第579話:三度目の その4
「――というわけで、俺、ルヴィリアさんと結婚します」
ナタリアとルイスが待つ部屋まで戻ったレウルスは、単刀直入に“話し合った結果”を報告する。そんなレウルスの隣では顔を真っ赤にしながら俯き、それでいて口元を喜びで緩めるルヴィリアの姿があった。
さすがに結婚するにあたり、その報告をルヴィリア抜きで行うわけにはいかないと判断したのである。
そして、レウルスの報告を聞いたルイスは動きを止め、口元に運んでいたティーカップから紅茶を零しながら目を見開く。
「……え? いや……え? ほ、本当にかい? 冗談……ではなく本当に? 本気で? ルヴィリアを娶ってくれるのかい?」
「なんでそんなに何度も確認するんですかね……というかルイスさん、紅茶が零れてますよ」
レウルスが指摘をすると、ルイスは慌てた様子でティーカップをテーブルに置く。セバスが零れた紅茶を片付け始めるが、ルイスはそちらに意識を向ける余裕もなかった。
「る、ルヴィリア……レウルス君が言ったことは本当かい?」
ルイスはレウルスではなくルヴィリアに確認を取る。二人して自分を担いでいるのではないか、などと疑ってしまうほどの衝撃があったのだ。
様々な利益を提示したものの、ルイスの見立てではレウルスがルヴィリアを正妻に迎える可能性はそこまで高くないと思っていた。
確率としては精々三割程度で、賭けるには分が悪いが今賭けなければ確率がゼロになると踏んだからこそ今日話を切り出したのだ。
その賭けに勝った――が、すぐさま信じ切れないのは心のどこかでレウルスが断ると確信していたからか。
だが、ルイスからの問いかけに対してルヴィリアはしっかりと、そして心底嬉しそうに頷く。
「はい……結婚してほしいと、そう仰ってくださいました」
頬を朱色に染め、胸に手を当てながら大切な言葉を思い出すようにしながら答えるルヴィリア。ルイスはそんなルヴィリアの様子をまじまじと見つめると、ようやく実感が湧いてきたように口の端を吊り上げていく。
「い、いや……ははは! そうか! いや、これはめでたい! そうなるとレウルス君は俺の義弟になるわけか!」
「そうなりますか……よろしくお願いしますね、お義兄様?」
レウルスが冗談混じりに呼ぶと、ルイスは楽しげに笑う。
「ははははは! これはなんとも頼りになる義弟ができたものだよ! うん、自分でも驚くぐらい嬉しいというか、今の感情を表現する言葉が見つからないぐらいさ! セバス、領地の父上に早馬を出してくれ!」
「紅茶を片付けておりますので、少々お待ちを」
「うん、すまない! 零したのにも気付かなかったよ!」
ははは、と笑い続けるルイス。その表情はルヴィリアとは異なる方向で心底嬉しそうで、レウルスは困ったように頬を掻く。
(ルイスさん、滅茶苦茶テンションが上がってるな……ルヴィリアを可愛がってるみたいだし、よっぽど嬉しかったのかね……)
ここまで喜ばれると、さすがのレウルスといえど少々気恥ずかしいものがあった。それでも本心から喜んでいることが伝わってくるため、レウルスとしても止めるわけにはいかない。
「ははは……はぁ……ふぅ……すまない、みっともない姿を見せたね」
しばらく――三分ほど笑ったり、喜んだりを繰り返していたルイスだったが、ようやく落ち着いてきたのかそれまでの態度を改めるように表情を引き締める。
「ルイスさんがどれぐらい喜んでいるのかは伝わってきましたから」
「うん、重ねて謝罪するよ。すまなかったね。俺としても驚くぐらい嬉しくてつい、ね……」
ルイスはアネモネが新たに運んできた紅茶で喉を潤し、声色には相変わらず嬉しさを滲ませながらそう言う。しかし落ち着きを取り戻すと、真剣な眼差しでレウルスをじっと見た。
「レウルス君、俺としても非常に嬉しい話なんだが……これは最後の確認だ。本当にルヴィリアを正妻に娶ってくれるのかい?」
そう尋ねるルイスに、レウルスは即座に答えを返そうとする。しかしルイスは手を掲げてそれを遮ると、瞳に真剣さを増しながら言葉を続けた。
「妹の前で尋ねるには憚られるが、ヴェルグ伯爵家の当主として尋ねさせてもらうよ。先ほども聞いたけれど、妹は君の子どもを産めないかもしれない……それでも本当に、いいんだね?」
おそらくは“貴族として”最重要だと思うからこそ、ルイスも重ねて問いかけているのだろう。そう判断したレウルスは肩を竦め、ルイスに向かって笑ってみせる。
「別に俺の代で準男爵家を潰しても構いませんし、誰かを養子にして継がせても良いです。ああ、そうだ……ルイスさんが子沢山なら子どもを一人養子にもらって、継がせても良いんですよ? その場合、俺なりにしっかりと育ててから継がせますから」
「……君に育ててもらえばさぞ強くなりそうだね。ただ、俺もまだ結婚相手を決めかねていて……」
「伯爵家の当主なら正妻に加えて妾が複数人って感じじゃないんですか? 早く結婚してくださいね」
“父親の妾”が大問題を起こしたルイスが本当に妾を迎えるかはわからないが、レウルスとしてはルイスが義兄になる以上はそう言わざるを得ない。すると、セバスがレウルスの言葉に頷き、アネモネは何故か勢い込んで口を開いた。
「私もレウルス様に同意いたします。御家のために跡継ぎが必要なのはルイス様も重々御承知のはず。近い内に“お暇”する身ではありますが、貴方様が生まれる前から仕えていた老僕からの最後の諫言と思ってくだされ」
「め、妾も一人は必要だと思います!」
「おかしいな……レウルス君とルヴィリアの結婚に関する話のはずが、何故か俺が責められる流れになっている……あとアネモネ、妾はちょっと……」
心底解せないと言わんばかりに首を捻るルイスだったが、ヴェルグ伯爵家の当主としての“義務”でもあるのだ。そのため後で検討すると伝えて逃げると、話を逸らすようにレウルスへ視線を向けた。
「話が逸れたね……」
「逸れたままでもいいんですよ?」
「……話が逸れたね。ひとまず、君がルヴィリアを娶ってくれるのは理解できたよ。そうなると、これからのことも色々と相談したいのだけど……」
そう言いつつ、ルイスはナタリアへ視線を向ける。レウルスからの報告を聞き、ルイスが喜びの声を上げている最中もナタリアは終始無言だった。
「そう……それが貴方の選択なのね」
そしてポツリと、囁くようにして呟くナタリア。位置的に辛うじてレウルスだけが聞こえたその言葉は、しかしその意味を問い質すよりも先に霧散する。
「伯爵家の次女と新興とはいえ準男爵家の当主の結婚ですからね。王宮に届け出て承認をもらった方が角が立たないでしょう……ああ、そうそう。ルイス殿の方から持ち込んだ話ですし、グリマール侯爵にはそちらから伝えておいてくださいね?」
「……そうなりますか。いえ、当然ですね……」
どうやら王宮だけでなく、マタロイ南部の貴族を取りまとめるグリマール侯爵にも報告が必要らしい。
レウルスはナタリアとルイスの会話に少々不穏なものを感じ取ったが、前世の日本のように、役場に婚姻届けを提出すれば法的に結婚したことになるというわけではないのだろう。
(やっぱり結婚式とかしなきゃいけないんだろうな……というか、ルヴィリアも住むことになるし、準男爵になっちまったし、スペランツァの町に建てた家をどうにかしないと……増築すればいけるか?)
準男爵が住む家とはどの程度の規模が適切なのだろうか、とレウルスは疑問を覚える。スペランツァの町に戻ってからの話になるが、新たに建てるか増築するかはナタリアとの相談次第だろう。
(家名と家紋の申請結果待ちで、この前の亜龍退治の依頼に関する報酬の受け渡しもあって、ルヴィリアとの結婚に関して報告もする……城に行くのが一度で終われば良いんだけどな)
“これから先”のことを考え、レウルスは内心だけでため息を吐く。それでもなんとなく隣に立つルヴィリアへ視線を向けると、幸せそうな微笑みが返ってきたため苦笑を浮かべた。
(……その前に、まずはエリザ達への説明が必要か)
ヴェルグ伯爵家の別邸に出かけたと思えば、帰宅するなりルヴィリアとの結婚が決まったと伝えることになる。さすがに伏せておくわけにもいかず、話すのが遅れれば遅れるほど“拗れる”可能性も高まるだろう。
今後に関して話し合うナタリアとルイスに時折言葉を向けながら、レウルスは帰宅してからのことを思った。
「――ルヴィリアと結婚することになった」
「ふむ……“やっぱり”そうなったんじゃな……準男爵になった以上は仕方ない、か……」
「へー、そうなんだ」
「……えっ?」
「…………」
そして、帰宅するなりエリザ達を集めて事の次第を伝えたレウルスだったが、“予想と異なる”各々の反応を見て頭を抱えそうになるのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
前回のあとがきで一月半ばに入院すると書きましたが、何故入院するかを書き忘れていました……感想の数が一気に増えていて何事かと……ご心配いただき、ありがとうございます。
入院と言いましても、親知らずの抜歯での入院になります。特に大病を患っているということもなく、今のところは健康(腰を除く)です。
ただ、親知らずは四本生えていて、全部難抜歯になるのでしばらく入院することになります。
下の二本が顎の神経に触れていて、上の二本が上顎洞スレスレでもしかすると穴が開くかも、といった状態です。個室に入れるかもわからず、抜歯後は酷く痛むそうなので、おそらくは当分更新が途切れるというお知らせでした。
ご心配をおかけし、申し訳ございません。




