第599話:王都からの帰還 その3
前書きをお借りいたします。
拙作のコミカライズ版が更新され、12話前編が掲載されました。
よろしければそちらもお読みいただければ幸いに思います。
レウルスがラヴァル廃棄街へと帰郷したその日の晩のこと。
ルヴィリアを見たトニーが上げた驚きの声を切っ掛けに、レウルスが王都で妻を――それも伯爵家の次女を連れ帰ったことは、風のような速度でラヴァル廃棄街に広まった。
準男爵になることも驚きだったが、正妻として連れ帰ったのが男爵になったナタリアよりも貴族としては更に格上のヴェルグ伯爵家の次女である。
その一事は驚愕と衝撃を伴ってラヴァル廃棄街を駆け巡ったものの、“広まった結果”はレウルスとしても少々予想外のものだった。
「それじゃあ我らが『魔物喰らい』の叙爵と結婚を祝って――乾杯!」
「乾杯!」
「かんぱーい!」
レウルスの話が広まるなり、早々にドミニクの料理店に集まる冒険者やラヴァル廃棄街の住民達。彼ら、彼女らはドミニクに酒と料理を頼み、足りなければ自宅で作った物を持ち出し、詰めかけるようにして宴会を始めてしまったのだ。
酒と料理だけでなく椅子や机まで引っ張り出し、飲めや歌えやと騒ぐ住民達は一様に笑顔である。本当にめでたいことがあったと言わんばかりに、口々にレウルスのことを祝っていた。
ラヴァル廃棄街の管理者であるナタリアは苦笑し、ほどほどにするようにとだけ言い残して冒険者組合へと向かってしまった。ナタリア公認の宴会に、住民達のテンションがうなぎ登りに高まったのを感じ取ったレウルスである。
「…………」
そんな“町の仲間達”の姿に、レウルスは無言で頭を掻く。
どんな反応が返ってくるか不安に思っていたが、良い意味で予想を裏切られた気分だった。
「良い場所……いえ、良い故郷ですね」
そうして騒ぐラヴァル廃棄街の住民達の姿に、ルヴィリアが微笑みながら呟く。
予期せぬ形での“お披露目”になったが、さすがにレウルスの自宅に引っ込んでいるわけにもいかず、レウルスと共に宴会に参加しているのだ。
そんなルヴィリアの呟きが聞こえたレウルスは困ったように、それでいて誇らしげに笑った。
「ああ……自慢の故郷さ」
仲間の立身出世――それも普通ならばあり得ないような、段階を飛ばしてのもの。
それだというのに心の底から祝っていることが伝わってくる笑顔と声色に、レウルスは笑いながら酒を一気に飲み干す。
相変わらずいくら酒を飲んでも酔うことはできないが、場の雰囲気だけでも気分が高揚する思いだった。
(みんなが祝ってくれて嬉しい……けど、な……)
それでも喜ぶ気持ちと同時に、レウルスは言い様のない感情を抱く。
レウルスは周囲に悟られないよう視線を滑らせると、次から次へと料理を作るドミニクを見た。そして、帰郷と同時に料理店の給仕として料理の配膳を始めたコロナの姿も見て取れ、小さくため息を吐く。
久しぶりの故郷ということで、コロナの顔には笑顔がある。しかし、それが本心からのものではないとレウルスは察していた。
時折コロナの姿を視線で追ってみると、コロナの様子に違和感を覚えたと思しきシャロンの困惑顔も見える。ドミニクの料理店を手伝っていたのかメイド服姿のシャロンがコロナに声をかけているが、コロナは微笑むだけでシャロンが納得するような言葉を返してはいないようだった。
そんなコロナの表情を見るドミニクの顔に、大きな変化はない。今は料理を作ることに専念しているのか、真剣な表情で包丁を振るっているのが見えた。
レウルスの脳裏に、王都へ出立する前にドミニクと交わした言葉が蘇る。コロナの将来を心配するドミニクの姿と声が、脳裏から離れない。
レウルスとコロナの間の話だから、とドミニクは言っていたが、ドミニクとしてはコロナと自身の結婚を望んでいたのだろうとレウルスは思う。だからこそ王都へ出立する前にわざわざ話をしたのだろう、と。
それだというのにルヴィリアを正妻に娶ると決め、ラヴァル廃棄街に連れ帰ったことで“決断を下した”と判断されたからこそ、何も言ってこないのか。
ルヴィリアを選んだことに後悔はなく、そのような真似ができるはずもない。しかし、レウルスが選んだのはルヴィリアだけでなく、エリザやミーアも妾として娶るのだ。
貴族としては正妻だけでなく妾も作るのは珍しくないと聞いたレウルスだったが、ドミニクがどう思うかは別問題である。
そうやってドミニクの様子を窺っていたレウルスだったが、共に酒を飲んでいた冒険者の一人が陽気な様子で肩を組んでくる。そしてしみじみと、本当に嬉しそうに言った。
「しかし、あのレウルスがなぁ……昔はあんなにガリガリのガキだったってのに、立派になりやがって……こんなに体もでかくなりやがってよう……」
酒に酔った様子ではあるが、今にも泣きそうな様子である。そして冒険者に肩を組まれたレウルスは、自分の方が背も体も大きくなっているのだな、などと思った。
「まさか準男爵になるとはなぁ……昔は他の冒険者が仕留めた魔物を拾い食いしてたのになぁ……立派になりやがって……」
「エリザの嬢ちゃんから始まって、次から次へとちっこい嬢ちゃんを連れ帰ってたのになぁ……嫁さんはちっこくないのに驚いたぜ……立派になりやがって……」
「立派になったってしみじみと言えば許されると思ってないよな?」
次から次へと飛んでくる軽口だったが、どうにも方向性がおかしい。そのためレウルスがツッコミを入れると、冒険者達はゲラゲラと笑い声を上げる。
「お、なんですかいヴァルザ準男爵様。庶民の軽口はお気に召しませんかね?」
「準男爵になったら変わっちまったのか……悲しいねぇ……」
「冒険者のレウルスは貴族様になっちまったのか……涙が出るぜ……」
「……」
よよよ、と泣き真似をする冒険者達に、レウルスは思わず頬を引きつらせた。面倒な酔い方をしてやがる、と頭を抱えたくなったが、続いてかけられた声に言葉をなくす。
「ま、俺らなりの“お祝い”ってやつだ……大したもんだぜ、本当に」
「そうそう。俺らの仲間が、この国の王様に直接会って貴族として認められたんだぜ? しかも貴族のお嬢さんまで嫁にして連れて帰るなんてなぁ……」
「ナタリアの姐さんもそうだけど、お前も俺らの誇りだよ……ああ、本当に立派になりやがって……」
嬉しいと、誇らしいと告げる冒険者仲間の声に、レウルスは視界が潤むのを感じた。冒険者仲間だけでなくラヴァル廃棄街の住人達も同意見なのか、微笑ましそうにレウルスを見ている。
「でも、ここまで大騒ぎして大丈夫なのか? 酒代とかは俺が出すけど……」
レウルスは照れ臭くなり、今回の宴会に関して言及した。酒も料理もタダではないのだ。
「祝われる側が金出してどうすんだよ」
「そうそう。それに“賭け”が全員外れて不成立だったから金は――」
「あっ、馬鹿!?」
そして、酒に酔った冒険者の口からぽろっと零れた一言に、レウルスは目を光らせる。肩を組んできていた冒険者の腕をがっしりと掴んで逃がさないようにすると、レウルスはにこりと笑った。
「ほう……賭け、ねぇ。今回の賭けのお題目は一体なんだったんだ?」
「は、ハハハ……え? なんのことだ? 酒が回ってきたのか全然聞こえなかったなぁ」
「そ、そうそう。酒のせい酒のせい」
あからさまにとぼける冒険者達の姿に、レウルスはため息を吐く。大方、自分の結婚相手に関して賭けでもやっていたんだろうな、などと思った。
(そりゃ伯爵家の次女なんて予想する奴はいないか……いたとしたら未来予知でもしてんのかって話だよな)
そんな予想を立てる者がいたとすれば、レウルスとルヴィリアの関係に気付き、なおかつ王都の貴族事情にも詳しいということになる。それでもレウルスがルヴィリアを選んだのは自分の意思であり、そこまで見抜いて賭けるとなると最早一種の超能力だろう。
しかしそうなると、一体誰と結婚すると思われていたのか。
エリザか、サラか、ミーアか、ネディか。大穴でナタリアやシャロンか。
――コロナと、だろうか。
そこまで考えたレウルスは陶器に注がれた酒を一気に飲み干すと、小さくため息を吐くのだった。
その後、飲めや歌えやの大騒ぎが夜更けまで続いたものの、レウルスは途中で中座してルヴィリアを自宅へと案内した。王都からラヴァル廃棄街までの旅の疲れがあるため、しっかりと休ませたかったのである。
王都に向かっている間はシャロンが掃除をしてくれたのか、埃などはほとんど溜まっていない。先に自宅へ戻ったエリザ達も軽く掃除をしていたため、ルヴィリアを泊めるのも十分可能だろう。
「申し訳ございません、レウルス様……その、さすがに少し疲れが……」
宴会から連れ出した意図を察したのか、ルヴィリアが申し訳なさそうにする。それを聞いたレウルスは苦笑を浮かべると、明らかに湯上りと思しきサラに視線を向けた。
「サラ、風呂はまだ温かいか?」
「もっちろん! さっきまでわたしが入ってたからあったかいわよ! あと、なんか部屋とかと比べてお風呂はすっごく綺麗だったんだけど……」
「……今日はさすがに無理だろうけど、明日あたりシャロン先輩にゆっくり風呂に入ってもらうか」
多分、シャロンが使用していたのだろうとレウルスは思う。そのため小さく苦笑を浮かべると、レウルスは脳裏にグリマール侯爵の顔を思い浮かべた。
(グリマール侯爵とのことは……いや、俺が言うべきことじゃないか。ニコラ先輩か、姐さんが話をするか……)
シャロンがグリマール侯爵の私生児だと知ったレウルスだったが、付き合い方を変えるつもりもない。ただ、何か困っていることがあればこれまで通り冒険者仲間として協力するだけだ。
そうして自宅を後にしたレウルスだったが、宴会場に戻るとそれほど時間が経っていないにも関わらず死屍累々といった有様になっていた。もちろん死んではいないのだが、酒に酔って眠ってしまった者が何人もいるのだ。
「おいおい……さすがに外で寝るのは無理だろ……」
ラヴァル廃棄街で宴会があるとよく見かける光景だが、今は冬である。凍死するほど冷え込むわけではないが、さすがに風邪の一つも引くだろう。
後先考えないほど酒に夢中だったのか、祝うのに夢中だったのか。レウルスは酒を飲んでいない者達と協力し、ひとまず近くの民家に運び込んでいく。布団などはないが、家の中なら外よりはマシのはずだ。
そうして寝ている者達を運び終えると、時刻は更に遅くなってしまった。宴会の片付けは綺麗に住んでおり、あとはレウルスも自宅に帰るだけなのだが――。
「レウルス……一杯、付き合わんか?」
「おやっさん……」
料理店から出てきたドミニクから、“いつかのように”酒に誘われたのだった。




