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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
最終章:人間と魔物の狭間で

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第588話:悲喜交々 その9

 ドーリア子爵と鉢合わせるという事態こそ起きたものの、借家に戻ったレウルス達は居間に集まり、アメンドーラ男爵家とヴェルグ伯爵家、そしてヴァルザ準男爵家の同盟に関して話を進め始めていた。

 ことがことだけに、レウルスとナタリア、ルイスに加えて給仕としてセバスだけが参加しており、他の者は席を外している。


「え? 俺……というか、ヴァルザ準男爵家も同盟に一枚噛むのか?」

「そりゃそうでしょう……家名と家紋を認められた今日を以てあなたは“正式に”ヴァルザ準男爵家の当主になったわ。同盟等に関して締結するなら、一家の主として判断をしないといけないわ」


 既に準男爵という立場にはなっていたが、“ヴァルザ準男爵”として認められたのはつい先ほどのことだ。しかし、レウルスとしては一家の主として判断しろと言われても困ってしまう。


「と、言われてもだな……俺、コルラードさんと違っていきなり準男爵になったからその辺の知識がないし、何を基準にして判断すれば良いかもわからないんだが……」


 コルラードのように従士や騎士として活動したことがあるわけではないのだ。レウルスとしては世間の準男爵がどのような生活を送っているのかもロクにわからないため、判断のしようがない。


「そうねぇ……貴方が下した判断が家中の人間を危険に晒すというのはわかるわよね? ああ、ここでいう家中の人間というのは今のところ将来妻になるであろうルヴィリア殿、あとはエリザ達ぐらいよ」

「……町のみんなは?」

「貴方の家中の人間ではなく、わたしの領民だもの。わたしが下手を打てば累が及ぶ可能性がないとは言わないけど、貴方が何か仕出かしても影響はほとんどないわ……現状でさえ、貴方の行動や判断がエリザ達を殺すことにつながる可能性もある。それだけ覚えておけば大丈夫よ」


 そう低い声色で告げるナタリアに、レウルスは渋い顔をする。明確にエリザ達やルヴィリアの命を握っていると告げられては、下手なことは言えそうになかった。


「ナタリア殿、そう脅さなくても大丈夫でしょう? あなたという後見人がいるのもありますが、義弟になる以上、俺の方でも可能な限り庇えるんですから」

「わたしとしてもレウルスが何か仕出かせば、庇うつもりではあるのですけどね……そもそも、仕出かすことがないように注意していれば良いとも思うんです」

「それは……まあ、そうでしょうけど……」


 レウルスへ助け舟を出していたルイスだったが、ナタリアの言葉を聞いて思わず納得してしまう。そんなルイスの様子に苦笑したレウルスは、セバスが淹れた紅茶で喉を潤してから口を開いた。


「つまり、姐さんやルイスさんに迷惑がかからないよう判断して動けってことだな。よくわかった」


 これまではラヴァル廃棄街やアメンドーラ男爵領の人間としてナタリアの“庇護下”にあったが、これからはヴァルザ準男爵として必要ならばナタリアが相手でも対等に振る舞わなければならない。


 それはナタリアから見ても、レウルスをこれまでと同様に扱うことはできないという意味でもあるのだが。


(まあ、スペランツァの町に戻ればこれまで通りでもいいか……)


 例え対外的にはナタリアの部下のような立ち位置になるとしても、レウルスとしては特に困らない。


「……それで? 同盟って、具体的にはどういうものなんだ?」


 レウルスが会話の流れを元に戻すと、ナタリアはレウルスの考えを察したようにため息を吐く。しかし咎めるようなことはせず、紅茶を一口飲んでから口を開いた。


「同盟といっても、結ぶ家同士の距離や規模、抱えている戦力や特産品、王宮との関係、他にも伝手や能力も考慮して決めるから、“これだ”っていう決まった形はないのよ」

「例えば、ヴェルグ伯爵家とレウルス君……ヴァルザ準男爵家の間でいえば、レウルス君とルヴィリアの婚姻関係をもとにした同盟を結ぶのが一般的だね」


 ナタリアの話に乗り、ルイスも口を開いてレウルスへ説明していく。


「レウルス君からすれば正妻の……うん、そう、正妻の実家ということで、ヴェルグ伯爵家に何かあれば力を貸す。逆に当主の俺からすれば妹の嫁ぎ先だ。何かあれば力を貸すことができる。ただ、両家を比べると“力を貸せる部分”が異なるだろう?」

「そりゃまあ……そうですね」

「うちは伯爵家ということで人口もそれなりにあるし、農業や工業もそれなりだ。金や物が必要になれば提供できるし、兵士も数は相応にいる」


 そう言いつつ、ルイスは口元を歪めて苦笑を浮かべる。


「ただ、兵士に関しては数がいるだけで君のような強者はいない……君が力を借りたいと思うような相手と戦っても無駄死にするだろうね。もちろん、求められれば数を揃えて向かわせるが」

「そこは向かわせない、じゃないんですね……」

「妹の嫁ぎ先だからね。義弟が助けを求めたものの応えなかった、というのは酷い悪評だよ。特に、うちみたいな武門の家柄だと致命的とすら言える」


 ルイスは当然のように言うが、レウルスとしては無駄死にするのならば救援は必要ないのでは、と思ってしまう。もちろん、ルイスの言う“面子”に関しては十分に理解しているが。


「そういう意味でいえば、こちらから君に力を貸してほしいと願うことがあるとすれば……精霊教やグレイゴ教関連かな? あとはどうしても戦力が足りない時に助けを求めることがあるかもしれない」

(武門の家柄って言ったのに……って、こっちの要請には応えるって言うし、こっちが応えないのは不義理か)


 どの程度の頻度で、どのような戦いに巻き込まれるのか。その辺りは不明だが、他所からの援軍に全てを託すような真似はしないだろう。


「アメンドーラ男爵領で例えると、今はヴェルグ伯爵家から資材等を輸送してもらっているでしょう? 支援という形ではあるけど、これも友好的な関係にある家同士だからこそできることよ。同盟と呼べるほどの関係になれば、もっと“色々と”期待しても良いのでしょうけど……」

「ははは……その分の見返りがあると信じていますからね? うちは代替わりしたばかりで、安定していない部分があるんですから」


 説明しながらも意味深に笑うナタリアと、それに応えるように笑顔を返すルイス。


「もっとも、貴女のような高名な方が当主を務める家と同盟を結べたとなると、それだけで効果は大きいですけどね……これはレウルス君、きみにも言えることだからね?」

「ヴェルグ伯爵家と揉めると俺や姐さんが一緒に出てくるぞ、みたいな感じで脅すんですね?」

「言葉を飾らずに言えばそんな感じだよ。さすがに君達を前に出し過ぎるとそれはそれで当家に力がないと舐められるから、強力な“見せ札”として使うぐらいかな」


 実際に“札を切る”ような真似は滅多にしないらしい。それでも効果があるのならば同盟を結ぶ家同士が多くなりそうだ。


「我々南部の貴族がグリマール侯爵を“上”に置いているのも、ある意味同盟に近いわね。南部の貴族でも家同士の仲が悪かったり、揉めてしまったり、実際にぶつかったりした場合、その仲裁を務めるのがグリマール侯爵になるわ。南部の貴族を取りまとめる代わりに、こちらも相応に配慮を示す。そんな関係よ」

「今回のドーリア子爵の件のように、他所の貴族と揉めた時にも“向こうの上役”とやり取りして問題が大きくならないように動いてくれたりするしね……ルヴィリアを君の嫁に押し込んだ件で、怒られるかもしれないけどさ……」

「なんで……って、結婚話(そういうの)にも口を出したりするんですか?」


 ルイスの様子を見る限り、グリマール侯爵の許可が必要というわけでもないのだろう。しかし、ルイスが悩んでいる様子を見ると何かあるのかと不安にも思う。


「嫁ぎ先や来てくれる嫁がいない、なんて場合によく仲介してるけど、君の場合は結婚相手を募れば引く手あまただからね……グリマール侯爵としては方々に恩を売りつつ、自身や南部の貴族にとって良い結果になるよう進めたかったんじゃないかな、と……」

「……俺の結婚相手がルヴィリアだとまずいんですか? 何か問題があっても手放すつもりはないんですが……」

「いや……抜け駆けしたヴェルグ伯爵家に周囲からのやっかみが集まって、それを散らすためにグリマール侯爵が大変になる……かもしれないって思ってね」

「あー……」


 それはさすがにどうにもならないな、とレウルスは思った。結果的に国王であるレオナルドから許可をもらいはしたが、不満に思う気持ちまでは止められないのである。


 そうして話をするレウルスとナタリアは、ルイスに対して同盟という名の協力関係を敷くことになる。


 アメンドーラ男爵領は他に例を見ないほどの速度で開拓が進みつつあるが、ラヴァル廃棄街から住民の移動が済んでおらず、なおかつ税を取るどころか住民が生きていくだけの農作物を得ることすら今は不可能だ。


 兵力に関してはコルラードを隊長に据えて領軍を組織し始めているが、形になるのはまだまだ先だろう。そのため、ヴェルグ伯爵家に何かあれば、最短距離を文字通り真っすぐ駆けられるレウルス達が向かい、ナタリアはその道程に生じた費用などを全て負担するという形になった。


 苦労するのはレウルス達だけのようだが、レウルスでは本当に助けに向かうべきなのか、仮に向かったとしてどのように行動すれば良いかわからない。そのため、それらをナタリアに判断してもらおうと思ったのだ。


 レウルスとしては、“その辺りの判断”は今のところはナタリアに丸投げする形になる。ルヴィリアを妻に迎えればルヴィリアに相談し、レウルスが自らの考えで判断していくことになるだろうが、現状では不可能な話だった。


「場合によってはコルラード殿が率いる領軍が出てくる、と……こう言ってはなんですが、新興の男爵家とは思えないほど戦力が整っているんですね……いえ、本当に……」


 話がまとまった後、ルイスは苦笑を浮かべながらも本心から羨ましそうに呟く。それを聞いたレウルスも苦笑を浮かべ――そこでふと、何かを思い出したように手を打った。


「ああ、そういえば……ルイスさん、使い走りみたいで申し訳ないんですが、ルヴィリアに伝言をお願いできますか?」

「もちろん、構わないとも。でも、愛を囁くのなら妹に直接お願いしたいね」


 そう言って冗談混じりに笑うルイス。レウルスはそんなルイスに苦笑を深めると、用件を口にする。


「ははっ、そういうわけじゃなくてですね……ドーリア子爵の件が片付いたら、“約束”していた王都巡りをもう一度やろう、と……そう伝えてください。片付いた後に日程を伝えますけど、こちらから迎えに行きますよ」

「っ……あ、ああ……そういえば、そんな話をしていたね……うん、君が良いというのなら、妹にもそう伝えておくよ」

「? お願いしますね」


 何か変なことを言っただろうか、と首を傾げるレウルス。しかし何もおかしなことは言っていないと判断し、心中だけでいつ頃になるか計算を始める。


(ドーリア子爵の件が片付くのに数日はかかるか? そこからルヴィリアと王都巡りをして、あとは帰るだけ……一週間後ぐらいか? って、そういえばエリザがルヴィリアと話をしたいって言ってたな……)


 “それ”も大事な用だ、とレウルスは思い出す。


「もしかしたらその時、エリザを連れて行くかもしれません」

「なんでだい!? えっ? いや、本当になんでだい!?」

「いえ、妾になる前にルヴィリアと話をしたいと言っていまして……」

「妾!? なんでそんな話に……って、さっき言ってたね……王女云々で頭から消えていたよ……」


 ルイスはため息を吐いて頭を抱える。そして数秒経つと、覚悟を決めたように顔を上げた。


「それは正妻として家中をまとめるルヴィリアの役目、か……うん、それも含めて伝えておくさ」

「では、話がまとまったところでわたしはグリマール侯爵のところに顔を出してきますね。ドーリア子爵が接触してきた件も含めて、全て伝えてきます」


 レウルスとルイスの会話を聞いていたナタリアがそう宣言し、話し合いはお開きとなる。あとはドーリア子爵からどのようなアプローチがあるかを待つだけ、だったのだが――。




「ヴァルザ準男爵殿……謝罪と、和睦に関して話をしたく……」


 一体何があったのか、翌日になると顔を真っ青にしたドーリア子爵がレウルスの元を訪れたのだった。

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― 新着の感想 ―
ドーリア子爵の監督不行き届きと言えばそれまでだけど、宮廷貴族に使嗾されなければ、セラスもあんな真似をしでかさなかっただろうし、気の毒ではあるなぁ。
[良い点] ドーリア子爵、コルラードさんと仲良くなれそう…w [一言] 実際の所、ベルナルド、ナタリア、ジルバ、レウルスって 今のこの国の4強でしょうし、そりゃ怖いでしょうねぇ レウルスを敵にしたら、…
[一言] え?なに?王都に来るまで事情全部把握してなかったん? それともレウルスとルヴィリアの結婚が王に祝福されたようなもんだから 下手な謝罪だと王に喧嘩売る状況みたいなもんで 今更戦々恐々してるの?…
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