第60話:これから
ヴィラ率いるグレイゴ教徒との戦いから三日後。
ラヴァル廃棄街では乱痴気騒ぎも終わって平常に戻りつつあったが、レウルスは新たな問題に直面していた。
事の発端は、グレイゴ教徒を仕留めた賞金で家でも借りるかとナタリアに言ったことが原因である。
レウルスとしては家を借りる、あるいは建てようと思ったのだが、それを聞いたナタリアはにこりと微笑んだ。
「そう……丁度良かったわ。南の森にね、“どこかの誰かさん”が勝手に切り倒した木が何本もあるのよ。放置するわけにもいかないから回収しないといけないのだけれど、一体どこの誰の仕業なのかしらねぇ……」
「ひどいことをするやつがいたもんだ」
南の森と言えば、エリザと初めて出会った場所である。その時についうっかり、まとめて数本の木を叩き切ってしまった気がしないでもないレウルスだった。
「それに、グレイゴ教徒との戦いで毒を撒かれた森の調査も必要なのよね。植生の変化や魔物への影響も気になるし……どこかの誰かさんが森の中で大暴れして、何十本も木が切られてるみたいだし。そちらの回収も必要だわ」
「ひどいことをするやつがいたもんだ」
『熱量解放』とエリザとの『契約』によって強化された腕力を存分に振るい、森の中で大剣を振り回してグレイゴ教徒と一緒に大量の木を斬った気がしないでもないレウルスだった。
「そのまま放置するわけにもいかないのよねぇ。毒の影響は未知数だけど、表面を削って乾燥させれば木材になりそうだし……誰かが回収してくれると助かるのだけれど。『強化』のような魔法が使えて、魔物が寄ってこないような人材だと適任なのよねぇ」
「わかった……請け負うよ。でも、エリザが目を覚ましてからだからな? 寝たまま連れていくわけにはいかないからな?」
気絶したままのエリザを抱えて移動するわけにもいかないのだ。そのためレウルスが注意を促すと、ナタリアは楽しげに笑う。
「もちろんよ。木材の量にもよるけど、いっそのこと家を建てましょうか。町としても仕事を作れるから助かるのよね」
「……建設費は安くしてくれよ、姐さん」
結局、レウルスにできたのはナタリアの申し出を受けることだけだった。
そして、その日の夕方にはエリザが目を覚まし、大事を取って一日休んでから樹木の運搬作業に勤しむこととなる。
「レウルスに買ってもらった服が焦げたし血まみれにもなったのじゃ……悲しいのじゃ……」
目を覚まし、自分の状態を確認したエリザの第一声である。雷魔法で自爆した結果、電撃で服が焦げた上に出血で服がボロボロになっていたのだ。
そんなエリザに対し、レウルスは笑って言う。
「これから泥と汗で汚れそうな仕事が待ってるぞ。丁度良かったな」
「むむ? 何の話じゃ?」
不思議そうな顔をするエリザを連れ、南の森に向かうレウルス。さすがに人手が必要ということでラヴァル廃棄街からも二十人ほどついてきているが、エリザの力を知っているからか人の集まりは悪くなかった。
「のう、何をするんじゃ?」
「倒れている木の運搬ですよ。いやぁ、腕が鳴りますね」
そして、何故かジルバもついてきていた。相変わらずの黒を基調としたシンプルな服で身を固めているが、動きやすそうではある。返り血が目立たないから黒い服をきているわけではない、と思いたいレウルスだった。
「あの……ジルバさん? なんであなたまでついてきてるんです?」
ラヴァル廃棄街の誰もが触れなかったため、レウルスが代表して尋ねた。すると、ジルバは穏やかに微笑む。
「前々から教会の子どもたちに棚や寝台を贈りたいと思っていたんですよ」
「……ジルバさんも木材が必要ってことですか?」
「はい。売り物で揃えると多額のお金がかかりますし、かといって作るとしても木材を買えば高くつきます。そこでナタリアさんに相談したところ、手伝う代わりに木材を融通するというお話をいただきましてね」
ありがたいことです、とジルバは笑みを深めた。
「……賞金首を仕留めてませんでしたっけ?」
ヴィラを倒したということで少なくとも金貨5枚を受け取っているはずだ。それに加え、ジルバは単独で多くのグレイゴ教徒を倒したと聞いている。わざわざ重労働を行って木材を得る必要はないのでは、とレウルスは思った。
「お金に綺麗も汚いもありませんが、魔物の糞にも劣る畜生共を殺めたお金で未来ある子ども達に贈り物をするのは気が咎めまして……」
「え?」
「なにか?」
物騒な言葉が聞こえてレウルスが怪訝そうな視線を向けると、ジルバは不思議そうな顔をしながら首をかしげる。
そんなジルバに向けられる周囲の視線は、レウルスが考えていたよりも柔らかいものだった。
外部の勢力ということでラヴァル廃棄街の中でも扱いに困る精霊教だが、今回の戦いでは即座に打って出た上に、単独で大暴れしてきたジルバを“個人として”受け入れているらしい。
ラヴァル廃棄街と精霊教同士で利害がぶつからない限り、敵に回すよりも味方として扱った方が良いと思われたのだろう。
体格が良く、『強化』も使えるジルバは樹木の運搬にうってつけだというのも受け入れられた理由ではないだろうか。
「それに、これはラヴァル廃棄街からの依頼でもありまして。町の方から申請するそうですが、樹木の伐採に関しては色々と権利が絡みますからね。私が同行していれば……まあ、悪いことにはならないでしょう」
そう言ってニコリと笑うジルバだったが、妙な凄みを感じてしまうのはレウルスの錯覚なのか。
「……ありがとうございます。助かります」
「いえいえ、お気になさらず。正規軍なども取り締まるのが仕事とはいえ、我ら精霊教徒の客人が痛くもない腹を探られるのは気が咎めますからね」
(え? この人って正規軍が相手でも止められんの? 精霊教がそんなにすごいのか、この人がすごいのか……)
精霊教の権威を背景にして止めるのだろう。間違っても物理的な手法で止めることはないはずだ。レウルスはそう思いたかった。
「のうレウルス。樹木の運搬は良いが、運んでどうするんじゃ? これも冒険者の仕事なのかの?」
「冒険者への依頼っつーか、俺達の事情が絡んでるっつーか……町も絡んでるんだけど、今回は私用って感じがするな」
「……? 何の話かわからんが、ワシも頑張って木を運ぶぞっ」
そう言って腕まくりをするエリザだが、レウルスから血を吸ったことで得た魔力はほとんどなくなっている。レウルスへと流れる魔力の量を調整することもできないのか、エリザ自身の魔力はほぼゼロだ。
その代わりレウルスはエリザの魔力が作用しているか、それとも吸血種と『契約』を交わしたことが原因なのか、『熱量解放』ほどではないが体に力が漲っていた。
片手では無理だが、両手で持てばドミニクの大剣を振り回せるぐらいには身体能力が向上しているのである。
「いや、お前は立っていればいいから。迷子にならなきゃそれでいいから。お前が離れた途端、魔物が襲ってきそうだし」
「私も周囲を警戒しますが、エリザさんの力があれば木を割って運ぶのも楽そうですね。森の中で作業しても魔物が寄ってこないというのは素晴らしいことです」
「町に運んでも、そこから乾燥させないと木材にならないんでしょう? 家を建てるのも大変だなぁ……」
さすがに家の全てを木で建てるわけではない。骨組は木で造るが、壁は土壁になるだろう。それでも一体いくらかかるのか、と内心で算盤を弾いては戦慄するレウルスである。
「……家?」
そんなレウルスの言葉を聞き、エリザがきょとんとした顔になった。
――それでも、先日夕暮れの中で見たような期待の色が浮かんでいる。
「ん? あれ? まだ言ってなかったっけ。今回の作業はな、“俺たちの家”を建てるための材料集めでもあるんだ。ほら、家を借りるかって話をしてただろ? それならいっそのこと建てろって姐さんにも言われてな」
もちろん、集めた樹木はすぐに建材として使えるわけではない。そのため今回の作業の対価として木材を分けてもらい、家を建てるのだ。
(家を借りるんじゃなくて建てさせる辺り、ラヴァル廃棄街から絶対に逃がさないって意思を感じるけど……出ていくつもりもないしなぁ)
生まれ故郷であるシェナ村のことは忘却するとして、最早ラヴァル廃棄街がレウルスにとっての故郷である。貸家ではなく自分だけの家を建てるとなれば、その愛着は一層増すだろう。
そんなことを考えていたレウルスだったが、期待で表情を輝かせたエリザに手を引かれた。
「……ワシも一緒に住んで……いいんじゃよな?」
それは、“かつてのやり取り”の再現のようだった。違いがあるとすれば、ここにはいきなり脇腹を刺してくるような敵がいないことか。
それでも思わず周囲を確認するレウルス。近くにいたのは、レウルスとエリザのやり取りを微笑ましそうな顔で見守るジルバだけである。仮にグレイゴ教徒が襲ってきたとしても、ジルバが瞬く間に鎮圧するのではないだろうか。
故に、レウルスは以前と同じような言葉を返すことにした。
「俺はそのつもりだったけど? 一人暮らしが良いなら、俺から姐さんに口を利いて――」
「住むっ! 一緒に住むのじゃっ!」
キラキラと目を輝かせながら、レウルスの言葉を遮ってエリザが叫ぶ。喜びによるものか興奮によるものかはわからなかったが、エリザの頬が桜色に染まっていく。
その声の大きさに同行していたラヴァル廃棄街の面々から視線が集まったが、レウルスは気にしないことにした。
「そうか……それじゃあ頑張って木を集めないとな。ま、運ぶのは俺達だけどさ」
「うむっ! ワシは……応援すれば良いのかの? とにかく頑張るのじゃ!」
自分達の家を建てるための仕事と聞き、やる気を漲らせてエリザが頷く。
先日は思わぬ横槍が――それこそ短剣を構えていきなり突っ込んできたのだが、その困難も既に乗り越えた。
(エリザが飽きるのがいつになるかはわからないけど、それまでは面倒を見るかね)
エリザが飽きるまでは一緒にいると、そう約束したのだ。所詮口約束でしかないが、約束を交わした以上は守らなければならないだろう。
(『契約』しちまったし、グレイゴ教徒がまた来ないとも限らないしなぁ)
『契約』というものが破棄できるかもわからないが、グレイゴ教に関しては直接的な脅威として残っている。さすがにここまで関わっておきながらエリザを放り出すのは寝覚めが悪いどころの話ではない。
「レウルスッ!」
「ん? っと……エリザ? どうした?」
名前を呼ばれて視線を向けてみると、一体何があったのかエリザが真正面から飛びついてきた。レウルスは慌てることもなく受け止めると、何事かと眉を寄せる。
そんなレウルスに対し、エリザは満面の笑みを浮かべていた。これ以上ないほど嬉しそうに、心からの笑顔を浮かべていた。
「“これから”は、少しずつでも幸せになれる……そうだよね?」
その問いかけにどれほどの意味があるのか。笑顔を浮かべているというのに、エリザの目尻には涙が浮かんでいた。
レウルスは視線を巡らせながら頭を掻いていたが、最後には破顔して頷く。
「そうだなぁ……“色々”とあったし、少しずつ幸せになっても罰は当たらんだろうさ」
「うん……意地悪で、でも優しくて、温かい……そんなあなたと一緒だから、きっと幸せになれるよね」
『契約』を交わした際にも聞いた言葉だった。そこまで買われると、さすがにレウルスとしても困ってしまう。
「あー……あんまり期待されても困るんだが、お前が飽きるまでは一緒にいてやるよ」
だが、ここにきて前言を翻すわけにもいかない。レウルスは浮かべていた笑みを苦笑に変え、エリザの言葉を肯定した。
そんなレウルスの言葉に、エリザも笑みの種類を変える。どこか大人びて見える、“素”の笑顔でエリザは笑った。
「ふふっ……これからはずっと一緒……ずっと、ずっと一緒だからね?」
(なんで二回言ったんだ……)
天涯孤独の身であるエリザとしては、共に在る相手が大事なのだろう。そう結論付けたレウルスは、首にしがみ付いているエリザを引き剥がしながら遠くに見える森へと視線を向けた。
「そのためにも、まずは目の前の仕事をこなさないとな。目指せマイホームだ」
「まいほぉむ? うむっ、何だかわからんが良い響きじゃな! 頑張るぞっ!」
レウルスが引き剥がすと“元のエリザ”に戻り、元気良く右手を突き上げた。
その元気の良さに笑みを浮かべたレウルスは、これから当分の間続くであろう重労働に思いを馳せる。
重労働と聞くとシェナ村での日々を思い出すが、今回は自分達の家を手に入れるための仕事だ。その苦労もまた良いものだろうと思う。
「ほれっ、早く行くぞレウルス!」
「おい馬鹿! お前が離れると危ないって言っただろうが!」
喜び勇んで駆け出すエリザを捕まえるべく、レウルスも駆け出す。
――その足取りは、明るい未来を確信したように軽やかだった。
どうも、作者の池崎数也です。
第59話のタイトルを『落着』に変更しました。毎回一話一話でタイトルを決めるのに悩むのですが、昨日は良いタイトルが思い浮かばずに直球でエピローグとしていました。
これにて2章も終了になります。途中でPCが壊れて毎日更新が途切れましたが、ほぼ毎日更新できました。2章の序盤でストックが尽きてからは自転車操業状態でした。
次からは3章になりますが、さすがに更新ペースが落ちるかと思います。それでも筆が乗れば毎日更新をするかもしれないので、気長にお付き合いいただければと思います。
物語が進むにつれて2章の章タイトルを徐々に明かしていきましたが、いただいたご感想を見た限り色々と予想を書いてくださったりで意外と楽しんでいただけたのかな、と思いました。3章も同じ形式にするかもしれません。
毎度ご感想やご指摘をいただきありがとうございました。大変励みになりました。これからもお気軽にご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイント等をいただければ嬉しく思います。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。