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第63話:旅立ち その1

 精霊教徒のジルバ――彼は四十歳前後の男性である。


 短く切り揃えた白一色の髪に、真っすぐ伸びた背筋。ドミニクと大差ない身長は細身ながらも鍛え上げられ、しっかりとした体の“厚み”が見て取れた。

人を安心させる笑みを浮かべ、柔らかい物腰は聖職者に相応しいものだろう。上下とも真っ黒の服で身を包み、女性らしきレリーフが刻まれた首飾りを下げている。ジルバが崇める大精霊を象った首飾りだ。


「おはようございます、レウルスさん、エリザさん」


 にこやかに微笑みながら挨拶をしてくるジルバに対し、レウルスは我に返った。あまりにも予想外の助っ人の登場に、軽く意識が飛んでいたらしい。


「おはようございます……」

「おはようございます、なのじゃ」


 挨拶を返しつつジルバの足元を見てみると、革製のリュックが一つ置かれている。年季が入った頑丈そうなリュックは大きく膨らんでおり、旅支度が整っていることを知らせていた。

 レウルスは思わずナタリアの姿を探す。もしかしたら助っ人が来るかもしれないと聞いてはいたが、相手がジルバとなると色々と問題があるだろう。


「おはよう、お二人さん。旅立ちに相応しい良い天気ね?」


 レウルスがナタリアを探していると、相手の方から近づいてきた。それに気づいたレウルスはナタリアとの距離を詰めると、耳元に顔を寄せて小声で尋ねる。


「なあ姐さん、精霊教徒のジルバさんが冒険者の依頼に首を突っ込んでいいのか? 町の方針とか大丈夫なのか?」

「普通ならそうなのだけどねぇ……」


 レウルスが心配しているのは、“外部”の勢力である精霊教の力を借りて良いのかという点だった。


 完全な独立独歩とは言えないが、ラヴァル廃棄街は極力外部の介入を忌避する傾向がある。その点から考えるとジルバが同行するのは不都合なはずだ。

 顔が広いと思わしきジルバが同行してくれるのならば頼もしいが、自分たちが受けた依頼が原因で精霊教に借りを作るのは避けたいレウルスである。


「今回に限っては問題ないわ。ジルバさんの目的地はマダロ廃棄街ではなくマダロなの。ジルバさんは“別口”からの依頼でマダロに行くらしくてね……丁度良いから一緒に行きましょう、という話なのよ」

「……本当に?」


 何か裏事情が隠れていないか、と疑わしげにナタリアを見つめるレウルス。そんなレウルスの疑問も当然のものと受け止め、ナタリアは苦笑を浮かべた。


「今回は“偶然”が重なったのよ。だから町と精霊教の間で貸し借りもないわ」


 ナタリアがそう言うのならば納得するしかない。そうやってレウルスとナタリアが言葉を交わしていると、穏やかな笑みを浮かべたジルバが会話に入ってくる。


「マダロの教会から、マダロ周辺の魔物が活発化していると報告を受けましてね。その助勢に向かおうと思っていたのですが、ナタリアさんから旅の道中安全に移動できる方法があると聞きまして」

「……姐さん? 中級以上の魔物に通じるか検証できてないって言ったよな?」


 どうやらエリザの“魔物避け”を餌にしてジルバを釣ったらしい。だが、すべての魔物に効果があるかはわかっていないのだ。これで魔物に襲われたらただの詐欺である。


「もちろんその点は言い含めてあるわ。それでも下級の魔物と遭遇しないだけでもかなり安全になるのよ?」


 ナタリアはきちんとその辺りの説明を行っていたようだ。それを聞いてジルバが受け入れたのならば、あとはジルバ側の責任ということなのだろう。


「私一人で赴くつもりだったのですが、レウルスさんとエリザさんがマダロ廃棄街に用があると聞きましてね。同行させてもらえればと思った次第です」

「ジルバさんは旅慣れているから、色々と教わってきなさいな。坊やたちは魔物の脅威を減らし、ジルバさんはその対価に旅の知識を教える。どう? これなら文句もないでしょう?」


 持ちつ持たれつ、貸し借りなしで協力し合おうという話らしい。旅慣れているのならばこれ以上心強い相手もいないだろう。


「俺もエリザもまともな旅はしたことがないしなぁ……文句がないどころか大助かりだよ」


 レウルスもエリザも、魔物や人間に追われて逃げた経験はある。しかしそれは旅というには程遠く、経験者が同行してくれるのならば文句などなかった。


「私は近隣の教会からよく呼ばれますので、これでも旅慣れていると自負しています。下級の魔物が寄ってこないだけでも助かりますし、色々とお教えできることもあるかと」


 そこまで言って、ジルバは笑みを深める。


「それに、レウルスさんは精霊教の“客人”ですからね。私の方に用件がなくとも喜んで同道しますとも」

「……ありがとうございます。助かります」


 非常に好意的に接してもらえるのは嬉しいが、相手がジルバとなるとレウルスも畏まらざるを得ない。素直に頭を下げて感謝すると、ジルバは鷹揚に頷いた。


 そういえば、初めて精霊教の教会に行った時も留守にしていたな、とレウルスは思い出す。どうやらジルバは近隣の町や村にある教会の要請を受け、飛び回っていたらしい。

 その結果として旅慣れたのだろうが、一体どんな用件で飛び回っていたのか。それは聞かない方が良いのだろうと判断したレウルスは曖昧に笑うのだった。








 同行する相手がジルバとわかったレウルスは、ジルバを誘って冒険者組合の一角で腰を落ち着けて旅の計画を練っていた。旅の計画と言っても、すぐに出発するため最低限の事前確認だが。


「今回はマダロ廃棄街までですから、おおよそ五日ほどの道程になると思います。途中で一度も魔物に襲われず、警戒も最低限で良いのなら三日から四日程度で到着しますが……ここは五日としておくべきでしょうね」


 旅の最中、何があるかわからないのだ。ジルバの説明を聞いたレウルスはそれもそうだと頷く。


「私は『強化』が使えますし、レウルスさんも似たようなことができるそうなので五日としています。もしも『強化』が使えないなら倍の十日近くかかると思ってください」

「エリザはついてこれないでしょうけど、その時は俺が抱えますからなんとかなりそうですね」


 最短で三日程度だが、エリザの足の遅さを考慮すると当初の五日というのは妥当なのだろう。レウルスがエリザの分の荷物を持つなり、エリザ自体を抱えるなりすれば足の遅さもカバーできるはずだ。


「街道を使いますから足場も悪くないでしょう。疲れた場合は私もエリザさんを背負いますので、その時は遠慮なく言ってください」


 ジルバがそう言うと、当のエリザは引きつった顔になりながらレウルスの背後に隠れた。遠慮をしているというのもあるのだろうが、ジルバが怖いらしい。


「こらエリザ、ジルバさんに失礼だろう? これからの旅でお世話になるんだから、ちゃんとしろ」


 レウルスはエリザの首根っこを掴んで持ち上げると、自分の隣に座らせた。すると、それを見たジルバは楽しそうに笑う。


「はっはっは。どうぞお気になさらず。何故か教会の子どもたちも似たような反応をするので、慣れております」

(子どもって正直だしな……)


 単純に、ジルバが怖いのだろう。ジルバは大抵笑顔を浮かべているが、レウルスとしても近寄りがたい凄みを感じるのだ。


「む、むぅ……ごめんなさい」

「はい。素直で結構なことです。エリザさんは良い子ですね」


 レウルスに促されてエリザが謝罪すると、ジルバは微笑ましそうな顔をする。


「それでジルバさん、目的地に到着するまでの日数はわかったけど、食料とかはどうするんですか?」

「必要最低限にします。本当ならその場その場で集める方がいいんですけどね……匂いに敏感な魔物もいますから、下手すると数キルト先からでも寄ってくるんですよ」


 数キルト――数キロメートル離れていても匂いを嗅ぎつけて魔物が寄ってくるらしい。それでも、今回はエリザがいるためある程度は食料を持っていても大丈夫だろう。


「今のところ下級の魔物ならエリザの傍に寄って来ませんし、少しは余裕を見て持っていってもいいのでは?」

「そうですね……少しぐらいなら増やしてもいいですが、旅というのは極力身軽にしておく必要がありますから。ナタリアさんがその辺りは上手く調節してくれるでしょう」


 そう言ってジルバが受付の方に視線を向けると、そこにはレウルスとエリザ用のリュックに荷物を詰めているナタリアの姿があった。慣れた手際で荷物を詰めるナタリアに、レウルスは意外なものを見た気持ちになる。


「食料に水、野営の道具。それに替えの服と雨避けの布、そして路銀があればどうとでもなります。この時期なら防寒具もいりませんし、旅をするには楽な時期と言えます」

「なるほど……」

「暑いので水分をこまめに取る必要がありますが、マダロ廃棄街に向かう途中にある水場も把握していますからね。水が足りなくなることもないでしょう」


 どうやら本当に旅慣れているようだ。レウルスとしても非常に心強かった。


「注意するべきことがあるとすれば、武器には鞘を……レウルスさんの場合は布でいいので巻いておいてください」

「それは何故です?」


 鞘と言われても、ドミニクから譲られた大剣にそのようなものはない。布を巻くだけで良いと言うが、魔物に襲われた際に手間取るのではないか。


「各地を巡回する兵士が見咎めるからです。今回は私が同行するので“どうとでもなります”が、兵士の方々は魔物だけでなく野盗の討伐も任務としています。余計ないざこざは避けるに限りますから」

「……わかりました」


 兵士に文句を言われることよりも、ジルバがどんな行動に出るかわからなかったためレウルスは素直に頷いた。


「というか、街道に野盗が出るんですか?」


 冒険者が使う獣道のような場所で襲ってくるならばまだしも、兵士が巡回する街道で襲ってくるのは無謀な気がする。そんな疑問をぶつけるレウルスに対し、ジルバは苦笑して眉を寄せた。


「街道は比較的安全ということで、商人の方が通りますからね……もちろん彼らも護衛を用意しているのですが、下手するとその護衛が野盗とつながっていることもあるんです」

「それはまた……」


 殺伐としているな、という感想をレウルスは飲み込んだ。野盗とて生き抜くために知恵を絞っているのだろう。油断はできず、その脅威が自分達に降り注がないとも限らない。


「事前の注意点としてはこんなところでしょうか。あとは旅の途中に説明するということで……」

「はい、ありがとうございました」


 視線を向けてみると、既にナタリアの準備も終わっていた。目的地であるマダロ廃棄街の現状がどうなっているかわからないため、準備が整った以上はすぐに旅立つ必要がある。


「準備をしてくれてありがとう姐さん。早速だけど行ってくるよ」


 レウルスは席を立ち、ナタリアの元へと歩み寄った。すると、ナタリアはリュックは別に布袋を差し出す。


「……これは?」

「『魔計石』と依頼の受託書を入れてあるわ。『魔計石』は坊やへの贈り物で、受託書はマダロ廃棄街の冒険者組合に到着したら渡してちょうだい」


 そう言われて布袋を開けてみると、中にはガラスのように無色の鉱石と封蝋が施された手紙が入っていた。


「『魔計石』って言うと、魔力の量がわかる石だっけ?」

「おおまかにだけどね。坊やとお嬢さんは自分の魔力量が正確にわからないし、ある程度でもわかった方がいいでしょう?」


 レウルスが『魔計石』を取り出してみると、徐々に色が変わっていく。無色から紫、藍と変わり、薄い青色に染まったと思うと色の変化が止まった。ここ三ヶ月ほどの“食事”である程度は魔力が溜まっているらしい。


 かつて『魔力計測器』で何度か魔力を測ったが、その時はいずれも『熱量解放』を使った後で魔力が切れていた。こうして『魔計石』に触るだけである程度とはいえ魔力量がわかるのは、レウルスとしてもありがたかった。

 色の変化を確認したレウルスはエリザに『魔計石』を渡すと、濃い藍色に変化する。


「『魔力計測器』で言うと坊やは50、お嬢さんは30ってところかしら。なるべく魔力を溜めておきなさい」

「数字を言われてもどれぐらいかわからねぇ……多いのか?」


 魔法に関してはそこまで詳しくないのだ。レウルスが首を傾げていると、ナタリアは大きくため息を吐いた。


「坊やの方はシャロンを超えてるわ。その魔力量を『強化』に回すんだから強くなるのも当然よね」

「……マジで?」


 いつの間にか魔力量だけで言えば先輩冒険者であるシャロンを超えていたらしい。ただし、『熱量解放』を使えば急速に魔力を消費するため、これでも多いかどうかわからなかったが。


「これからは頻繁に確認して、何を食べたらどれぐらい魔力が増えるか調べておきなさい」

「あいよ。それじゃあそろそろ出る……ん?」


 不意に冒険者組合の中が静まり返る。それに気づいたレウルスが振り返ると、冒険者組合の扉が開いて何者かが中を覗き込んでいた。


「……コロナちゃん?」


 扉を少しだけ開け、顔を覗かせていた人物――コロナに気づいたレウルスは目を丸くする。一体何事かと思って駆け寄ると、コロナは恥ずかしそうにはにかんだ。


「お、お邪魔します……レウルスさんとエリザちゃんに渡したいものがあったんですけど、思ったよりも注目されちゃって……」

「渡したいもの?」


 何だろうか、とレウルスが不思議そうな顔をしていると、コロナは布包みを差し出す。


「お弁当です。今日のお昼に食べてください」

「――――」


 ズキン、と僅かに頭が痛んだ。レウルスはその痛みが何なのか努めて無視すると、笑顔を浮かべた。


「おやっさんが作ったのか? それともまさか、コロナちゃんが作ってくれた?」

「……わたしです。お父さんの料理と比べたら美味しくないと思いますけど、一生懸命作ったんですよ?」


 そう言って、恥ずかしそうに微笑むコロナ。レウルスは両手で弁当箱を差し出すコロナを見ると、その両手に自身の両手を重ねた。


「ありがとうな。ありがたく食べさせてもらうよ……しばらくコロナちゃんの顔を見れなくなるのが残念だ。味の感想は帰ってきてから言わせてもらうからな?」

「はい……レウルスさんもエリザちゃんも、気を付けてくださいね? 無理をしないで、絶対、絶対に帰ってきてくださいね? お弁当の感想を聞かせてくれるの、待ってますからね?」


 心からの心配を込めて、コロナが言う。その心遣いが嬉しかったレウルスは、コロナの両手を握る己の手に力を込めた。


「なあに、心配はいらないって! 初めての旅だけど心強い助っ人がいるからな! コロナちゃんは土産を期待して待っててくれよ?」

「……はいっ。期待しちゃいますね?」


 レウルスの言葉を信じたのか、最後には悪戯っぽく笑う。


 そんなコロナの笑顔に見送られ、レウルス達はラヴァル廃棄街を後にするのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] コロナちゃんは正妻 かわいい 女神
[良い点]  私はこの物語を、他のなろう利用者のブックマークを切欠に読み始めています。今の時代ならコロナちゃんの名前は別だったんだろうなぁと思いながら、登場する度に感じます。具体的に言うと、以前なら音…
[良い点] 助っ人がもはや主戦力(笑)
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