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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
最終章:人間と魔物の狭間で

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第613話:不穏 その1

 レウルスが違和感を覚えた次の日のことである。


 レウルスは早朝から鎧を身に纏い、愛剣であるラディアを背負い、『首狩り』の剣や短剣も全て装備した状態で家を出た。


 レウルスは違和感を覚えた直後にコルラードへと報告を行い、スペランツァの町にいる魔法を使える者全員に何か違和感がなかったかを確認したものの、特にこれといった反応を得られなかった。


 エリザやサラ、ネディやミーアといった身近な魔法使いにして吸血種、精霊、ドワーフの面々。コルラードを筆頭に歴戦のジルバやグレイゴ教で司教として活動していたクリスやティナでさえ、レウルスの質問に首を傾げるばかりだった。

 用心として魔法を使えない冒険者の面々やコロナ、ルヴィリアやアリスにも話を聞いたものの、レウルスと同じように違和感を覚えた者はいない。そのためレウルスは自身の勘違いかと思ったものの、それに待ったをかけたのはコルラードだった。


 レウルスの話を聞いたコルラードは即座に警戒態勢を敷き、一晩が経つなりレウルスに調査を依頼したのである。


「何もなければそれで良し。お主にも憂鬱になって心を乱されることがあるのだと吾輩が笑ってやるのである。だが、“何か”あってから受け身になって対応するのは下策であろう」


 そう言って自身の顎を撫でるコルラードに、レウルスはしっかりと頷くことで同意した。


 幸いというべきか、スペランツァの町の戦力は充実している。エリザ達を連れてレウルスが調査に赴いたとしてもコルラードが率いる領軍にジルバ、クリスにティナ、カルヴァン達ドワーフがいるのだ。


 そのためレウルスとしても心置きなく調査に赴くことができた――のだが。


「んー……この感覚は、なんと言ったらいいんだろうな……」


 ひとまずスペランツァの町周辺の安全を確保しよう、と出発したレウルスだったが、喉に小骨が刺さったような違和感があった。それは非常に曖昧かつ感覚的なもので、レウルスとしても上手く言葉にすることができない。


 薄っすらと察知できる違和感。それは殺気のような、魔力のような、不安のような、懐かしさのような。様々な感覚を混ぜ合わせた形容しがたいものだった。


「魔力は感じないんじゃが……サラ、そっちはどうじゃ?」

「怪しい熱源もないわよ? 単独で動いている魔物っぽい熱源が一つ……あ、探知できる範囲にもう一つ増えた。ミーアは?」

「森も静かだし、ボクも違和感はないかな? ネディちゃんは?」

「…………ん」


 エリザ達もそれぞれレウルスが言うところの違和感を探るものの、それらしい気配はない。ネディも首を傾げるばかりで、レウルスのように“何か”を感じ取っているわけではないようだった。


(“腹がいっぱい”で感覚がおかしくなった……って感じでもないんだよな。でも俺だけが違和感を覚えてるってなるとそっちの……)


 誰かに見られている、意識を向けられている、何かが潜んでいる。そういった感覚的な違和感にも近いが、レウルスとしても確証がない。複雑すぎて説明ができない違和感だ。


「一応聞くけど、ラディアは?」

『きょうはおでかけだねー』

「お出かけ……まあ、これもお出かけといえばそうだけど」


 精霊剣であるラディアに話を振ったレウルスだったが、返ってきたのはのんきな声だった。そのため苦笑を一つ零し、レウルスはサラへと視線を向ける。


「とりあえずサラが感じ取った熱源の方に行くか。強い魔物が近付いてきているって可能性もあるしな。熱源はどっちの方向だ?」


 そう言いつつも、サラの反応から下級の魔物が熱源探知に引っかかっただけだろう、とレウルスは思考する。『首狩り』のような例外もいるが、強力な魔物は相応に体も大きいため近付けば近づくほど熱源の大きさで判別がしやすいのだ。


「えーっと……少し移動してるけど、あっち」


 サラが指をさし、それを見たレウルスは木々が生い茂って視界が遮られがちな頭上を見上げる。そして太陽の位置を確認すると、脳裏にアメンドーラ男爵領の大まかな地図を思い浮かべた。


「北の方角か。距離的に街道に近いし、通行人が襲われる前に狩っといた方が」


 いいな、と言いながら視線を下ろしたレウルスだったが、その視界の中で何かが揺れた。


 サラが指をさした方角を見るエリザ達と、“その背後”に立つ二メートル近い人型の水の塊が腕を振り上げて――。


「っ!?」


 反射的に『熱量解放』を使い、レウルスは瞬時に地を蹴る。それと同時に背負っていたラディアを抜き放ち、エリザ達へと迫っていた謎の物体へと斬りかかった。


「えっ!? いきなり何ってなんじゃそれ!?」


 突如として戦闘態勢に入ったレウルスを見てエリザが驚きの声を上げるが、自分達の背後にいた存在に気付くなり更に大きな声を張り上げる。それでもそれぞれが即座に戦闘態勢を取り、ミーアとネディが前に、エリザとサラが後ろへと下がって前衛と後衛に別れた。


(かた……くはねえ! でもなんだこの手応え!?)


 そして斬りかかったレウルスといえば、ラディアを通して伝わってくる感触に内心で困惑していた。


 突然の襲撃だったためきちんと刃筋を立てることができなかったが、それでもと思い振るった斬撃は人型の水の塊の腕に食い込み、そのまま斬り飛ばすことに成功する。しかし斬り飛ばすまでに腕が伸び、ゴムを強引に引き千切るような抵抗を感じ取っていた。


 レウルスは腕を斬り飛ばした勢いに乗って前蹴りを叩き込むと、人型の水の塊との距離を強引に空ける。


(あの外見……メルセナ湖で戦ったスライムみたいに人間の姿を真似た? いや、『核』が見当たらねえ。スライムじゃない……か?)


 ラディアを構えつつ、レウルスは相手を注視する。


 その体は水のように透明だが、透けた体を通して見える景色が歪んだ硝子を覗き込んだように屈折しているため一度気付けば見失うことはないだろう。


 メルセナ湖で交戦したスライムが最終的にとった姿――『龍斬』を持つレウルスを真似たように人型だが、その動きは人間からほど遠い。スライムにあるはずの『核』も見当たらず、レウルスは油断なく人型の水の塊がどんな動きをするか確認しながら口を開く。


「エリザとミーアは目視で周囲の警戒! サラは熱源を探ってくれ! ネディはみんなの防御を!」


 相手の数が不明で、魔法を使ってくるかも不明。サラの『熱源探知』を潜り抜けてきた以上、体温による察知も困難だろう。それでも他の魔物が戦いに気付いて突っ込んでくる可能性がある以上、サラの警戒を解かせるわけにはいかない。


 それでいて眼前の敵は斬って倒せるのか、魔法で薙ぎ払うべきなのか。未知数の敵を前に、レウルスはラディアを構えたままでネディへ声をかける。


「ネディ、あいつはスライムか? それとも水棲の魔物か?」


 ないとは思うが、水の塊が動いている可能性もゼロではない。そう判断したレウルスが尋ねると、ネディは眉を寄せつつ首を傾げた。


「……ネディにもわからない。スライム……のような、違う……ような?」


 困惑した様子のネディの声に、レウルスは警戒を強める。人型の水の塊からは魔力が感じ取れず、殺気や敵意、害意といった感情も伝わってこない。レウルスがその姿に気付けたのも、偶然視界に映ったからだ。


(他にもいるのか? 町の方はジルバさん達がいるが……いくらジルバさん達でも接近に気付けるか?)


 スペランツァの町ではコルラード指揮の下、レウルス達が調査から戻るまで警戒を行っている。森の中と異なり町の周囲を土壁と空堀で囲んでいるため侵入は困難だろう。だが、体が透明である以上、見張りの者達が見落とす可能性もある。


 人型の水の塊は剣を構えたレウルスを警戒しているのか、ゆっくりとした動きながらレウルスの背後にいるエリザ達へと向かう素振りを見せている。

 普段ならば先制して斬りかかっていただろうが、レウルスとしても得体が知れない相手である。そのため出方をうかがう形となり――『熱量解放』を使うレウルスの聴覚が妙な音を捉えた。


「うわっ! 何かいる! 風景がぐにゃってしてる!」


 それと同時にサラが驚いたような声を上げる。サラの視線の先では人型の水の塊よりも小さな、中型犬でも模したような形で地を駆ける水の塊があった。


「見にくくて狙いにくい……けどっ!」


 僅かに遅れてミーアが動き、愛用の鎚を地面に叩きつける。すると水の獣ごと地面が隆起し、宙へと打ち上げた。


「そこじゃっ!」


 空中で身動きできない水の獣へ向け、エリザが杖を向ける。そして威力ではなく発動の速度を重視して雷撃を放つと、回避も防御もできずに直撃して水の獣が落下した。


「――凍って」


 それらの動きに合わせるようにネディも魔法を振るう。レウルスが腕を斬り飛ばした人型の水の塊に対し、体全体を飲み込むようにして瞬時に凍結させていく。


「おおおおおおおおおおおぉぉっ!」


 次の瞬間にはレウルスが踏み込み、構えていたラディアで唐竹割りにして縦に両断した。それでも念のためにと斬撃を横へ走らせ、四分割にしてから距離を取る。


 地面に落下した水の獣は墜落の衝撃でそのまま弾け、凍った状態で四分割にされた人型の水の塊は重い音を立てながら地面に転がった。それを視界に収めながらも他に敵がいないか周囲に気を配るレウルスだったが、物音もそれらしい姿も見当たらず、小さく息を吐く。


「あっさりと死んだ……死んだでいいのか? とにかく倒せたみたいだが……」


 レウルスはそう言いつつも警戒を解かず、四分割にした氷の塊に近付き視線を落とす。


(凍った分、体が大きくなっただけって感じにも見えるけど……動かないし妙な気配もない。でもやっぱり、『核』は見当たらない……か?)


 元々透明だったため、ネディが氷漬けにしても氷の塊が四つ転がっているだけにしか見えない。レウルスは試しに氷を踏み砕いたり、ラディアの刀身に炎を纏わせて斬ってみたりするが、再び動き出すようなことはなかった。


「この二匹がレウルス君が言ってた変な気配の持ち主……で、いいのかな?」


 鎚を構えたまま、水の獣が弾けた場所を観察しながらミーアが呟く。その問いかけを受けたレウルスは首を捻ると、自信なさげに肩を竦めた。


「んー……違和感はなくなってないな。ただ、こっちの方角に進んできたらほんの少しだけ強くなったような気がしないでもない……」


 スペランツァの町から北の方角へ向かって進んできたが、言葉にした通りほんの僅かながら違和感が強くなったように感じられた。しかし気のせいと言われれば納得してしまえるほど微細な違いだったため、レウルスとしても強く断言はできない。


「とにかく、この二匹は原因じゃないみたいだし、他にいないとも言い切れないし、それ以外の何が原因なのかもわからん……とりあえず周辺を見て回ってから町に戻って報告して、警戒態勢を整えないとまずいってことだけはわかるけどな」


 ただの魔物ならば心配する必要もないだろうが、得体が知れない相手である以上油断はできない。ひとまず周辺の確認をしたらすぐさま引き返すべきだと判断するレウルスに対し、エリザが同意するように頷く。


「そうじゃな。町の方にも現れていたら……ジルバさんあたりが倒してそうじゃが、警戒は必要じゃな」


 ついでに苦笑するように言葉を付け足すエリザにレウルスも笑って返し、すぐさま周辺の索敵を行ってからスペランツァの町へ向かって駆け出した。





 

 スペランツァの町には規模の割に過大とも言えるほどの戦力が揃っている。だからこそレウルスもそれほど心配はしていなかった――のだが。


「おや、予定よりも早いお帰りですが、そちらでもあの奇妙な魔物が出ましたか?」


 普段通りとしか言えない立ち姿でジルバに出迎えられたレウルスは、思わずといった様子で苦笑を浮かべる。初めて会った頃と比べて老いたと思ったジルバだが、頼りになるという点では微塵も変わっていないことがわかったからだ。


「出ました。だから報告も兼ねて戻ってきたんですが……」


 そう話しつつ周囲に視線を向けるレウルス。


 ジルバはスペランツァの町の北門前に立っていたのだが、その足元には“何か”の液体が染み込んだような跡が残っていた。他に異常はなく、土壁や空堀、門が壊された形跡もない。


 見張り台に立つ見張りや閉じた門の前で警戒する門衛、土壁越しに町の周囲を索敵している冒険者達が手を振ってきたためレウルスも手を振り返すと、レウルス達の様子から帰還した理由を悟ったジルバが問いかける。


「ふむ……そちらでは何体出ましたか?」

「こっちは二体……二匹? 人型のやつと犬みたいな形のやつが襲ってきました」

「なるほど。こちらは三体でしたが、いずれも人を真似たような形をしていました。レウルスさんが仰っていた違和感に備えて警戒態勢を取っていましたが、正解でしたね」


 ジルバがそう言いながら肩越しに振り返ると、門を飛び越えるようにしてクリスが姿を見せた。そして軽い着地音と共に降り立つと、レウルス達を見て仮面を外した素顔にぎこちないながらも笑みを浮かべる。


「あ、と……おかえり、なさい」

「おう、ただいまクリス」


 とりあえずレウルスが返事をすると、クリスの頭部に生えた狐耳がピクピクと動く。しかしクリスはすぐさま意識を切り替えるように咳払いをし、ジルバへと視線を向けた。


「きょ……ジルバ、さん。こっちに出た一体は片付けた。周囲にそれらしい動きはない」

「そうですか。お怪我はないようでなによりですよ」


 未だ慣れていないのか、クリスはジルバを『狂犬』と呼びかけて訂正する。ジルバはそんなクリスに小さく笑って返し、レウルス達へと視線を戻した。


「町の中央でコルラード殿が指揮を執っています。まずはそちらにいきましょうか」

「それは構いませんが……全員で向かって大丈夫ですか?」


 せめてエリザ達に残ってもらった方が良いのではないか、という疑問をぶつけるレウルス。ジルバが倒したということは素手で接触しても問題ない相手なのだろうが、魔法の使い手がいた方が冒険者や見張りが安全に戦えると思ったのだ。

 だが、ジルバはその問いかけに柔らかく微笑む。


「クリスさんがいますから大丈夫ですよ。サラ様のように熱源を探知することはできずとも、優れた風魔法の使い手は風を使った索敵を得意としますからね」

「ジルバ、さんにそう言われるのは変な気分だけど……まあ、がんばる」


 クリスは複雑そうな表情をしていたが、すぐさま跳躍して門の上に着地する。和解こそしたもののこれまでの関係を思えばそれも仕方がないだろう、とレウルスは思った。

 それでもひとまず索敵をクリスに任せ、レウルス達はジルバと共にスペランツァの町へと足を踏み入れる。


 普段は作業に精を出している冒険者やドワーフが武器や防具を身に纏い、それ以外の作業者は邪魔にならないようにと町の中央に集まっているようだった。そこにはルヴィリアやコロナの姿もあり、レウルス達を見るなり安堵したように息を吐いている。


「おお、無事に帰ってきたのであるな」


 町の中央――将来はナタリアの邸宅が立つ予定地に突貫で陣地を構築していたコルラードがそんな声を上げる。


 元々空堀を設けていたため、追加で堀を囲う形で柵を設けた簡素な陣地である。そこにこれまた突貫で柱と屋根を設け、机や椅子を運び込んで指揮所として活用しているようだった。


 コルラードは普段よりも険しい表情をしていたものの、レウルス達を見るなり僅かに表情を和らげる。しかしそのすぐ傍の机には開拓を始めて以来調査してきたスペランツァの町や近隣の情報を記した地図が広げられており、これまでの情報が書き込まれた紙が何枚もその傍に置かれていた。


「早速で悪いが報告を頼むのである」


 労いもそこそこに情報を求めるコルラードに対し、レウルスは自分達が遭遇した敵の概要と倒した方法、戦った場所などを端的に伝える。するとコルラードと一緒にいたアリスが手早くそれらの情報を紙に書き込み、地図の傍に置いた。


「ありがとう、アリス殿。ふむ……今のところ数はそれほど多くない。しかしほぼ透明で見落としているだけという可能性……『核』がないスライムが何かしらの形を取っているか、『核』も透明なのか、新種の魔物か……ジルバ殿、あの魔物と戦った感触はどうでしたか?」


 コルラードは自身の考えをまとめるように呟き、その視線をジルバへ向ける。普段はジルバに対して畏怖している様子のコルラードだったが、事態を重く見ているのかその姿は準男爵として、アメンドーラ男爵領の領軍を預かる身として相応しいものだった。


「三匹仕留めましたが、いずれもスライムとは異なる手応えでしたね。外皮が薄く体も脆く……打撃をほんの三度叩き込んだだけで弾けてしまいましたよ」

「そりゃジルバさんが三回殴ったら死ぬでしょうよ……」


 思わず、といった様子でレウルスは苦笑する。


 相手次第ではあるが、ジルバは中級の魔物でさえ一撃で仕留めるのだ。そんなジルバが三度打撃を叩き込むまで生きていた相手の頑丈さを脅威と思うべきか、打撃だけでも殺せるのだと前向きに捉えるべきか。


「打撃が通じる……が、ジルバ殿は例外として、普通の打撃が通じるのか……今度現れたらドワーフの面々に試してもらうとして、魔法は有効であるな。斬撃も通じるようだがレウルスの腕力と剣の特殊性を考慮すると……」


 普段ならば何かしらの反応を見せたであろうコルラードだったが、思考を巡らせるように呟きを漏らす。


「優れた知能があるなら厄介な手合いであるな。ないなら……まあ、対処できん相手でもない。カルヴァン殿」

「おう。呼んだか?」


 コルラードは簡易な陣地の手入れを行っていたカルヴァンを呼ぶと、地図に指を這わせて町の周囲をぐるりとなぞる。


「町の資材を使って構わぬ故、鳴子を仕掛けてほしい。簡単なもので構わぬ。それと下水道の出入口の封鎖を頼むである。地下から侵入される危険性があるのでな」

「下水道の方はすぐにでも終わらぁな。だが、鳴子の方は簡単なものっつっても広さが広さだ。資材が足りねえ。その辺はどうする?」

「家屋が集まっている方向を重点的に頼むである。堀に水を張っても良いのだが、水に入る音を聞き逃すとまずいのでな。あと、敵が単独で現れたらドワーフだけで対処できるか試してほしいのである。安全を最優先にした上で、ではあるが」

「あいよ。んじゃあ俺らドワーフと、あとは作業に慣れたやつを二十人ほど借りていくぞ」


 そう言ってカルヴァンはすぐさま作業に取り掛かる。すると、そんなカルヴァンと入れ違うようにしてクリスが駆けてくるのが見えた。


「報告。今のところ町の周囲に不審な動きをしているものはない」

「助かるのである。ティナ嬢もいるから迎撃の戦力は十分だが、索敵に回せる人員がどうにも……隊長殿もそうだったが、優れた風魔法の使い手がいると索敵が楽であるな。クリス嬢ならば……まあ、当然であろうが」


 元々グレイゴ教の司教を務めるほどの腕前ならば、という言葉は飲み込むコルラード。


 ナタリアもそうだったように、風魔法の使い手は風を操って広範囲の索敵を可能とする。その規模や精度は技量次第だろうが、クリスはグレイゴ教徒の中でも指折りの存在だ。並の風魔法の使い手よりも索敵は得意だろう。

 だが、そんなコルラードの言葉にクリスは首を横に振る。


「あの『風塵』と同じぐらいの働きを求められると……その、困る」


 言葉通り、困ったように眉を寄せるクリス。照れているわけでも謙遜しているわけでもなく、本心からの発言のようだ。


「俺はちゃんとした魔法使いじゃないからなんとも言えないけど、姐さんとクリスにそこまでの差があるようには思えないんだが……」


 クリスの表情を見たレウルスは軽い雑談を兼ねて話を振った。クリスやティナとは完全に打ち解けたとは言えないため、出来る限り言葉を交わそうと思ってのことである。


「簡単に負けるつもりはない。でも、仮に『風塵』がグレイゴ教に入れば即座に司教の中でも上位になると思う。あの人は……すごく強い」


 クリスとナタリアはかつて吸血種のスラウスと戦った際、結果として共闘した関係である。そのため彼我の力量差を見切っての発言なのだろう。


「そんなもんなのか……でも、この町に姐さんはいないし、クリス以上に風魔法を使った索敵が上手い奴もいない。クリスがいて良かったし、頼りにしてるからな」

「っ……うん。頑張る」


 エリザも風魔法を扱えるようになったものの、クリスと比べれば遥かに劣る。風を使った索敵も得意ではなく、どちらかといえば戦闘に特化していた。

 そのため索敵に関してはクリスに頼る部分が大きくなる。しかし頼りきりになるわけにもいかず、事態が長期間に及べばクリス自身も休養を必要とするため、コルラードも魔法に頼らない索敵や防衛の準備をしているのだろう。


 クリスが索敵に戻るのを見送ると、コルラードが地図に文字を書き込みながら口を開く。


「ううむ……開拓が止まるのは痛いが、まずは原因の調査が先決か。安全を確保できねば作業も捗らん……レウルス、すまぬが町の周辺に原因となるものがないかの確認を頼むである。ただし、どんなに遅くとも夕刻までには帰ってくるのだ。良いな?」

「そりゃ構いませんが……夜間の戦闘は避けるべきと?」

「うむ。サラ嬢の索敵が機能しない以上、いくらお主らといえど危険が大きいであろう。原因が何か、どこにいるかわかっていて、無理をしてでも倒すべき状況ならば仕方ないが……今はまだ、無理をする状況ではないのである」


 そもそも取り除いてどうにかなる原因があれば良いのだが、と呟くようにして付け足すコルラードの姿に、レウルスはその視線を東――ラヴァル廃棄街がある方向へと向ける。


「しかしこうなるとラヴァル廃棄街の方も心配ですね。姐さんがいるから大丈夫だとは思うんですが……」


 レウルス達ならば警戒を最低限にして森の中を全力で走り抜ければ、早朝に出発して日が暮れる前に到着することも可能だ。そのためラヴァル廃棄街の状況も確認しようと思えばできるが、この場の指揮官はコルラードである。


「ラヴァル廃棄街程度の広さならば問題はあるまい。クリス嬢の言葉ではないが、隊長殿が守る場所である。夜間だろうと不意打ちも通じぬし、下手に近付けばその瞬間に……うっ、胃が……」


 レウルスとしては心配だったが、コルラードは別意見だったらしく言葉の途中で腹部を右手で押さえてしまう。どうやらラヴァル廃棄街に近付いては細切れにされる敵の姿でも想像したようだった。

 そうしてコルラードが腹部を押さえると、すぐさまアリスがコルラードの背中を撫で始める。効果があるのかは不明だが、数秒も経つとコルラードは姿勢を正して咳払いをした。


「ごほん……ひとまず三日、調査を行うのである。その間に索敵と防衛の態勢を整えるが、長期化しそうならラヴァル廃棄街に向かってもらうぞ。向こうにも同じ敵が迫っているかわからぬが、仮にいた場合は隊長殿も安心して身を休める時間が必要であるしな」

「それではこの町に到着予定の隊商等は我々精霊教徒が迎えに行きましょう。自前の戦力があるでしょうが、もしもということもあります……おっと、精霊教徒ではなく、“この町の人間”として守りに行きますね」


 コルラードやナタリアの面子を考えたのだろう。言い直して微笑むジルバに対し、コルラードも苦笑しながら頷く。


「頼みましたぞ、ジルバ殿。それとレウルス達も無理は禁物である。まずは原因の調査が最優先で、危険が大きいのなら撤退するように。いいな?」

「了解です。任せてください」


 様々なことを決めて指示を出すコルラードの存在をありがたく思いながら、レウルスも頷きを返すのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 取り合えず食ってみるレウルスらしくないなあ まあ水になって地面にしみ込んじゃ食えんが 凍ってるのは食えなくもないやろ?(明後日の方を見ながら
[一言] 『どこ』から来たやつでしょうねえ?
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