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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
最終章:人間と魔物の狭間で

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第606話:新生活 その2

 朝食を終えたレウルスはルヴィリアやコロナに自宅の掃除や管理を頼むと、エリザ達と共にコルラードを探してスペランツァの町を歩く。クリスとティナはジルバ達精霊教徒との軋轢があるため外出が難しく、なおかつコロナと共にいることを望んだため自宅で待機である。


 レウルスはスペランツァの町中ということもあって防具は身につけず、武器も腰裏に短剣、腰に『首狩り』の剣を差しただけでラディアは背負っていない。


 昨日は久しぶりの帰還ということもあって不寝番も担当せず、スペランツァの町の開拓がどこまで進んでいるかも詳しくは聞いていなかった。そのため今後の開拓のスケジュールや自分達が何をするべきか、コルラードと相談が必要だとレウルスは思ったのだ。


(コルラードさんは……っと、いたいた……ん?)


 王都へ向かう前はなかった大きな建物の中にコルラードはいた。木材を使って建てられたその建物は食堂らしく、ラヴァル廃棄街にあるドミニクの料理店を平屋建てにして大規模にしたような造りである。


 以前は町の中心部にある砦――将来的にナタリアの屋敷が造られる場所で煮炊きを行っていたが、さすがに食堂の一つもないと煮炊きが大変だと考えたのだろう。


 扉を開けるとドワーフ達や冒険者達が数十人利用しており、その中にコルラードの姿があったのだが――。


「あれは……どういうことじゃろうな?」


 エリザが不思議そうに首を傾げる。それもそのはず、冒険者やドワーフ達と一緒に朝食をとっていると思しきコルラードの傍で、何やら甲斐甲斐しく世話を焼くアリスの姿があったからだ。


「あー……その……サルダーリ侯爵令嬢殿?」

「はいっ! なんですか、コルラード様っ! おかわりですか? あと、お気軽にアリスと呼んでくださいっ!」

「い、いや、おかわりではないのですが……それにお気軽に、と言われましても……」


 コルラードの隣に控え、満面の笑みを浮かべて話しかけるアリス。そしてそんなアリスの様子に戸惑い、困惑するコルラード。


「……なんだろうなぁ」


 そんな二人の様子を眺めながら、レウルスはエリザの言葉に答えるようにして呟く。それと同時に視線を左右に振ってみるが、その場にいたドワーフ達や冒険者達はからかうように笑っていた。


「おいおいコルラードの旦那、朝からずいぶんと見せつけてくれるじゃねえか」

「本人が良いって言ってるんだし、名前で呼んでやりなよ」


 朝食をとりながらも軽口を飛ばすその光景に、自分達が離れていた間にコルラードもみんなと打ち解けたんだな、などとレウルスは思う。だが、全員が全員軽口を飛ばすわけではない。中にはアリスと一緒にスペランツァの町へと来た北部貴族の面々と喋っている者もいた。


「我々の分まで食事を用意していただき、ありがとうございます」

「そいつぁ別に構わねえんですが、お貴族様のお口に合うかってーとなんとも言えませんで」

「いえいえ、開拓中で潤沢とは言えないであろう食料で作っていただいたのです。それにこうして大人数で食べるだけで美味しく感じられますよ」


 北部貴族の面々は椅子に腰をかけ、冒険者達と同じように食事をとっていた。その態度は柔らかく、冒険者が相手にもかかわらず腰が低いようにも見える。


 机に並んでいる食事は堅焼きのパンに野菜のスープで、スープには魔物のものなのか肉片が入っている。コルラードに話しかける前に調理場を覗いてみるとそこには大きな鍋が鎮座しており、野菜のスープが煮込まれているのが見えた。


(あとでコロナちゃんに声をかけて、今後の町の食事に関しても話をしないとな……ああ、ここって食料庫も兼ねてるのか)


 調理場はそれなりに広く、複数人で作業をしても問題がない程度には広い。そして調理場につながるようにして部屋が設けられていたが、そこには野菜や穀物が大量に積まれているのが見えた。


 そうやってレウルスが調理場を覗いていると、先ほどの冒険者と北部貴族の会話が耳に入ってくる。


「お貴族様ってのはさぞかし良い物を食ってるもんだと思ったんですが、そんなもんですかい?」

「たしかに豪勢な食事を好む方もいらっしゃいますが、普段は節制しているところも多いですよ。それに我々は家督を継ぎようがない三男四男が多いですし、こうして満足のいく量が食べられるだけでもありがたいのですよ」

「はぁ……お貴族様も色々あるんですなぁ。ま、わざわざここまで足を運んだお客さんだ。開拓当初に作った畑からもそう遠くない内に作物が取れそうですし、食い物に関しちゃそれなりに備蓄があるんで遠慮なく食ってくだせえ」


 北部貴族の面々の言葉に嘘がないと判断したのだろう。冒険者達の反応はどこか柔らかさを感じさせるもので、レウルスはコルラードへと視線を向けながら小さく首を傾げる。


(ラヴァル廃棄街にいた時と比べるとみんなの態度が……って、そりゃそうか。下手な真似をすると姐さんの名前にも傷がつくしな)


 今いる場所はラヴァル廃棄街ではない。他所の貴族や商人が立ち寄り、商売や交流が生まれている以上余所者だからと排斥してもいられないのだ。

 敬語と呼ぶには怪しい口調ながらも、彼らなりに敬意を払おうとしているのが北部貴族の面々にも伝わっているのだろう。王都に行っている間に様々な部分で変化があるものだ、とレウルスは一人納得をする。


「コルラード様は準男爵家の御当主様なのですから、侯爵家の生まれとはいえ四女に過ぎないこの身に過度な気遣いは御不用ですよ?」

「は、ハハハ……っ!?」


 そして、レウルスが観察している間に限界を迎えたのか、コルラードが助けを求めるように周囲を見た。そしてレウルスと目が合うと一瞬驚いたような表情を浮かべ、続いて引きつったような愛想笑いを浮かべながら立ち上がる。


「おっと、吾輩はヴァルザ準男爵殿とこれからの開拓に関して話があるので失礼をいたしますぞ! 吾輩のことは良いので、ごゆっくりと食事を楽しんでくだされ!」


 コルラードはアリスにそう言い含めると、すぐさまレウルスのもとへ歩み寄り、肩に腕を回して引きずるようにして離れ始めた。


「レウルス……こっちに来い。来るのだ。頼むのである。来てください」

「それは別に構いませんが……」


 アリスを放置して良いのか、という疑問を覚えるレウルスだったが、当のアリスはコルラードを見送るようにして微笑んで手を振っている。そのためレウルスはコルラードが引きずるのに身を任せ、食堂から連れ出された。


「で? 一体どういうことであるか?」


 そして食堂から十分に距離を取り、周囲に誰もいないことを確認してからコルラードが尋ねる。コルラードの目は嘘偽りは許さないと言わんばかりで、レウルスの気のせいでなければ血走ってすらいた。


「と、言いますと?」

「サルダーリ侯爵令嬢殿のことである! 距離が近いというか、近すぎるというか……何か知っていることがあれば話すのだっ! すぐに!」

「そう言われても……俺もなんであそこまで距離が近いのかはさっぱりでして」


 レウルスは首を傾げる。レウルスとしてもコルラードが何を聞きたいかは理解できるが、何故そうなったのか理解できないからだ。


「王都で初めて会った時もそうでしたし、旅の途中でもそうだったんですが、あの子は割とあんな感じだったので……コルラードさんが何かしたってわけでもないですよね?」

「何もしていないからこそ困惑しているのである! 何故あの娘は吾輩にあれほど好意的なのだ!? もしや吾輩が知らないところで何か策謀が進んでいるのであるか!?」


 困惑と警戒を露わにしながらコルラードが叫ぶ。だが、レウルスとしてはコルラードにわからないものをわかるはずもない。


「吾輩は浮名を流すほど女性と親しくしてきた覚えはないが、そんな吾輩でもわかる! というかあれほど好意を前面に押し出されれば誰でもわかる! 演技かもしれぬが、吾輩の目から見てもそうとは感じ取れないほど真っすぐに好意をぶつけられてみろ! 逆に怖いのである!」

「演技……には見えませんよね」

「うむ……吾輩が隊長殿の従士になり、その後騎士になった時も夜会で女性に言い寄られたことがある。その時は目や雰囲気ですぐさま目的が理解できたが、サルダーリ侯爵令嬢殿は別である! 何故か無邪気に慕われているように見える……が、だからこそ怖いのだ!」


 どうやらコルラードも色々と苦労してきたらしい、とレウルスは察した。


 レウルスも王都で開かれたパーティで色とりどりのドレスを着た女性達に取り囲まれたことがあるが、その“狙い”は透けて見えた。しかし、レウルスよりも貴族間の付き合いや観察眼に長けているであろうコルラードでさえ、アリスの魂胆が読めないらしい。


 アリスが誰に対しても同じ態度を取るのなら話は別だ。その場合はレウルスもコルラードも苦笑して流すことができる。だが、無邪気にグイグイと距離を詰めようとしているアリスにレウルスは困惑し、コルラードは苦悶した。


 そして苦悩するあまり近くの家の壁に頭を打ち付けそうなコルラードの様子に、レウルスは必死に記憶を探る。アリスと接した機会はあまり多くないが、少しでも情報を出せばコルラードが答えを見つけてくれると思ったのだ。


「あー……そういえば、初めて会った時にサルダーリ侯爵みたいな人に嫁ぎたい、みたいなことを言っていた……ような?」


 そうして思い至ったのは、アリスと初めて会った時のことである。父親であるサルダーリ侯爵と共に挨拶をしてきたが、そのようなことを言っていたな、とレウルスは記憶を手繰り寄せた。


「……それは、年齢的な意味で?」

「いえ、外見というか体形的な意味でです。なんでも安心するとかで……あと、サルダーリ侯爵みたいに大きくなりたいって言ってましたね。それでつい、コルラードさんがサルダーリ侯爵に似ているかもしれないって言った気が……」


 そう話しつつ、レウルスは自身の額に冷や汗が浮かぶのを感じた。もしかすると、自分の発言が原因かもしれないと思い至ったのだ。


 レウルスとしては神だろうが精霊だろうが家族だろうが何に対しても誓って言えるが、そこには何の意図もなかった。ただ、サルダーリ侯爵とコルラードの体形が似ていると口にしただけである。


 実際のところは生粋の貴族であるサルダーリ侯爵と従士から騎士を経て準男爵にまで至ったコルラードとでは、筋肉や脂肪の付き方が全くの別物だ。コルラードはしっかりと戦うための筋肉をつけている。そのためレウルスとしても外見だけは似ている、程度の意図しかなかった。


 コルラードはレウルスの発言に眉を寄せて考え込むが、数秒としないうちに首を横に振る。


「いや……それはさすがに関係ないであろう。グレイゴ教の司教相手に吾輩が剣の師だと言ったと聞いた時は何を言ってくれたのだと思ったが、四女とはいえ侯爵家の御令嬢がそのような軽口一つでわざわざ長旅をしてここまで来るとは思えぬ」

「そうですよね。となると、これ以上は思い当たることがないんですが……」


 ルヴィリアもかつて二ヶ月半に渡る長旅を乗り超えたが、それは体を治したいという強い目的があったからこそ耐えられた面がある。王都からスペランツァの町までの旅はルヴィリアの時と比べれば短い道程だが、普通の貴族令嬢が安易に行うものではない。

 今回の旅ではレウルス達が一緒だったため比較的安全だったが、魔物や野盗に襲われることもあれば悪天候や災害に巻き込まれることもあるのだ。そうでなくとも野外で寝泊りする以上、疲れが溜まって病気になることもある。


 アリスの言動から推察する限り、コルラードに会いに来た可能性が高い。だが、四女とはいえ侯爵家の令嬢がわざわざそのような真似をする必要はないはずだった。アリスはサルダーリ侯爵との家族仲も良好に思えたため、時が来れば縁談も自然と決まるだろう。


「本当であるか? 実は隊長殿に何か言い含められていて、それを話せないだけではないのか? 吾輩がサルダーリ侯爵令嬢殿と結婚すれば何か大きな利益があるとか……」


 そのため、コルラードはレウルスが何か隠し事をしているのではないかと疑った。レウルスは腹芸も謀略も得意ではないとコルラードは思っているが、王都で揉まれてきたのなら隠し事の一つや二つ、できるようになっていてもおかしくない。

 しかし、レウルスがコルラードに対して隠すことは何もなかった。剣の師匠であり町の仲間とも呼べる“身内”を陥れることなどありえないのだ。


「本当に思い当たる節がないですし、さすがにコルラードさんの結婚相手に関してどうこう口を出すほど姐さんも野暮じゃないでしょう。それに立場的には上司と部下みたいなもんですけど、コルラードさんの家……ロヴェリー準男爵家にかかわることじゃないですか」

「ぐ、ぬ……たしかに、それが道理ではあるのだが……」


 レウルスの言葉にコルラードは勢いを失う。


 レウルスと同様に新興とはいえコルラードは準男爵家の当主であり、結婚相手のような重要な話をナタリアが決められるはずもない。

 提案という形で持ち掛けることは可能でもその話を受けるかどうかはコルラード次第で、実際に可能かどうかは別としてマタロイの国王であるレオナルドが結婚相手を勧めたとしても断る権利がコルラードにはあった。現にレウルスは妾腹の子とはいえ、レオナルドの娘を結婚相手に勧められて断っている。


「あとコルラードさん、俺はちゃんとコルラードさんの結婚相手に関して姐さんから庇ってますからね?」

「む……庇う、というと?」


 レウルスが話ついでに苦笑しながら語ると、コルラードは訝しそうに首を傾げた。


「以前、心が安らぐ家庭が欲しいって言ってましたよね? そう聞いたからこそ、俺は姐さんがコルラードさんと結婚しようとするのを止め」

「――ふぐぅっ!」


 そして、コルラードは短い悲鳴と共に両手で胃の辺りを抑えながら膝を地面についてしまった。


「ちょっ、こ、コルラードさん!? 大丈夫ですか!?」


 まるで腹部を刃物で刺されたかのような反応に、レウルスは本気で焦りながら声をかける。するとコルラードは震える右手を懐に入れると、小さな硝子瓶を取り出して封を開け、中身を一気に飲み干した。


「……ふぅ……薬が、胃にしみるのである……」


 数十秒ほど経ってから呟くコルラード。そして何事もなかったかのように立ち上がると、何を思ったのかレウルスの右手を力強く握った。


「以前そんな話が出た時は冗談だと思いたかっ……いやなんでもないが……隊長殿を止めてくれたのであるな? 何度聞いても心臓と胃に悪い……しかしよくぞ……よくぞ吾輩を守ってくれたのであるっ!」


 コルラードはそう言って握ったレウルスの右手を上下に振る。その表情は九死に一生を得たような、思わぬ幸運で命が助かった安堵にも似たものだった。


「守ったって……姐さんと結婚するのってそこまで嫌なんですか?」

「隊長殿のことは尊敬しているし、頼りにもしているし、美人だとも思っているし、今の立場になれたことに対して感謝もしているのである。だが、仮に隊長殿と結婚した場合、三日ともたず胃に穴が開く自信があるのである」


 そう言ってコルラードが首を横に振る。そんなコルラードの反応に、レウルスは何と返せば良いかわからなかった。


 王都へ向かう直前、薬湯を飲みながら話した際もナタリアとの結婚を嫌がっていたが、コルラードの心身に刻まれたナタリアへの畏怖はレウルスの想像を超えるものらしい。最早条件反射の域に達しているのではないか、と疑うほどだ。


「は、はあ……そこまでですか。そうなるとコルラードさん、早めに奥さんを決めた方が良いんじゃないですかね?」

「この町の開拓があるから難しいのである。それに、この町の開拓が終われば今度は吾輩が領有する村の場所の選定や開拓があるのだ。現状ではきちんとした家も持っていないのだぞ? 跡継ぎのことを考えると極力早いうちに結婚したいが、そんな状態で嫁いでも良いと言ってくれる女性は中々……」


 そこまで口にして、コルラードが動きを止める。そして思考を巡らせるように数秒目を細めたが、最後にはため息を吐いて首を横に振った。


「あのアリスってお嬢さんは……」


 コルラードが何を考えたのかを読み取ったレウルスはアリスの名前を挙げる。レウルスはおろかコルラードの観察眼をもってしてもその意図は読み取れないが、非常に好意的な――むしろ前のめりな姿勢を見れば可能性は高そうだった。


 レウルスから見てもアリスの性格や貴族としての能力は問題がないように思える。少なくともレウルスの勘に引っかかるものもなく、長旅を耐えるどころか楽しめる精神は開拓中のスペランツァの町だろうと馴染めるだろう。


「吾輩からすれば娘程度の年齢であるぞ? たしかに貴族間では年齢差のある結婚も珍しくはないが、さすがにそれは……」

「社交性は高そうですし、性格も明るくて元気ですし……それに、貴族のお嬢さんだっていうのに長旅を嫌うどころか楽しめる精神の持ち主ですよ? 物怖じもしませんから開拓中のこの町に嫁ぐにはうってつけでは?」


 話している間に、コルラードの嫁として最適なのではないかと思い始めるレウルス。コルラードの言い分も理解できるが、年齢差を持ち出すと己に返ってくるためレウルスは触れなかった。


(あ、でも上役である姐さんにも相談が必要か? あのお嬢さんが姐さんにその辺りの根回しをしていたら話は別なんだろうけど……あれ?)


 そこまで思考したレウルスは、ふと気付く。


「そういえばコルラードさん、姐さんからの手紙にはその辺りのことは書いてなかったんですか? ラヴァル廃棄街から出立する時、何やら意味深なことを言ってたんですけど」


 詳しくは聞かなかったものの、コルラードの意思を優先する何かしらの事柄があったはずだ。それを思い出したレウルスが尋ねると、コルラードはびくりと体を震わせる。


「いや……まあ、たしかに、隊長殿も結婚相手に関しては吾輩の意思を最優先にすると手紙に書いていてくださったのだが……」


 歯切れが悪く言いよどむコルラード。そんなコルラードの様子にレウルスは首を傾げる。


(アリスさんのことは書いてなかった、か? ん? でもそうなると、なんであの人達は俺達がラヴァル廃棄街を出発する時にタイミング良く待ってたんだ?)


 レウルスはふと、そんな疑問を覚えた。知らない仲でもなく敵意も感じなかったため同道したが、あまりにもタイミングが良すぎたと言える。


「……とは言っても、だ。南部貴族への挨拶回りをするのならすぐに出立するであろう? やはり吾輩としてはもう少し開拓が落ち着いてから――」

「コルラード様っ!」


 そこで不意に、アリスの声が響いた。何事かとレウルスが視線を向けると、食堂の入口から笑顔を覗かせたアリスが手を振っている。


「他の方々が食事を終えましたし、開拓の準備に取り掛かるそうですっ! そろそろご指示をお願いしますっ!」

「う、うむっ! 知らせていただき感謝いたしますぞ!」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべているアリスに対し、コルラードは少しばかり慌てたように返事をする。そしてアリスは食堂に引っ込むかと思いきや、そのまま小走りにレウルス達の方へと駆けてきた。


「それとコルラード様、わたしもお話がありまして……少しだけお時間をいただいても大丈夫ですか?」

「それは構いませぬが……他の貴族家へ挨拶周りをしているとのことでしたが、そちらの準備は大丈夫ですかな?」


 小さく眉を寄せ、心配した様子で尋ねるコルラード。アリス達の予定を確認し、いつ頃出立するかを知っておきたいのだろうとレウルスは思う。


(まあ、一番大事なのはコルラードさんの気持ちだよな。このお嬢さんはなんだかんだで相性が良さそうな気もするけど……)


 互いの立場や外見、年齢差といった様々な要素があるが、レウルスとしてはアリスに対する評価は悪くない。むしろ王都で出会った貴族の令嬢達の中ではルヴィリアを除けば一番高く評価してすらいた。


 そのためコルラードが心から嫌がらなければ両者の間を取り持ちたいと思ったが――。


「実はそのことに関してご相談がありまして」


 にこっ、と微笑むアリスのその表情にレウルスは僅かな違和感を覚える。しかしコルラードは何も感じなかったのか、愛想笑いを浮かべながら話の続きを促す。


「相談ですか。吾輩にできることなら可能な限り便宜を図らいますが……」

「他の方々が挨拶回りをしている間、わたしはこの町に留まりたいのです」


 そして、コルラードの『便宜を図らう』という発言を聞くなり、アリスは笑顔で願いを告げた。


「えっ……あー、んん……こ、この町に留まりたい、ですか……」


 ピシリと音が立ちそうな様子で表情が固まってしまったコルラードだったが、辛うじて、といった様子でアリスの願いを復唱する。


「はいっ! わたしが挨拶をするべき方はこれまでの道中でお会いしましたし、そろそろ冬も本格化します。同行していた他の方々と比べてわたしは体力もなく足も遅いため、足手まといになってしまいます」


 それまで笑顔だったアリスだったが、話の途中から申し訳なさそうな顔になる。足手まといになる己を恥じ、辛いと感じているのだろう――と、レウルスから見てもそう思わせる表情の変化だった。


(まさかこの子、本気でコルラードさんを狙っている……?)


 刺客的な意味ではなく、男女間のアレコレを狙ってスペランツァの町までついてきたのではないか。ここにきてレウルスはそう思考したが、これまでのアリスの言動やコルラードの性格を照らし合わせ、内心だけで頷く。


(うん……コルラードさんを狙うとは良い目と判断をしているじゃないか。多才で堅実で努力家で、俺と違って準男爵になってもきちんと振る舞える知識量に社交性……それになんだかんだでコルラードさんは自分からぐいぐい迫るタイプに弱そうだし)


 レウルスからすれば、コルラードならば四女とはいえ侯爵家の令嬢が迫るのも納得できた。そのため余計な口は出さず、二人の会話を見守る。


「ここまでの道中のようにレウルス様達が同行してくださるなら多少の遅れは問題ないでしょうし、旅路も安全なものになると思いますけど、さすがにそこまでお世話にはなれません。だから、足手まといのわたしはみんなが戻ってくるまでこの町で待機していたいな、と思いまして」


 そんなレウルスの視線の先で、そう言ってすがるようにコルラードを見上げるアリス。その表情は少しだけ不安そうで、庇護欲をそそるものだった。


「だめ……でしょうか?」

「駄目、とは言い難いですが……その、ですな? 御覧の通りこの町は開拓中で、一泊二泊程度ならまだしも長期間御令嬢を逗留させることは難しいと申しますか……」


 コルラードは視線を彷徨わせながらもなんとか断る理由を探しているようだった。だが、アリスは構わず一歩前に詰める。


「野営用の天幕がありますから、建てる場所さえ貸していただければそこで寝泊りしますっ! 雨風がしのげればそれで十分ですっ!」

「さ、さすがにそんなことはさせられませんぞっ!? それにここはアメンドーラ男爵殿の土地であり、町ですし、一時的な宿泊ならともかく他家の方を逗留させるとなると男爵殿の許可も」

「あ、これはアメンドーラ男爵様からいただいた逗留の許可証です」


 アリスは懐から何やら手紙を取り出し、コルラードへと差し出す。その反応にコルラードは頬を引きつらせたが、差し出された手紙を確認してため息を吐いた。


「これは、たしかに……しかし、他家の御令嬢を預かるとなると相応の対応が……吾輩はもてなすための家もありませぬし、アメンドーラ男爵殿も不在。そうなると……」

「俺の家ですか」


 コルラードから視線を向けられ、レウルスは苦笑しながら答える。ナタリアが何を思って逗留の許可を出したのかはレウルスも敢えて触れないが、現状のスペランツァの町で相応に住環境が整っているのはレウルスの邸宅しかなかった。


(まさか姐さん、こういうことを見越して真っ先に俺の家を建てる許可を出した……なんて、そりゃさすがに考えすぎか)


 コルラードと同じく準男爵で、なおかつルヴィリアという正妻がいる身である。それなりに長期間誰かを預かるとすればレウルスの邸宅以上の場所はスペランツァの町にはなかった。他に存在するきちんとした建物はドワーフ達の工房と食堂程度で、貴族の令嬢が寝泊りするには向いていないのだ。


(うちで当分預かって、その間にコルラードさんの自宅を建ててもらって、完成したらそっちで預かってもらう……ってわけにはいかないか。未婚のお嬢さんだしな……いや、むしろそっちの方がいいか?)


 むしろそれがアリスの狙いかもしれないが、レウルスとしては提案しにくい。かといって頷こうにも、ルヴィリアとコロナが住むことになったため手狭な状態だ。


(でも部屋を空けようと思えば空けられるし、屋外に天幕を張って生活させるのは色々と危ない……それに、姐さんが許可を出しているってことはこの子がコルラードさんのところに嫁いでも問題がないってことだろうし……)


 さすがに自分のところに嫁がせるという目的ではないだろう、とレウルスは思う。それと同時に、ルヴィリア以外に貴族の感性の持ち主がいるのはスペランツァの町にとっても有用ではないか、とも考えた。


(……まあ、コルラードさんも本当に嫌なら断るか)


 現状はかなり押され気味に見えるが、落ち着きさえすればコルラードが手玉に取られることもあるまい。その後“どう転ぶ”かはアリスの手腕次第だろう。


 そう結論付けたレウルスは小さく苦笑した。


(それに、仮に俺の予想が外れて何か良からぬことを企んでいたとしたら、近い場所にいた方が“対処”もしやすいしな)


 そんな言葉を内心だけで呟き、表情に出さないままレウルスは承諾する。


「騒がしいし狭いかもしれないけど……ひとまずはうちで預かる、ということで良ければ」

「ありがとうございますっ! お世話になりますっ!」


 笑顔で頷くアリスにレウルスは肩を竦め、コルラードは大きなため息を吐くのだった。

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[良い点] コルラードさんメイン回きた!!どうなっていくのか楽しみです! [一言] 更新早くてありがたい。
[良い点] コルラードさんのメイン回、素晴らしいw 胃痛の量と反比例して読者が癒されますww
[良い点] コルラードさん、頑張れ~! [気になる点] そうなるとナタリアの相手は誰に・・・ 形式だけでもレリウスと上手くいかないかなぁ。 [一言] 更新が早くてとても嬉しいです! 漫画版も読んで…
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