第604話:旅は道連れ その2
「おお……やっと……やっと帰ってきたのだな!」
そんな言葉と共にレウルス達を出迎えたのは、以前と比べてやつれて見えるコルラードである。
先触れの使者が向かったためレウルス達の到着を知っていたのだろうが、それでもどことなくほっとしたような雰囲気も感じ取れた。
現状、アメンドーラ男爵領を開拓するにあたって現場の責任者かつ準男爵という立場にあるコルラードが自ら出迎えたことから、レウルス達の帰還を心から待ちわびていたことがうかがえる。
「お久しぶりです、コルラードさん。あー……その、大丈夫ですか? 以前より痩せたような……」
コルラードの顔を見たレウルスは挨拶もそこそこに、思わずといった様子で尋ねた。記憶の中のコルラードと比べ、その顔には苦労と疲労が滲んでいたからだ。
「お主がいない間、少々……いや、かなり大変だったのでな……」
疲れが浮き彫りになっている笑みを浮かべながら、コルラードが呟く。それを聞いたレウルスは一体何があったのか、と首を傾げた。
「開拓に何か問題が? 強い魔物でも出ましたか?」
「いや、開拓は順調なのだ。魔物に関しても手に負えるものばかり……だが、冒険者の面々を領軍の兵士として鍛えること、それにカルヴァン殿達ドワーフが酔って暴れると吾輩では取り押さえるのが大変でな……」
そう言って遠い目をするコルラード。レウルスは自分も王都で大変だったが、コルラードはコルラードで大変だったのだと苦笑を浮かべる。
「ははは、おっちゃん達は相変わらずなようで。なにはともあれ改めまして、お久しぶりですコルラードさん。やっと帰ってこれましたよ」
それでもレウルスが気を取り直して帰還の挨拶をすると、コルラードも我に返ったように表情を和らげた。
「無事に……無事に? ま、まあ、とにかく、叙爵も済んだと聞いたのである。これでお主も吾輩と同じ準男爵であるか……」
コルラードは笑顔でレウルスの肩を叩く。純粋に再会を喜んでいる面もあるのだろうが、その表情は『これで仕事と責任と面倒事を分担できる』と言わんばかりに輝いていた。同時に、王都で起こったこともある程度は聞いていたのか視線が若干泳いでいる。
「ええ。レウルス=バネット=マルド=ヴァルザです。改めてよろしくお願いします」
「うむ。コルラード=バネット=マルド=ロヴェリーである。改めてよろしく頼む」
それでもレウルスが家名を含めて名乗ると、どこか楽しげに笑う。レウルスはそんなコルラードに笑って返すと、傍に立ったルヴィリアへ視線を向けた。
「あとこっちのですね……ルヴィリア」
「はい。お久しぶりでございます、ロヴェリー準男爵様。昇爵おめでとうございます」
「おお……これはこれは、ルヴィリア殿ではないですか。お久しいですな……え? いや、レウルス? え? 何故ルヴィリア殿がここにいるのであるか?」
最初は貴族としての体面を保っていたコルラードだったが、途中から口調が崩れてレウルスを見る。コルラードにとってルヴィリアは面識がある相手ではあるが、何故レウルスと同行しているかわからなかったのだ。
その反応にレウルスはおや、と片眉を跳ね上げる。コルラードは先触れの使者やジルバからは何も聞いていないようだった。
(先行した使者はともかく、ジルバさんが何かしら伝えているもんかと……あっ、なんか笑顔で精霊教徒っぽい人達と資材を運んでるな……)
開いた門の先。遠目に生き生きとした笑顔で木材や石材等の建材を運ぶジルバの姿があった。おそらくは合流した精霊教徒達と共にサラやネディを祀る建物を造るべく、張り切って作業をしているのだろう。
(……そっちに意識が集中してこっちの事情を伝えてないって感じか? もしくは、こういうことは自分の口で伝えるべきだって判断か?)
限りなく前者の気がしたが、レウルスは後者だと思うことにした。そして小さく苦笑を浮かべ、簡潔に説明を行う。
「王都で色々とありまして……俺の妻です」
「正式な結婚はまだですが、正妻として同行いたしております。これからも夫共々、よろしくお願いいたします」
「けっこ……え? あ、いや……それはめでたい……うむ、めでたいのであるな」
何があったのか、と言いたげな顔をするコルラードだったが、それはこれから聞けば良いと考えたのだろう。言祝ぐと同時にその視線をレウルスの背後へと滑らせる。
「ルヴィリア殿……いや、ヴァルザ準男爵夫人に関しては納得したが、何故北部貴族の面々がここに? 何人か見知った顔がいるのだが」
「なんでもマタロイ南部の貴族に挨拶回りをしているらしいですよ。俺達に同行した方が安全だろうってことで、王都から一緒でして」
「挨拶回り……ふむ。たしかにお主達が一緒ならば、下手な護衛を連れて歩くより安全であろうが……んん?」
驚くというよりは困惑した様子で眉を寄せるコルラード。そんなコルラードの様子に、レウルスはおや、と首を傾げて小声で尋ねる。
「合流したのがラヴァル廃棄街を出たあとだったんで姐さんに許可を取ってないんですが、魔物か野盗にでも襲われたら、と……何かまずかったですかね?」
「いや、問題というほどのことではないのだ。お主が王都で王命を果たして上級の龍種を仕留めた、という噂は聞いているのである。そんなお主が同行するのなら安全だと判断するのもわかる……のだが……」
コルラードは言葉を濁すようにして困惑を滲ませる。その視線はレウルスではなくその背後、ここまで同行したアリス達に向けられていた。
――正確に言えば、キラキラとした眼差しで自分を見てくるアリスの姿にコルラードは困惑していた。
「吾輩の気のせいであるか? あちらの御令嬢、なにやら先ほどから吾輩の方をずっと見ているのだが」
「えっ? ああ、あの子はサルダーリ侯爵の娘さんですよ。四女だそうで……サルダーリ侯爵はご存知ですよね?」
レウルスも確認してみるが、たしかにアリスの視線はコルラードへと向けられているようだった。ただしそこには悪意も敵意も感じられなかったため、レウルスは軽く流してコルラードに話を振る。
「マタロイ北部の貴族を取りまとめているお方、であるな……そんな大物貴族の御令嬢が何故こんなところに? たしかにサルダーリ侯爵殿直系の御令嬢が同行しているのなら無下にはされぬだろうが、挨拶回りをするにしても他の貴族がいれば十分だと思うのだが……」
困惑が深まった様子でコルラードが呟くと、その呟きが聞こえたのかアリスが友好的な笑顔を浮かべながら近付いてくる。サルダーリ侯爵という名前が聞こえたため、自身のことが話題に上がったと判断したのだろう。
「はじめまして! アリス=フォル=ド=サルダーリと申しますっ!」
そして元気よく挨拶をした。旅装だったため衣服は動きやすさを重視したものだったが、挨拶と共に一礼するアリスの姿は元気の良さとは裏腹に洗練されている。
「これはご丁寧に。コルラード=バネット=マルド=ロヴェリーと申します」
困惑した表情を引っ込め、丁寧に対応するコルラード。しかし笑顔で視線を送り続けるアリスに再度困惑し、訝しそうに眉を寄せる。
「挨拶回りだとお聞きしましたが、吾輩に何か御用でも?」
「是非ともロヴェリー準男爵様とお話をしたいと思っておりましたので! こうしてお会いできて光栄ですっ!」
「……吾輩と? ヴァルザ準男爵殿のように話題に事欠かない身ではないのですが……いえ、アリス殿のように見目麗しい御令嬢のご希望とあらば光栄ですな」
コルラードは困惑半分、警戒半分で答える。すると、アリスは目を輝かせながら胸の前で手を打ち合わせた。
「広い人脈を持ち、一代で準男爵に叙されるに足る勲功を立て、武名高き『龍殺し』様に剣を教えた凄腕のお方だとお聞きしていますっ! それなのに驕らず……素敵だと思いますっ!」
「は、はあ……そんなに手放しで褒められると照れま……え? 『龍殺し』?」
そう言いつつ、コルラードはギギギ、と音が立ちそうな動きでレウルスへと視線を向ける。
「レウルス、『龍殺し』というのは?」
「さっき話に出た、王様から上級の龍種を仕留めてこいって依頼を達成したらそんなあだ名が流布されました」
「お主の剣の師、というのは?」
「コルラードさんは俺に剣術を教えてくれた師匠ですよね? 間違っては……ん?」
そこまで話したレウルスは疑問を覚えて口を閉ざす。そして何に対して疑問を覚えたのかと自問すると、数秒とかけずに答えが出た。
(おかしいな……殺し合った司教連中にはコルラードさんが剣の師だって言ったけど、王都で口に出したか? 王様に剣術指南役がどうって言われた時も……頭文字ぐらいは言った気がするけど、フルネームは出してない……はず……)
コルラードの頭文字ぐらいは口にしたかもしれないが、とレウルスは思考する。
それでも名前の一文字だけとはいえ、レウルスと関係がある者の中で剣術を教えられそうな人物となると限られているだろう。おそらくはそこからコルラードに行きついたのではないか。
(あの場にはサルダーリ侯爵もいたが……話を聞いてそこから情報を集めたのか? いや、たったそれだけで情報を集めようと思うものなのか?)
レウルスは疑問を覚えながらもアリスへ視線を向ける。貴族という生き物がどんなものかは王都で相応に学んだつもりだったが、“そこまで”するのかという疑問が湧いたのだ。
「……? どうかされましたか?」
だが、アリスは不思議そうに小首を傾げるだけだ。その表情は心底自然なもので、レウルスの目から見ても演技には思えない。
(俺が覚えていないだけで、コルラードさんの名前を出してしまったのかもな……)
思い当たる節としては、アリスと初めて顔を合わせた際にコルラードの名前を口に出した程度だが、レウルス自身、覚えていないだけで他の場所でもコルラードの名前を口に出していた可能性もあった。そのため内心で納得の呟きを漏らしていると、コルラードは複雑そうに眉を寄せている。
「たしかに剣を教えたといえば教えたのであるが、それで師匠と呼ばれるのは吾輩としても少し……いや、かなり不相応のような……」
「そんなこと言わないでくださいよ。俺としてもコルラードさん以外に剣の師匠って呼べる人はいません。ああでも、グレイゴ教の司教にもコルラードさんから剣を教わったって言ったんですけど、信じないどころか知らないって言ってたんですよね」
「うむ、ちょっと待ってほしいのである」
グレイゴ教の司教ならばカルデヴァ大陸各地の強者の存在を知っていてもおかしくないだろうに、とレウルスは不満そうな声を漏らした。すると、コルラードは真顔で待ったをかける。
「グレイゴ教の司教に吾輩が剣の師匠だと言った? 何がどうなればそんな事態が起こり得るのだ?」
「いえ、さっき言った王様からの依頼なんですが、本当は物騒なことを仕出かそうとしているグレイゴ教の連中をまとめて仕留めるよう誘導されたって裏話がありまして……詳細を端折ると、俺一人で司教を三人相手にして戦う羽目になったんですよね」
実際のところはレベッカが味方に殴りかかる一面もあったが、それでもレウルスは『火閃槍』のエイダンと『収集家』のブレインという司教二人を相手に戦った。その際にコルラードが剣の師だと答えたものの、二人ともコルラードの名前を知らなかったのだ。
この場にはアリスもいるためコルラードの傍に身を寄せて小声で説明すると、コルラードは頬を引きつらせながらレウルスに恨みがましい視線を向ける。
「し、司教三人? しかも吾輩の名前を……何故? いや、そもそもそんな話を聞かせて吾輩に何を……うっ、胃が……」
コルラードは腹部に手を当てながら眉を寄せた。レウルスはそんなコルラードの反応に首を傾げる。
「そのあたりの話、ジルバさんから聞いてないんですか? あの人、俺が司教の相手をしている間に大司教と殴り合って、その後は他の連中を仕留めて回ってたんですけど」
「聞いてないのである……先触れの使者に同行して帰還なされたが、以前にもまして圧力が凄くて詳細を聞けないのだ……あの御仁、王都で何かあったのであるか? 帰還するなり移住を希望していた精霊教徒達をまとめて何やら作業を始めてしまったのだが」
「グレイゴ教の大司教から、精霊がどれほど人間を愛しているかを聞かされたとかなんとか……そんな感じです」
「どういうことなのだ……」
コルラードは考えることを放棄してしまいたい気持ちになった。そして、この場で詳しく聞くのはまずいと判断して咳払いをする。
「ごほんっ! と、とりあえずよくぞ無事に帰ってきた! そのあたりの詳しい話は後日……うむ、正直吾輩の胃と心臓がもたない気もするから可能な限り聞きたくないが、後日に聞くとしよう。まずは戻ってきた者達の慰労と、北部貴族の面々が滞留する際の打ち合わせをせねばな」
ひとまずは話題を棚上げすることを選択したのか、表情を真剣なものに変えたコルラードがそう話す。それを聞いたレウルスはそれもそうか、と納得して頷いた。
レウルスとしても、離れていた間にスペランツァの町の開拓がどれほど進んだのかゆっくりと見てみたい気持ちがある。そして、それ以上にルヴィリアやコロナに町の案内をしたいという思いがあった。
(ルヴィリアとコロナちゃんにとっても、これから住むことになる場所だしな。短期間とはいっても野外を旅した疲れもあるだろうし、まずは休ませてから皆に紹介して……町の周辺に強い魔物が棲み付いていないか確認もしないとな)
ルヴィリアやコロナに関して半分、スペランツァの町の安全に関して半分ほど思考しながら、レウルスは久しぶりに帰ってきたスペランツァの町に足を踏み入れる。
「ロヴェリー準男爵様! もしよろしければ、コルラード様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「う、む……それは構いませぬが……まずはその、逗留する際の話をしたいと思っておりまして」
そうしてレウルスが“帰郷”の喜びを噛み締めていると、先を行くコルラードの傍でアリスがニコニコと笑顔を浮かべながら話しかけているのが見えた。コルラードはどこか気圧されている様子だったが、無下にできる相手でもないため困ったように笑っている。
それをなんとはなしに眺めながら、レウルスは気を抜くように大きく息を吐いた。
(まあ……しばらくはのんびりと、ゆっくりとできるかな?)
王都でも色々とありすぎた。そのため当分は心と体を休めよう、と思いながら。
――そんな思いとは裏腹に、様々な問題が起こることをこの時のレウルスは知らなかった。
どうもお久しぶりです、作者の池崎数也です。
またまた更新の間が空き申し訳ございません。毎度ご感想やご指摘、評価ポイント等をいただきましてありがとうございます。
コミカライズ版に関してお知らせがありますので、ご興味がある方は活動報告の方もご確認いただければ幸いに思います。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




