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第57話:『契約』 その2

「――雷の精霊よ」


 エリザが紡いだ言葉に、レウルスは思わず目を見開いた。


 精霊に呼びかける“ソレ”は一度だけ聞いたことがある。だが、『強化』すら使えないエリザが扱えるとは思えない技術――『詠唱』だ。


 レウルスが『詠唱』を目の当たりにしたのは、キマイラと戦った際の一度だけ。氷魔法を得意とするシャロンが使用したのを見たことがあるだけだ。


 『詠唱』――それは魔法使いが魔法の威力の“底上げ”に用いる技術である。言葉を発するという隙を晒し、魔力を多く消耗するという対価によって魔法の威力を引き上げる技術だ。

 『詠唱』はあまりにも隙が大きいため、滅多に使用されることがない。相手が『強化』を使えずとも、『詠唱』を邪魔することが容易なほど隙を晒してしまう。そのため余程状況が整っていない限り使用することはない技術である。


 『詠唱』しながら戦うことができればその問題も改善するのだろうが、近接戦闘と『詠唱』を同時に行えるような手練れならば『詠唱』なしでも相手を倒せるだろう。

 『詠唱』は敵の攻撃を防ぐ前衛が存在し、魔力の消費で倒れることを覚悟しなければ使えない。少なくともレウルスはそう考えている。


 だが、『詠唱』を使うにはそもそもの“前提”が存在するのだ。


(……もしかしてブラフか?)


 『詠唱』はあくまでも魔法の威力を引き上げるためのものだ。魔法が使えないというのに『詠唱』を行ったとしても、効果はないだろう。

 それならば、エリザは『詠唱』で敵の注意を引いているのではないか。その隙にレウルスが斬りかかれば不意を突くことができそうである。


「電光雷轟の世界に奔る雷霆よ。炎を破り、氷を砕き、風を貫く万雷よ」


 グレイゴ教徒が静観の姿勢を取ったからか、あるいはレウルスが傍にいるからか。エリザは周囲に意識を向けることなく言葉を重ねていく。


 『詠唱』にはある程度の法則があるのか、シャロンが使っていたものと似ている気がした。

 大きな違いがあるとすればシャロンは氷魔法の『詠唱』を行い、エリザは雷魔法の『詠唱』を行っている点ぐらいだろう。

 それぞれで文言が決まっているのか、それともエリザの祖母の力――エリザの祖母が行ったであろう『詠唱』の真似をしているだけなのか。


(エリザと、おばあさんと、俺の力って言ってたが……)


 やはりブラフで隙を見て斬りかかれという合図だったのだろうか。そう考えてさりげなく周囲に視線を向けるレウルスだったが、司祭の男はエリザの様子を興味深そうに見ながらもレウルスから意識を外していない。


「雷の精霊よ――」


 そうしている間に『詠唱』も終盤に差し掛かったのか、シャロンの時と似たような言葉をエリザが紡いだ。

 レウルスの血を吸ったことで急激に増えた魔力も高まりを見せており、レウルスにはエリザを中心として魔力が渦を巻いているように感じられた。


「吸血種エリザ=ヴァルジェーベの名と魂において乞い願う」


 だが、エリザの『詠唱』はシャロンの時とは異なる。


 “続き”の言葉を口にしたエリザは額に大粒の汗を浮かべながらレウルスに視線を向け、強がるように笑った。


「我が魔力を食らいてこの身に宿れ……ッ!?」


 バチッ、と電気が弾けるような音が響く。エリザは苦悶の声を漏らし、その体を小さく揺らがせる。


「っ、ぅ……世界を覆う雷雲よ、数多に降り注ぐ落雷よ、この身に流れる祖母の血よ――我が魔力と願いに応えよ」


 体を揺らがせたのはほんの一瞬で、エリザは『詠唱』を続けた。言葉に合わせて雷が弾ける音が強くなり――同時に、肉が焦げるような匂いが鼻を突く。


「ッ! エリザ!」


 レウルスが気づいた時にはもう遅い。エリザは体の周囲に雷を纏い、それと同時に己が生み出した雷でその身を焦がしていく。 


 最初の『詠唱』が祖母のものだとして、祖母が雷魔法を使えるのならばエリザにも同様の素養があってもおかしくはない。だが、現時点で使えないという事実は揺るがないのだ。

 故に、エリザは莫大な魔力と『詠唱』によって無理矢理に雷魔法を行使した。体が焦げていくのもその反動なのだろう。未熟なエリザでは制御できない雷撃が牙を剥いているのだ。


 常人ならばその反動だけで感電し、火傷の激痛で気絶しているだろう。しかし、エリザは常人ではない。曲がりなりにも、グレイゴ教徒が“化け物”だと認める吸血種である。

 『契約』を交わしたレウルスと同様に、焦げた肌が急速に治り始める。吸血種の自己治癒力を遺憾なく発揮し、負った傷を修復していく。


「ぐっ……ぅ……」


 それでも、次から次へと傷が増えていく。エリザは雷撃による火傷を全身に増やしては治し、治しては増やす。時折肌が弾けて血が噴き出すが、雷の威力が高いのか瞬時に蒸発してしまう。


「この――馬鹿がっ!」


 エリザの姿を見たレウルスは、罵声を残して駆け出した。ブラフでもなんでもなかったが、かといってこのまま見ている気になどなれるはずもない。

 エリザが限界を迎える前に、『詠唱』を終える前に敵を全滅させる。それぐらいしか自分にできることはないと悟っていた。


「おっとぉ! ここで迷わずこっちにくるのかぁい。『詠唱』している味方を置き去りにするなんてねぇ……って、アレじゃあ投剣も効かないし近づけないか」


 一息で接近して大剣を振るうレウルスに対し、司祭の男は感心半分呆れ半分で答える。それでもレウルスが繰り出す斬撃はきちんと捌いており、油断は微塵もなかった。


 男が言う通り、雷を纏ったエリザは容易に近づけない。短剣を投擲しても無差別に周囲で弾けている雷撃が妨げ、接近しても感電して動けなくなるのが目に見えていた。


「御託はいいから死んでくれ。そうすりゃあとはあの馬鹿娘を叱り飛ばすだけでこの戦いも終わる」

「それを許すと思う?」

「許すも許さないもねえよ――死ね」


 殺気と共に男に斬りかかる――と見せかけてレウルスは横に跳んだ。そして大剣を真横に振るって木の陰にいたグレイゴ教徒を切り伏せると、周囲の気配を探る。


 司祭の男はすぐには倒せない。それならば倒しやすい相手から倒すべきだろう。この場でグレイゴ教徒に対する指揮権を持っているのは司祭の男であり、エリザの動向を静観するつもりならエリザが害されることはないはずだ。

 それでもエリザに攻撃が向かわないよう注意を払いつつ、レウルスは大剣を振るって近くにいるグレイゴ教徒を一人ずつ仕留めていく。


「おいおぉい、いくら助祭にもなれない雑魚とはいえあまり減らさないでほしいなぁ」


 すると、さすがに放置はできなかったのか司祭の男が動いた。短剣を右手に握り、レウルス目掛けて急速に距離を詰めてくる。


 それは部下のためを思ってというよりも、レウルスがグレイゴ教徒を減らすことでエリザが無理をする必要がなくなり、『詠唱』を中断するのを防ぎたい思惑があるようだ。


「邪魔をしないでくれないかなレウルス君? 君はお優しいんだろ? それならその優しさをこっちにも向けてほしいなぁ」

「名前も知らねえ奴にかける情けはねえし、寝言は寝て言え……ああ、いい。言わなくていいから死んでくれ」


 それ以上の戯言は聞かないと言わんばかりに、首を刎ねるべく斜め下から切り上げられる大剣。男は首を傾けて斬撃を回避すると、ニヤニヤと笑いながら距離を取る。


「名前……名前ねぇ。これは失礼。最初に殺すつもりだったし、長い付き合いになるとも思わなかったからねぇ……」


 僅かな姿勢の変化と目線で牽制しながら、男は笑みを引っ込めて名乗った。


「グレイゴ教の司祭、ヴィラ。さぁ、これで優しくしてるかなぁ?」

「ああ、墓標にゃしっかりとその名前を刻んどくよ」

「ヒヒッ、そんな優しさはいらないねぇ!」


 鋭い踏み込みと共に男――ヴィラは短剣とは思えない重さの斬撃を叩きつけてくる。

 レウルスは大剣の刃で真っ向から受け止めると、今度は先ほどの礼だと言わんばかりに前蹴りが飛んできた。そのためレウルスは跳ね上げた右膝で受け止めつつ、蹴りの勢いに逆らわず後方へと逃れる。


「ちっ……心底惜しいねぇ。君なら司祭どころか司教まで到達できそうなんだけどなぁ」

「いきなり人の腹を刺すような奴がいる上に、あんな小さなガキの家族を皆殺しにするような宗教を信じると思ってんのか?」

「“必要な犠牲”ってやつだよぉ……ま、理解は求めないけどさ」


 ヘラヘラとした口調と異なり、どこか真剣な響きが宿った声だった。レウルスはそんなヴィラの雰囲気に戸惑う――ようなことは微塵もなく、頭から真っ二つに叩き割るつもりで大剣を振り下ろす。


「っとと! その迷いのなさも買いなんだけどなぁ……残念残念っと!」


 振り下ろされた大剣を敢えて前に踏み込んで紙一重で回避し、反撃として短剣でレウルスの首を狙うヴィラ。レウルスは咄嗟に左手を大剣の柄から離すと、首を刈りにきた短剣を手甲で殴って強引に逸らす。


 やはりヴィラが振るう短剣は業物なのだろう。それなりに頑丈なはずの手甲が紙のように切られ、斬撃を逸らした代償としてレウルスの左手の甲から血が噴き出した。


「がっ!?」


 そんなものに構うか、と血が噴き出した左手を握り込んでヴィラの右頬に叩き込む。血で目潰しをするか迷ったが、細められたヴィラの目に血液を命中させるのは至難の業だろう。

 それ故に、目潰しよりも少しでも痛みを与えようと思って拳撃を叩き込むレウルスだった。


「ぃつぅ……いやはや、本当に良い筋してるよ。顔を殴られたのは久しぶりだねぇ」


 追撃を警戒したのか、ヴィラは即座に後退して距離を取る。レウルスも右手だけで大剣を振るっても仕留められないと判断し、深追いすることはなかった。


(左手が気持ちわりぃ……)


 骨が見えそうなほどに深く斬られた左の手の甲だったが、急速に傷口がふさがっていく。痛みと熱、さらにはくすぐったいような感覚と共に傷が端からつながっていき、十秒程度で完全にふさがってしまった。


 治癒魔法がいらなくて助かる――などと素直に喜ぶことは難しい。


 時間をかけて自然と傷がふさがったのならばともかく、常識では考えられない速度で傷がふさがったのだ。魔法が存在する世界で心配する必要はないのかもしれないが、絶対に体に悪いだろうとレウルスは思った。

 それでも、普通ならば完治まで数か月はかかりそうな傷が即座に治ったのだ。戦闘中でこれほど助かることもないだろう。


 これならば相打ち覚悟で突撃しても相打ちにならないかもしれない。相打ちと思いきや、自分だけ傷が治って敵だけが死にそうだ。もちろん、この治癒能力が致命傷にまで働く保証はないが。


「すごいねぇ……いくら吸血種との『契約』といっても、そこまで相性が良いのは驚きだよぉ。君自身の『加護』か何かかい? ヒヒッ、そうだとしたらラーシェの毒で死ななかったのも納得だねぇ」


 そう言って笑うヴィラに対し、レウルスは不機嫌そうに表情を歪めた。それはヴィラの言葉を認めたからではない。“時間稼ぎ”を許してしまったからだ。


「雷の精霊よ――」


 月下で響くのは、吸血種としての力を発揮したエリザの『詠唱』の声。魔力の高まりと共に火傷と血の量も増えているが、エリザは倒れることなく雷魔法を操り切った。


 ヴィラはそんなエリザを期待に溢れた目で見つめている。一体何がそうさせるのかレウルスにはわからなかったが、エリザに集中しているようでいて隙を見せないヴィラに舌打ちを零した。


(結局、エリザの力を頼る羽目になっちまったか……)


 もっと早くに勝負をつけたかったが、最早『詠唱』も完了間際だ。レウルスは大剣を構えたまま心中だけで深い溜息を吐く。


(あとで絶対にエリザを叱ろう……)


 こうなってしまった以上、あとはエリザを信じるだけである。


「さあ――お前の力を見せろ化け物!」


 ヴィラの叫び声に反応したのか、エリザは全身から血を流しながら視線を向けた。赤みを帯びていたその瞳は爛々と輝いており、真紅の光を放っている。


 そして、エリザの『詠唱』が完成した。


「――“我が敵”を穿て! 極光の雷撃よ!」


 その『詠唱』を聞いた瞬間、レウルスは無意識のうちに動いていた。


 エリザの周囲に発現していた雷撃は『詠唱』に応え――されど、エリザが放つ魔力と比べればそれは遥かに弱い。


 エリザが未熟すぎるからか、あるいは“本来”は使えない雷魔法を行使した影響か。全力のシャロンと比べても大きく勝るであろう魔力から放たれた雷魔法は、その魔力量に反して規模が小さすぎる。

 キマイラと比べれば半分の威力にも満たないだろう。だが、エリザの『詠唱』がそれを成したのか、周囲に無作為に放たれたと思われた雷撃は木々を避けてグレイゴ教徒だけに殺到する。


 ――エリザの雷は、レウルスを狙うことはなかったのだ。


 『詠唱』の通り敵だけを狙って放たれた雷撃は、レウルスが対峙していたヴィラにも命中している。その威力は『強化』を発現したヴィラを仕留めるには至らないが、電撃で動きを止めるには十分だった。


「シャアアアアアアアァッ!」


 エリザが魔法の“暴発”で全身から血を流しながら作り出した好機である。レウルスは咆哮と共に踏み込むと、大剣を袈裟懸けに振り下ろす。


「チィッ――ッ!?」


 雷撃で体を痺れさせながらも、ヴィラはしっかりと反応していた。舌打ちをその場に残す速度でレウルスの斬撃を回避し――痺れた体はその意識についてこない。


 鈍い音と共に、ヴィラの右腕が宙を舞った。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 戦闘シーンにもセリフ、解説が多く入るのでスピーディーさとリアリティーが削がれる。実際はコンマ数秒の出来事でも、読み手としては変身が終わるまで敵が待ってくれる昔のヒーローもののように感じ…
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