第578話:三度目の その3
(それだけ……それだけ、ときたか……)
こういった“常識の違い”こそを危惧するべきだと考え、今回の話に臨んだレウルスだったが、さすがにルヴィリアの反応には度肝を抜かれる思いである。
レウルスはルヴィリアがどんな想いを向けてくれているか、よく理解している――つもりだ。
二度に渡る告白もそうだが、ルヴィリアが向けてくる視線が、声が、態度が、その全てが好意的な感情によって染められている。
(こんなことを考えるのもルヴィリアに対して失礼かもしれないが……“都合が良すぎる”と思うのは俺が捻くれてるのかね?)
エリザ達の方が大切で、最優先にはできないと宣言したにも関わらずこの反応である。レウルスとしては、何か裏があるのではないかと警戒してしまうのを止められなかった。
「…………」
レウルスはルヴィリアの言葉に何も答えず、じっとその瞳を見詰める。嘘偽りがないか、何か含むものがないか、少しでもおかしな点があれば見逃すまいと眼差しに力を込めた。
「あ、あの……そんなに強く見つめられると、恥ずかしい……です」
そう言ってルヴィリアは恥じらうように頬に手を当て、視線を逸らす。先ほどから赤く色付いていた頬だけでなく、首筋までもが朱に染まりつつあった。
(本当に、純粋に恥ずかしがっているだけ……だよな? これで実は何か企んでた、なんてことがあったら自信がなくなるぞ……)
そう思考したレウルスは、更に三十秒ほどルヴィリアを見詰めてから目を閉じる。そして思考を巡らせるように腕組みをすると、目を見開いて天井を見上げた。
「ルヴィリア……俺は今、疑心暗鬼に陥っている」
「え、と……何故ですか?」
こうなれば直接疑問をぶつけるしかない、とレウルスは判断した。そんなレウルスの様子にルヴィリアは小さく首を傾げ、長く伸びた金糸のような髪がさらりと揺れる。
レウルスは大きく深呼吸をしてから視線をルヴィリアに向けると、数度躊躇ってから口を開いた。
「俺の方からこんなことを言うのは……その、なんだ、気恥ずかしいんだが……ルヴィリアがどんな風に想ってくれているのか、知っているつもりだ。直接言葉にしてくれたし、見ればわかる部分もある」
「ぁぅ……」
ちょっと後で腹でも切ろうかな、と思いたくなるような気恥ずかしさを覚えつつも、レウルスは言葉をぶつける。するとルヴィリアは恥ずかしそうに目を伏せ――首筋どころか鎖骨まで桜色に染めながら、はにかんだ。
「はい……わたしは、ルヴィリアは、あなた様をお慕いしております。その気持ちに嘘偽りはありません」
「あ、ああ……うん、ありがとう」
恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに。はにかみながら告げるルヴィリアに対し、レウルスの方が圧されているように感じてしまう。
それでもレウルスは気を取り直すと、軽く咳払いしてから言葉を続ける。
「そこまで言ってくれるのは嬉しい……でも、さっきも言った通り、俺は君のことを一番に考えることはできない。本当に、それでいいのか?」
ルヴィリアが一番に想ってくれても、自分はそうではない。それが本当に――レウルスとしても驚くぐらいに、申し訳なく思ってしまう。
ルヴィリアはそんなレウルスの様子を不思議そうに見つめていたが、やがて何かに納得したように苦笑を浮かべた。
「レウルス様が何を思っているのか、わたしにはわからない部分があります……でも、レウルス様がわたしのことを考えてくださっているのはよくわかります」
そう言ってルヴィリアは椅子に座るレウルスの傍に歩み寄ると、何を思ったのかその場で軽くステップを踏み、スカートの裾を翻すようにして二度、三度と回る。
「“以前”はこんな動きをするだけでも、気を遣わなければいけないほど体が辛い時期がありました。でも、それを治してくれたのが貴方です。わたしのために隣国まで旅をして、命を賭けて『首狩り』を倒してくれて……元気にしてくれたのが貴方なんです」
ルヴィリアは椅子に座るレウルスを少しだけ見下ろす。元々の身長差があるため椅子に座ったレウルスと目線の高さがあまり変わらないが、ルヴィリアはレウルスの顔を上から見ることに新鮮さを覚えながらも言葉を紡いでいてく。
「わたしの体が治っていなかったら……隠居した元領主の後妻か、家同士の縁をつなぐために妾としてどこかの家に送り込まれるか、家臣に下賜されるか……それぐらいの未来しかなかったと思います」
僅かに憂うような表情を見せるルヴィリア。レウルスがルヴィリアの話を無言で聞いていると、ルヴィリアは胸に手を当てながら相好を崩す。
「でも、それを変えてくれたのが貴方です。本当はこの気持ちに蓋をして、ヴェルグ伯爵家を栄えさせるために嫁ぐつもりでしたけど……“それ”を変えてくれたのも、貴方です」
「…………」
微笑みながら言葉を投げかけてくるルヴィリアに対し、レウルスは無言を貫く。
依頼だったから、と突き放すのは簡単だろう。“そんなつもり”はなかったのだと、再びルヴィリアの想いを跳ね除けることもできなくはない――が。
(……こうして悩むぐらいには、この子のことを気に入ってるんだよな。この気持ちが好きだとか愛しているだとか、そういう方面かは自信がないけど……)
前世では理解していたはずのことが、今世では理解できなくなっている。それでも、“以前”と比べると何故か、ルヴィリアの言葉が心に響いていた。
――その表情に、心が揺れていた。
(“腹がいっぱい”ってわけでもないんだけど、な。最近、どうにも感覚が狂ってる感じがしていたけど……いや、狂ったんじゃなくて、“戻った”のか)
レウルスの脳裏に、その手で首を落とした少女の顔が僅かにちらついた。魔法人形ではなくレベッカ本人が全力で行使した『魅了』によって、ズレていた感覚が元の位置に収まったような気さえする。
だからこそ、というべきか。レウルスは自身を見つめてくるルヴィリアの瞳を見詰めながら、耳に届くその声をしっかりと聞く。
「貴族は愛がなくても家のために結婚します。もちろん相性次第では愛を育むこともできますけど、どちらかといえば珍しいことです。でも、わたしはそうじゃない。“最初から”貴方を愛することができます」
だからこそ、問題はないとルヴィリアは言う。
「お傍に置いてくださるだけでも、わたしは幸せなんです。一緒にいたい、ただそれだけなんです。例え“一番”だと思ってくれなくても、わたしが心から本当に嫁ぎたいと思える相手はレウルス様だけなんです」
ルヴィリアは重ねるようにして言葉を吐き出していく。
それだけで良いと、満足だと、嬉しいのだと。そう切々と語るルヴィリアの姿に、レウルスは眩しいものを見たように目を細める。
立場上、選択権はレウルスにある。準男爵になり、『龍殺し』などと呼ばれるようになってしまったが、貴族の娘を娶る必要があるかと言えば答えは否だ。
ルイスが言っていたように、見合いなり何なりの誘いを断りやすくなるというのは利点だが、レウルスとしては全て無視しても良い。
それで悪評が立とうが微塵も気にしない――が、自分ではなく周囲に迷惑がかかる危険性は否定できないのだ。
自分のこと、エリザ達のこと、その他にも様々なこと。それらを受け入れ、我を通さず、レウルスとしても前向きに捉えられる人物。
それらの条件に当てはまるのはルヴィリアだけだ。
探せば他にもいるのかもしれないが、レウルス達という護衛がいたとはいえ二ヶ月近くも旅をして、自身の体を治すためとはいえ命を賭けて、本人だけでなくルイス達との縁もある。
(もしも俺が断ったら“三度目”だ……さすがに次はない……かな?)
嬉しそうに、恥ずかしそうに話すルヴィリアから感情が消え失せ、何も思うことがなくなり、そのままどこかの家中に嫁ぐのだろう。
――それを良しとするか、否か。
(……ああ、なんだ。こういう答えの見つけ方もあるんだな)
ルヴィリアを受け入れた場合に起こる問題よりも、受け入れなかった場合に“ルヴィリアに起こる問題”を危惧する自分に気付いた。
そして、レウルスという人間は、一度決めれば動きは早い。
「だから、もう一度……ううん、何度でも言います。わたしは、レウルス様のことが――」
「よし、決めた」
「きゃっ!?」
ルヴィリアの言葉を遮るようにして、レウルスは椅子から立ち上がった。するとルヴィリアが驚いたように後ろに倒れそうになったため、レウルスはすぐさま間合いを詰めてルヴィリアの背中に左手を回し、体を支える。
「あ、ありがとうございます……って、え? あれ? れ、レウルス様? 近い……すごく近いですっ」
言葉が途切れ、その代わりに至近距離にレウルスの顔があることに気付いて盛大に慌てるルヴィリア。そんなルヴィリアの様子に小さく笑い、レウルスは左手に力を込めてルヴィリアを抱き寄せた。
「悪いが、三度目は言わせねえ。さすがにそれは情けないし、ルヴィリアに悪い。というわけで、だ……」
「……? ……?? ……!?」
ルヴィリアは抱き寄せられたことに困惑し、混乱し、最後には目を見開いて体を硬直させる。
「俺と結婚してくれ、ルヴィリア」
「――――え?」
真っすぐに見つめて求婚するレウルスと、状況が理解できずに固まるルヴィリア。レウルスはそんなルヴィリアの様子に気付きつつも、言葉を止めない。
「さっきも言った通り、ルヴィリアを一番に考えることはできないと思う。でも、“俺なりに”ルヴィリアを大切にする。それは絶対だ」
「ぁ……ぅ……」
「何かあってエリザ達と揉めたとしても、事情を聞いて判断する。ルイスさんは侍女みたいに扱っても良いって言ったが、そんな真似はしねえ。新しい“家族”だ」
エリザ達と“色々”揉める可能性もあるが、その辺りは全て抱え込んでしまえとレウルスは思った。
「……わたしと……結婚、してくれる……んです、か?」
しばらく固まっていたルヴィリアだったが、レウルスの言葉を理解したのだろう。数度目を瞬かせると、恐る恐るといった様子で尋ねる。
「違うぞ、ルヴィリア。結婚“してくれる”じゃないんだ。俺の方が結婚してくれって頼んでるんだよ」
そこまで言ったレウルスは、『ん?』と首を傾げた。そしてルヴィリアの反応を確認して、納得がいったように頷く。
「ああ、言い方が悪かったのか……そうか」
レウルスは一度咳ばらいをすると、抱き寄せていたルヴィリアの瞳をじっと見つめる。
「俺と結婚してください。できる限り、可能な限り幸せにします」
後半はいらなかったかな、とレウルスは思った。しかし、それでは不義理になってしまうだろう。
ルヴィリアは再び目を瞬かせると、目尻に涙を溜めていく。
――そして何度も、何度も頷くのだった。
新年あけましておめでとうございます。
作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
本当は前回の更新で新年の挨拶をするつもりが、うっかり忘れていました……。
今年も拙作を更新していければと思いますので、お付き合いいただければ幸いに思います。
ただ、ここ三ヶ月ほど毎日更新をしてきましたが、一月半ばに入院するので更新が途切れると思いますので事前にお知らせしておきます。
最短でも五日、最長で十日ほど更新が途切れるかな、と……。個室に入れてノートPCを持ち込めれば更新するかもです。




