第595話:連鎖 その1
同日。
王都にいる知り合いの元を回るナタリアと同様に、レウルスもまた、王都の知り合いに挨拶をして回っていた。
グリマール侯爵やサルダーリ侯爵、ベルナルドやエリオ、レウルスとしては極力避けたいところだがフィオリ侯爵。そして、大教会に赴いてソフィアにも挨拶し、着々と帰還の準備を進めていた。
「あー……姐さんが一緒なら楽だったのに……」
人混みを避けるようにしながら王都の裏通りを歩きつつ、レウルスはそう呟く。
これまでならばナタリアに同行していれば良かったものの、レウルスも正式にヴァルザ準男爵家の当主となった。そのためいつまでも“お守り”として一緒に挨拶回りをするわけにもいかず、実戦を経験して来いと言わんばかりに送り出されたのである。
馬車がないため徒歩で、それも時折王都の民に群がられながらの道行きとなったものの、王都で過ごすのもあと僅かな期間だと自分に言い聞かせながらレウルスは挨拶回りを終えた。
気楽な部分があったとすれば、訪問する相手がフィオリ侯爵を除いてある程度の失敗は見逃してくれる相手だということだろう。
グリマール侯爵からはルヴィリアとの結婚に関して祝福すると共に少しだけ小言を言われ、サルダーリ侯爵は相変わらずの無警戒な様子で歓迎し、ベルナルドからは『それで? いつ戦う?』と模擬戦に誘われ、エリオが必死にそれを止めてとそれなりに楽しくも気が楽だった。
だが、フィオリ侯爵に関してはレウルスなりに礼儀正しく、いつ頃に王都を発つと最低限の報告をしただけである。ソフィアに関してはフィオリ侯爵よりも気安く接することができるが、互いの立場が立場だけに他人行儀なやり取りになってしまった。
“先日の騒動”でサラとネディが危うく毒物で害されかねなかった件に関して、ドーリア子爵と話をすると笑顔で語ってもいたが、レウルスとしてはできることは少ない。精々、やつれていたドーリア子爵が倒れることがないよう祈るばかりだ。
それらを思い返すと、レウルスとしてはやはりナタリアが同行してくれていれば、と思わざるを得ない。いくら準男爵という立場になったとはいえ、レウルスとしては自分が立場に見合った礼儀作法や貴族としての常識を弁えているなどとは微塵も思えないのだ。
――どこか気まずいコロナとの関係を察したナタリアによる、時間を設けるための措置だということも理解してはいたが。
貴族としての立場だけ見れば同格であるベルナルドや、騎士であるエリオはともかくとして、レウルスは貴族相手に通じる礼儀作法を身に着けているとは口が裂けても言えない。補佐としてエリザが同行したものの、エリザも“他国”の礼儀作法に通じているわけではないのだ。
礼装がないため相変わらず真紅の鎧を身に着け、外套を羽織ってそれぞれの元を訪れたレウルスは、自己採点では問題なく終わった挨拶回りに安堵の息を吐く。そしてふと、隣を歩くエリザに視線を向けた。
「そういえば……この前ルヴィリアのところでどんな話をしたんだ?」
追及するわけでもなく、不意に思い出した様子でレウルスが尋ねる。
エリザが一対一でルヴィリアと話をしたいと聞いて場を設けたが、その内容に関しては特に確認していない。エリザを信頼しているというのもあるが、帰り道にはにかみながら『わたし、レウルスと結婚できるよ』と伝えてきたため、“問題”はなかったと判断したのだが――。
「……女同士の秘密じゃ」
「それなら仕方がないな」
ふむ、と頷くレウルス。
根掘り葉掘り聞こうと思えば聞けるのだろうが、エリザの表情から“それ”は思い留まる。確認しないことで将来的に問題が発生する可能性もあるが、レウルスとしては話を聞いた場合、どう対処するかの判断が難しい面があった。
(女性同士の秘密に首を突っ込むのは怖いってのもあるが……“今の俺”じゃどうにも判断できそうにないしな)
ルヴィリアに対する心情、エリザへの信頼というのもあるが、今の自分では判断できるか怪しいものだとレウルスは思う。下手すれば生まれ変わって以来“まとも”に動き始めた自身の感情に振り回され、正しいと思える判断が下せないからだ。
それでもなお、自らの意志で判断するべきだと思う気持ちもあるが、判断した結果がどう転ぶか読めないというのが二の足を踏ませていた。
(……とりあえず、目先のことを片付けていくか)
挨拶回りを終わらせれば、王都でやるべきこともほとんどない。あとは借家に持ち込んだ荷物をまとめ、王宮からの報酬を受け取ってスペランツァの町に帰るだけだ。
王都に滞在するのも最長で三日程度だろう。王宮からの連絡さえあれば、明日にでも用事の全てが片付いて帰郷できるかもしれない。
挨拶回りを済ませた以上、レウルスにできること、やるべきことはほとんどない。精々、自分への土産として香辛料を買い、コルラードへの土産として追加で薬類を買おうかと思う程度だ。
(王宮からの報酬もあるし、コルラードさんにはもっと質の良い胃薬を……いや、世話になってるし、質だけでなく量も……あとはカルヴァンのおっちゃん達に酒を買って帰るかな)
運ぶための“足”も、王宮からの報酬で馬車をもらえる。それならば欲しい物は買えるだけ買って帰ろうかとレウルスは思った。
そして思い立ったが吉日と言わんばかりに香辛料を買い求め、薬屋で魔法薬や胃薬を購入し、酒屋で酒を樽で注文し、量が多いからと借家へ送ってもらう手筈も整えて帰宅したのだが――。
「……ん? あの馬車はヴェルグ伯爵家の……ルヴィリアか?」
借家の前に停まっている馬車を見つけ、レウルスは足を止める。誰かが来訪するという話は特に聞いていなかったのだが、と首を傾げながら近付くと、馬車の窓から予想通りルヴィリアが顔を覗かせた。
「レウルス様っ!」
レウルスと目が合うなりルヴィリアの表情が華やぐ。心底嬉しそうに微笑んだかと思うと馬車から降り、レウルスとエリザのもとへ小走りに駆け寄ってきた。
しかし、この場では他人の目があるかもしれないと思ったのだろう。ルヴィリアは数秒とかけずに表情を改めると、ドレスの裾を摘まんで一礼する。その後ろでは御者台から降りたセバスが胸に右手を当てながら一礼する姿があった。
「先触れの使者もなく、急な来訪になり申し訳ございません。この時間なら戻られているかと思いまして……」
「それは別に構わないんだけど……何か急用か?」
先日見舞いに行って以来の顔合わせとなるが、何か起きたのかとレウルスは不思議に思う。しかしながらルヴィリアやセバスの表情に焦りの色はないため、差し迫った“何か”が起きたわけではないのだろう。
「少々お話したいことがあり、こうして参った次第です」
(ふむ……また何か事件が起きたってわけじゃなさそうだけど、ルヴィリアの表情が少し硬い……か?)
ルヴィリアの言葉を聞き、レウルスは内心で小さく呟く。
焦りの色はない――が、多少なり緊張しているように見えるのは錯覚か。
「とりあえず立ち話もなんだし、家の中で話そうか」
レウルスは少しばかり悩んだものの、話を聞かなければ始まらないだろうと判断して借家に招き入れるのだった。
「あー! ルヴィリアじゃない! いきなりどしたの?」
「あっ……えっと、うん……こんにちは、ルヴィリアさん」
「…………ぷいっ」
ルヴィリアを借家に招き入れ、居間に通した際に返ってきたサラ達の反応は三者三様だった。
サラは隔意なく笑顔で駆け寄り、ミーアは少しだけ複雑そうな顔をしたものの平静に戻って挨拶をする。そして、ネディは小さく頬を膨らませて横を向いてしまった。
「お邪魔いたします、サラ様、ネディ様、ミーアさん……その、レウルス様?」
ドレスの裾を摘まんで挨拶を返すルヴィリアだったが、ネディの反応が予想外だったのだろう。少しだけ困ったようにレウルスへ視線を向け、小さく首を傾げる。
「俺がルヴィリアと結婚するって聞いてから、ちょいとばかり拗ねちまってな」
ルヴィリアとの結婚を伝えた際にネディの要望を全て叶えて機嫌が直ったものの、いざルヴィリアと顔を合わせると再び“ぶりかえしてきた”のだろうとレウルスは苦笑を浮かべた。
ただし、ルヴィリアを害するような雰囲気はなく、ただ拗ねてしまっただけのようだった。
(今夜も添い寝かな……でもそれをするとエリザ達も乱入してくるからなぁ)
ひとまずはラディアを含めた武器と防具を外しつつ、レウルスは後々のことを思考する。そして数分とかけずに私服姿になると、いつの間にやらルヴィリアに抱き着いていたサラを引き剥がした。
「何をやってるんだ……っと、すまないルヴィリア。サラが失礼をした」
「えー……いいじゃない。ルヴィリアも家族になるんでしょう? 家族なら抱き着いても失礼じゃないと思うわ!」
レウルスに引き剥がされたサラは不満そうに頬を膨らませたが、レウルスとしてはまだ結婚していない状態でそれはどうかと思う。
しかし当のルヴィリアはサラの発言に目を見開いたかと思うと、何を思ったのか腰を折りながら両腕を広げた。
「っ……家族……ど、どうぞっ」
「……ルヴィリア?」
飛び込んでこい、と言わんばかりのルヴィリアの構えに、レウルスは思わず名前を呼ぶ。するとサラは目を輝かせながらレウルスの手から脱し、ルヴィリア目掛けて突撃した。
(……まあ、緊張がほぐれたみたいだし良いか)
飛び込むサラを真正面から抱き止めるルヴィリアの姿を見たレウルスは、前向きに捉えることにする。そうしてしばらくサラとルヴィリアが戯れる姿を眺めていると、いつの間にかネディとミーアを連れて厨房に引っ込んでいたエリザが紅茶と焼き菓子を運んできた。
「拙い腕で申し訳ないが、飲み物じゃ」
「悪い、助かるよ」
家に招いた立場として、応対の準備をしてくれたようだ。それにレウルスは感謝すると、再度サラを引き剥がしてエリザへと引き渡す。
そして一度咳払いをすると、ルヴィリアに椅子を勧めてレウルス自身も椅子に腰を下ろした。
「それで……話っていうのは?」
ルヴィリアが落ち着いたのを確認し、レウルスは単刀直入に尋ねる。ルヴィリアの様子から緊急の用件ではないと判断したが、わざわざこうして訪ねてきた以上は重要なのだろうと思ったのだ。
(あるとすれば結婚に関する話……か? どこで、誰を呼んでやるのかとか……そういえばこの世界の結婚式がどうなってるかも知らないんだよな……)
マタロイでは精霊教が広く信仰されているため、精霊教徒なり精霊教師なりを呼んで結婚の宣誓でもするのか。あるいはレウルスも準男爵になったため、自宅に参加者を招いて結婚式を行うのか。
あとでジルバさんに聞いてみるか、などと思いながらレウルスはルヴィリアの言葉を待つ。ルヴィリアはそんなレウルスの視線に背筋を伸ばすと、真剣な表情を浮かべた。
「あと数日もすればレウルス様達も王都を離れると思いますが、その件に関してお話がありまして……お許しいただけるのなら、わたしも同行したいと考えているのです」
「…………」
ルヴィリアの発言に対し、レウルスは思わず沈黙する。どんな話題が出てくるのかと思えば、少々予想外のものが飛び出してきたからだ。
「それは……スペランツァの町を見たいって意味か? それともついて行ってそのまま同居したいって意味か?」
前者ならばそこまで気にする必要もないかもしれないが、後者ならばレウルスの一存では決められない。
将来的に住むことになる場所を結婚前に見てみたいという話ならば、レウルスにも理解できる。だが、結婚話が進んでいるとしてもいきなり同居を始めるというのは“問題”があるように思えたのだ。
レウルスの問いかけに対し、ルヴィリアは真剣な表情のままで大きく頷く。ただし、少しばかり頬が赤くなっていたが。
「同居をしたい……と考えています。この件に関してはお兄様にも話して許可を取っていますが、レウルス様に断られるのならば素直に引き下がるように、とも……」
「そうか……ルイスさんの許可を取っているのなら問題ない、って言いたいところだけど」
ルイスが許可を出しているのならば、貴族としても問題はないのだろうとレウルスは判断し――やはり駄目ではないかと首を傾げる。
「貴族のお嬢さんが、嫁ぎ先になる予定の家で結婚するよりも先に一緒の生活を始める……それは実際のところどうなんだ?」
レウルスが話を振ったのは、ルヴィリアではなくエリザだ。ナタリアが戻るまで話を保留にしても良かったが、エリザならば何かしらの情報を出してくれると思ったのである。
“レウルスの感覚”としては、結婚前に同棲するようなものだろうか、と頷きそうになる。しかし、交際も同棲も飛び越えて結婚に至るのがマタロイの貴族だろうと思う気持ちもあった。
もっとも、同棲と言っても両家が結婚に同意済みで、なおかつレウルスもルヴィリアも結婚の意志を固めているため、結婚式を挙げていないだけで既に結婚したと見做すこともできるかもしれない。
そんなレウルスの疑問に対し、エリザは声を潜めて言う。
「ワシは貴族というわけではないから断言はできないんじゃが、少々……いや、かなり“はしたない”と思われる可能性が……」
ルヴィリアの前だからか、ぼかした言い方をするエリザ。しかしそれだけでもレウルスには通じ、思わず眉を寄せた。
「……つまり、ルヴィリアのためにならないってことだな?」
「ですが、レウルス様のためになります」
だが、レウルスの言葉を両断するようにルヴィリアが言う。それを聞いたレウルスは眉間に皴を寄せたまま、小さく首を傾げた。
「と、いうと?」
ルヴィリアと結婚するにあたり、何かあれば話を聞くと言ったのは自分だ。そう考えたレウルスが理由を話すよう促すと、ルヴィリアは僅かに前のめりになる。
「準男爵になられた以上、レウルス様は立場に見合った振る舞いを求められることになります。家格や名声相応の住居、調度品、使用人……失礼だとは思いますが、その辺りを揃えるアテはありますか?」
「姐さんやコルラードさんに頼んで……って、二人も俺と同じ立場か」
現状、スペランツァの町において一番立派な家に住んでいるのはレウルスなのだ。ナタリアが将来住むことになる邸宅は周囲の堀などしか存在せず、コルラードも作業者用に作った仮の家に住んでいる。
家屋を建てるための人手としてはカルヴァン達ドワーフがいるが、“貴族としてどういった家を建てるか”という点ではレウルスと大差ない。
「失礼ながらそうなります。“先日の件”もありますし、わたしの嫁ぎ先ということでセバスさんをはじめとしたヴェルグ伯爵家に仕える侍女や従者が出向しますが、それもすぐとはいきません」
「だからルヴィリアが先に来て助言をしてくれる……と?」
「はい。セバスさんをすぐに送り出せれば良かったのですが、家令という立場上、お兄様と一緒に領地に戻って引継ぎをしなければいけませんから」
ナタリアがいればどうにかなりそうだが、ナタリアにはラヴァル廃棄街の管理もある。自宅やレウルス、コルラードの家を建てる際の助言を行うために長々とスペランツァの町に滞在するのは難しいだろう。
その点、貴族の令嬢として生きてきたルヴィリアが現場で助言を行うというのならば、たしかに助かる話だとレウルスは思った。望む望まないにかかわらず、準男爵という立場になった以上“貴族としての目線”で見ることができる者が傍にいるというのは心強い。
(その辺りはエリザも無理だろうしな。コルラードさんならなんだかんだでどうにかしてくれるんだろうけど、ただでさえ大変だし……分担できるならそうした方が良いか?)
スペランツァの町造りや領軍の形成など、コルラードの仕事量や責任は非常に大きい。そういった面からもルヴィリアの話に頷きかけたレウルスだったが、それを遮るようにエリザが口を開いた。
「じゃが、助言をするだけならばルヴィリアさんでなくとも構わんじゃろ? そもそも、ある程度形になったとはいえスペランツァの町が完成するにはまだまだ時間がかかる……セバスさんが引継ぎを行い、他の従者と一緒に町に来るだけの時間はあるはずじゃ」
そう言ってルヴィリアを見るエリザ。その声色は警戒するというよりも怪訝そうだった。
「ルヴィリアさんの立場を思えば結婚するよりも先に同居するというのも……まあ、わからぬ話ではないのじゃ。レウルスは手放さんじゃろうし、ルヴィリアさんも他の家に嫁ぐ気はないじゃろうし……ただ、ここまで急ぐ必要はないと思うのじゃが」
「たしかに、急ぐ必要はないのかもしれません……ですが、これから嫁いで一生を過ごすことになる場所です。生活に慣れるためという面もありますけど、ヴァルザ準男爵家に嫁ぐ者として過不足なく務めを果たしたいのです」
「そう言われてしまうと、ワシとしては何も言えなくなるんじゃが」
ヴァルザ準男爵家のために、と言われてしまえばエリザとしては強く言えない。形式上の話ではあるが正妻はルヴィリアであり、それをエリザも認めている。そんなルヴィリアが必要だと言うのならば、拒否するのは余程のことがない限り“角が立って”しまう。
「むぅ……必要かと言われれば必要なんじゃろうが……あとは当主であるレウルスが決めること、か……」
自分が言うのはここまでだ、といわんばかりにエリザは引き下がる。そして水を向けられたレウルスはといえば、話の内容よりもエリザとルヴィリアの態度に疑問を覚えていた。
(必要の是非は置いとくとして……ルヴィリアがエリザが相手でも引き下がらないってことは、そうするだけの理由があるってことか)
正式に結婚の話がまとまったことで、エリザ達を最優先にして良いという言葉を取り下げて正妻としての立場を固めようとしている――などといった理由ではないだろう。
レウルスはそう判断しつつ、横目でエリザの顔を見る。
(エリザもエリザで、疑問を口に出しただけ……だとは思うんだが……)
ルヴィリアの言葉に納得の色を見せつつも、エリザの表情には他の感情も浮かんでいた。“それ”を感じ取ったレウルスは内心だけで首を傾げる。
(焦ってるような……何かを隠してる?)
エリザの顔に浮かんでいたのは、薄っすらとした焦燥感だった。何か予想外のことが起きたかのように視線が泳いでおり、レウルスは疑問を強める。
エリザとルヴィリアの間に何かあったのか。しかし今の会話に不自然な点は感じられず、レウルスは小さく首を傾げながらルヴィリアへと視線を移した。
ルヴィリアはそんなレウルスの視線に僅かに身動ぎしたものの、真っすぐに見つめ返す。
「……そういうわけでして。改めてお願いいたします」
レウルスが疑問を覚えていると、背筋をピンと伸ばしたルヴィリアが小さく頭を下げる。
「レウルス様、帰郷の際はわたしも同行したいと思っているのですが……」
「っ……」
――僅かに聞こえた、息を呑むような声。
それに気付いたレウルスは弾かれたように居間の入口へと視線を向ける。そこにいたのは目を見開いたコロナと、感情が読めない無表情なナタリアの二人だった。
(コロナちゃんに姐さん? いつの間に帰って……いや待て、いくら話をしてたからって、玄関の開閉音を聞き逃すなんて……)
床には薄手ながらも絨毯が敷かれているため、足音はかなり小さくなる。そのため聞き逃す可能性もあるが、さすがに借家の玄関が開け閉めされれば気付くだろう。
「あーっと……コロナちゃんに姐さん、おかえり」
それほどまでに集中して考え込んでいたか、と疑問を覚えつつもレウルスはひとまず声をかけた。すると、その声に反応したコロナがびくりと肩を震わせる。
「…………」
コロナからの返答はなかった。ただ、どこか呆然とした視線をレウルスに向けるだけである。
「……コロナちゃん?」
「っ……え、と……ただいま、戻りました……レ……ヴァルザ準男爵様」
来客の前だからか、レウルスを名前ではなく家名で呼ぶコロナ。辛うじて取り繕ったようなその表情と声色に、レウルスは思わず椅子から腰を浮かしかける。
「――なるほど」
そして、“そんなレウルスの反応”を見たルヴィリアの口から、小さな納得の声が零れたのだった。




