第605話:新生活 その1
レウルス達がスペランツァの町へと帰還した、翌朝のこと。
開拓中ということもあり、町の案内もそこそこに久しぶりとなる自宅へとルヴィリアとコロナを案内したレウルスは、一晩ゆっくりと休んでから改めてルヴィリアと向き合っていた。
「それで? 一晩過ごしてみて、この家はどんな感じなんだ?」
不在の間に溜まった埃などを掃除し終わった居間で、コロナが作った朝食を口に運びながらレウルスが尋ねる。ルヴィリアは食事をしながら話すことが恥ずかしい様子だったが、かつて共に旅をしていた時はよくあったことだと思ったのか、口元を拭いてから口を開いた。
「そうですね……仮に、騎士の立場にある方の邸宅だと考えるなら立派だと言えます。ですが、レウルス様のように準男爵の立場にある方の邸宅と考えると少々……」
「狭いか?」
「広さもそうですが、調度品がまったくないのが困りものでして。風呂場や調理場などは十分以上に立派なので新興の準男爵家、それも武勲のみで叙されたと考えるなら及第点……と言えたらいいな、と……」
ルヴィリアは途中から困ったように微笑む。それを見たレウルスは苦笑しながら居間を見回した。
「遠慮しないで言ってくれ。たしかに他所様に自慢できるような調度品はないし、むしろ建てたばっかりな上に王都に行っていたから最低限の生活用品しかないしな」
俺じゃあ何が足りないかわからん、とレウルスは付け加える。むしろ足りなさ過ぎて何から手を付ければ良いかわからない状態だろうか、とも思った。
今のところレウルスの自宅には調度品と呼べるものなど存在しない。そもそもの話、レウルスの自宅どころかスペランツァの町全体を見ても貴族向けの調度品は存在しないのだ。
レウルスの愛剣であるラディアや、ドワーフ達総出で作った鎧などの防具。それらを飾り棚に飾っておけば相応に見栄えも良いだろうが、調度品ではなく実用品である。それならばカルヴァン達ドワーフに棚の一つでも作ってもらった方が余程調度品らしいだろう、とレウルスは思った。
「相応に歴史がある貴族の家ですと、その歴史の長さを誇るように様々な調度品が飾られていまして。レウルス様……い、いえ、と、当家……の場合、新興であるという点を差し引いても飾り気が……」
当家――自分を含めてのヴァルザ準男爵家だということを思い出したのか、ルヴィリアは頬を赤く染めながら言葉を濁す。
「わたしはお貴族様が住む家のことはよくわかりませんけど、これだけは最低限揃えておいた方が良いというものはありますか?」
王都で学んだことを活かそうとしているか、朝食を作ったあとは給仕をしていたコロナがルヴィリアへと尋ねる。居間ではサラ達も一緒に食事をとっていたが、話の内容が内容だけに口を挟めないと思ったのか、話題に加わることなく夢中でコロナ手製の朝食を掻き込んでいた。
「ワシもそこまで詳しくないが、この家では手狭じゃろうな。もしも他所の貴族が訪ねてきたらどうするんじゃ? 専用の応接間もないし、泊まることになったら部屋が足りん。作っておいた客間はルヴィリアかコロナの私室にするんじゃろ?」
サラ達と異なり、エリザだけは会話に加わる。ルヴィリアを除いた場合、レウルス達の中で唯一貴族の事情に関して知識があるからだ。
(建てたばっかりなんだけどなぁ……建築資材にも限りがあるし、壊すわけにもいかないか。そうなると増築するとして……どうしたもんかね)
レウルスとしては、自分が準男爵になるなど考えてもみなかった。サルダーリ侯爵は厚意で推薦したのだろうが、いざ準男爵になってみると問題が山積みである。
(元々俺達が住む用に全員分の部屋プラス誰かが来た時用の客間も作ったけど、いきなり足りなくなるとはなぁ……クリスとティナは良いとして、ルヴィリアとコロナちゃんの部屋……俺の部屋を使ってもらうか?)
準男爵かつ家主である自分が抜けてどうするんだ、という思いもあったレウルスだったが、増築の目途が立つまでなら問題ないのではないか、などと思考する。立場さえなければレウルスとしては開拓のために建てた仮設住宅を利用しても良いのだ。
「ルヴィリアかコロナちゃんのどちらかが俺の部屋を使って、もう一人は客間にってのは……」
駄目だろうな、と思いながらもレウルスが一応提案をすると、それに反応したのはエリザだった。
「駄目に決まっているじゃろ。部屋がどうこうというのなら……あー……うーむ……むむむ……」
エリザは呆れたような顔で駄目出しをするが、すぐに眉を寄せて複雑そうな顔をする。そして何を思ったのかコロナを見やり、続いてルヴィリアをちらちらと見てため息を吐く。
「ルヴィリアからは言い難いじゃろうし……のう、レウルス。ルヴィリアが正妻と言うのなら、お主と一緒の部屋で……というのも一つの手というか……えっと……」
ごにょごにょと言葉を濁すエリザ。その表情は酷く複雑そうだったが、それを聞いたレウルスはなるほどと思う。
(そうか……ルヴィリアを妻に迎えたんだから、“そうする”のもありか。というか俺から切り出すべきだったか……)
言い難いであろうことを述べたエリザに対し、レウルスは小さく頭を抱える。エリザは複雑そうな顔を朱色に染めると、ルヴィリアへと視線を向けた。
「というかじゃ! この辺りのことは正妻であるルヴィリアが差配するべきことだと思うんじゃが!」
「ごめんなさい、エリザさん……わたしも知識としては知っていても、正妻という立場になれるとは思っていなかったものでつい受け身になってしまう部分がありまして……」
照れ隠しに叫ぶエリザに対し、ルヴィリアは申し訳なさそうに眉を寄せる。
公的には正妻である以上自分が取り仕切るべきだとわかってはいても、ルヴィリアとしては元々の病弱さ――実際は毒に因るものだったが、正妻として務めを果たせる身ではないと思っていた。
それに加えてルヴィリアからすれば、エリザ達を差し置いて“後から割り込んだ”という思いもある。公的な場で正妻として振る舞う必要はあっても、普段から正妻の立場を利用してエリザ達を差配するのは気が咎めた。
無論、ヴァルザ準男爵家に必要と思えばやるべきことをやるつもりのルヴィリアだったが、これまでの関係もあるためエリザ達が相手となると一歩引いてしまう部分もある。
「それにほら、エリザさんやミーアさん、それになによりコロナさんもわたしと立場は変わりませんし……わたしとしてはコロナさんがレウルス様と一緒の部屋でも良いと思うのですが」
「ええっ!? る、ルヴィリアさん!?」
そのためか、ルヴィリアがレウルスとの同室にと推薦したのはコロナだった。当のコロナは驚きのあまり目を見開き、食事をしながらも話を聞いていたサラが即座に挙手をする。
「はいはーい! それならわたしもレウルスと一緒の部屋がいい!」
「ちょっ、サラちゃん!? 今はそういうことを言っている場合じゃ……」
「……ネディも」
「ネディちゃん!?」
遠慮なく己の要望を述べるサラとネディに、ミーアが慌てた様子で声を上げた。そんなサラ達の反応を見たレウルスは小さく苦笑を零す。
「大人数で生活できるほど広くないから却下だ。というかルヴィリア、コロナちゃんも困ってるし……まあ、なんだ。俺も困る」
「そ、そうですか……それではその、話を戻しまして」
こほん、と小さく咳払いをするルヴィリア。そしてそのまま居間を見回すと、困ったように微笑んだ。
「この町は開拓中ですし、仮に他所の貴族が訪れるとしても饗応が難しいことは相手方も理解しているはずです。アリス様達も何も言わないでしょう?」
「それはたしかに……対応はコルラードさんに頼んだけど、あの人達ってここまでの道中でも文句の一つも出なかったな」
「旅慣れているというのもあると思います。その上で先ほどのコロナさんの話に戻りますが、最低限用意しておいた方が良い物と言えば……食器、でしょうか」
ルヴィリアにそう言われ、レウルスは視線を机に落とす。コロナが作った朝食が盛られた皿は、ドワーフ達の中でも陶芸が得意な者が作った代物ではあるのだが。
「質が良いのはたしかですが、少々武骨に過ぎます。この辺りは好みによりますがもう少し種類と数が欲しいですね」
旅で使用しようと、サラが乱暴に扱おうと、割れない強度はある。しかしながらルヴィリアの言う通り実用性一辺倒過ぎたか、とレウルスは呟く。
「店で買う、というわけにもいかないしなぁ」
最近まで滞在していた王都ならば、金さえあれば必要な物を必要な時に買えただろう。だが、現在のスペランツァの町に陶器を扱う店などなく、開拓に必要な資材を運んできた商人が“ついで”で運んできた物を買うのが精々だった。
商人や近隣の貴族が支援で送り込んでくる物資は建材や食料が主であり、生活雑貨は二の次である。スペランツァの町にはドワーフ達がいるため、自作することが可能というのも原因だった。
末端とはいえ、貴族というのも大変だ。レウルスがそんなことを内心で呟いていると、ルヴィリアは苦笑を深めながら言う。
「開拓が始まって一年足らず……それほどの短期間でここまで開拓が進んでいる以上、贅沢な悩みでしょうけどね。わたしもお父様やお兄様に話を聞いた程度ですが、他所の貴族の方が話を聞けば羨むかと」
「ドワーフのみんなが協力してくれてるし、恵まれているのはわかってるさ。あとはジルバさん達精霊教徒の協力もあるし……うん……」
ジルバ達の協力に関して、素直に協力だと言って良いものかわからずレウルスは言いよどむ。それでも空気を変えるように咳払いすると、居間を見回して一つ頷いた。
「とにかく、この家もだけどスペランツァの町自体足りないものが多い。その辺りは姐さんの領地だから姐さんの考えが第一だし、コルラードさんが現場監督をしているんだ。改善を目指すとしても、しっかりと相談しながらしよう」
準男爵になったからといって好き勝手できるはずもない。レウルスとしてもそんな真似をする気は欠片もなく、ナタリアやコルラードの補佐に回ろうと考えていた。
「よくわかんないけど、結局何をどうすればちゃんとした町になるの?」
これまでの話を一応は聞いていたのか、サラが不意に疑問の声を上げる。
「現時点で外壁に空堀、井戸に仮設とはいえ多くの家屋。町の周りは木が伐採してあって見通しも良いですし、畑も作ってあります。今のままでも最低限形になっていると言っても良いですが……」
サラの質問を聞いたルヴィリアは視線を彷徨わせると、数秒してから苦笑を浮かべた。
「領主であるアメンドーラ男爵様の屋敷、ラヴァル廃棄街から移住してくる方々が住む場所、住民が食べていけるだけの食料を生産できる畑や牧場、あるいは食料を他所から買えるほどの産業」
そう言いつつ、ルヴィリアは自身の指を折っていく。
「住民が生活していくための職も必要ですし、防衛のための戦力も必要です。勝手に向こうから来るでしょうけど商家を誘致したり、余裕があれば街道をきちんと整備したり……他にもわたし個人……いえ、町のためにも必要なのは医者ですね」
「医者か。一応聞くけど、治癒魔法の使い手じゃないよな?」
治癒魔法の使い手ならばジルバをはじめとして精霊教徒には多いはずだ。それをルヴィリアも理解しているはずで、わざわざ医者と告げたことにレウルスは確認を取る。
「はい。この町の現状に関して話を聞いた限りで判断をするなら、怪我はともかく病気が流行った際の対応に不安が……それに、えっと、御子ができると出産が……開拓の人員はいても、産婆や医師はいないんですよね?」
困ったように、少しだけ声が小さくなるルヴィリア。照れている部分もあるのだろうが、施政者の立場からすると看過できないことが多いのだ。
「あー……何かあった時のために治療用の魔法薬はあるし、ジルバさんみたいに治癒魔法を使える人もいるっちゃいるんだが……」
詳しい話は聞いていないため判断ができないが、集まってきた精霊教徒の中に医師や助産師がいる可能性はある。だが、ジルバはまだしも他の精霊教徒が全員信用できるかは未知数だとレウルスは思った。
医師や産婆は重要だとレウルスも思うものの、身元や技量が不明で信用も置けないとなると不安が大きい。
(そもそも前世の日本と比べたら出産の危険性も高そうだしな。いや、治癒魔法があるから安全なのか?)
貴族としての知識もそうだが、やはりこの世界における一般常識でも足りない部分があるな、とレウルスは思考する。これまで考えることがなかった部分にも目を向けなければ、いざその事態に直面した際に問題となるだろう。
「姐さんやコルラードさんならその辺りのこともしっかりと考えてるだろうけど、意識の共有は必要だな。ちなみに、仮に医師や産婆が確保できたとして、その上で足りないものってあるか?」
「わたしは子を産んだことがないですし、育てたこともありません。そのため出産や育児を考えるとわたしの実家から送られてくる人員が到着するか、経験者の方が欲しいですね」
「出産や育児の経験者、か……医師もだけどそっちも重要だな」
現状のスペランツァの町では開拓を最優先にしており、住んでいるのも冒険者や作業者、ドワーフと偏っている。しかし今後ラヴァル廃棄街の住民が移り住んでくるならば、相応に必要なものが増えるのだ。
(待てよ? 出産や育児の経験者ってこの町にはほとんどいないけど、ラヴァル廃棄街にはたくさんいるよな)
ミーアを育てたカルヴァンやその他ドワーフ、ジルバ達精霊教徒を除き、スペランツァの町にいるのは未婚かつ若い男が大半だ。しかし、ラヴァル廃棄街には必要な人材が多くいる。
(姐さんもラヴァル廃棄街から離れたがらない人達がいるって言ってたな……子供がいれば面倒を見たり勉強や知識を教えたりする人が必要だし、呼び寄せる切っ掛けにできないか?)
ナタリアも気にしていたが、高齢者の多くはラヴァル廃棄街から離れようとしていないという話だった。
家族が全員、ラヴァル廃棄街の墓地で眠っているという者を連れ出すのは難しいだろう。だが、スペランツァの町が完成するより先に寿命が来るだろうから、という理由でラヴァル廃棄街に残ると話す高齢者もいたと聞く。
(まだまだ先になるだろうけど、一時的にでもこっちに来てもらって赤ん坊や子供の面倒を見てもらって、これからの未来に是非とも必要だって説得できないかね?)
全員が全員移住させるのは不可能だろうが、一人でも多くの者がスペランツァの町に移住するきっかけにはなる可能性がある。今度ナタリアと会った際、そんな提案をしてみようとレウルスは思う。
「うん……朝から色々と考えることがあったけど、まずは王都に行っててコルラードさん達に任せきりだった町の開拓を頑張るか」
何をするにも、まずはスペランツァの町の環境が整わなければ意味がない。
そう結論付けたレウルスは、呟くと同時に気合いを入れるように大きく頷くのだった。
どうもお久しぶりです、作者の池崎数也です。
更新の間が空き申し訳ございません。毎度ご感想やご指摘、評価ポイント等をいただきましてありがとうございます。
コミカライズ版に関してお知らせがありますので、ご興味がある方は活動報告の方もご確認いただければ幸いに思います。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




