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第56話:『契約』 その1

 レウルスが森の中に“飛び込んだ”直後、ラヴァル廃棄街の面々もそれぞれ戦闘を開始していた。


「相手は狂信者共だ! まともに当たらず囲んで殺せ!」


 指揮を執るのはラヴァル廃棄街にて冒険者組合の長を務めるバルトロである。巨大な戦斧を担ぎ、周囲に響き渡る大声で指示を出す。

 そんなバルトロの声に応じるように、周囲の冒険者達から怒号のような声が上がった。“身内”を傷つけられ、攫われたのである。それぞれが得物を抜き、敵に襲い掛かる時を今か今かと待っていた。


 ドミニク達の殺気に反応したのか、森の中から音もなくグレイゴ教徒達が姿を見せる。その数は十人程度だが、数の差に怯える様子は微塵もなかった。

 相手の数は自分達よりも遥かに少ない。だが、数はともかく質で劣っているとバルトロは見ている。単純な戦力差では50対10と大差があるが、“まとも”に戦って5人で一人のグレイゴ教徒に勝てるかどうか。


 冒険者は魔物相手に戦うのが日常だが、人間相手となると話が変わる。身内を傷つけた敵に躊躇することはないが、純粋な技量差がどこまで響くかわからない。


「ドミニク、ニコラ」

「わかっている。俺が二人受け持とう」

「俺も二人……と言いてえけど、おやっさんみたいにはいかねえし? でも、精霊教師に頼んで傷も治ったからな。確実に一人は潰すぜ」


 遠目に見た限り、『強化』だけとはいえ魔法が使えるグレイゴ教徒もいる。そうなると単独で渡り合える冒険者の数は限られるが、ドミニクとニコラは戦意を滾らせながら答えた。


「魔力を感じるのは五人ってところか……残りは俺が受け持つ。シャロンは援護だ。ただし、俺達よりも他の奴らを優先的に守れ」

「わかった」


 魔法が使える者は同じように魔法使いが受け持つ。『強化』を使える相手に魔法なしで渡り合うには卓越した技量が必要になるが、さすがにそのような技量を持つ者はいなかった。


 相手が自分達の意図通りに動く保証はない。しかし、いくらグレイゴ教徒とはいえ、魔法が使えない相手ならば複数の冒険者で囲めばいくらでも“料理”できる。


「行くぞ野郎ども! あの狂信者共をぶち殺せぇっ!」


 そう叫び、先頭を切って駆け出すバルトロ。それに応じるようラヴァル廃棄街の面々も駆け出した。

 対するグレイゴ教徒達は、バルトロと似たような思考をしていたのだろう。『強化』が使える者がバルトロとドミニク、ニコラを狙って接近し、残った者は他の冒険者へと狙いを定める。


「おおおおおおぉっ!」


 グレイゴ教徒を前にして最も戦意が高かったのは、ドミニクだった。

 レウルスに己の武器を譲って完全に冒険者を引退したが、それでも身内に手を出されて大人しくしているつもりなどない。『魔法文字』は刻まれていないが、形状がかつて使っていたものとよく似た大剣を全力で振り下ろす。


 グレイゴ教徒の一人はその斬撃を受け止めるよう、両刃の剣を叩きつける。その間に他のグレイゴ教徒がドミニクを仕留めればそれで良いと考え――その考えと剣ごと、体を縦に割られて絶命した。


「ぬぅんっ!」


 叩き折られた剣の破片とグレイゴ教徒の血肉が舞う中、ドミニクは振り下ろした大剣を即座に跳ね上げる。そして隙を突いて短剣を突き刺そうとしていたグレイゴ教徒に向かって刃を薙ぐと、慌てた様子で相手が退いた。


「ハッハァッ! おやっさん良い調子じゃないっすか! 今からでも冒険者に復帰しましょうや!」


 最初の一太刀で敵を絶命させたドミニクの姿に、ニコラは敵と切り結びながら楽しそうに笑う。


「……俺は一介の料理屋だ」

「料理するのは食材だけじゃないってことっすね! っと!」


 キマイラに負わされた怪我も、つい先ほどエステルの治癒魔法によって完治した。それ故にニコラも全力でグレイゴ教徒と斬り合い、一進一退の攻防を繰り広げる。


 バルトロもグレイゴ教徒二人を相手にして互角に渡り合い、シャロンは後方に布陣して戦場全体の援護を務める。問題があるとすれば、魔法が使えない冒険者達の方だった。


 バルトロ達が魔法使いの相手を引き受けたため、数だけで比較すると9対1の戦力差である。だが、数の差がそのまま勝敗に結び付くのならば、柵や壁で囲われた町の外を魔物のような生き物が我が物顔で闊歩することもないだろう。


「囲んで防御に徹しろ! 相手は平気で毒を使うような奴らだ! 避けるか武器で受けろ!」

「重武装の奴が前に出ろ! 他は投石と投剣で援護だ!」


 残った冒険者達が戦っているグレイゴ教徒は、魔法が使えない。それでもラヴァル廃棄街の冒険者と比べて“正当”に鍛え上げた技術を駆使し、数の差を物ともせずに渡り合う。


 ラヴァル廃棄街の面々としても、相手を皆殺しにするのは確定だがわざわざ無用な危険を背負う必要はなかった。このまま膠着状態に持ち込んでいれば、シャロンの援護がある上に時間が経てばドミニクなども駆けつけるのだ。


 相手が毒を使ってくるかもしれない――その危険性から守勢に徹し、攻撃を凌ぎつつも投石と投剣で少しずつでも相手を弱らせていく。


 そうやって一体何分が過ぎたのか。


 バルトロが魔法使いを一人仕留め、ラヴァル廃棄街の面々が戦いを優勢に進めている中、何の前触れもなくレウルスが飛び込んでいった森の中に巨大な魔力が出現した。


「っ!?」


 その巨大な魔力の出現に一番驚いたのは、敵側のグレイゴ教徒達である。魔法が使える者は魔力の大きさに思わず視線を向け、魔法が使えない者も空気の変化を機敏に感じ取った。


「――隙だらけだぞ?」


 そして、普段から魔物と殺し合っているラヴァル廃棄街の面々がその隙を見逃すはずもない。ドミニクは時間を稼ぐように防御に徹していた相手を切り伏せ、バルトロとニコラも敵に致命傷を負わせる。


「おいおい……何があった? レウルスの奴が何か仕出かしたか?」


 己の剣で敵の首を切り裂いたニコラは、相手が致命傷を負っても戦意を保っていることに辟易としながら呟く。


 一体何が起きたのか、それはわからない。それでも、森の外での戦いはラヴァル廃棄街の面々に軍配が上がっていた。








 『契約』――レウルスはそれを言葉でしか知らない。


 バルトロから少しだけ話を聞いていたが、エリザの宣誓と共に成された“正式な”『契約』は即座に効果を発揮していた。


「……おいおい」


 エリザの魔力に驚いていたレウルスだったが、自分の右腕の傷がいつの間にか治っていることに気づいて思わず呟いてしまう。同時に、毒によって動かしにくかった体も楽になっていた。


「はぁ……っ……ふぅ……ど、どうじゃ?」


 己の体に訪れた変化に戸惑っているレウルスだったが、背中のエリザから熱っぽい声をかけられて我に返った。エリザは体温が急激に上がっているのか、革鎧越しにその熱が感じられる。


「どうって……いや、すごいな、としか言えねえよ」


 右手を開閉してみるが、痛みはない。『熱量解放』によってそれまで無視できていた、体中を駆け巡る痛みと倦怠感も根こそぎ消えている。


(なんだこりゃ……治癒魔法? それに似た何かが働いた? 組合長の話から考えるなら、『契約』で吸血種の回復力が俺にも発揮されたってことか?)


 周囲への警戒が疎かになりそうなほどの驚愕。レウルスはそれが顔に出ないよう注意しつつ、両手で大剣を握って構える。


「へぇ……まさか本当に『契約』するとはねぇ……」


 司祭の男が漏らす、感心したような声。その口ぶりが気になったレウルスは鋭い視線を向けるが、男は相変わらずニコニコと笑っている。


「魔力も増えてるし、あとは化け物らしく戦えるかどうか……期待したいなぁっ!」


 これまでレウルスが弾いてきた短剣を回収していたのか、男はエリザを狙って短剣を投じる。その速度は周囲のグレイゴ教徒と比べても速く、命中すれば威力でも勝るだろう。


「させるかよっ!」


 それを迎え撃つのはエリザではなくレウルスだ。先ほどまでと比べて調子が良くなった体は動かしやすく、同時に放たれた短剣三本を一振りで弾き飛ばす。


「君は引っ込んでてほしいなぁ……今はその化け物がどれぐらい強くなったかを知りたいんだから……さぁっ!」


 ぬるりと、蛇のような動きと素早さで間合いを詰めると、レウルスが背負っているエリザを狙って剣撃を繰り出す。


 短剣の刀身の短さと軽量さを活かした刺突と斬撃の雨。その一撃一撃が必殺の意思を持って放たれ――その全てをレウルスが防ぐ。


 レウルスの背面に回ろうとすればその動きに追従し、刺突が放たれれば大剣を合わせて弾き、エリザの首を狙った斬撃も悉くを大剣で受け止める。

 短剣という軽量の武器に対し、大剣という重量の武器を同速で振るって渡り合う。刃と刃がぶつかり合う度に火花が咲き乱れ、周囲を明るく照らす。


「おいおぉい! 君も大概化け物じみてるねぇっ!」

「嬉しそうに吠えんな化け物がっ!」


 男が振るう短剣はドミニクから譲られた大剣に勝るとも劣らぬ業物なのだろう。一撃で叩き折るつもりで大剣を振るうレウルスだったが、男の技量と短剣の頑丈さも相まって仕留められない。

 瞬時に十合近く斬り合ったにもかかわらず、互いに無傷。二人は仕切り直すために距離を開け、それぞれ得物を構え直す。


「いやぁ、まさか純粋な身体能力だけでここまで防がれるとはねぇ……目も良ければ動きも良いし、思い切りも良い。君が吸血種だったら色々と楽だったんだけどなぁ」

(ちっ……単純な力任せじゃ押し切れねえな)


 体の調子も戻り、戦闘中に負った怪我も治ったが、それでも倒しきれない。エリザとの『契約』でどの程度の治癒能力を得たのかわからないが、最悪の場合は相打ち覚悟で挑む必要がありそうだった。


 せめてエリザを背中から下ろせれば良いのだが、敵の狙いはエリザである。ドミニク達がいる場所に向かって預けたいところだが、それを許すほど相手も甘くはないだろう。


 『熱量解放』による魔力の消費も無視できない。さすがにそろそろ魔力切れを心配する必要がある。キマイラと戦った時のことから推察する限り、魔力が切れたらそのまま倒れてしまいそうだ。

 そう考えたレウルスは己の魔力に意識を向ける。魔力の量次第では強引な突破もやむを得ないだろう。


「…………?」


 だが、レウルスは己の魔力が予想よりも減っていないことに気づいた。レウルスの予想では既に二割を切っていると思ったが、その倍は残っているのだ。


(これは……魔力が流れ込んでる?)


 何故だろうかと疑問に思うよりも先に、背負っているエリザが両腕に力を込める。


「これも『契約』の効果じゃ……ワシの魔力をお主に流しておる」

「……その口調はやめないのな」


 思わず、といった様子でレウルスは呟いた。『契約』を結ぶ際は素の口調だったが、元に戻してしまったらしい。


「うむ……これはおばあ様の“真似”じゃからな。みんなを忘れないためというのもあったんじゃが……ここは一つ、おばあ様の力も真似てみようかの」

「なに?」


 エリザの言葉の中に引っかかるものがあったレウルスは怪訝そうな声を漏らす。エリザはそんなレウルスの様子に苦笑すると、レウルスの血を吸ったことで急激に増した己の魔力に意識を向けた。


「シャロンに教わってみても、魔力の扱い方はわからんかった……それも当然じゃ。あんなに小さな魔力では理解できん……じゃが、今ならばわかる。お主の血が教えてくれる。お主の血が、力が、ワシの中を巡っておる」


 エリザはレウルスの体に巻き付けていた両手両足を解くと、地面に下りる。そしてレウルスに意味ありげな流し目を送って微笑むと、司祭の男へ指を突き付けた。


「そこの貴様! ワシの力を見たいと言ったな!?」

「へぇ……見せてくれるのかい?」


 エリザの言葉に興味を惹かれたのか、男は口の端を吊り上げる。エリザは腕組みをして胸を張ると、対抗するように笑って見せた。


 ――ただし、その両足は僅かに震えている。


「いいじゃろう。ただし“コレ”はワシの力であり、おばあ様の力であり……そして、レウルスの力じゃ」


 一体何をするつもりなのか、とレウルスも疑問に思った。


 魔法というものは、いくら魔力があっても簡単に使えるものではない。魔力があるだけで使えるのならば、『熱量解放』を使っているレウルスも魔法が使えるようになるだろう。


 エリザの祖母に会ったことはないが、力を借りるとは何のことなのか。それがレウルスにはわからない。

 レウルスが知る限り、魔法の発動には精緻な魔力制御が必要なはずだ。“通常の方法”以外で魔法を行使できるとすれば、それは――。


「――雷の精霊よ」

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