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第62話:救援依頼

「はぁ……」

「あー……」


 レウルスとエリザがため息を吐く音が、ドミニクの料理店で重なって響く。

 新築の家には客をもてなすための道具もなく、さすがに立ち話も何だからということで移動したのだが、レウルスもエリザも死んだ魚のような目をしながらテーブルに突っ伏している。


 そんなレウルスとエリザに近づく人影があった。レウルスが視線を向けてみると、そこには一人の少女が立っている。


 歳はレウルスとそこまで変わらず、十五歳前後の女性とも少女とも言えない年頃。真っ直ぐな亜麻色の髪を背中まで伸ばし、小さく揺れている二つ結びのおさげが見えた。おさげを留めているのは以前レウルスが贈った桃色のリボンである。

美人というよりも可愛い顔立ちであり、優しさと儚さが同居した少女だ。


 少女――コロナは微笑みながらレウルスとエリザの目の前に陶器製のコップを置く。


「どうぞレウルスさん、エリザちゃん」

「ああ……ありがとうコロナちゃん」

「助かるのじゃコロナ」


 コップに注がれていたのは、果汁を加えた水だった。暑さで汗ばむ季節にはありがたく、レウルスとエリザは礼を言ってコップに口をつける。


「ナタリアさんもどうぞ」

「あら、ありがとうコロナちゃん。ドミニクさんもごめんなさいね。営業準備中にお邪魔しちゃって……」

「まったくだ……と言いたいところだが、今回は目を瞑ってやる」


 ナタリアが視線を向けたのは、厨房で料理の仕込みを行っている男性である。


 外見だけで判断するならば四十歳に届くかどうか。180センチ近い長身に、筋骨たくましい肉体が特徴的だった。

 コロナと同じ亜麻色の髪を角刈りのように切り揃え、厳つい顔立ちで包丁を振るう姿は明らかに堅気の人間ではない。


 それもそのはず、男性――ドミニクはかつては上級下位まで到達した冒険者でもある。


 今では冒険者を引退して料理店を営んでいるが、有事の際には頼れる戦力であり、ラヴァル廃棄街でも広く知られている人物だ。

 ドミニクはラヴァル廃棄街にたどり着いたものの空腹で行き倒れたレウルスをコロナと一緒に救い、レウルスの為人(ひととなり)を見極めてから冒険者として推薦した。レウルスにとっては命の恩人であり、冒険者時代に使っていた大剣を譲ってくれた相手でもある。


 ドミニクとコロナに対しては普通に声をかけるレウルスとエリザだったが、ナタリアには嫌そうな顔を向けていた。

 新居が完成し、これから新たな生活が始まるという矢先で“難題”を運んできたのである。喜んで歓迎しろという方が難しいだろう。


「はぁ……って、拗ねるのはこれぐらいにしとくか。それで? 姐さんがわざわざ出向いてまで依頼を受けるよう言うんだ。よっぽどのことがあったんだろ? 早速内容を聞かせてくれ」


 それでも心から拗ねているエリザと違い、レウルスはため息一つで意識を切り替えた。

 冒険者組合で受付を務めるナタリアは何だかんだで多忙であり、余程のことがなければ外に出てくることもないはずだ。それだというのに、人を寄越すのではなく自分で足を運んだのである。


 そんなレウルスの問いかけに対し、ナタリアは口を開くよりも先にコロナへ視線を向けた。すると、コロナは頷きを返して二階の自室へと向かう。機密というわけではないが、コロナに聞かせる必要がない話なのだろう。

 ただし、ドミニクは厨房に残っていた。これはレウルスを冒険者へと推薦したのがドミニクであり、元上級下位の冒険者として“弁えている”からだ。


「まずは謝罪をさせてもらうわ。ごめんなさい」


 最初に謝罪から入るナタリア。それが何に対する謝罪なのかと警戒するレウルスだったが、ナタリアはレウルスの考えを読んだように苦笑する。


「坊やとお嬢さんが新居の完成を楽しみにしていたのは知っているけど、冒険者組合としては適任の冒険者に依頼を割り振る必要があるの……納得はしなくてもいいけど、理解だけはしてほしいわ」

「俺もエリザもこの町の冒険者だ。その辺りに文句は言わねえよ」


 レウルスは苦笑を返して話の続きを促すが、エリザは不満そうに頬を膨らませていた。そのためレウルスはエリザの頭に手を乗せ、ガシガシと強めに撫でる。


「納得できないのはわかるけど、落ち着け……な?」

「むぅ……ここはレウルスの顔に免じて引き下がるのじゃ」


 レウルスも“家”に対する思い入れはあったが、エリザは吸血種ということで家族共々生まれ故郷から追い出され、魔物が生息する山の中で育ってきた。

 その家族もグレイゴ教と呼ばれる集団に殺され、体一つで国をいくつも跨いで逃げてきたのである。そして新たに得た安住の地で造る、自分達だけの家。


 レウルスと比べても、その思い入れは強いだろう。それでも、ナタリアに対しては納得せずともレウルスの言葉を聞いて引き下がる。


 レウルスはそんなエリザに破顔すると、強く撫でていた手付きを優しいものに変えた。エリザは嬉しそうに目を細め、僅かに頬を上気させる。


「で? その依頼は俺とエリザに対してってことでいいんだよな?」


 ナタリアはそう言っていたが、確認のためにも尋ねる。


「ええ。今回の依頼に合わせて、というのも変な話だけれど……」


 ナタリアは一つ頷き、懐から二枚の金属片を取り出す。冒険者としての身分を証明する『登録証』だ。認識票とも呼ばれるそれは名刺サイズであり、紐で首から下げるための穴があけられている。


「下級中位冒険者レウルス、あなたを下級上位冒険者に昇級させます。そして冒険者見習いのエリザ、あなたを下級下位冒険者として認めます」


 そう言って認識票を差し出すナタリア。レウルスはエリザと顔を見合わせたが、受け取らないわけにもいかないため認識票を手に取る。


「昇級は嬉しいんだけど……いきなりだな?」

「ワシが下級下位冒険者……」


 レウルスは訝しげに、エリザは嬉しそうに認識票を受け取った。


「坊やはこの町に来て四ヶ月……この短期間で下級上位まで昇級するのは異例のことね。でも、信用を積み重ねているから問題ないわ。お嬢さんは“手段を選ばなければ”ある程度魔物も倒せるでしょうし、これを機に見習いは卒業よ」


 ナタリアはそう言って微笑み、昇級の理由を説明する。


「わたしとしては、坊やの腕なら中級でも問題はないと思ってるの。それでも坊やの強さには安定感がない……だから“まだ”下級上位よ。お嬢さんはもう少し信用を積み重ねれば昇級できるわ」


 レウルスには『熱量解放』と名付けた力があり、短時間ならば補助魔法の『強化』を上回る身体能力強化を行える。ただしまだまだ発動が不安定のため、ナタリアの言う通り安定感はなかった。

 それでもエリザと『契約』したことでエリザの魔力が流れ込み、効果は弱いが常時『強化』が発動しているような状態だ。以前と比べればその安定感は増している。


 そんなレウルスと比べ、エリザは安定感の欠片もない。レウルスの血を吸って魔力を増やし、『詠唱』と呼ばれる魔法の補助動作を行うことで雷魔法を使えるが、反動で自身の体がボロボロになってしまう。

 吸血種には高い自己治癒力があるため死ぬことはないものの、雷魔法を使うためには時間と魔力が大量に必要なのだ。それでも魔物を倒す力があると認められ、見習い冒険者は卒業というわけである。


「それで依頼についてだけど……このラヴァル廃棄街と同じような場所がいくつもあるのは知っているわね? 今回の依頼は他所の廃棄街からの要請によるものよ」

「他所の廃棄街、ねぇ……嫌な予感しかしねえな」


 わざわざ他の廃棄街へ要請するぐらいだ。さぞ厄介な話なのだろう、とレウルスは身構える。


「他国出身のお嬢さんはともかく、坊やはこの国の地理をどれぐらい知っているかしら?」


 だが、ナタリアはレウルスの警戒をいなすように話題を変えた。レウルスは片眉を跳ね上げ、頬杖を突く。


「この町に来るまでは村から出たことないって姐さんも知ってるだろ? シェナ村とラヴァル廃棄街、あとは入ったことないけど“お隣”のラヴァルぐらいしか知らないって」


 ラヴァル廃棄街の周辺ならばある程度地理も覚えたが、この町の近くに他の廃棄街があると聞いたことはない。レウルスの言葉にナタリアは苦笑すると、胸元から一枚の紙を取り出した。


(ちょっ、今どこからこの紙を出したんだ?)


 見間違いでなければ、非常に豊満な胸の谷間から出てきたように見えたが――などとレウルスが考えた瞬間、右手に痛みが走る。一体何事かと視線を向けてみると、何故かエリザがレウルスの手首に噛みついていた。


「ひゃっはりほほひなひゅへふぁひひのふぁ!? ふぉうひゃんひゃひゃっ!?」

「日本語で……いや、コモナ語で喋れよ」


 甘噛みというには少しばかり強く、かといって血が出るほどでもない。吸血種というよりは犬か猫のような行動だと思っていると、エリザは目を吊り上げながらレウルスの手首から口を離した。


「やっぱり大きな胸がいいのか!? そうなんじゃなっ!?」

「おう」

「しゃあああああぁぁっ!」


 奇声を上げて掴みかかってくるエリザ。そんなエリザの頭を右手で抑えつつ、レウルスはナタリアが取り出した紙に視線を落とす。


「……地図か?」

「かなり大雑把なものだけれど、ね」


 ナタリアが取り出したのは地図だった。広大なマタロイの中でも南部――ラヴァルなどが存在する地域の地図らしい。


 ナタリアの言う通り、地図の内容はかなり大雑把なものだ。縮尺も滅茶苦茶で、どの方向に歩けばどんな町や村があるかわかる程度のものである。仮にこの地図の通りに歩いても、目的地にたどり着くのは難しいだろう。


「渡すわけにはいかないから、この場で覚えるだけにしておいて。まずはここがラヴァル廃棄街で……」


 そう言いつつ、ナタリアは地図の上で指を滑らせる。ナタリアの指が止まった場所は、ラヴァル廃棄街から見て南東の方角だった。


「今回はここ、マダロ廃棄街からの要請よ」

「……依頼の内容は?」


 声に僅かな緊張を滲ませながらレウルスが尋ねると、ナタリアは薄く微笑む。


「マダロ廃棄街周辺の魔物の排除ね」

「……はい?」


 だが、ナタリアの返答はレウルスとしては予想外のものだった。


「……自分達で倒せばいいんじゃないか?」

「倒せないから要請が来てるのよ」

「……そんなに強い魔物が出たのか? 上級?」


 キマイラのような強力な魔物が出たのだろうか、あるいはそれ以上か。そんなことを考えながら尋ねるレウルスに対し、ナタリアは首を横に振った。


「要請の手紙によると、中級中位程度……でも、倒せないのよ」

「本当に? 嘘の情報だったりしないかソレ……」


 思わず、といった様子でレウルスは困惑の声を漏らす。そのレウルスの困惑が理解できたのか、ナタリアは笑みを苦笑に変えた。


「正直な話、ラヴァル廃棄街はまだ恵まれている方なのよ。組合長、ニコラとシャロン、引退しているけれどドミニクさんと、魔法を使える人がいる。特に、シャロンは属性魔法も使えるしね」


 どうやらラヴァル廃棄街は“戦力的に”恵まれているらしい。


「そこに坊やとお嬢さんが加わった……マタロイの各地にある廃棄街の中では上位に入るでしょう」

「そうなんだ……」


 いまだに掴みかかろうとしていたエリザを抱え上げ、膝の上に乗せながら納得できないように首を傾げるレウルス。エリザは慌てた様子で顔を朱色に染めたが、やがて大人しくなった。


「まだ大きな被害は出ていないけど、このままだとマダロ廃棄街が魔物の“餌場”になるかもしれないの。だから早めに手を打つのよ」

「なるほど……事情はわかったよ。でも、なんで俺とエリザなんだ?」


 中級中位程度の魔物が出るというのなら、下級上位のレウルスと下級下位のエリザを送るのは不適切ではないか。実力的に問題がなかったとしても、マダロ廃棄街側がどう思うかは明白である。


「お嬢さんの力があれば道中も魔物に襲われずに済むでしょう? それに坊やは精霊教の客人……仮に道中で兵士に止められたとしても身分を証明できるわ」

「そうらしいけど……本当に証明できるのかわからないんだよなぁ」


 そう言ってレウルスが取り出したのは、マタロイにおいて主要な宗教とされている精霊教から渡された『客人の証』だ。


 精霊教が崇める大精霊のレリーフが刻まれた金属片にはレウルスの名前が刻まれており、公的な身分証としても使える――らしい。


 マダロ廃棄街へ移動する際の安全と、依頼を遂行できる実力。さらには公的に通用する身分証明証。それらの要素によって白羽の矢が立ったようだ。


(たしかにエリザがいれば魔物も寄ってこないけど、中級以上の魔物に通用するかわからないし……この地図を覚えただけじゃきちんとたどり着けるかもわからない。大丈夫かねぇ……)


 たしかに適任なのは自分とエリザなのだろう、とレウルスも思う。だが、レウルスもエリザも“まともな旅”をしたことがないのだ。


「行くのは俺とエリザだけなのか?」

「上手くいけば助っ人が来るかもしれない……それぐらいに考えておいて。この町の防衛を考えると、あまり人手を割けないのよ」


 助っ人とやらが誰なのかはわからないが、その人物に期待したいレウルスだった。


「それと、今回の依頼の報酬についてだけど……色々と危険もあるでしょうし、諸々の手当てを合わせて大金貨3枚よ。もちろん、魔物を倒した場合の報酬は別ね」

(基本の報酬が家の借金と同額って辺りに悪意を感じる……いや、姐さんなりの謝罪なのか?)


 今回の依頼を達成すれば新居の借金は返せそうだ。その点だけでも大きな魅力を感じるレウルスである。


(でもなぁ、マイホームを建てたと思ったらまさかの単身赴任……いや、単身でもないし赴任でもないけど。ローンを盾にされて他所に出向を命じられるなんて……この世界じゃあり得ないと思ったのに!)


 前世でもローンを組んで家を建てたら、支払いのためにも簡単には仕事を辞められないと踏んで無茶振りをされることがあると聞いた。


(まさか生まれ変わってから経験するなんてなぁ……)


 少しばかり遠い目をするレウルスだったが、借金が帳消しになるどころか倒した魔物によっては更なる報酬が得られるのだ。


「エリザはどうしたい?」


 それでも、自分だけで判断するわけにはいかない。今回の依頼はレウルスとエリザの二人に対してのものなのだから。


「レウルスが行くと言うのならついていくぞ? ワシとレウルスはずっと一緒じゃ!」


 膝の上に座らせたエリザもきちんと話を聞いていたらしい。それでも決断の全てを放り投げるのは勘弁してほしかったが、レウルスは僅かに迷ってから承諾する。


「他所の廃棄街を見てみたい気持ちもあるし、家の借金もある……受けるよ」

「そう……良かったわ」


 レウルスが頷くと、ナタリアは小さく微笑んだ。そして椅子から立ち上がると、銀貨を3枚置いて歩き出す。


「さすがに今日、今から行けなんて言えないわ。明日の朝に組合まで来てちょうだい。可能なら助っ人を連れてくるわ」

「わかった……でも姐さん、さすがに銀貨3枚は多いぜ?」


 果汁を使った水を飲んだとはいえ、精々大銅貨1枚程度だろう。訝しげに尋ねるレウルスに対し、ナタリアはひらひらと手を振る。


「少ないけど新築祝いよ。今晩はドミニクさんに美味しいものを作ってもらいなさい」


 そう言って歩き去るナタリアの言葉に、レウルスは口の端を吊り上げた。

 依頼の内容が真実なら、そこまで喫緊の問題とは思えない。それでもわざわざナタリアが出向いてきたのは、新居を建てたというのにまともに住むこともなく長期間空けることになったレウルス達への謝罪を兼ねてではないか。


「それならお言葉に甘えさせてもらうよ」


 これから助っ人を探しに行くのだろう。そう考えたレウルスはナタリアの好意に素直に甘えることにした。








 そして翌朝。

 新居にて初めての夜を過ごしたレウルスは、エリザを連れて冒険者組合まで足を運び――絶句することとなる。


(マジかよ……この人と一緒に旅すんの?)


 そこには、助っ人として呼ばれた精霊教徒のジルバが立っていた。






どうも、作者の池崎数也です。

前回の更新で感想数が400件を超えました。毎度ご感想やご指摘をいただき、ありがとうございます。作者のモチベーションになっています。


前回のサブタイトルを『大迷惑』にしようとしたものの、ネタが通じるかわからなかったため取りやめました。レウルスとエリザは夫婦ではないですし、3年と2ヵ月も過酷に一人旅をするわけでもないので。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昨今のラノベには無いハードな設定が良いですね。 [一言] 書籍版から続きが気になり拝読させていただきます。 久々に面白い小説に出会えました。
[気になる点] 「日本語で……いや、コモナ語で喋れよ」 『日本』という言葉を発音できないって話が101話で出ているので矛盾してる気がします
[良い点]  レウルス、エリザ、ジルバの三人の道行きって、公道をミサイル運んでるみたいですね(笑)
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