やんちゃ”が今になっても知れ渡っているようで恥ずかしい限りですよ」


 そう言って朗らかに笑うジルバだが、話を聞いた限りでは今でも近隣の教会の要請を受けては飛び回っているのだ。若い頃だけでは済まず、現在進行形で勇名を馳せているのだろう。


(実際に戦ってるところは見たことがないけど、俺が取り逃がしたグレイゴ教徒だけじゃなくて別動隊も全部一人で仕留めたらしいしな……)


 普段の立ち振る舞いからして、只者ではない雰囲気が漂っている。長年に渡って街道を通る度に“掃除”をしているとなれば、精霊教徒であることを差し引いても有名になって当然だと思われた。


「へぇ……マタロイのあちこちに行ったんですか。マタロイの外は?」

「国外も何度か行きましたね。ただ、そこまで面白いこともありませんでした。結局は生まれ育った国が一番だったと思うばかりですよ」


 さすがに疲労を感じて眠気覚ましに雑談をするレウルスだが、ジルバは疲労を感じさせない様子で元気そうだ。


 ここに来るまで、夜になる度に交代で仮眠は取っている。しかし屋外かつ有事の際にはすぐに起きる必要があるため、安心して眠ることはできなかった。


 エリザは体力が少なく、『強化』も使えないため、夜は見張りに参加させず眠らせている。レウルスとジルバが交代で不寝番を行い、周囲の警戒を続けるのだ。

 エリザが不寝番に参加できないため、あと一人同行者がいれば二交代ではなく三交代で不寝番を変わることができた。

 しかしそれは今更の話であり、レウルスは眠気覚ましとして干し肉を齧り始める。何の肉かはわからないが、ナタリアが持たせてくれた食料の中に入っていたのだ。


「ジルバさんも食べます?」

「ありがとうございます」


 背中合わせに座っているジルバに干し肉を差し出すと、ジルバは頭を下げてから受け取る。そしてレウルスと同じように齧り、ところどころに雲がかかった夜空を見上げた。


「この空模様なら明日も晴れですね。特に何もなければ昼頃にはマダロに到着するでしょう」

「もうそんなところまで来ましたか……あっという間でしたよ」


 魔物にも野盗にも遭遇しなかったため、ひたすら歩くだけだった。旅の途中でジルバから色々と教わったが、その時間も歩き続けていれば今日中に到着していたのかもしれない。


「魔物にすら遭いませんでしたからね。エリザさんの力に感謝いたします。魔物の方から避けてくれるなど、旅をする者にとっては何より貴重な力ですよ」

「魔物を食べたい俺としては、素直に喜んでいいか迷いますけどねぇ」


 腹を満たせるだけでなく、『熱量解放』に回す分の魔力を蓄える意味もあるのだ。それでも、安全に旅ができるのだと思えば文句は言えない。


「でも、中級以上の魔物にも通じるかはわからないんですよね。中々遭遇しないんですが、中級以上の魔物って数が少ないんですか?」


 今までレウルスが遭遇したことがある中級以上の魔物といえば、キマイラだけである。それ以外は強くても下級上位の魔物であり、もしかすると中級以上に分類される魔物は希少なのかもしれなかった。


「下級の魔物と比べればかなり少ないですよ。そうですね……中級の魔物でも下級の魔物百匹に遭う間に一匹遭うかどうか、というぐらいでしょうか?」

「少ないですね……上級の魔物は?」

「上級の魔物はそのほとんどが縄張りを持っていまして、その縄張りに近づかなければまず遭遇しません。それに、上級ともなると相応に知性が高く、いきなり襲ってこずに話しかけてくることもあります」


 それはジルバの経験に基づく話なのだろう。


 前世で遊んでいたゲームなどで例えると、フィールド上でエンカウントする魔物のほぼ100%が下級の魔物で、1%以下の確率で中級の魔物が襲ってくる、といった感じだろうとレウルスは考えた。


(でも、キマイラクラスの魔物と1%の確率で遭遇するって考えたら割と怖いな……上級の魔物は“それっぽい”場所に近づかなければ遭うこともないのか)


 もちろん、何事にも例外はあるだろう。そもそもの話、奴隷としてシェナ村から売り払われて最初に遭遇したのが中級上位の魔物であるキマイラだったのだ。確率など当てにならないとしか言えない。


「一応聞いておきますけど、この近くに上級の魔物の縄張りがあったりしませんよね? 知らず知らずのうちに足を踏み入れてたら死にそうなんですけど……」


 用心のために、一応確認しておこう。そんな軽い気持ちで尋ねたレウルスに対し、ジルバは音を立てながら振り返って驚きの視線を向けた。


「……御存知ないのですか?」

「えっ?」


 あまりにも予想外な反応に、レウルスも振り返る。自分を驚かせるための演技だろうかと思ったレウルスだったが、ジルバの表情は極めて真剣だった。


「この国……いえ、この大陸に住む者ならば一度は聞いたことがあると思ったのですが」

「ちょっ、なんですかその前振り。怖いですよ。冗談……ですよね?」


 何かいるのか。そう思って唾を飲み込むレウルスに対し、ジルバは地面に指を滑らせ始めた。


「かなり大雑把ですが、これがカルデヴァ大陸だと思ってください」


 そう言って、紅葉の葉と正方形の中間のような絵を描くジルバ。さらにその地図に線を書き込むと、一つ一つ指さす。


「こっちがマタロイ、こっちはベルリド、こっちはラパリ、それとこちらがポラーシャとハリストです」


 いくつかは聞いたことがある国名だった。そのためレウルスが頷くと、ジルバは地図の中央を指で突く。


「そしてここ……カルデヴァ大陸のほぼ中央ですが、ここに有名な上級の魔物がいます」

「……この地図が間違ってなければ、マタロイとベルリド、それとラパリの国境に見えるんですが」


 カルデヴァ大陸の南西方面を除くと、残りの方角を三分割する形で先の三ヶ国が占めているようだ。ラパリが一番大きく、カルデヴァ大陸の三分の一に近い大きさがあった。


 マタロイがラパリの八割程度の大きさで二番目、そしてベルリドがラパリの半分程度の大きさで三番目である。


 そして、その三ヶ国――特にラパリとマタロイはジルバが示した大陸の中央付近を境にして国が分かれていた。ベルリドも国境が接しているようだが、他の二国と比べればその割合は非常に少ない。


「ええ、間違っていませんよ。その三ヶ国はそれぞれがここ……ヴェオス火山に国土を接しています」

「ヴェオス火山……」


 初めて聞く地名だった。同時に、嫌な予感を覚える地名だった。


(火山……上級の魔物……それも、でかい三つの国が国境を接しているのに“動けなくなる”ぐらい強い?)


 そこまで考えたところで、レウルスの脳裏に過ぎるものがある。それは精霊教師であるエステルから聞いた、上級の魔物に関する話だった。


「話の流れから考えると……ここにいるんですよね?」

「はい、いますね」


 ――火龍が。


 その言葉は、自然と掠れるような小ささになっていた。


 属性龍とも呼ばれ、確実に上級に分類される魔物である火龍。その字面だけで強大さが想像でき、レウルスは自然と身震いしていた。


「……あれ? あの、ちょっと待ってください……マダロってどこにありましたっけ?」


 そして、レウルスの思考は“とある危険性”を思いつく。縋るようにジルバに尋ねると、ジルバは無言で地面に描いた地図を指さした。

 カルデヴァ大陸の北東に位置するマタロイの南部、ラヴァル廃棄街から“南東”に向かった先に、マダロは存在する。


 ――ジルバが指で示した場所は、ヴェオス火山に近かった。


(うっわ……今からラヴァル廃棄街に帰ったら駄目かな……なんかもう、嫌な予感がヒシヒシと――)


『ぎゃあああああああああああああぁぁぁっ!?』

「うおっ!?」


 思わず依頼を放棄してラヴァル廃棄街に帰ろうと考え始めたレウルスだったが、その思考を引き裂くように悲鳴が聞こえてその場で飛び跳ねる。

 聞こえた悲鳴は遠くからだったが、その声の大きさと悲痛さは断末魔のようだった。


「び、ビックリしたぁ……野盗の襲撃ってわけじゃなさそうですけど」

「他に旅人がいて野盗に襲われたのかもしれませんね……おそらくですが、悲鳴の響き方から考えて200メルトほど離れているかと」

「そんなのもわかるんですか……んっ?」


 どうやれば距離までわかるのかと思ったレウルスだったが、自身の勘に引っかかるものがあった。


「あー……多分、魔物が出ましたね。距離があるから詳しくはわからないですけど、魔力を感じますよ」


 距離が離れているからか弱々しく感じるが、ジルバの推測が正しければ200メートル離れていても魔力を感じる相手だ。キマイラのような禍々しさはないが、少なくとも弱い魔物ではないだろう。

 レウルスはエリザを起こすべきか迷ったが、様子を見に行くにしてもこの場に残るにしても、即座に行動できるよう準備する必要がある。


「話してた傍から中級の魔物か? エリザ、起きてくれ」

「ぁん……ぅ……寝ぇない……寝てないぞ……」


 レウルスが軽く肩を揺すると、眠りが浅かったのかエリザはすぐに目を覚ます。若干舌足らずだったが、本人が言うからには完全に寝ていたわけではないのだろう。


「敵かもしれない。起きろ」

「……敵!? ど、どこじゃ!?」


 再度声をかけると、眠気が吹き飛んだのかエリザは慌てた様子で周囲を見回す。


『ガアアアアアアアアアアァァッ!』


 すると、遠くの方から獣の咆哮が上がった。それを聞いたレウルスはジルバと視線を交わす。


「やっぱり魔物か……エリザの力の範囲外ですけど、こっちに来なかったのは警戒したからですかね」

「そして旅人か野盗かはわかりませんが、離れた場所にいた人が魔物に襲われている……と」


 このまま放置しても良いが、200メートル近く離れていても魔力が感じ取れる相手である。様子を確認する必要があるだろう。


「私が先行します。レウルスさんはエリザさんを守りながら追ってきてください」

「了解」


 手短かに方針を告げ、ジルバが駆け出す。そして『駅』の柵と空堀を軽々と飛び越えると、悲鳴と魔物の咆哮が聞こえた方向へ向かった。

 レウルスはエリザを抱きかかえると、ジルバの後を追うように駆け出す。そして一メートルの木の柵を飛び越えて空堀に着地すると、ジルバの身体能力に内心で舌を巻きながら魔力を感じる方向へ駆けた。


(一体どんな魔物がいるのやら……)


 そんなことを考えながら街道を逸れて森の中に飛び込み――遠くに見えた“その姿”に息を飲んだ。


「……なんだ、あれ」


 ――そこにいたのは、四本腕の巨大な熊だった。

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