第570話:閑話 その13 それは不運か幸運か
コルラード=バネット=マルド=ロヴェリーは新興の準男爵である。
新たに準男爵として認められ、誕生したロヴェリー準男爵家の当主という立場だ。しかし準男爵といっても領地はなく、領民もおらず、家臣もいない。
騎士爵の頃から部下として付き従っていた兵士達を抱えてこそいるが、その数もそれほど多くはない。部下達の中には手練れと呼べる者、目端の利く者もおらず、命令を与えれば相応にこなせるというコルラードからすれば“最低限”の練度しかない者ばかりだ。
ただし、これをないない尽くし、と嘆くほどコルラードは己の境遇を悲観してはいなかった。
何故ならば様々な――本当に様々な苦労を乗り越えてきたとはいえ、一代で兵士から従士、従士から騎士、騎士から準男爵へと立身出世した者は滅多にいないからだ。
コルラードは今の立場に見合うだけの努力をしてきた。己を鍛え、知識を学び、実践し、いくつもの死線を乗り越え、潜り抜け、時には転がるように回避しながらも生き延びてきた。
無論、自身と似たようなことをしている者もそれなりにいるだろうとコルラードは思う。徒手空拳の身から騎士爵という立場に至った者ならば、何かしらの苦労があり、相応の努力を重ねている。
時折優れた才覚だけで騎士爵まで昇り詰める者もいるが、それは例外といって良いだろう。マタロイという国においては一代で昇り詰められる“基本的な上限”が騎士爵であり、そこから更に準男爵へと至ることができる者は何かしらの突出した功績や能力を持つ必要がある。
その点で見れば、コルラードには突出した功績や能力はなかった。騎士の立場にある者の中にはコルラードよりも強い者は何人もおり、功績に関しても優れている者は何人もいる。
だが、“総合力”で見れば数多くいる騎士の中でもコルラードに勝る者はほとんどいない。
強さ、頭の良さ、集団を率いた際の指揮、交渉力、実務能力、権力者を含めた他人との縁等々。
例えるならばそれらが十科目あったとして、コルラードは全科目で六十五点から七十五点程度を取る。コルラードは一つの科目では負けることもあるが、合計した点数では他者に勝る――そんな人間だ。
加えて言えば、コルラードには運の良さもあった。
元々は王都ロヴァーマの出身で、実家は然して大きくもない商家の三男坊である。そのような生まれのコルラードだが、魔力を持って生まれたというのが人生最初の幸運だった。
優れた魔法使いと比べれば微小な、しかし並の魔法使い程度には存在する魔力。属性魔法の才能はなかったが、補助魔法の『強化』を使えるだけでも常人と比べれば恵まれていると言えるだろう。
そんなコルラードが王軍に入ったのは、実家に居場所がなかったからだ。家業は長男が継ぎ、次男はその補助として残り、長男が嫁を迎えて子供ができた時点でコルラードは実家を飛び出した。
『強化』を活かすにはそれが良いと思い、そして実際に準男爵まで昇り詰めている。今となっては笑い話で済むが、若い頃の無鉄砲さには苦笑するべきか、あるいは絶望するべきか迷う時があった。
人生で二番目の幸運は、配属された第三魔法隊でナタリアの従士になれたことだろう。
実家の家業柄他者と接するのが上手く、数字や計数に明るく、情報を集めるのも得意で、なおかつ王都出身ということで王軍に知己が多かったコルラードは、若くして第三魔法隊の隊長に就任したナタリアに重用された。
――同時に、多くの“地獄”を見る羽目にもなったが。
それでも従士として頭角を現したコルラードは騎士爵に叙され、王軍を離れて己の道を進み始めた。様々な貴族に顔を売りながらマタロイ各地を回り、魔物退治や野盗の捕縛によって治安を維持し、それを以て功績と成す。
騎士爵という公的な身分、第三魔法隊で鍛えられた技量、そして“自分の力が必要だと思う場所”を見抜いて売り込む目端の利き。各地の貴族にも少しずつ顔と名前を覚えられ、名指しで力を貸してほしいと頼まれることも増えていった。
そして人生で三番目の幸運――あるいは不運は、レウルスと“遭遇”したことだろう。
コルラードが知る、平民から騎士爵に至るどころか冒険者から準男爵に至った“例外中の例外”である。そんなレウルスが受けた依頼に同行して他国に赴き、その依頼を隠れ蓑に他国の測量を行い、これまでの功績の積み重ねによって準男爵へと至った。
それだけの危険があり、これまでの積み重ねがあったからこその叙爵だが、素人を連れて往復二ヶ月少々で他国を巡ってきた結果、準男爵へ推薦されたとなれば幸運と言えるだろう。
ただし、不幸な部分もある。
頭が上がらない元上司にして男爵の身分を得たナタリアの補佐になったことは、まだ良い。諦めがつくし当の昔に諦めている。
アメンドーラ男爵領の開拓を請け負い、スペランツァの町を造ることになったのも、まだ良い。将来近隣の土地をナタリアから割譲され、村を興す身としては“事前練習”になる。
件の例外中の例外――レウルスが何故か自分を持ち上げ、懐いている素振りを見せていることもコルラードにとってはまだどうにかなる。剣術を教えた間柄で、“やっていること”を理解する度に胃に痛みが走るが、それはまだ良い。
問題は、そのレウルスが準男爵になるということで王都に向かい、ナタリアもそれについていったことだ。
元々開拓の現場責任者として動いていたコルラードだったが、レウルスがいないということはエリザ達もいないということでスペランツァの町の戦力が落ちる。
ドワーフが三十五人に、ラヴァル廃棄街から作業者として選別された者の中に冒険者が多くいるため、戦力としては本来十分といえるだろう。スペランツァの町は既に周囲を土壁で囲い、空堀まで設けてあるため陥落させるのは容易ではない。
それでも総勢で百人程度の戦力でしかないため守り切れない個所も出てくるが、その場合は町の中心部にあるナタリアの住居予定地――今は空堀を設けて砦のようになっている場所に籠れば相手の数が三倍だろうと耐えきれるとコルラードは見ていた。
そこに、コルラードが知る者で言えばレウルスやナタリア、ジルバといった強者が混ざっていなければ、だが。
レウルス達がおらず、ナタリアもおらず、ジルバも出かけている。ドワーフが多くいるためある程度の敵ならば凌げるだろうが、上級の魔物が襲ってくれば撃退するのも困難だろう。
そんな戦力的な不安が一点。次に、爵位の関係上仕方ないがナタリアが王都にいる以上、コルラードが本当の意味で責任者になったことが一点。
そして、最後に――。
「あああああ……吾輩、もう疲れたのである……」
そんな声を漏らしながら、コルラードは自分用に割り当てられた仮の住居で寝台に寝転がる。
ドワーフがスペランツァの町周辺の木材で作った寝台は寝心地が良く、気を抜けば眠りそうだが、コルラードは眠りそうになる自身を律して思考を巡らせた。
「あとで今日運ばれてきた資材の確認をせねば……食料の備蓄状況はどうであったか……ドワーフ達の進捗状況も確認して……そういえば領軍の装備に関しても案をまとめねば……」
ぶつぶつと呟きつつ、それぞれの懸案事項に関して考えをまとめていくコルラード。
「というか、領軍の装備以前の問題であるな……元々冒険者だから練度がバラバラで、使う武器もバラバラ……魔物相手に切った張ったしていた分、度胸はあるのが救いなのだが……」
その中でも一番の懸念は、ナタリアから言い渡された領軍の編成に関してである。
指揮官として動くよう命じられたコルラードだが、スペランツァの町の開拓も並行して行っているため中々捗らない。また、領軍として組織するには一部の――言ってしまえばラヴァル廃棄街の冒険者達が扱いに困るのだ。
冒険者という存在は、レウルスのような例外を除けばそこまで強くはない。廃棄街で手に入る武器や防具は高が知れており、戦い方も我流がほとんどで、魔法を使える者となるとごく僅かだ。
コルラードからすれば冒険者は魔物相手に戦っていただけあって度胸があり、戦い方も多少は知っている。それ故に、“新兵よりも性質が悪い”。
元々、冒険者――正確に言えば廃棄街に住む人間は排他的な性質を持っており、身内には優しくとも外部の者には厳しい。そんな彼ら、彼女らからすると、コルラードの方が余所者なのだ。
そんな余所者が上に立ち、町造りの指揮を執り、領軍の指揮官として振る舞えばどうなるか。
コルラードは一緒に畑を耕したり、不寝番を買って出たり、様々な雑務を行ったりしているためそれなりに打ち解けつつある。しかし根本的な部分に溝があるように感じられ、今の状況では領軍を組織しても命を預け合うことなどできそうにないのだ。
加えて、冒険者の者達からすれば自分達の仲間を――レウルスを指揮官に据えれば良いのではないか、と思う気持ちもあった。さすがに口に出して言うことはないが、その空気を察することなどコルラードにとっては容易いことである。
――その空気を察して胃が悲鳴を上げるが、仮面のように表情を取り繕って乗り切っているのは秘密だった。
そういう意味では、新兵を一から鍛えて領軍の一員にした方がまだ良いとすら思えた。冒険者に戦い方を教えてこれまでの“矯正”を施すよりも、そちらの方が楽なのである。
ただし、廃棄街ではなく正式な領地の正式な町になる以上、領軍以外の武装した戦力を放置するというのもまずい。また、これまで冒険者だった者達の就労的な意味で領軍に受け入れる必要がある。
当面の間はアメンドーラ男爵領の開拓が続くため仕事にあぶれることはあり得ないが、戦うこと以外に向いていない――“それぐらいしかできない”者もいるのだ。
「将来のことを考えるなら、隊長殿には領地の子どもの教育に力を入れてもらって……それでもあぶれる者は出る、か。しかし領軍は領地の収入で組織する以上、身代に見合った数しか揃えられぬし……あとで隊長殿に報告するためにまとめておいた方が良さそうであるな」
思考を一つのことに絞れば、そこから派生して新たな仕事が生まれる。それはコルラードの性格と能力がそうさせるのか、あるいは現状ではまだまだ発展途上のスペランツァの町がそうさせるのか。
「冒険者の連中も、とりあえず武器なしで殴り合って認めさせれば……認めるであろうか? レウルスが戻ったら説得してもらって……いやいや、戻ってくるまでにある程度形にしておかねば……」
一つの問題が枝分かれしていきそうになるのを堪えつつ、コルラードは寝台から起き上がる。そして深々と、心底からの情感が籠ったため息を吐いた。
「はぁ……安らぐ家庭が欲しいのである……というか、まずはきちんとした自分の家が欲しいのである……」
アメンドーラ男爵領の開拓は予定よりも好調に進んでいるが、自分の結婚などはいつになるのか。
そんなことを考えながら、コルラードは再度ため息を吐くのだった。




