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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
12章:貴族の闇と果たすべき約束

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第572話:閑話 その15 夢の残照

 ――今でも、夢に見る。


 クリスという少女にとって時折見る“その夢”は懐かしく、郷愁を沸き立たせ、それでいて哀切を呼び起こすものだ。


 夢に出てくるのはクリス自身と双子の妹であるティナ、そして亜麻色の髪を腰まで伸ばした美しい女性と、金色の髪に柔和な笑顔が印象的な男性だ。


 亜麻色の髪の女性の頭部には三角の狐耳が生えており、その臀部からはふさふさの尻尾が三本伸びている。その女性こそがクリスにとっての母親であり、男性は父親だった。


『ううむ……我が娘ながらなんという可愛さだ。これは将来は美人になるな。間違いない』

『あら……それはわたしよりも、ということかしら?』


 夢の中で言葉を交わすクリスの父親は、頬をだらしなく緩ませながら自身の娘であるクリスとティナの頭を大事な宝物のように撫でる。そんなクリスの父親に対してどこか拗ねたように問いかける母親の姿に、クリスは夢の中の出来事だというのに苦笑したい気持ちになった。


『はっはっは、何を言うんだい。俺にとって一番美しいのは君さ。だが、男親としては娘の可愛さは別物でね。それに、将来美しくなるだろうと想像して喜ぶのも男親の特権で……いや、待て、待ってくれ。俺は今、とんでもないことに気付いてしまった……』

『どうしたの?』

『クリスもティナも、将来は絶対美人になるだろう。君の血を引いているんだ。それは間違いない……だが、そうなると男が放っておかないはずだ。いや、放っておかないに違いない。むしろ放っていたら男じゃない……この子達が将来、夫になるであろう男を連れてきたらと思うと、俺はっ!?』


 そして、父親の言葉を聞いたクリスは苦笑を深めてしまう。


 “当時”は会話の意味もわからず、両親が楽しそうに話しているのが嬉しくて。ティナと共に撫でられるその手が温かくて。


 ――二度とない、永遠に訪れないその温かさを失ったことに、苦笑しながら胸が締め付けられる。


 クリスの父親はカルデヴァ大陸からジパングへと渡り、とある村に住み着いた薬師だった。元々旅をしながら薬を売って歩く生活を送っていたものの、その村の近辺で質の良い薬草が取れると聞き、定期的に訪れては他所の村を渡り歩く生活を送っていた――とクリスは聞いている。


 そんなクリスの父親の生活が一変したのは、薬草探しに夢中になり、山の奥深くまで足を踏み入れて迷ってしまったことだった。


 一人で旅をする以上、クリスの父親はそれなりに腕に覚えがあった。しかし未開の山奥に入り込み、道に迷ってしまえば腕っぷしもそれほど役に立たない。魔物を追い払うのには役に立ったが、力が強くても帰り道がわかるわけではないのだ。


 それでも薬師として野草の類にも詳しかったクリスの父親は、山中で食べられる野草を探し出しては食べ、道を探しては余計に道に迷うという生活を十日以上にも渡って送ることとなる。


 山を下りて人里を探すはずが山の反対側に出ていたことに気付かず、更に奥の山へ足を踏み入れ――というクリスからすれば冗談としか思えないようなことをしていたらしい。


 そんなクリスの父親が山の中で出会ったのが、後にクリスの母親になる妖狐だった。その妖狐は用心深い性格で人里からも離れた山の中で生活をしていたが、ここ最近、山の中をうろうろと彷徨う男を見つけ、興味を惹かれたのである。


 当初は自分を討伐しに来たのかと警戒していたものの、クリスの父親の行動を観察しているとその警戒が馬鹿らしくなるほどで、五日間ほど観察した後にクリスの父親の前に姿を見せた。


『人間よ、こんな山奥で何をしている? まさか道に迷ったわけでもあるまい?』

『おおっ……やっと人に出会えた! しかも美人! お嬢さん、良ければ俺と一緒に食事でもしないかい? 野草と魔物の肉しかないけどね!』


 これがクリスの両親が初めて出会った際に交わした言葉で――それを子守唄代わりに聞いたクリスは思った。自分の父親は大物かもしれないが、きっと馬鹿なのだろう、と。


 カルデヴァ大陸出身のクリスの父親は妖狐の存在を知らず、目の前の相手が上級に匹敵する魔物だとは気付かなかった。ただ、美しい女性の姿に『変化』していた妖狐を初対面で口説き、その時は困惑したとクリスは自身の母親から聞いた覚えがあった。


 その後、話をしてみて悪い人間ではないと判断した妖狐は、クリスの父親を村の近くまで送り届けた。その間ひたすら口説き文句をぶつけるその姿に、妖狐は困惑と同時に興味を惹かれることとなる。

 だが、妖狐は自身が“どのような存在”か理解していた。そのためクリスの父親を村の近くまで送り届けた後はすぐさま姿を消し、山へと戻っていったのである。


 クリスの父親が薬草探しの名目で再び山に分け入ってきたのは、それから一週間後のことだった。


『やあ、今度はちゃんとした食べ物を持ってきたよ! この前のお礼もしたいし、是非食べてくれないか?』


 そう言って笑うクリスの父親の姿に、妖狐は警戒した。村で自分のことを聞き、毒を盛った食料を持ってきたのではないか、と。


 しかし毒の臭いはせず、仮に無臭の毒だとしても少量ならば死ぬまいと判断し、妖狐はクリスの父親が持ってきた食料を食べた。山の中では食べることがないような味付けに驚いたものの、その味は美味だった。


 クリスの父親はそんな妖狐の反応に満足し、帰っていった。そして一週間に一度、薬草探しという名目で妖狐に会いにいったのだ。


 始めは警戒していた妖狐も、一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月――半年、一年と過ぎる頃には警戒を忘れ、クリスの父親が来るのを心待ちするようになった。


 以前は静かで落ち着くと思っていた山の中が、一人の時には寂しいと、そう思うようになっていた。


 そこから更に二年、三年と経つ頃には、妖狐はすっかりクリスの父親に想いを寄せるようになっていた。一週間に一度、短い時間の逢瀬では物足りず、いっそ自分の方から押しかけてみようかと思うほどに。

 しかし、いくら『変化』が達者な妖狐といえど、人が住む村に行けばその正体が露見する危険性がある。妖狐はクリスの父親が危険に晒されることを恐れ――それでも会いたいと想いを募らせるようになった。


 そんなある日、クリスの父親は言った。


『俺も良い歳だし、そろそろあの村に腰を落ち着けようと思うんだ。村の人も歓迎してくれてね……家も用意してくれるってさ』


 クリスの父親は優れた薬師だった。作る薬には魔法薬ほどの効果はないものの、村からすれば貴重な代物である。また、魔法に頼らず薬草だけである程度の怪我が治せるほどには医学にも通じていた。


 村からすれば余所者だが、それほどの腕を持つ者ならば大歓迎で諸手を挙げて迎え入れる。ここ三年ほどは定住に近い状態だったため、受け入れることへの抵抗もほとんどなくなっていた。


『そうなの……おめでとう、で良いのかしら?』


 妖狐は表面上は素っ気なく、それでいて内心では大喜びしながらそう言った。もしかすると、会える頻度が増えるかもしれないと『変化』で隠した尻尾が音を立てて振られるほどだった。


『ありがとう。あ、それと村長が嫁の世話もしてくれるんだってさ』

『…………え?』


 だが、続いたクリスの父親の言葉に、妖狐は思わず絶句する。目を大きく見開き、顔からは血の気が引き、唇が恐怖を示すように細かく震えた。


『まあ、断ったんだけどね――俺のところに嫁に来てほしいんだけど、どうかな?』

『…………は?』


 そして、更に続いた言葉にそれまでとは異なる感情から絶句する。


『貴女が欲しいんです。この三年間、貴女のことを色々と知りました。俺と結婚してください』


 普段と異なる真剣な顔と声色で求婚するその姿に、妖狐は即座に頷きかけた。しかし、自分が妖狐であることを告げていない。それを知れば嫌われ――下手すれば恐れられるかもしれない。


 妖狐は恐怖する。クリスの父親に嫁が宛がわれることよりも、更に深く、強く恐怖する。


 もしも化け物を見るような目で見られれば、よくも騙していたなと罵声を浴びせられれば、どれほどの衝撃を受けるかわからない。故に妖狐は返答に迷い。


『あ、人間じゃないっていうのはわかってるんで、その辺は気にしないで。村の人も俺が説得するし、駄目なら一緒に逃げれば良いし。俺、これでもそれなりに腕が良いから、君を食わせていくぐらい余裕だしね』


 そう言ってあっけらかんと笑うその姿に、全ての迷いが断ち切られた。


 そうして二人は結ばれ、一年後にはクリスとティナが生まれた――のだが。


(お母様……嬉しかったのはわかるけど、何回も……ううん、何十回、何百回も惚気られると娘としてはきつい……)


 子守唄代わりに惚気られたことを思い出し、クリスは夢の中だというのに苦笑した。


 そして不意に、夢の中の風景が移り変わる。そして、嗚呼、と嘆息する。


 幸せな記憶はここまでだ。自身の母親が行う惚気話を聞くのも、娘であるクリスとティナに大して底抜けに甘かった父親の姿を見るのも、“ここまで”だ。


 一体何が悪かったのか、今となってもクリスにはわからない。


 クリスの父親は宣言通り村人を説き伏せたものの、村の外れに家を建てる羽目になった。それは妖狐を恐れてのことであり、それ自体はクリスとしても“今ならば”納得ができる。


 悪かったのは村という閉鎖された場所だったのか、クリスの母親が妖狐だったことか、そんな妖狐を妻に娶ったクリスの父親なのか、母の特徴を受け継いで生まれてきた自分(クリス)(ティナ)だったのか。


 “そこから先”は、ありふれた悲劇だ。


 幼い子どもというのは案外鋭く、大人が見ていないようなことをよく見ている。あるいは自分達の両親から聞かされていたのか、クリスとティナの村内における扱いは良くなかった。


 村で唯一の薬師の娘ということもあり、大人は何もしない。精々近付けば頬を引きつらせ、無言で離れていくだけだ。しかし子どもはそうではなく、クリスもティナも腫れ物のように扱われた。


 話しかけても気味悪がられ、場合によっては石を投げられ、時には足を引っかけられ、水をかけられ。一緒に遊ぼうと誘えば逃げられ、逆に追いかけまわされることもあった。


 無論、そんなことをされて黙っているクリスの父親ではない。クリスやティナを庇い、村の子ども達を叱り、大人達にはクリスもティナも、それに自身の妻も危険ではないと訴えた。


 子ども達にはクリスもティナも君達と同じ子どもで、傷つきやすい女の子だと。


 大人達には妖狐がいれば魔物も恐れて村に近付かず、安全だと。


 情と利を説いて説得し、自身の妻と娘を守るべく行動していた。


 本当は妖狐に語った通り、村を出て他の場所に移ることすら考えていた。しかし、幼いクリスとティナを連れて旅をするのは難しい。いくら妖狐が強いとはいえ、世の中上には上がいる。


 クリスの父親は自分の薬師としての腕が求められるのは、小さな村などの医者も薬師もいない場所だと理解していた。大きな町でも求められるだけの腕があるが、自身の妻と娘達のことが露見すれば逃げることもできないだろう、とも。


 それでもクリスの父親は抗った。自身の妻と娘達を守るために、必死に安全だと説き続けた。


 そんなクリスの父親の姿に、村人達も少しずつ態度を軟化させた――クリスには、そう見えた。


 クリスの生活が一変したのは、八歳の頃である。その変化を端的に述べるならば、クリスの父親が殺され、母親である妖狐も殺された。


 クリスの父親の態度を見た村人が、彼は妖狐に操られているのではないかと考え、密かに領主へと報告していたのだ。


 その日、クリスとティナは村の子どもに誘われて一緒に遊んでいた。普段は仲間外れにし、酷い場合は怪我すら負わせてくる相手が妙に優しく接してくるその姿に違和感を覚えつつも、ようやく父親の苦労が実を結んだのだと喜びながら遊んでいたのだ。


 その結果、遊んでいた子供達に突如として取り押さえられたクリスとティナは人質にされ、両親は抵抗する術なく命を落とした。それでも死ぬ間際にクリスの母親が放った雷撃が相手の注意を引き、クリスはティナの手を引きながら逃げたのだ。


 クリスは泣き喚くティナを連れて山の中へ逃げ、必死に逃げ続けた。山の歩き方は父親に教わっており、戦い方は母親に教わっていた。


 だからこそ逃げ延びることができ――同時に、思いもする。


 父親の苦労を台無しにしないために抵抗しなかったが、子ども達に取り押さえられた時点で暴れていれば違った未来があったのだろうか、と。


 そう思ったクリスだったが、既に遅い。両親は死に、妹を連れて逃げるしか道はなかった。


 人里に降りようにも、母親である妖狐の血を継いだ証である狐耳と尻尾がそれを許さない。行く先々で人目に付けば忌避され、場合によっては襲われ、殺されかける日々。


 一度どうにか両親を弔えないかと村に向かったが、遺体の場所すらわからず全てを諦めて西へと向かった。そしてクリスとティナはカルデヴァ大陸に向かう船に密航し、故郷であるジパングを離れたのだ。


 クリスが見た夢はそんな――ありふれた悲劇だった。








「っ…………」


 クリスは不意に目を覚まし、現実へと意識を戻す。


 気が抜けたのかいつの間にかうたた寝をしていたらしい。目の端から涙が零れ落ちるのに気付いて涙を拭おうとしたが、狐の面がそれを邪魔して指を遮った。


 クリスやティナが身に着けている狐の面は、カルデヴァ大陸を旅する間に身を寄せる先として選んだグレイゴ教から支給されたものである。旅の途中で偶々出会ったカンナが、“同郷”ということで世話を焼いてくれた結果手に入れることができたものだ。

 狐面をつけている間は外見を『変化』させるという魔法具だが、狐耳と尻尾を隠してくれるだけである。そもそも、狐の面を用意した辺りカンナの感性を密かに疑うクリスだった。


 それでも既に司教になっていたカンナの推薦もあり、クリスとティナはグレイゴ教という“本来は危険な場所”に身を寄せることとなった。


 魔物――亜人に分類されるクリスとティナは、グレイゴ教の討伐対象になってもおかしくはない。だが、強い者を求めるグレイゴ教では、クリスとティナの力は評価されることとなった。


 そのため仕事はきついが数年ぶりとなる安全な場所を得たクリスだったのだが――。


(……何故クリスはこんな場所にいるんだろう)


 そんなことを思いつつ向けた視線の先では、ティナがコロナと一緒に料理をしている姿があった。狐の面を外し、耳と尻尾を晒したティナがコロナに教わりながら包丁を振るう姿はどこか眩しく見える。


 隣に立つコロナの髪が亜麻色で長いということもあり、それはまるで“かつての光景”を見ているようで。


「っ……違う……お母様じゃ、ない」


 そう呟いて、クリスは頭を振る。


「騙されるもんか……人と、魔物や亜人が一緒に暮らせる場所なんて、ないんだ……」


 普段と違う口調で零れたその言葉を聞いた者は、“その場には”いなかったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] スペランツァ以外だとレウルスが関わった廃棄街ぐらいなもんよね、この国じゃ 別の大陸なら、あの国逝かんと無理やろうし・・・
[一言] くそう、この獣人め!逃がさん!甘やかし抜いてやる!
[一言] >普段と違う口調で零れたその言葉を聞いた者は、“その場には”いなかったのだった。 (家の外でお祈り中のジルバさん)「………(ピクッ)」 という想像をしましたが、よく考えるとあの人って耳良…
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