第586話:悲喜交々 その7
急遽レオナルドを相手に行われた謁見を終えたレウルスは、ナタリアと共に謁見の間を辞し、王城を後にする。
亜龍退治の依頼を達成した報酬に関しては大金貨で三百枚――レウルスの感覚で言えば三億円もの大金になった。
これには“亜龍退治以外の報酬”も含まれているのか、大金貨を運ぶための馬車に馬が二頭、おまけとして支給されることになった。前金として大金貨を五十枚受け取っていたことを思えば、総額で大金貨四百枚ほどの報酬になるだろう。
それだけの大金をポンと渡されても困るため、領地へ帰還する直前に王城で受け取り、馬車や馬と共に受け取って帰ることとなる。
「大金貨三百枚……前金込みで三百五十枚か。これって適正な報酬なのか?」
王城を後にしたレウルスは、馬車で待つニコラと合流するべく歩きながらナタリアへ尋ねた。ナタリアは顎に手を当てて目を細めると、頭の中で計算をしていたのか数秒かけて口を開く。
「亜龍退治の報酬としては破格過ぎるけど、グレイゴ教徒を大司教や司教込みで数十人仕留めた報酬として考えると微妙……といったところかしら」
「そんなもんか……ジルバさんにも何割か渡さないとな。でもあの人、こういう金を受け取ってくれるかな……」
レウルスはジルバの顔を思い浮かべるが、笑顔で断る姿がありありと想像できた。サラやネディが手作りで『肩たたき券』でも作って渡した方が余程喜びそうである。
精霊様にそのような真似はさせられない、と言いつつも、サラやネディの手作りの品ならばと大喜びしそうだ。そして、使うことなく自宅で拝んでいそうである。
「何割か渡す方向で話を持ち掛けて、断られたらスペランツァの町に教会を建てるための資金として回せば良いでしょう? ここまで精霊や精霊教との関係が深まった以上、さすがに相応の建物を造らないといけないでしょうしね」
「サラやネディは豪華な建物を建てても喜びそうにないけどなぁ…‥」
精霊に対して祈るための場としては重要なのだろう。崇められる側であるサラやネディが良い顔をしそうにないというのは、皮肉と言うべきか。
「あ、でも冠婚葬祭の場としては必要になるのか」
「そうね。問題は新興の男爵家が造る町には不必要なほどの規模になりそうだということぐらいね……精霊教徒が訪れるでしょうし、領地に物や人、情報が流れてくると思えば造らないわけにもいかないのよね」
ナタリアは自身が運営する町の未来図を想像し、何とも言い難そうに眉を寄せた。しかし不意にその表情を真剣なものに変えたかと思うと、王城を訪れた各家が馬車を並べている一角へ視線を向ける。
「ん? 姐さん、どうしたんだ……って」
そんなナタリアの変化を察したレウルスも警戒態勢を取ろうとしたが、ナタリアの視線の先にいた人物を見て首を傾げた。そこにいたのは焦った様子のルイスで、どうやら馬車で王城に向かってきたらしくセバスが操るヴェルグ伯爵家の馬車も傍に在った。
「お義兄様じゃないか……どうしたんです?」
レウルスが親しみを込めてルイスに声をかけると、ルイスは音が立つ速度で振り返る。そしてレウルスとナタリアが王城から出てきたことに気付くと、深刻そうな顔をした。
「君やナタリア殿が朝早くから王城に召喚されたって聞いてね。宮廷貴族から厄介事を押し付けられたんじゃないかと思って駆け付けたのさ」
「そりゃありがたいことで……本音は?」
本当か、と疑いを滲ませながら尋ねるレウルス。仮にレウルス達が厄介事を押し付けられるとしても、ルイスがここまで焦る必要はないからだ。
そんなレウルスの疑問に対し、ルイスは微笑みながらも僅かに視線を逸らした。
「本音も本音、嘘偽りのない俺の本音さ……領主貴族にはほとんど情報が出回っていないことから、君に結婚相手の斡旋をしようとしたんじゃないかと思ってね。俺達からすれば、君が宮廷貴族に取り込まれるとなると阻止する方向で動くから……向こうもそう思って情報を流さなかったんだろう」
「あー……道理で謁見の間に全然人がいなかったんですね。王様はいましたけど、知ってる貴族が姐さんとフィオリ侯爵以外いなくて何事かと思いましたよ」
早朝からの呼び出しも、“援軍”を封じるためだったのだろう。しかし召喚の使者が来てからすぐに向かうことを決断したのはレウルス達で、選択権はフィオリ侯爵達になかったわけだが――。
(いや、あの時点では亜龍退治の報酬の受け取りとしか思ってなかったし、早めに済ませてしまおうって感情を見抜かれたか? それを王様の手が空いてるからって謁見の間に連れて行って、王様の前で縁談を持ち出した……相手の誤算は俺が昨日の内に結婚相手を決めていたことか)
ルイスに情報が流れなかったということは、ルイス側の情報も相手に流れていなかった可能性が高い。
もっとも、レウルスが話を持ち掛けられた当日にルヴィリアとの結婚を決め、その足で帰るなり妾まで決めたなど手練手管に長けた宮廷貴族でも予想できなかっただろうが。
「……それで? 聞いて良い話かどうかはわからないけど、聞ける内容なら是非聞いておきたいのだけど……わざわざ謁見の間に通されたということは、陛下からも何かお言葉をいただいたのかい?」
どこか警戒するように尋ねるルイス。その姿にレウルスは疑問を覚えるが、ルイスが“何を警戒しているか”に気付き、苦笑を浮かべる。
「亜龍退治を達成したことに関する……お褒めの言葉、ですかね? あとはフィオリ侯爵から家名や家紋が決まったんだし、名前も売れたんだからそろそろ嫁を取ったらどうだって言われましたね」
「っ……やっぱりか。陛下の前でそんな話題を持ち出すなんて……」
「驚きますよね……フィオリ侯爵からは俺と縁を持ちたい貴族がいるから、結婚相手の紹介と合わせて仲介しようかって言われましたよ。何故か陛下も便乗して、妾腹の娘だけど嫁がせようかと言われました」
「な、に……妾腹とはいえ、王女を!?」
思った以上の話に目を見開くルイス。レウルスはそんなルイスの反応に真顔で頷いていたが、ナタリアは呆れたように肩を竦める。
「ルイス殿をからかって遊ぶのはそろそろやめておきなさい。いくら義兄になるといっても、今はまだ友好的な関係にある伯爵と準男爵でしかないのよ?」
「よく驚かされてるし、たまには良いかなって思ったんだが……ま、そうだな。柄じゃないし止めとくよ」
ナタリアからの言葉にレウルスは苦笑を浮かべた。するとルイスは目を瞬かせ、首を傾げる。
「嘘や冗談……だったのかい?」
「いえ、フィオリ侯爵から振られた話も、王様から娘を娶るかって聞かれたのも本当ですよ。でも俺が嫁にするって言ったのはルヴィリアですしねぇ……話が昨日の内にまとまってなかったら返答に困ったかもしれませんが、正妻も妾も決まってるので即座に断りましたよ」
レウルスの話を聞いたルイスは目を見開き、僅かに震わせながらレウルスを指さす。
「お、王女とうちの妹を天秤にかけて、うちの妹を選んだ……というのかい? 本当に?」
「……? いや、そもそも“天秤に乗ってない”でしょ? こっちから妻になってくれって言って承諾してくれたルヴィリアと、名前も顔も知らない相手じゃ比べようがないですし」
「い、いや、比べようがないって……相手は王女なんだが……」
何故か困惑しながらレウルスとナタリアを交互に見るルイス。ナタリアはため息を吐き、レウルスはそんなルイスの反応に困惑するばかりだ。
「昨日の今日ですけど、俺はルヴィリア“で”良いと思って結婚を申し込んだわけじゃないんですよ? ルヴィリア“が”良いと思ったから結婚したいと思ったわけですし……何か問題が?」
「し、しかし、いくら妾腹とはいえ、上手く立ち回ればこの国の王位継承権すら手に入れることができる……んだが……」
「王位継承権をもらってどうするんですか……それなら香辛料でもくださいよ」
「ええ? いや、しかし……うーん……」
ルイスは額に手を当て、目を閉じて思考を巡らせる。そして数十秒ほど経ってから目を開けると、何度も頷き始めた。
「そうだ……そうだったね。そんな君だからこそ、俺も可愛い妹を託せると思ったんだ。いや、でも、うん……はははっ、帰ったら妹にも話さないといけないな! レウルス君は――お前が結婚する相手は、陛下の前で王女よりもお前を選んだってね!」
「そういう風に言われると、なんか大それたことを仕出かした気がするんでやめてもらえます?」
「実際、大それたことをやってんぞお前……」
御者台に座り、レウルス達の会話を聞いていたニコラが呆れたように言う。ニコラに言われれば、そういうものか、と納得するレウルスだった。
「この話が広がれば吟遊詩人もこぞって詠うだろうさ。うん、さぞ素晴らしい話になるだろうね」
「そんなもんですか……」
義理を通しただけなのに、とレウルスは首を捻る。しかし、確かに民衆受けは良いのかもしれない、と思いもした。
「いやぁ、今日は良い日だ! 君とナタリア殿が王城に召喚されたと聞いた時はどうなるかと思ったけど……どうですか、ナタリア殿? 昨日話した当家との同盟に関して、これから詳細を詰めるというのは?」
「そうですね……わたしは構いませんわ。今ならこちらに有利な条件も引き出せそうですし……ね」
「はははっ! お手柔らかにお願いしたいですね! 今の俺は不利な条件でも口が滑って頷きそうだ!」
上機嫌に笑うルイス。レウルスは本当に良いのか、と思いながら視線を巡らせて見るが、ヴェルグ伯爵家の馬車を操るセバスもどことなく嬉しそうに微笑んでいるように見えた。
(……まあ、いいか。ルヴィリアも話を聞いて喜んでくれるかもしれないし……)
“問題”はルヴィリアではなく、これから帰る借家に在る。コロナに一体どのような顔で、どのような話題を振れば良いのかと悩むばかりだ。
(とりあえずルイスさんの相手を姐さんと一緒にして、それから……かな)
アメンドーラ男爵家とヴェルグ伯爵家の同盟となると、自分も立ち会っていた方が良いだろう。そう考えたレウルスは馬車に乗り込み、ヴェルグ伯爵家の馬車と共に借家へと戻っていく。
「…………ん? なんだ、あの馬車」
そして、もうじき借家へと辿り着くという段になって、レウルスは進行方向に一台の馬車が停まっていることに気付いた。
その馬車はレウルス達が借りている借家の前に停まっており、貴族と思しき服装の男性と武装した兵士が十人ほど借家の前に立っている。
進行方向に停まっている馬車に気付いたのか、レウルス達の馬車についていくように進んでいたヴェルグ伯爵家の馬車からルイスが顔を覗かせた。
「あれは……ドーリア子爵?」
怪訝そうに呟かれたルイスの言葉に、レウルスは眉を寄せる。
(近いうちに王都に来るとは聞いちゃいたが……今日来たのかよ)
レウルス達が王城に向かっている間に王都に到着したのだろう。ルイスでさえ知らなかった様子だったため、王都に到着するなりこの場に直行した可能性すらある。
(なんでうちを知ってたのかは……有名になっちまったし、聞けばわかったのかな。向こうの出方次第だけど、斬るわけにも……)
ドーリア子爵がどのような態度に出るのかと警戒しつつ、レウルス達は馬車を進めていくのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
拙作が累計で10万ポイントを超えました。
『小説家になろう』様で作品を掲載し始めて早十年余り。
とうとう6桁……初の10万ポイント越えです。
いつの間にやら拙作の感想数も5000件を超えていたりと、嬉しいやら驚くやらで……感謝感謝です。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




