第609話:新生活 その5
カンナと森の中で出会った日の晩。
スペランツァの町に帰還したレウルスは自宅の居間にクリスとティナを呼び、事の顛末を伝えた。居間にはレウルスだけでなくエリザ達やルヴィリア、コロナの姿もある。アリスはコルラード様のところに行ってきます、とだけ言い残して外出中だった。
「そう……」
「カンナが……」
レウルスの話を聞いたクリスは少しだけ悲しそうに、ティナは安心したように声を漏らす。
「それでどうする? グレイゴ教に戻るのなら止めないし、ジルバさんが動くようなら今回ばかりは止めるが」
クリスとティナに関してはなんだかんだでジルバも見逃しそうだが、などと思いながらレウルスは尋ねる。
他の精霊教徒がどう動くかはわからないが、クリスもティナも司教の一角を担う強さがある。ジルバ以外で止められる精霊教徒が現在のスペランツァの町にいるかレウルスは知らないが、おそらくいないのではないかと考えていた。
「俺としちゃあ、グレイゴ教徒に良い印象はない。ジルバさん達精霊教徒からすればもっと印象が悪いだろうし、グレイゴ教を抜けたからそれまでの確執がすぐになくなるってこともないだろう」
そう言いつつ、レウルスはエリザへ視線を向ける。なんだかんだで打ち解けつつあるが、レウルス達の中で最もグレイゴ教徒と確執があるのはエリザだ。
エリザのことを慮るならばクリスもティナもすぐさま追い出すべきだったのかもしれない。しかしそうしなかったのは、二人とエリザに重なる部分があったからだ。
吸血種と妖狐という種族の違いこそあれど、三人とも故郷から逃げ出した。行きついた先がラヴァル廃棄街とグレイゴ教という点も異なるが、レウルスから見たクリスとティナ――特にティナはかつてのエリザに似た雰囲気がある。
外見や言動から察するに、クリスとティナも相応に重い過去を背負って故郷を離れたのだろう。カンナからの情報ではあるが、二人ほどの年齢の少女が今よりも更に幼い頃にジパングという島国から海を渡ってカルデヴァ大陸まで逃げてきたのだ。余程のことがあったのだろうと推察される。
“だからこそ”レウルスもクリスとティナがスペランツァの町に居付くことを止めはしない。クリスとティナ、そしてエリザと比べれば悲惨とは言えないが、レウルスも生まれ故郷であるシェナ村から逃げた身である。
そんな身の上で心から故郷だと思える場所に辿り着けた嬉しさは、筆舌に尽くしがたいものがあったのだ。クリスとティナにとってもスペランツァの町がそうなる保証はないが、その心情が僅かなりとも理解できるレウルスとしては二人に同情的だった。
「この町に住みたいっていうのなら俺は止めない。ジルバさん達精霊教徒に関しても、上手いことやれば……あー、でも一応聞いておくけど、過去に精霊を殺してたりは……」
「クリスはない」
「ティナもない」
一応という体で確認を取るレウルスに、クリスとティナは揃って首を横に振る。その返答を聞いたレウルスはそうだろうな、とも思った。
仮にクリスとティナが精霊を害していた場合、ジルバがそれを勘で見抜いて外見や年齢を無視して殺しにかかっていただろう。理屈も何もないが、ジルバならばそれが可能だとレウルスは確信していた。
「そうか……それならあとは」
ちら、とエリザを見るレウルス。その視線が何を意味するのか察したのか、エリザは大きく深呼吸をしてから真剣な表情を浮かべた。
「“わたし”は、この二人はこれまで見た多くのグレイゴ教徒とは違うんじゃないかって思ってる。この前の戦いの時もわたし達を助けてくれたし……ただ、その……」
普段の口調ではなく、素の口調で話すエリザ。クリスとティナを見つめる瞳も表情と同じように真剣だったが、その声色に戸惑いと遠慮の色を混ぜながら尋ねる。
「どうしてグレイゴ教徒になったか……それだけは確認しておきたい、かな」
「…………」
「…………」
エリザの問いかけに対する返答は沈黙だった。クリスとティナは横目で互いに視線を交わしたかと思うとクリスは視線を彷徨わせ、ティナは悲しそうに視線を落とす。
「クリスちゃん、ティナちゃん……」
それでもコロナが気遣うように声をかけると、ティナが狐耳をピクリと動かしてから顔を上げた。
「よくある……そう、よくある話でしかない。クリスもティナも妖狐と呼ばれる魔物の子で……“だからこそ”住んでいた村の奴らに両親を殺されて故郷から逃げ出した」
「あとは海を渡ってこの大陸に来て、身の安全を求めてグレイゴ教徒になった。殺されるかもしれなかったけど、その時はそれでもいいかなって」
淡々と語るティナに触発されたのか、クリスも言葉を紡ぐ。しかしそれはどこか投げやりにも聞こえ、コロナが小さく息を呑む。
「……グレイゴ教徒になったのって、二人にとっては生きるための手段だったんだね」
エリザが痛ましそうに眉を寄せながら呟く。クリスやティナとは似たような境遇と言えるため、“その温かさ”を失う恐怖が強く感じ取れたからだ。
両親が死んだものの転生した身の上かつ幼い頃だったため両親という認識が薄いレウルスに、精霊という種族故に両親がいないサラとネディ。カルヴァン達家族が健在なミーアやドミニクが生きているコロナ、両親が生きているルヴィリアには共感するにも限度があった。
「でも……これも聞いておかなきゃ。あなた達はわたしの家族を、おばあさまを、おかあさまを、おとうさまを、生まれてくるはずだった弟や妹を殺した件に関係は……ある?」
真剣に、噓偽りは許さないと瞳で語りながらエリザが尋ねる。それと同時にエリザの内心を示すように魔力が高まりつつあるのをレウルスは感じ取った。
もしもクリスやティナがエリザの家族が殺された一件に関係していれば、エリザがどう動くか。こればかりはレウルスにも止めようがなく――クリスもティナも、揃って首を横に振る。
「話に聞いたことがあるぐらいで、正道派のクリスとティナは直接的なかかわりはない」
「その頃、ティナはクリスと一緒に少しでも強くなれるようカンナの下で訓練に励んでいた」
そう言って真っすぐにエリザを見詰める二人。それでもグレイゴ教徒という括りで見れば無関係とはいかず、その点を責められれば甘んじて受け入れるといわんばかりだった。
「……そう、なんだ。うん……わかった」
二人の言葉に嘘はないと判断し、エリザは高めていた魔力を霧散させる。そして再度深呼吸をすると、その視線をレウルスへ向けた。
「ワシから聞くことはもうないのじゃ」
「……そうか」
口調を普段のものに戻したエリザに、レウルスもそれ以上は何も言わなかった。ただ、少しだけ席を立ってエリザの傍に歩み寄ると、労わるようにその頭を一度だけ優しく撫でる。
「あとは二人の気持ち次第だな。それで、どうする?」
グレイゴ教を抜けるのか、戻るのか。抜けたとしてこのままスペランツァの町に居付くのか。その判断を委ねると、先に反応したのはクリスだった。
「クリスは……グレイゴ教に未練はない。でも、正直、この町で生活するとしても不安を抱いている。お父様もお母様やわたし達が人間と一緒に暮らせるように頑張ってくれた。でも、駄目だった。だから……怖い」
クリスは視線を彷徨わせながら、不安そうにしながら言う。
「ティナはこの町で生活したい。人と魔物が共存できるのは……お父様がわたし達のために目指してくれた在り方が許されるのは、この町以外ないと思う。それに……」
ティナはクリスと異なり、グレイゴ教に戻ることすら触れなかった。それでも言葉を濁したかと思うとレウルスを、続いてコロナをじっと見つめ、最後にエリザ達の顔を見回す。
「温かくて……離れたくない」
そう言って自身の胸に手を当てるティナ。その姿は自身の居場所を見つけて安堵する子どものようであり、同時に、スペランツァの町や人々を守りたいと決意するようでもあった。
「ティナ……」
クリスは妹の言葉に目を見開く。双子とはいえ意見が異なることも多々あるが、ここまで心情に差があるとは思わなかったのだ。
クリスが感じているのは、今しがた言葉にした通り強い不安なのだろう。人間の町に亜人とはいえ魔物が住むとなると様々な軋轢があって然るべきだ。レウルスもそれは認めるところである。
だが――。
「明日にでも町のみんなに聞いてみればいいさ。二人が住むことになったらどう思うかってな」
悪い結果にはならないだろう。
そう付け足してからレウルスは優しく微笑むのだった。
「あん? 亜人がこの町に住み着いたらどう思うかって? いや、そんなこと言われても……今更かなって」
「そうだぞ嬢ちゃん達。この町ってーかラヴァル廃棄街の頃から……違うな。レウルスが住み着いてから色んな種族が町に住むようになったし今更だな」
「吸血種、精霊、ドワーフ、レウルス……ほら、たくさん住んでるし今更だって」
「おい待てよなんで俺を別種族扱いしてんだよ」
翌朝、早速食堂で冒険者を相手に聞き込みを始めたクリスとティナだったが、返ってきた言葉に真っ先に反応したのはレウルスだった。異議あり、と言わんばかりに噛みつくが、話を振った冒険者達は互いに顔を見合わせてから真顔でレウルスを見る。
「以前カルヴァンの旦那達と騒いでた赤い髪の兄ちゃん……ぶっちゃけアレも人間じゃなかったんだろ?」
「雰囲気でわかるよな。話しかけてみたら普通に答えてくれたけど、これ絶対やばい存在だなって感じがしたし」
「そうそう。あの兄ちゃん、多分レウルスと同類だって。種族じゃなくて在り方とか行動が」
「同類じゃねえよ! 仮に同類だとしても扱い軽いな!?」
スペランツァの町の人間――正確に言えばラヴァル廃棄街で生活していた冒険者達が、亜人に対してどのように思っているか。それをクリスとティナに教えるつもりのレウルスだったが、無視できない反応をされたため再度ツッコミを入れる。
しかしそんなレウルスの言葉にも冒険者達は笑うばかりで、そこにはからかいの雰囲気こそあれど忌避する気配は微塵もなかった。周囲の冒険者達も笑っており、笑っていない者はクリスとティナが心配なのか食堂から顔を覗かせているコロナぐらいしかいないほどだ。
「そういう質問をするってことは嬢ちゃん達も亜人か?」
「今度はなんだろうなぁ……って、あれ? そっちの嬢ちゃん、よく見たら尻尾と耳が……」
「えっ? お前、今頃になって気付いたのかよ!?」
動じることなく朝食を食べていた冒険者の一人が驚いたように目を見開き、傍にいた他の冒険者から叫ぶようにしてツッコミを入れられる。クリスは狐面をつけたままだったが、ティナだけは狐面を外して狐耳と尻尾を晒した状態だったからだ。
そんな冒険者の反応にクリスとティナはびくりと体を震わせたが、冒険者の男はそれに気付かず頭を掻いた。
「いや、気付いてはいたんだが……レウルスが連れてるし、まあ、そんなこともあるかなって流してたから」
「そんなこと……」
「そんなこと……」
クリスとティナは揃って同じ呟きを漏らす。二人の人生において、自身に生えた狐耳と尻尾を見知らぬ他人に“そんなこと”で済まされたのは初めてのことだった。
クリスとティナの反応、そして冒険者達のやり取りに、さすがのレウルスも何をどう言えば良いかわからず曖昧に笑うだけに留める。
「なんか傷つけたのならすまん。そこで変な笑い顔をしてる奴が次から次へと色んなやつを連れてくるから、思いっきり感覚が狂ってたわ」
「カルヴァンの旦那達も、最初は馴染むのに時間がかかったもんだけどなぁ。酒飲んで殴り合ったら打ち解けたけどさ」
「俺らと耳の形が違って尻尾が生えてるだけだしな……自分の体積の何倍も食べる奴と比べたら驚きも少ないって。なあ、『魔物喰らい』?」
「そこで俺に振るか……」
おかしい、ここまで軽い反応が返ってくるとは思わなかった、とレウルスは内心で呟く。
自分自身を引き合いに出されるのは良いとしても、妖狐の血を引いたクリスとティナの扱いが『狐耳と尻尾が生えているだけ』で済むのはレウルスの予想を超えていた。
それはクリスとティナにとってもそうだったのだろう。むしろレウルス以上の衝撃を受けたらしく、視線があちらこちらへと彷徨う。
「でも……クリスもティナも、グレイゴ教徒で……」
そして十数秒もの時間をかけてクリスの口から出てきたのは、妖狐や亜人といった要素から離れた自分達の立場を示すものだった。冒険者達の反応から、スペランツァの町において亜人が忌避される存在ではないと悟ったのだろう。
「ふーん……グレイゴ教徒。嬢ちゃん達がねぇ……」
しかし、亜人であることを明かした時と異なり、グレイゴ教徒だと聞いた冒険者達の反応は顕著だった。瞬時に警戒するような態度へと変わり、鋭い視線でクリスとティナを見る。
ラヴァル廃棄街で冒険者として活動していた者達にとって、グレイゴ教徒は明確な敵だ。故国から逃げ出したエリザがラヴァル廃棄街に辿り着き、レウルスが面倒を見るようになってから起こった“事件”は警戒させるに足るものだったからだ。
冒険者達の反応が激変したことにクリスとティナは困惑する。しかし二人で一人前扱いとはいえ司教として活動していたクリスとティナは、警戒を向けられる理由にもすぐさま思い至った。
だが、冒険者達はクリスとティナから視線を外すなりレウルスを見る。そしてレウルスが二人に向ける態度を見ると、ため息を吐きながら肩を竦めた。
「レウルスが斬ってないんだ。何かしら事情があるんだろ?」
「俺達の敵、町の敵なら真っ先に殺しにかかってるだろうしな」
「信頼がありがたいって言えばいいのかね……こりゃ」
冒険者仲間が斬っていないのだから、何か理由がある。すぐさまそう判断されたことに、当のレウルスとしては喜べば良いのか嘆けば良いのかわからなかった。
(……いや、割と妥当かな? 思い返してみるとしょっちゅう戦ってたしな)
レベッカを筆頭に、グレイゴ教徒というだけで殺し合っていた身だ。その点だけ見ればジルバと大差なかった。そんな自分が斬りかかっていないというだけで、相応の理由があると判断されたのだとレウルスは納得する。
「返答によっちゃあこっちも態度が変わるかもしれねえけど、一応聞いとく。なんでグレイゴ教徒になったんだ?」
冒険者の一人が不意にそんなことを尋ねる。その問いかけを受けたクリスとティナは顔を見合わせると、クリスが狐面越しに口を開いた。
「……クリスもティナも、妖狐っていう種族のお母様と人間のお父様の間に生まれた。でも、住んでいた村の奴らに両親が殺されたから、故郷から逃げて……グレイゴ教に入ったのは安全と生活の……ため?」
「なんで自分のことなのに疑問形なんだよ」
「要約して答えてみたら、あまり深い理由にはならないなって……」
答えたクリスは、自分で言ったことに対して首を傾げる。
人間と亜人が仲良く暮らせる場所などないと考えていたが、こうして目の前に妖狐だろうと気にしない者達がいる。クリスがなんとなく周囲を見回してみると、クリス達の会話にこそ注意を向けていてもクリスやティナの外見等を気にしている者は見受けられなかった。
「なるほど……レウルスが面倒を見るわけだ」
「ああ。レウルスよぉ、お前さんまたガキを拾ってきたのか」
「嫁さんとの間にガキができる前に他所からガキを拾ってきてどうするんだよ。育児の予行練習か?」
「なんかさっきから俺の扱いがひどくないか?」
レウルスは冒険者達の言葉に物申したい気分になる。しかし冒険者達の言葉には納得の色が濃く宿っており、レウルスとしては強く言うこともできなかった。
「嬢ちゃん達の素性と、今この町にいる理由は理解できた。その上で言うなら……ま、レウルスが責任を取って面倒見るのなら別にいてもいいんじゃねえか?」
「グレイゴ教にいたって言うなら腕も立つだろうし、コルラードの旦那も戦力が増えたって喜ぶだろうよ。姐さんに関しちゃどう言うかわからんが」
「この町が完成したら顔も名前も知らねえようなやつが毎日のように訪れるだろうし、ラヴァル廃棄街にいた頃みたいに余所者だからって距離も取れねえ……って、どこの誰かもわからない商人が毎日来てるんだから、今の時点でもそう変わらんか」
口々にそう言って、苦笑するように笑う冒険者達。それはアメンドーラ男爵領が誕生したことで起こった変化、あるいはレウルスがラヴァル廃棄街に住み着いてから起こってきた変化によるものだろう。
排他的で、余所者を受け入れることがなく、ラヴァル廃棄街とその僅かな周囲だけで生活してきた者達にたしかな、しかし大きな変化が訪れているのだ。
当然ではあるが、無警戒に全ての人間や亜人を受け入れるわけではない。しかし以前から何度も見かけているクリスとティナだったこと、それに何よりも町の仲間であるレウルスが面倒を見ているのが大きいのだ。
己の目でクリスとティナを見て、実際に話し、接したことで冒険者達も二人の存在を許容した。
それはレウルスが期待していた反応を大きく超え、クリスやティナにとっては望外な――予想外とすらいえる反応だった。
それが良いことばかりとは言えない。過渡期と評すべきスペランツァの町で作業を続けている冒険者達だからこその変化かもしれない。ラヴァル廃棄街にいる者達が移住してきた際、“余所者”が増えていれば不満に思うかもしれない。
それでも、少なくとも。
――クリスとティナにとっては、好ましくも有難い変化だ。
「っ……」
クリスが小さな声を漏らし、頑なに外そうとしなかった狐面を外す。それと同時に狐耳と尻尾が露わになるが、それに構わず自身の目元をゴシゴシと拭った。
「や、やべえ、なんか泣き出しちまったぞ」
「お、おいレウルス! ガキの担当はお前だろ!? どうにかしろよ!」
「俺に対するみんなの認識について、一度しっかりと話し合わないと駄目そうだな。拳で」
自身のこれまでの行いを棚に上げつつ、レウルスは拳を固める。からかわれるほど受け入れられているのはわかるが、それはそれ、これはこれだ。
「エリザの嬢ちゃん、サラの嬢ちゃん、ミーアの嬢ちゃん、ネディの嬢ちゃんを思い出してみろ。そこにきてこの二人の嬢ちゃんだ。もう一度同じことを言えるか?」
「…………」
すっ、と拳を下げるレウルス。エリザ達に関しては意図してのことではなく、家族として迎え入れたことに後悔もないが、たしかにそう言われても仕方がないと納得してしまった。
「そういや、グレイゴ教徒っていってもなんかこう、階級? みたいなのがあるんだよな。嬢ちゃん達はどんな感じだったんだ? 見習いとかそんな感じか?」
そんなレウルスの反応に、話を逸らすようにして冒険者の一人が尋ねた。
一口に冒険者と言っても、その実力や知識量には差異がある。ドミニクやバルトロ、ニコラやシャロンのようにグレイゴ教徒に関して詳しく知らなかったからか、他の冒険者も興味深そうな顔をする。
外見だけ見れば仕方ないが、まさかの見習い扱いに横で聞いていたレウルスは思わず噴き出す。
「……クリスもティナも、一応、司教」
レウルスの反応を横目で見つつ、嗚咽を漏らすクリスをなだめつつ、ティナが答える。それを聞いた冒険者達の反応は様々で、レウルスと同じように噴き出す者、首を傾げる者、朝食に使用していたスプーンを落とす者等、多岐に別れた。
「な、なあレウルス。司教っていったらどんなもんなんだ? 前、ラヴァル廃棄街に来た奴らより上なのか?」
「上というか、戦いに限って言えば司教はグレイゴ教の中でも一番上……かな? 更に上に大司教っているけど、司教を引退した奴がやる役職みたいだし。こんな可愛いらしい見た目だけどかなり強いぞ。属性魔法も使えるしな」
ナタリアには勝てないだろうが、それでも熟達した属性魔法の使い手である。以前その戦いぶりを見た際は、魔法だけでなく素手での戦闘も可能としていた。
(いや待て、姐さんでもこの子達の歳の頃はここまで強くなかったかもしれないよな……というか、外見通りの年齢なんだっけ? それとも妖狐の血を引いているからか?)
そんなことをレウルスは思考する。
クリスとティナの才覚が優れているのか、あるいはそこまで強くならなければグレイゴ教徒として生きていけなかったのか、単純に強くなりたいと願って努力を重ねてきたのか。
「はー……こんな可愛らしい嬢ちゃんがねぇ……」
「サラの嬢ちゃんやネディの嬢ちゃんみたいなもんか。手練れが増えるのは助かるな」
「レウルス達が出かけている時に町に残ってくれりゃあ心強い……って、今ならジルバの旦那もいるか」
冒険者達は感心したような声を漏らすと、話が終わりだと思ったのか食事に戻り始める。そのあっさりとした反応こそがスペランツァの町における亜人への偏見のなさを示しているようで、クリスもティナも思わず顔を見合わせた。
「……ふふっ」
「……あははっ」
そして二人は、小さく笑い声を上げる。
グレイゴ教の司教として、クリスもティナもカルデヴァ大陸の様々な場所へと足を運んできた。しかし山や森の中に亜人が隠れ住んでいることこそあれど、人が住まう町や村で亜人を見かけたことはほとんどない。
見かけたとしても『変化』で亜人としての特徴を隠しているか、エリザやミーアのように外見が普通の人間と変わらないか、亜人の血を引くものの数代が経ってほとんど人間と変わらなくなったか。クリスとティナのように、姿を偽る狐面がなければ外見だけで明らかに亜人だとわかる者が住み着いている町や村は滅多にないのだ。
いたとしても卓越した功績を上げて特別に滞在が許されているか、何かしらの特殊な事情があるか。ドワーフのように意思疎通が可能で人間に益をもたらすような亜人ならば話は別だが、それ以外となると人の町や村で生活するのは困難を極める――はず、だった。
クリスもティナも半ば諦めていた、人間と亜人が共に住まう場所。
クリスとティナが亜人だからと否定も拒否もされない場所。
そんな場所があることに、クリスとティナは嬉し涙を零すのだった。
「――なにやら朝から楽しそうですね」
そして不意に、そんな声が食堂に響く。それと同時にコツ、コツと、“それまで鳴っていなかった”足音がレウルス達のもとへと近付いてきた。
「私も混ぜていただいても?」
レウルスが振り返った先。
そこには、グレイゴ教の司教であるクリスとティナにとって説得が最難関となるであろう精霊教徒が笑顔で立っていた。




