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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
最終章:人間と魔物の狭間で

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第621話:厄災 その4

 レウルスがヴァーニルの背中に乗って戦っている頃。地上では魔力を溜め、練りに練り、隙あらばいつでも魔法を撃ち込めるよう準備しているエリザ達がその戦いを見上げていた。


「うわ……レウルスってば、ヴァーニルの背中から跳んで黒龍に斬りかかってるんだけど……」


 レウルス達の戦いを見つつ、周囲の警戒をしつつ、魔法の準備も行いつつ、サラはそんなことを呟く。


 『契約』による魔力の融通が不可能なほど距離があるが、ヴァーニルを足場にして黒龍に斬りかかるレウルスの姿が遠目に見えた。空を自在に飛ぶ龍種同士の戦いで、レウルス本人は自力で飛ぶ手段がないにもかかわらず、ヴァーニルと黒龍が交差する瞬間を狙って斬りかかっている。

 タイミングが狂えば黒龍に激突して死ぬ。ヴァーニルが拾い損ねれば高所から落下し、レウルスといえども重傷を負う。


 サラから見てもレウルスが無茶をするのはいつものことだが、今回ばかりは無茶を超えて自殺行為としか言い様のないものだった。


 サラの命はレウルスとつながっている。サラは時折忘れそうになるが、レウルスがそれを忘れることはない。“それでも”危険な戦い方をするレウルスの姿に、そこまでしなければ勝ち目がないのだとサラは思った。 


「いつ、撃つ?」


 いつでも魔法を撃てるようにしつつ、どこか焦りを滲ませた声でネディが呟く。普段は無表情に近いものの、この時ばかりは心配そうな目でレウルスを見ていた。


「まだじゃ……ここからでは距離があるし、飛び回る相手では当たらん。レウルスがきっと隙を作ってくれる……それまで待つんじゃ!」


 周囲を警戒しつつ、サラやネディと同じように魔法の準備をしつつ、エリザは強い口調で促す。


 エリザはこの場において唯一、ナタリアという熟練の魔法使いに師事した身だ。サラとネディは生まれながらの精霊とあって呼吸をするように魔法を使えるが、その運用方法までは学んでいない。


 そんなエリザの判断。それは、今は待つ以外にできることがないというものだった。


 いつでも魔法を撃てるよう準備しているが、魔法というものは撃てば必ず命中するものではない。距離があれば命中までに時間が必要となり、その間に回避されれば当然のように外れる。

 その点でいえば、今回のように空を高速かつ自由自在に飛ぶ相手は魔法を命中させるのが困難だ。広範囲に魔法をばら撒けば命中するかもしれないが、範囲を広げれば広げた分だけ威力が下がる。黒龍に下級魔法を撃ち込んでも痛痒も与えられないだろう。


 エリザかサラ、ネディの誰かあるいは二人が囮として魔法を撃ち、残った一人が本命として魔法を撃っても良いが、飛び回る相手ではそれでさえ命中させられるかわからない。上下左右に斜めに前後と、回避先がいくらでもある相手に必中させる技量はないのだ。


 最低でも黒龍が地表に落ち、回避できる方向を絞らなければ命中させるのは困難だろう。地表に落下する途中、あるいは落下して動けない瞬間こそが好機だが、そこはレウルスとヴァーニルの頑張り次第だ。

 『思念通話』も距離の制限があるため、エリザ達にできるのはいつでも魔法を撃てるようにしながら待つことだけである。距離を詰めようにも、速度が違い過ぎて走るだけ無駄になってしまう。


「どうにか地上に落とせればいいんだけどね。レウルス君とヴァーニルさんが落としてくれる……とは思うんだけど……」


 魔法の準備をするエリザ達を守るように周囲を警戒しながら、ミーアが不安を滲ませた声を漏らす。ミーアが扱える土魔法では空を飛ぶ黒龍に有効な攻撃ができないため、スライムもどきへの対処はミーアが主力となる。


 瞬時に山のような大きさで地面を隆起させることができれば、黒龍を突っ込ませて動きを止めることができるだろう。しかし、そこまで大規模な土魔法を使うことはできず、ミーアとしては歯痒い。


 そうして、エリザ達は各々にできることをしながら待つのだった。






『いくぞ! 振り落とされるなよっ!』


 黒龍に急接近しながらレウルスに促したヴァーニルは、これまでと同じように熱線を放つ。それを見た黒龍は黒い閃光を放って相殺し――その瞬間、ヴァーニルは魔力を『強化』に回した。


 そして一際強く翼を羽ばたかせ、体ごとぶつかる勢いで黒龍へと突貫する。


『ッ!?』


 それまでの魔法の撃ち合いと異なるヴァーニルの動きに、黒龍は僅かに動きを鈍らせる。


『オオオオオオオオォッ!』


 ヴァーニルは抱き着くようにしてぶつかり、そのまま首元へと牙を立てる。それと同時に二本の前腕を振るい、刺し殺すつもりで黒龍の体に爪を突き刺した。


『グルゥッ!? ギ、ガアアアアアァァッ!』


 黒龍は身を捩るようにして暴れるが、組み付いたヴァーニルがその体を離すことはない。


 ヴァーニルにとって、己よりも体の大きい相手に組み付くなど初めての経験だ。『城崩し』のように体だけ大きいと思える魔物ならば何体でも相手にできるが、相手は黒龍である。

 食い込ませた爪から伝わってくる力の強さは己よりも強く、噛みついた牙は首を食い千切るには至らず、互いに翼を羽ばたかせて空中で押し合いながら拮抗する。


 ほんの僅かな停滞。その間にレウルスはラディアを鞘に納めると、ヴァーニルの首元から跳んでいた。


(首は……無理か)


 食らい付いたヴァーニルを引き剥がそうと振り回される黒龍の首を見て、レウルスは即座にそう判断する。ヴァーニルの首も一緒に動いているため、下手に斬りかかればヴァーニルごと斬りかねないのだ。

 そのためヴァーニルが押さえ込んでいる黒龍の体、その側面に着地し、振り落とされないよう姿勢を低くして這うように走る。いくらヴァーニルが押さえているといっても足元が激しく揺れ、気を抜けばそのまま跳ね飛ばされてしまいそうだ。


 黒龍が体を激しく揺らそうとした瞬間に鱗を掴み、更に姿勢を低くすることでやり過ごす。普段なら一足飛びで斬りかかれるが、黒龍の巨体で身を捩れば数メートルどころか数十メートル近く移動しかねない。


 なるべく早く、しかし慎重に。レウルスは黒龍の背中まで移動すると、数メートル先に生える黒龍の翼、その根本を視界に収めた。それと同時に四肢に力を籠め、落下する危険を飲み込んで跳躍する。


『ッ!?』


 そんなレウルスの動きを感じ取ったのか、黒龍の動きが変化した。一瞬の停滞、魔力の膨張、それにレウルスが気付くよりも早く、黒龍の全身から周囲全体に向かって黒い衝撃波が迸る。


「~~~~っ!?」


 『熱量解放』を使っているレウルスでさえ無視できない威力の衝撃。それは見た目こそ黒い雷魔法のようだったが、レウルスは直接痛覚を傷めつけて破壊するような痛みを感じ取った。剝き出しになった神経をやすり掛けしたような、激しい痛みである。


 『熱量解放』を使っているにもかかわらず全身に伝わる痛みと衝撃でレウルスの動きが強制的に止まり、皮膚が裂け、吹き出た血が即座に蒸散していく。その威力は眼球さえ破裂させそうなほどで、悲鳴を上げることすらできない。


『グウウウウウウゥゥッ!?』


 レウルスとの体格差によるものか、あるいはレウルスに危険を感じて重点的に狙ったのか。それでも黒龍を押さえ込んでいるヴァーニルから苦悶の声が上がった。ヴァーニルでさえ耐えきれないほどの激痛に拘束が緩み、それを感じ取った黒龍が振りほどくように体を暴れさせる。


 ――拘束が解かれる。


 ――魔法による対処が可能とわかれば二度目はない。


 ――このままでは負けて死ぬ。


 ――そもそも、“今の状態では”この魔法は致命傷になり得る。


「グ、ゥ……ルアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!」


 『熱量解放』に回している魔力を一気に増やし、レウルスは咆哮する。そして全身を焼く痛みなど知ったことか、と言わんばかりに黒龍の体を蹴りつけ、真下へと跳躍した。


 痺れたように痛みを残す体では、首まで届かない。だからこそ付けた狙いの通り翼を狙う。


『いたかった……だから、おかえしして』


 レウルスの行動に合わせ、納められていたラディアが自力で鞘を開けて飛び出し、レウルスの右手へと収まる。


「オチ、ロオオオオオオオォォッ!」


 蹴った勢いと重力による落下。その速度を乗せながら叫び、レウルスは眼下に見えた黒龍の翼へとラディアを振り下ろす。


 ガキン、という硬質な音が上がり、外皮を斬った時よりも硬い手応えがレウルスの両手に伝わってくる。思わぬ抵抗に落下していた体が一瞬浮いて止まったが、レウルスは割れんばかりに歯を食いしばり、ラディアに魔力と力を込めた。


『おかえしだよっ!』


 ラディアの刀身から炎が噴き上がり、抵抗が一気に消える。熱したナイフでバターでも斬るように大剣の刃が黒龍の翼の根元を通過し、ヴァーニルを押し返そうとしていた黒龍の体が不規則に傾く。


 さすがの黒龍といえど、翼が片方しかなければ飛べないのだろう。レウルスは重力に引かれて落下しながらエリザ達の位置を探るが、即座に魔法を撃ち込むには遠い。


 それでも黒龍が地面に落ちれば飛び回っている最中よりは魔法を当てやすいだろう。レウルスはそう考え――視界の端に黒い物体が映った。


「ッ!?」


 落下するレウルスを狙ったのか、黒龍がバランスを崩した結果か。レウルスの胴体よりも遥かに太い黒龍の尾が風切り音を伴いながらレウルスへと迫る。


 レウルスは咄嗟にラディアを縦に構え、峰に左腕を当てて防御の体勢を取った。落下中では剣をまともに振ることができず、ラディアに氷の足場を出してもらおうにも黒龍の尾が到達する方が早かったからだ。


「グ、ヌッ!?」


 ラディアの刀身に黒龍の尾が食い込み、レウルスの体が真横へと弾かれる。辛うじてラディアを手放すことは避けたものの数秒もの間レウルスの体が水平に飛び、再び重力に引かれて斜めに落下し始めた。


 あまりの速度にレウルスもラディアも打つ手がなく、レウルスは生い茂る木々を圧し折りながら森へと落下する。


「カハッ!」


 何本か木の幹を圧し折り、一際太い木の幹に激突したことでレウルスの体が強制的に止まって息を吐き出させる。真紅の鎧はレウルスの体こそ守ったが激突の衝撃を完全に防ぐことはできず、木の幹から落下したレウルスはなんとか足から着地したものの口から血の塊を吐き出した。


(っ……どこか……内臓を傷めたか?)


 地上から数十メートルの高さかつ黒龍の尾で殴り飛ばされた結果として考えるならば軽傷の部類だろう。レウルスは喉元をせり上がってくる血の塊を吐き出すと、視線を上げてヴァーニルと黒龍がどうなったかを探る。


 そして、レウルスは見た。斬り飛ばした翼が宙を舞い、飛行することが困難になった黒龍を押さえつけながら、地面に落下してくるヴァーニルの姿を。


 それに気付いたレウルスは即座に駆け出そうとするが、弾き飛ばされたせいで距離が遠すぎた。距離が近ければとどめを刺しにいけたものの、さすがに距離の壁はどうにもできない。


 ヴァーニルは黒龍を下にした状態で落下し、そのまま地面に激突する。真っすぐではなく滑空する形で落下したためレウルス以上に木々を薙ぎ倒し、轟音と振動を轟かせながら地面の上を滑っていく。


(ここまで揺れが……っと、エリザ達が来たか)


 ヴァーニルの元に駆け出そうとしたレウルスだったが、エリザ達との『契約』を感じ取り、魔力を回して体の回復に移る。意識を集中させ、吸血種としての再生能力を引き出すとすぐに体が楽になった。


 レウルスが追撃よりも回復を優先したのは単純な理由からである。落下した衝撃で木々や土砂を津波のように押し出した黒龍だが、“その程度”で死ぬとは思えなかったからだ。


『聞こえるか!? 全員『契約』が切れない距離で、なおかつ可能な限り黒龍から距離を取ってくれ! すぐにそっちに行く!』


 『思念通話』でエリザ達に指示を出しつつ、レウルスは駆け出す。エリザ達は黒龍を挟んでレウルスとは反対側にいたため、すぐさまそちらへと向かう必要があった。

 レウルスは黒龍の魔法を受けても耐えきれたが、エリザ達が耐えきれる保証はない。魔法で相殺することはできるだろうが、それならば自分が盾になってエリザ達の魔法は攻撃に使うべきだとレウルスは思った。


『俺が前に立つ! 魔法は撃ち込めるようなら撃ち込んでくれ!』


 地面に落下した黒龍もそうだが、ヴァーニルも動かない。落下の衝撃が大きかったのか地面に黒龍を叩きつけるなりヴァーニルの体も投げ出され、木々を薙ぎ倒してようやく動きを止めていた。


(まさか地面に落ちるのが初めてで気絶したんじゃないだろうな!?)


 ヴァーニルの心配をしながらレウルスは駆けていく。黒龍にも動きはないが、地面に倒れ伏したヴァーニルは隙だらけだ。

 いくら翼を斬ったとはいえ、黒龍と戦うにはヴァーニルの助力が必要となる。レウルスは黒龍までの距離とヴァーニルの様子から、エリザ達を守るように動くのではなくとどめを刺しに行くべきか逡巡した。


 森の中のため、レウルスが全力で駆けても到着まで数十秒。その間にヴァーニルが動かなければ――と、レウルスが考えた時だった。


『――解せぬ』


 ヴァーニルが動き出すよりも先に、黒龍がそんな声を漏らしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 黒龍の翼近くに落ちてれば一口齧ってたんだろうなあ(棒 土で大規模攻撃するのが難しいなら 落ちた地面を柔らかくして動き辛くしてやればええねん 黒龍の図体に対応出来る程深く広くやれるかしらんが…
[一言] キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ 話せるなら最初から話せよw
[一言] しゃべるんかいワレェ! …まあヴァーニルがしゃべるんだから対話可能なのはわかるけど。
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