第616話:不穏 その4
それは、レウルスにとって思わぬ再会だった。
赤い瞳を輝かせたエステル――コモナを前にしたレウルスは困ったように眉を寄せる。
「もう一度会いたいとは思ってたんだが……えっと、コモナ様?」
「様付けなんていらないわ。どうせ誰も見てないし、気楽に接してちょうだい」
「気楽にって……」
初めて言葉を交わした時はともかくとして、気軽に言い放つコモナの態度は精霊教に祀られ、精霊教徒に崇められる者のものとは思えない。ただしコモナは信仰される側のため、今のような態度も問題はないのだろうが。
(というか、それでいったらサラが……お言葉に甘えるか)
レウルスの脳裏にサラの顔が思い浮かぶが、すぐに消して気を引き締める。
「それで、一体何の用だ? 今はちょいと取り込み中なんだが」
もしもコモナともっと早い時期に言葉を交わせる機会があったならば、レウルスには聞きたいことがあった。
自分が本当に人間なのかという疑問、その答えを求めて。
だが、今のレウルスにとってその疑問は大して優先度が高くない。自分自身が人間であろうとなかろうと、『まれびと』だろうと受け入れ、肯定してくれた者達が周りにいるからだ。
(……あ、でもルヴィリア達と結婚したし、生物的な意味で人間かどうかは確認しておいた方がいいのか)
子どもができるのかどうかぐらいは聞いておいた方が良いだろうか、などと思ったレウルスだが、これまでの経験から考えるとコモナがエステルの体を借りていられる時間は長くない。
そのため何の用かをまず確認するべきだろう。
「取り込み中? アンタが警戒しているやつは近くにいないし、少し話すぐらいなら問題ないでしょ?」
だが、首を傾げながらのコモナの言葉にレウルスは表情を真剣なものに変える。
「なんでそれを知っているんだ……ってのは聞いても問題ないのか?」
相手は大精霊――それこそ数百年を生きるヴァーニル、千年を超えて生きるアクシスに比肩、あるいは凌駕するような存在だ。コモナの方から話しかけてきたとはいえ、本当に聞いていい話なのか。
警戒するようにコモナを見るレウルスだが、そこでふと疑問を覚える。
(そういえば、以前コモナに会った時は違和感があったよな?)
レウルスの記憶に間違いがなければ、初めてコモナと言葉を交わした時やエステルがコモナを呼び出した時に形容しがたい違和感があったはずだった。思わずレウルスが警戒してしまうような、魔力を放っていたのだ。
しかし今回は近付いてくるまでコモナの存在に気付けず、対面して言葉を交わしても以前のような違和感がない。
「問題ないというか、話しておかないと問題というか。このタイミングでアンタが来てくれたのは幸運だったわ」
「その前振りは明らかに問題が――――?」
レウルスはコモナの発言に違和感を覚える。しかし何に対して違和感を覚えたのかわからず、数秒動きを止めた。
「ん? どうしたのよ。この子が眠っているし、普段より“出やすい”といっても長時間は厳しいんだけど」
そう言ってエステルの体を借りたと思しきコモナが胸を叩く。その言葉を信じるならば、エステルの意識は眠りに落ちているのだろう。
「とりあえず、そっちの用件を話してもらえるか?」
疑問はあるが、わざわざコモナがエステルの体を借りてまで現れたのだ。話の続きを促すと、コモナは視線を夜空へと向ける。
「なんて言ったっけ? グレイゴ教? そんな名前の子達が活動している理由って知ってる? 前回アンタと会った時にいた淫魔の子とかがそうだと思うんだけど」
「知ってるし、その“活動の理由”と関わった……いや、戦ったこともある」
「あ、それなら話は早いわね」
グレイゴ教が言うところの『神』――それが話題に出たことで、レウルスは自然と警戒心を強めていた。
コモナは言葉を選んでいるのか、あるいはどのように話せば良いか迷っているのか、夜空を見上げたままで不規則に指を振る。
「今ちょーっとヤバい状況なのよ。具体的に言うと、千年ぐらい前にわたしが倒した何でも飲み込む怪物と同じか、それ以上にヤバいのが出てきそう」
「…………は?」
レウルスは思わず、間の抜けた声を漏らす。
コモナが千年前に倒した怪物に関しては、ジルバからも話を聞いたことがあった。スライムが別名として『国喰らい』と呼ばれる原因となった、一国を飲み込み砂漠と化した上級上位のスライムのことだろう。
その時の『国喰らい』と同等か、それ以上に“ヤバい存在”。そのようなものが現れると聞いてはさすがのレウルスも平静ではいられない。
「い、つ……どこで、だ?」
「確証はないけど、出てくるなら近い内。場所は……んー、北の方?」
あまりにも曖昧な発言だ。それでもコモナが、大精霊が言うこととなるとレウルスとしても看過はできない。
「北の方……メルセナ湖か? 以前巨大なスライムが出てそれを倒したんだが……」
ネディと出会ったメルセナ湖。そこで戦ったスライムは全長が百メートルを超え、体を削ったと思えばメルセナ湖の水を吸収して更に巨大化し、サラの上級魔法をはじめとして何発を魔法を叩き込んでも殺し切ることができなかった存在だ。
最後には三つあった『核』を全て破壊したことで仕留めることができたが――。
(あの時のスライムも人型になってたし、今回の件とかかわりがあるのか? あのサイズのスライムならまだなんとかできそうだが……)
あの頃は苦戦したが、今ならばどうか。メルセナ湖の時はカンナやローランといったグレイゴ教の手練れも一緒に戦っていたが、レウルス達も強くなっている。
最初から巨大なスライムと戦うとわかっているのなら、魔力の消耗を度外視してサラとネディに上級魔法を先制で叩き込ませればほぼ確実に勝てるだろう。そこにレウルスが斬り込めば、エリザやミーアの助力すらいらないかもしれない。
――ただしそれは、あくまでメルセナ湖の時に戦ったスライムと同程度ならの話だ。
(『国喰らい』の実物は見たことないが、国を一つ滅ぼしたんだ。メルセナ湖で戦ったスライムの比じゃないだろうな……でかいってのはそれだけで強いだろうし)
山のような大きさのスライムが動けば、それだけで大抵の町や村はなすすべもなく壊滅する。上級魔法を使ったとしても、どれほど削れるか見当もつかない。
「コモナがどうにかできたりは……」
「しないわね。わたしってば正確に言えば既に死んでるから、こうして相性が良い子の体を借りて口を出すのが精一杯。状況によっては守ったりもするし、奇跡的に条件が揃えば手も貸せるけど、基本的には不干渉よ。“前回”もそうだったでしょ? 今回の件は契約の範疇だからこうしてどうにかできそうなアンタに話をしているけどね」
「……死んでるのに、口を出せる……のか? というか契約って?」
どういうことだ、とレウルスは首を傾げる。自分と同じように誰かと『契約』を結んでいるのか。その場合相手は誰なのか。
「この世界との契約……というか、アンタってヴァーニルと知り合いよね? あの子と似たようなものと思えばいいわ。わたしの場合はヴァーニルと違って精霊だから肉体がなくてもどうにかなるし、実際にこの世界のどこにでもいるし、どこにでもいないのよ」
「ああ、ヴァーニルと似たような立場なのか」
コモナの話にそう相槌を打つレウルスだったが、コモナに関して理解できたかを問われれば自信がない。半分程度も理解できたか怪しい。
「いまいち理解してないって感じの顔してるわね。ま、それほど重要じゃないから話を進めるわ……アンタが昔いた世界とこの世界はすっごく近いの。重なっているってほどじゃないけど、互いに影響を与えかねないぐらいには近い」
そう言いつつ、コモナは握りこぶしを作って両手をぶつける。
「魔力の比重が違うから影響を受けやすいのは基本的にこっち側の世界だけどね。で、こっち側の世界と向こう側の世界には隙間があって、そこに……あー、アンタが理解しやすいものでいうと魔力が詰まってるの。この世界の魔力が気体なら、そこにあるのは液体ってぐらいねちゃっとしてるけど」
「ヴァーニルから似たような話を聞いたことはあるが……ねちゃって」
思わず呟くレウルス。しかし同時に、脳裏に過ぎるものがあった。
「そういえば、スライム……いや、スライムにある『核』って“その隙間”から出るんだよな? だから普通の魔力と違う感じがするのか?」
「そうね。世界間の狭間から押し出されたのが原因よ。まあ、押し出されたっていうより、こっちの世界ってよくヒビが入るからそこから滲み出たっていう方が正しいかも」
「……ヒビ?」
レウルスの中で、様々な要素がつながっていく。バラバラだったものが一本の線になるように。
ヴァーニルからも話を聞いていたが、コモナから得られた情報はそれを裏付けるものだった。
(ヴァーニルから聞いた情報とも一致する。ねちゃっとしてるってのは置いとくとして、コモナもヴァーニルと似たような立場ってことか。それなら今回の件は信用できる……か?)
レウルスは話の続きを促すようにコモナをじっと見る。
「小さいヒビは放っておいても勝手に塞がるし、塞がらないような大きいヒビは直して回っているのがいるし……場所によっては数十年周期でわざと穴を開けて溜まった魔力を抜いているところもあるのよ」
『国喰らい』が出た大陸なんだけどね、と言葉を挟んでからコモナは苦笑する。
「まあ、あそこのシステムは偶然の産物というか、六百……何十年だったか前に色々あって出来たんだけど、使うには色々条件があるしねぇ。この大陸だと使える子がいないから気にしなくていいわ」
「ヴァーニルもそんなことを言ってたな……本当に使える奴はいないのか? 使えたらあの『神』とやらだけでなく、スライムも出てこなくなるかもしれないんだろ? そんな便利なものがあるのなら」
「いや、無理無理。人間離れした魔力を持ってて、なおかつ魔法使いとしても超一流……っていうより魔力の扱いに長けてないと扱えないわ」
そう言いつつ、コモナはレウルスの頭から爪先まで眺めるように視線を上下させる。
「そうね……アンタ、複数の『契約』をしてて、なおかつ魔力も溜め込んでるみたいだけど、そんなアンタでも全然足りないわ。そのシステムも偶然の産物、扱える人間が生まれたのも偶然……うん、純粋な人間じゃないけど、まあ、偶然というか運命ね」
何か思うところがあるのか、コモナの表情は柔らかい。同時に、苦笑も含んでいたが。
「そこから六百年以上脈々と受け継いでいった。生まれた子を限界まで鍛え上げて、次代につないで……もちろん人間の規格を超えるような魔力だから短命でね。アンタがその立場だったら頑丈だからまだなんとかなるんでしょうけど……あっ」
そこまで話したコモナは、何かを思い出したように手を叩く。
「ほら、アンタこの前、黒い髪の魔法人形と戦ったでしょ。あの子が“それ”よ。正確に言うと当代……先代? の娘なんだけどね」
「なんでそれを知って……って、どこにでもいるって言ってたな。あの戦いも見てた……でいいのかわからないけど、知ってるってわけだ」
ここまで話を聞いたレウルスの感想としては、眼前のコモナこそ得体が知れない。精霊教が祀っている存在のため敵対する気はないものの、味方や仲間といった認識はできそうになかった。
「っと、時間がないって自分で言ったのに……こうして誰かと話すのって久しぶりだから、ついつい話が逸れるわね」
そんなレウルスとは裏腹に、コモナは苦笑しながら頭を掻く。外見はエステルのため違和感があるが、不思議と自然に見える仕草だった。
「今回の件、問題は自然に直るには大きく、ヴァーニルみたいに監視している子でも気付きにくい程度の小さいヒビが出来てるみたいでね。このまま放っておくとさっき話した厄介なのが一気に出てきそうなのよ」
「それを俺にどうにかしろって話か……北って言ったけど、具体的な場所はわかるのか?」
スペランツァの町で集めた情報も、北か北東で何かが起きている可能性を示すものだった。しかし方角だけわかったとしても広すぎるため、レウルスとしてはもう少し具体的な情報が欲しい。
「それが今話した、黒い髪の魔法人形と戦った付近なのよね。そこを起点に、あちらこちらにヒビが入っている……感じ?」
「…………」
レウルスは思わず沈黙した。
コモナの話が本当ならば、それは――。
(あの時の戦いが原因か? というか、王都までどれだけかかると思って……いや、そもそも、それだけ距離があるのにあのスライムもどきがこの国の南部まで来てるってことは……)
自分が想像する以上に事態は深刻なのではないか、とレウルスは思う。スライムもどきの移動速度がどれほどかは不明で、王都よりも南側に近い場所に“ヒビ”があるのかもしれないが、下手すればマタロイの国中にスライムもどきが現れている可能性があった。
(待てよ? そこまで広がっていればヴァーニルが気付きそうだし、グレイゴ教の連中も動きそうだ……つまりスライムもどきはそこまで多くない、か?)
確証はないものの、レウルスは状況からそう推察する。そうであってほしいという思いも含まれているが、出現しているスライムもどきが少なければそれだけ被害も減るだろう。
「なるほど……薄っすらとだけど違和感があると思ったらそういうことだったのか。そうなるとヴァーニルに声をかけるか、そのヒビを直すかの二択でいいのか?」
レウルスの脳裏にクリスとティナの顔が思い浮かぶ。吸血種スラウスと戦った際に発生した空のヒビは二人が塞いだため、助力を頼めばこれ以上の被害の拡大を防ぐことができるかもしれない。
「薄っすらとした違和感……アンタ、本当にそれを感じ取れるの?」
「ん? ああ、本当に薄っすらとだけどな。得体が知れないから警戒していて、あのスライムもどきにも対応できたんだが」
仮に違和感を覚えず、普段通り森の中を駆けまわっていればどうなったか。いきなりスライムもどきに襲われ、エリザ達の誰かが犠牲になっていた可能性もある。
そんなレウルスの発言をどう思ったのか、コモナはレウルスとの距離を詰めてまじまじと顔を見詰めた。
「ふーん……割とイレギュラーな事態なんだけどね。僅かでも違和感を覚えることができるのはアンタの感覚が鋭いのか、もしくはアンタの魂がこの世界にとって異物だからなのか……」
「……俺の魂が異物?」
「ええ。初めて会話をした時のこと、覚えてる?」
そう言われてレウルスは自身の記憶を辿る。
コモナと――正確に言えば初めてエステルと会った際、大精霊だと認識しないままに言葉を交わしたことがあった。その時は今と違い、コモナも“余所行き”と思える口調と雰囲気だったが。
「会話の全部を覚えてるわけじゃないけど、因果がどうとか……」
さすがに一言一句、会話の全てを覚えているほど記憶力に自信があるわけではない。そのためレウルスとしても印象に残っていた言葉だけを口にする。
そこでふと、レウルスは自身の発言に引っかかるものを覚えた。
(というか、因果なんて言葉はシェナ村じゃ聞いたこともないし、そもそも前世の……なんだっけ? 仏教か何かの言葉だよな。姐さんに俺がシェナ村の中じゃ使わないような言葉を知ってるって言われたけど、その辺の差異についてもっと考えときゃ良かったか……)
元々はナタリアに指摘されて気付いたことだったが、こうしてコモナと話していると異物扱いされるのも仕方がないのでは、と思えてしまった。
「アンタの魂がこっち側に来たのは……まあ、偶然でしょうね。だからわたしも好きに生きなさいって言ったけど、さっき話した通り、こっちの世界とアンタがいた世界には“隙間”があって、たまに穴が開いたりヒビが入ったりするわ。そこを通ってこっち側の世界に来ちゃったんでしょうけど、その時に少し……けっこう? 割と影響を受けちゃったみたいね」
「その言い方、色々と不安になるな……俺、本当に大丈夫なのか?」
レウルスは自身の体を見下ろすが、目で見て理解できるものではないのだろう。魂が、と言われてもピンとこないのだ。
(レベッカも言ってたな。レンゲって魔法人形にも魂が使われていて、レベッカにも魂を引っこ抜いたり“漂白”したりはできないって)
ただし、そんなレウルスにも思い当たる節があった。
(俺が前世で死んで、魂が世界間のヒビだか穴だかを通ってこっちの世界に来た。なんで脳みそが違うのに前世の記憶があるのかって思ってたけど、物理的に……魂だから物理じゃないけど、前世の俺の記憶か情報? をそのまま持ち込んだ、と。ヴァーニルから聞いた話に裏付けが取れちまったな)
レンゲという魔法人形も、殺す直前に“人間らしい”反応を見せた。レウルスには皆目見当もつかないが、魂を抜き出したり加工したりできるのならば転生と思っていた現象も起こり得るのかもしれない。
「その口ぶりからして、色々と悩んだクチかしら? わたしが見た限りだとアンタの体は今のところ人間よ。ま、その話はいいのよ」
また脱線しちゃったわ、とコモナは頭を掻く。その語りぶりからして、会話に飢えているのかもしれないとレウルスは思った。
「わたしがすぐに接触できて、なおかつ対処できそうな可能性がある……だからアンタに話をしに来たの。こうして危険を知らせるだけで精一杯なんだけどね」
そう言って話をまとめるコモナ。多少話が脱線したものの、コモナがわざわざ話をしに来た理由はレウルスにも理解できた。
「何が起きるのかを教えてもらえただけでも助かったけど、コモナは本当に戦えないのか?」
レウルスは確認として話を振る。コモナは自分が既に死んでいると言ったが、以前エステルが能動的にコモナの力を借りた時は戦えそうな口ぶりだったからだ。
何が起きるのか、どんなモノが出てくるのかはわからないが、『国喰らい』を仕留めたという大精霊の力を借りられればレウルスとしても心強い。
「さっき話した通りなんだけど……ぶっちゃけると状況次第としか言えないのよね。使える魔法はともかく魔力は体を借りている子に依存するし、この子みたいに血族じゃないのなら本当に奇跡的に状況が噛み合ったら少し手を貸せるぐらい……かも? 正直なところ、アンタが連れてる精霊の子達の方が役に立つわ」
「そうか……俺と『契約』を結んで解決できたりはしないか?」
魔力の量が問題ならば、自分が“外付け”の魔力タンクになれば良い。そう考えたレウルスが提案するが、コモナは苦笑しながら首を横に振る。
「わたしは既に死んでるって言ったでしょ? 他の精霊の子みたいに肉体があれば話は別だけど……アンタが背負っている剣の子と同じよ。専用の器がなければこうして話もできないし、力も貸せないわ」
『……ラディア、あなたとはちがうよ?』
それまで会話に加わることをせず沈黙していたラディアが不思議そうな声を出した。それが聞こえたのかコモナは苦笑を深める。
「ええ、そうでしょうよ。わたしの場合は血縁、あなたの場合はそこのレウルスが基点になったイレギュラー……この言葉ってこの使い方で合ってる? 多分こっちの世界の言葉じゃないけど」
「……さっきから違和感があると思ったら、俺がいた世界の言葉を使ってたのか。使い方は合ってるけど、なんで向こうの世界の言葉を知ってるんだ?」
「こっちと向こうはつながることがあるって言ったでしょ? アンタの魂がこっちに来たみたいに、言葉や概念がこっちに来ることも……っと」
そこまで話していたコモナの体が不意に揺れる。まるで力が入らなくなったように前のめりに倒れそうになり、レウルスは咄嗟にコモナを――エステルの体を支えた。
「さすがにそろそろ限界ね。口だけ出して後は託す形になっちゃうけど、心構えだけ……でも……できれ、ば……」
徐々に言葉が途切れていくコモナ。レウルスが気配を探ってみると、エステルの体から魔力のほとんどが消失しているのが感じ取れた。
「ぁ、ん……ん、んん? えっ?」
そして数秒もするとエステルが目を開き、ぱちぱちと瞬きをした。続いて体を支えているレウルスに気付いて顔を上げ、視線を下ろし、再度レウルスの顔を見てから目を見開く。
「あ、あれっ? レウルスさん? なんっ、えっ? こ、ここどこですか? い、一体何があったんですかー!?」
驚愕の声を上げるエステル。目が覚めたら他人に支えられている状態とはいえ自分が立っており、なおかつ家の中どころか外に出ていれば驚きもするだろう。
「今コモナ……いや、大精霊様がですね、俺に話があるとかでエステルさんの体を借りていたんですよ」
詳しい話の内容に関しては触れずにレウルスがそう説明すると、エステルは困惑しながらも納得したように頷いた。
「な、なるほどー……それなら仕方ないですねー」
仕方ないで済むのか、という言葉をレウルスは飲み込む。詳しい説明を求められてもどこまで話して良いかわからないのだ。
エステルはレウルスに寄りかかったまま、困ったように眉を寄せる。
「……すいませんが、教会まで運んでもらってもいいですかー? 魔力がほとんど残っていないので体が……」
寝て起きたらコモナによって魔力のほとんどを消耗していた。
その出来事自体には動揺した素振りを見せないエステルに、以前も同じようなことがあったのだろうと思いながらレウルスは頷く。
(コモナの口振りじゃあまだ時間はある。でもすぐに動くなら姐さんを起こして……いや、王都やその周辺に向かうってなったら姐さんは動けねえ。今夜だけでも休ませるべきか……)
レウルスはコモナの言葉から今後の算段をつけつつ、エステルを抱えて教会へと向かうのだった。




