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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
最終章:人間と魔物の狭間で

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第626話:本質 その2

 ――レウルスが“変質”していく。


 それに真っ先に気付いたのはネディだったが、レウルスへと駆け寄ろうとしてその足を止める。復活した黒龍を仕留めるための手段がなければレウルスを止めたとしても全員死ぬからだ。


「だめって、言ったのに……」


 ネディは悲しそうに呟く。最早黒龍に通じるほどの魔法を使える魔力はなく、レウルスに託すしかない。それはネディだけでなくサラも同様で、レウルスの指示通り後退しながらも不満そうな顔をしていた。


「復活するとかズルでしょ! 吹っ飛んだから大人しく死んでなさいよ!」

「いや……死んではいたんだよね」


 サラが叫ぶと、ミーアが眉を寄せながら怪訝そうに言う。その声色に含むものを感じたエリザはいつでも魔法を使えるようにしながらミーアへと視線を向けた。


「なんじゃ? 何かあるのなら教えてほしいのじゃが」

「何かあるというか、集まってきたスライムもどきを基にして生き返った? と思うんだけど……タネが割れれば二度目は通じないでしょ? だからもう一度あの龍を吹き飛ばせるぐらいの魔法が使えれば、なんて……」


 そう言いつつ、ミーアは周囲を見回す。


 レウルスが“力を使っている割に”サラもネディも元気だが、もう一度上級魔法を使えるとは思えない。ミーアも『契約』を通して軽い倦怠感が襲ってきているが、元々強力な魔法が使えるわけではない。残ったのはエリザで、一番余力があるといえばあるが――。


「正直なところ、ワシもレウルスに力を吸われているから強力な魔法は……こっちに魔力を引っ張ればどうにかできるかもしれんが、レウルスの制御が狂うかも、と思うとじゃな……」


 今のレウルスはエリザ達の力や能力を引き出し、混ぜて使っている。『契約』を通して魔力を融通してもらうことも可能だが、レウルスの集中を妨げればどうなるか。


(でも、レウルスは頼むって言った……どうにかして援軍を連れてくる? 必要なのは黒龍だろうと吹き飛ばせる火力……師匠はいないし、クリスとティナを連れてくればどうにか……なる?)


 スペランツァの町の防衛を担当しているクリスとティナを連れてくれば良いのではないか。

 そう考えたエリザだったが、サラやネディが使ったものよりも威力がある、あるいは同程度の魔法が使えるか。


 その点、スラウスと戦った時にエリザが見たナタリアの魔法は黒龍が相手だろうと通用すると確信できるほどで。


(……おじいさま)


 そんなナタリアと魔法を撃ち合った、祖父に当たるであろう吸血種の顔がエリザの脳裏に浮かんだ。そして同時に思い出し、思い至る。


(いや……できる。ううん、できるじゃない! わたしが、わたしだからこそやれることがある!)


 スラウスが教えるように、目の前で見せた魔法の数々。それらを見たからこそ、できると思ったからこそ、エリザはナタリアに師事したのだ。


(レウルスが仕留めきれればそれで良し。無理なら……それに、あの人達にも……)


 エリザは愛用の杖を握り締め、黒龍の意識が自分達にほとんど向けられていないことを確認すると、サラ達に合図を送ってそれとなくゆっくりと移動し始めた。そして黒龍の視線を遮るよう、近くに残っていた木々の傍まで移動すると、ミーアに頼みごとをしてから黒龍に斬りかかるレウルスの姿をじっと見つめるのだった。






「グルアアアアアアアアアアアアァッ!」


 獣のような咆哮を上げながら、レウルスが地を蹴って飛び出す。その速度は『熱量解放』を使っていた時と比べても速く、黒龍の反応が僅かに遅れるほどだった。


 レウルスは黒龍に対して真っすぐ一直線に、弾丸のように飛んだ。魔法ではなく、物理法則さえ無視したように。そして空気の抵抗を利用して体を捩じると、空中で回転して黒龍の首を目掛けて刃を振るう。


 黒龍から見れば回転する独楽(こま)が飛んできたようなものだった。それも、黒龍の頑強な外皮だろうと切り裂ける刃が突き出た独楽である。

 黒龍は体を傾けて咄嗟に回避するが、肩口が斬られて黒い液体が飛び散る。黒龍の血肉となったスライムもどきがすぐさま傷口を塞いでいくものの、レウルスに続いて突っ込んできたヴァーニルが全力で爪を突き立て、傷口を大きく広げる。


 その間にレウルスは焼け残っていた木の幹に着地すると、落下するよりも早く再び弾丸と化した。


「シャアアアアアアアアァッ!」


 狙いは再生した翼だ。最初から飛んでいたのならともかく、今度ばかりは飛ばせるわけにはいかない。もしも空に逃せば、再度地面へと叩き落とすのは困難を極めるからだ。


 ヴァーニルに傷口を抉られた黒龍はそんなレウルスの攻撃を回避する余裕がない。振るわれたラディアが翼を根元から斬り飛ばし、二度目はないといわんばかりに炎が包む。

 黒龍の体から切り離されたからか、ラディアによって燃やされた翼は再生しない。それを横目に確認しつつ、重力に引かれて地面に接地したレウルスは土煙を巻き上げながら黒龍の挙動を注視する。


 体は縮んだものの、単純な肉体のスペックはヴァーニルよりも黒龍の方が高い。それでもヴァーニルが黒龍と渡り合えているのは逆転した体格差と戦闘経験によるもので、レウルスはどちらも劣る。

 それでもラディアという優れた剣があるからこそ戦える。自壊一歩手前まで引き出した身体能力があるからこそ、黒龍にとっての脅威足り得る。


 レウルスは再び地を蹴って黒龍へと飛び掛かり、その途中で木の幹を蹴りつけて強引に着地し、スライドするように地面スレスレを駆け、黒龍にとっての死角を探るように縦横無尽に駆け回る。


 レウルスと比べれば遥かに巨体の黒龍は死角も多い。その上、レウルスだけでなくヴァーニルの行動にも気を配らなければならないため常に注意するわけにもいかない。

 だが、黒龍の意識の割合はヴァーニルよりもレウルスへと多く向けられていた。人間とは思えない速度、挙動で駆けるレウルスを目で追い、牽制で黒い球状の破壊弾を撒き散らし、進路を限定させてから体を捩じって尾を振るう。


 ――レウルスの身長よりも高く、太さがある尾が黒龍の身体能力で振るわれればどうなるか?


 先端の速度は音の壁を超え、今のレウルスでも回避できない速度で迫り来る。


 回避は不可能だが、動きから察知はできた。レウルスはラディアで叩き斬ろうとするものの、しなりながら迫る黒龍の尾に刃筋を立てられず、ラディアの刀身が半ばまで食い込みながらも停止する。

 そうなれば、残ったのは体格で遥かに劣るレウルスとは比べ物にならない重量がもたらす衝撃だけで。


「ッ……ガアアアアアアアアアアアァァッ!」


 人間大の生き物など弾き飛ばすどころか粉砕するであろう衝撃だった――が、レウルスは押し返されたラディアの峰に頭を叩きつけ、柄を握り締めたまま踏ん張り、地面を抉りながら後退するに留まる。


『なんだとっ!?』


 長大な尾による打撃を物理法則すら無視したように耐えきったレウルスに、さすがの黒龍も驚愕の声を上げた。


 その間にレウルスは峰とはいえ頭突きの衝撃で額がざっくりと割れた頭を振って血を飛ばすと、傷口が勝手に塞がっていくのを待たずに黒龍の尾を両断しようとする。


 それに気付いた黒龍は咄嗟に尾をしならせ、斬撃の打点をずらして両断されることを阻止すると同時にレウルスから距離を取った。するとそれを読んでいたようにヴァーニルが飛び掛かり、前腕を振るって爪で引き裂こうとするが黒龍は地面を転がることでそれを回避する。

 黒龍の巨体で転がればそれだけで大地が揺れ、局地的な地震となって足元を覚束ないものへと変える。しかしレウルスは地面の揺れさえも利用するように跳ね、転がったことで届きやすくなった黒龍の首を斬り落とそうと全力で斬りかかった。


 転がりながらも視界の端でレウルスの動きに気付いた黒龍は、咄嗟に魔力を爆発させて地面に向かって黒い衝撃波を放つ。今のレウルスならば平気で耐えるだろうと考え、自分の体を吹き飛ばして無理矢理距離を取ったのだ。


「チィッ!」


 自傷を厭わない回避によって空振りに終わったレウルスの斬撃が、地面に大きな断裂を引き起こす。それを尻目に今度こそ距離を取った黒龍は、思わずといった様子で大きく息を吐いた。


『いくら理外の存在とはいえ、この体格差で受け止められるとはな……』


 呆れたように呟く黒龍。


 戦況はレウルス達の方が有利――とはいかなかった。


 レウルスとヴァーニルが黒龍に対して優勢を保てているのは、後先考えない短期決戦狙いだからだ。黒龍が防御に徹して時間稼ぎに専念すればまずいことになるとレウルスは見ていた。


(き、つ……い……意識、が……)


 獰猛な表情を浮かべて再び黒龍に斬りかかりながらも、レウルスの心中は切迫感で包まれていた。


 時間が経つにつれて、人間としての理性が削られていくのを感じる。ガリガリと音を立てるようにして思考にノイズが走り、人間から乖離していくのがわかる。


 それを隙と見たのか、黒龍が前脚を振るってレウルスを縦に引き裂こうとする。僅かに反応が遅れたレウルスは横に回避するが左腕に爪が引っかかり、肘から先が千切れ飛ぶ。


「ギィッ……」


 一気に体のバランスが崩れ、レウルスは転倒しそうになった。その瞬間ヴァーニルが割って入り、黒龍へと体当たりをして無理矢理間合いを離す。


「くそ……が……」


 レウルスは千切れた左腕を拾うと、傷口に押し当てる。すると傷口が蠢き、数秒と経たない内に腕がつながっていく。


(あぁ……頭ん中、おかしくなりそうだ……)


 脳が焼けつくような痛みがあったが、“それはそれとして”体が動くという違和感。左腕が完全につながって神経も元通りになったことを確認すると、レウルスはラディアをしっかりと握り締める。


 治癒魔法を超えて吸血種の再生力に匹敵、あるいは凌駕する回復速度だった。何度か黒龍の攻撃を避け損ねて内臓がいくつか潰れ、骨も折れ、指がいくつか欠けたものの、それらも既に元通り戻っている。


 これまで何度か経験してきたことではある――が、人間(ヒト)としての意識だけでなく感覚が狂い、消失してしまいそうになる。


 だが、それでも、と意識をつなぎとめ、レウルスは剣を振るう。


 エリザ達と『契約』を結んだことで属性魔法を使えるようになったレウルスだったが、魔法に関して生来の優れた素養があるわけではない。魔法を使う際は力任せに放つだけで、制御に関してはエリザやミーアと比べても大きく劣るだろう。


 魔法使いとして見れば稚拙な才能に、一流の魔法使いを遥かに超える魔力を蓄える体。そこに『契約』によって無理矢理魔法を使える機能、吸血種や精霊としての能力を取りつけ、『熱量解放』によって盛大に魔力を消耗しながら戦っているのが今のレウルスだ。


 これまでにないほど早く、勢いよく魔力が消えていく。魔力を温存したくとも必要とされるタイミングで瞬時にエリザ達の能力を引き出し、『熱量解放』と共に再度使用するような技量はない。


 それでも、盛大な消耗によって実現した猛攻は苛烈だった。レウルスが斬りつけ、レウルスの意図を汲んだラディアが傷を焼き、隙を見てヴァーニルが殴る。黒龍が相手でなければ既に相手は息絶え、数度生き返っても殺し切れるだけの暴力の嵐だった。


 たとえ他の上級の魔物が相手でも、“目の前の黒龍以外”ならば仕留めきれるとレウルスが思うほどに。


 レウルスが駆けて、斬りつけて、飛んで、跳んで、斬りつけて、斬り飛ばして、焼いて。


 ヴァーニルが殴り、爪で抉り、体当たりで薙ぎ倒し。


 そうして幾度となく攻撃を加え、黒龍の体は数分と経たない内にボロボロになった。翼だけでなく長く伸びた尾も半ばから斬り飛ばし、左前脚も根元からなく、ヴァーニルが右目を潰す。満身創痍としかいえない状態まで追い込んだ。


「ッ……ガ、ア、ギヂィ……」 


 だが、レウルスも限界が近付いていた。魔力は満タンの状態と比べると既に五分の一程度まで減っており、集中し続けた影響か視界が明滅し始めている。


『しぶとい……レウルス、まだもつか?』

「あたり、まえ……だ」


 隣に立つヴァーニルにそう返すだったレウルスだったが、それが強がりだということはヴァーニルだけでなく黒龍でさえ感じ取れるだろう。


 ヴァーニルも消耗しているが、レウルスよりは軽い。それでも飛来した黒龍との空中戦に、強力な魔法の連射。地上に降りてからも上級魔法を行使し、格闘戦で体のあちらこちらに負っていた傷も更に数を増やしている。

 特に、魔力の消耗が深刻だった。上級魔法を撃つには足りず、かといって使い切れば『強化』に回す分がなくなる。命を削って魔力を捻り出しても上級魔法を一度撃てる程度で、レウルスが力尽きれば遠からず敗北する。


 既に賭けに出ている状態だが、黒龍を倒すには更に無茶をするしかない。ヴァーニルはそう思うが、レウルスがどこまで耐えきれるかが問題だった。


 そんなヴァーニルの危惧はレウルスも理解している。今でさえ無茶と無理と無謀を三乗したような状態だったが、黒龍を仕留めるには“更なる一手”が必要だった。


 そして、その一手をレウルスが打つよりも早く、黒龍に向かって二方向から魔法が飛来する。


 レウルスとヴァーニルへ意識を割いていた黒龍の隙を突くように、左右から挟むようにして飛来したのは雷撃と風の刃。威力はそれほど大きくなかったが、黒龍に察知されない速度で発動された精緻なものだった。


「ミーアから連絡があった」

「アレはここで仕留めないとまずいとティナは判断する」


 魔法が飛来した場所へ視線を向けた黒龍だったが、その視線を避けるようにしてレウルスの隣にクリスとティナが姿を見せる。


 黒龍の意識が完全にレウルスとヴァーニルに向いた隙を突いてエリザがミーアに頼み、援軍として呼んできた二人だった。黒龍を前にして僅かに足と尻尾が震えていたが、レウルスにそのことを指摘する余裕はなく、代わりに気になったことを尋ねる。


「……町の、みんなは……」

「避難させた」

「コルラードさんの判断」

「そう、か……」


 コルラードの判断なら間違いはあるまい、と断絶しそうな思考の中でレウルスは考える。黒龍が予想以上の脅威だったため、町にこもって防衛するよりも逃げるなり隠れるなりした方が良いと判断したのだろう。


『精霊ではないな。矮小な気配で見落とした、か。どこぞの魔物……の、“混ざりもの”か』


 フン、と嘲るように黒龍が鼻を鳴らす。その仕草だけでクリスとティナは気圧されたように身を震わせたが、その瞳にはしっかりと戦意が宿っている。


「あなたと比べたら矮小というのは否定しない」

「見落とすのなら好都合。それに……いいの?」


 クリスは小さく肩を竦め、ティナは挑発するように言う。


「――見落としたのはクリスとティナだけじゃないのに」

『なに……っ!?』


 黒龍が怪訝そうな声を漏らした瞬間、レウルスは見た。どこからともなく現れたジルバが黒龍の意識の間隙を突くように間合いを詰め、大木のような脚に全力で掌打を打ち込むのを。


 滑るような動きで接近し、地面を陥没させる勢いで踏み込み、一切の無駄がない挙動で掌打を打ち込むジルバ。その一撃は黒龍の脚の表面が波打ち、鱗が弾け飛び、横に“ズレる”ほどの威力があった。


『なっ……に……?』


 正真正銘、ただの人間であるはずのジルバの打撃で黒龍が膝を突く。さすがに黒龍の脚を破壊することはできなかったようだが、打撃を打ち込まれた黒龍は呆気に取られた様子だった。


「ふむ……脚を砕いて機動力を削ぐつもりでしたが、なんという硬質な手応え。このような魔物はさすがに初めてですね」

『……精霊教徒よ、黒龍を殴って膝を突かせて、その程度の感想で済ませたのは後にも先にもお前だけかもしれんな』


 黒龍の追撃を警戒して距離を取ったジルバに対し、ヴァーニルが呆れたように言う。


「……ハハッ、さすが、ジルバさん……」


 レウルスもまた、思わずといった様子で笑ってしまった。そして同時に、この場、この状況において非常に頼りになる援軍だとも思う。


 あとは黒龍をどう倒せば良いかとレウルスが思案した時、遠くから声が聞こえてきた。


「――火の精霊サラよ、水と氷の精霊ネディよ、土の民にして精霊に至りしミーアよ。吸血種のエリザが『契約』により(こいねが)う」

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― 新着の感想 ―
[一言] 相手が柔ければコルラードさんも戦力になるんだろうけど 硬いし飛ぶからなあ(明後日の方を見ながら
[良い点] 最終決戦!みたいな感じでかっこいいです。
[一言] ジルバさんマジジルバさんとしか言えないw
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