第568話:果たすべき約束 その10
「……最善ではないけれど、次善ではある?」
王都への帰還中、エイダンがジルバに語ったという言葉の意図を尋ねると、ティナは小さく首を傾げた。その質問をぶつけたレウルスの前では何故か狐面を外しており、頭部に生えた狐耳がぴくぴくと動き、尻尾がぱたぱたと揺れている。
ティナは馬車の中で俗に言う“女の子座り”をしており、そんなティナの隣ではクリスが狐面越しにレウルスへ鋭い視線を向けていた。
「ああ。今回の件はグレイゴ教からすれば明らかに失敗だろ? それがどう考えれば次善につながるのかって思ってな」
「……クリスもティナも、司教の第十位という立場ではあるけど他の司教からすれば半人前扱いだった。与えられている情報も少ない……だから推測になるけど、それでもいい?」
「ティナ、情報を漏らすのは……」
クリスが咎めるようにして声をかけるが、ティナは首を横に振る。
「クリスが気を失っている時、『天雷』から助けてもらった。それに、情報と言ってもティナの推測」
「っ……」
クリスの制止でも止まらずに話を続けようとするティナ。そんなティナの発言を聞いたクリスは、ますます目付きを鋭いものに変えながらレウルスを睨む。
(しばらく会えなかった妹が敵と友好的に話してるんだ……姉としては思うところがあるだろうな)
そんなクリスの心境を推察したレウルスは、クリスから険しい視線を向けられても苦笑することしかできない。
「多分、あなた達が……ううん、“あなたが勝ったから”次善だと考えたのだとティナは思う」
「……俺が勝ったから?」
だが、ティナの発言にレウルスは苦笑を消して真顔になった。思わぬ言葉が出てきたな、と思いながらレウルスは首を傾げる。
「俺が勝ったってのは……今回の戦いにか? それが一体何になるっていうんだ?」
今回の戦いでは吸血種であるエリザや、精霊であるサラとネディ、そしてグレイゴ教徒としては“大本命”であろう火龍のヴァーニルに加え、『神』を斬ったレウルスも狙いに含まれていた。グレイゴ教徒からすれば返り討ちに遭った形になるが、それが何故次善になるのか。
「グレイゴ教では上級の魔物を『神』と見做し、それを狩ることで『神』の力を削ごうとしている。『神』よりも上だと、『神』よりも強いと、そういう認識を広めることで相対的に『神』を“下”に置こうとしている」
レウルスとしても以前聞いた話を繰り返すティナに、レウルスは軽く頷きを返す。
「司教は上級の魔物を倒すことで司教として認められる。中にはレベッカのような例外もいたけど、『神』と見做した上級の魔物を倒すことで“自分達は『神』よりも強い”という認識を持とうとしている。そんな司教達が戦いを挑み、敗れたから……」
「ああ……なるほど。大体見えてきた」
そう答えるレウルスだったが、困ったことを聞いたと言わんばかりに頬が引きつる。
「つまり……なんだ。既に俺は『神』を斬っているわけだが、司教は『神』よりも強いって認識の奴らが俺に負けたことで……俺が更に『神』に対して強くなった? それが奴らにとっては次善ってことか?」
「多分……」
レウルスが問うとティナは頷きを返す。
(グレイゴ教徒が勝っても『神』の弱体化につながって、負けても『神』への対抗手段……俺が強くなる、のか? でも、その割に特に変化はないんだが……)
あくまで『神』に対して効果があるだけで、自身の強さが根本から変わることはないのかもしれない。
「……でも、推測ってことは司教が全員“それ”を意識して戦っているわけじゃないんだろ?」
次善であると発言したエイダンはともかく、ブレインは違うだろうとレウルスは思う。あくまで勘でしかないが、そんな殊勝な性格ではなかったと思うのだ。
エイダンに関しては、戦った結果勝っても負けても司教として“良い結果”につながると思っていそうだ。もちろん、死人に確認する術はないが。
そして、推測として語っている以上、ティナにそんな意識がないのは明白だった。クリスに視線を向けてみると、刺々しい視線が返ってくるが否定する素振りはない。
(レベッカみたいなパターンもあるしな……それに、レベッカは上級に匹敵する魔物を操っていただけで、倒したわけじゃないって話だし……まさか淫魔の血を引いているから上級の魔物扱い、なんてことはないよな?)
よくわからん、とレウルスは首を傾げる。そして同時に一つの疑問が浮かび、レウルスが尋ねる。
「あと、その理屈だと俺よりもジルバさんの方が『神』に対して有利に戦えるんじゃないか?」
戦いにこそ勝ったが、レウルスが仕留めた――命を奪ったと言える司教はレベッカだけだ。
翼竜やレンゲも仕留めはしたが、司教ではない。上級に匹敵する魔物として扱われるのかもしれないが、次善というにはそこまで効果がないように思えた。
そんなレウルスとは違い、ジルバは過去に司教を二人仕留めたと聞く。更に今回の戦いで司教であるエイダンを仕留め、大司教であるワイアットまで仕留めたのだ。次善というのがレウルスではなくジルバを指している可能性もあった。
「ジルバさんはどう思います?」
「さて……以前レモナの町で感じ取った『神』とやらの気配から判断するに、勝てるかと問われれば断言はできませんね。しかし、そこの司教の話も推測ではありますが納得できる話でもある……勝っても負けてもどちらでも良いなど、迷惑な奴らめ」
レウルスが馬車の外にいるジルバに話を振ると、ジルバは当然のように言葉を返す。馬車が進む音を気にも留めず、レウルス達の会話を聞いていたのだ。
「他に何か思い当たることはないか?」
レウルスはティナの瞳をじっと見つめながら問いかける。今の状況でティナが口から出まかせを言うとも思えないが、嘘ならばわかるように真剣に見つめた。
「あとは……えっと……ティナは……」
そんなレウルスの視線をどう受け止めたのか、ティナは視線を横にずらす。尻尾が動く速度が若干上がったように感じたが、レウルスがそれに気付くことはなかった。
「というかレウルス、今の話を聞いていて思ったんじゃが……いくらレウルスが『神』に対して強くなったとしても、アレと再度戦う機会があるんじゃろうか?」
ジルバと同様に話を聞いていたのか、エリザが疑問を呈する。それを聞いたレウルスは、たしかにと頷いた。
「ティナ、どうなんだ? 『神』ってのはそんなに頻繁に遭遇するものなのか?」
それならばもっと知られていそうだが、などと思いながらレウルスは尋ねる。するとティナは困ったように眉を寄せた。
「ティナもレモナの町で見たのが初めて。聞いた話では“あの大きさの『神』”が出てくる前に、スライムの『核』として出てくるとか……」
「ああ、スライムか……」
自浄作用というわけではないが、『神』として姿を表す前に別の方法で出てくるようだ。それならばやはり、エイダン達の無駄死にになるのではないか、とレウルスは思った。
上級の魔物も『神』も、滅多に遭遇するものではないのだから――。
(……いや、待てよ? 普通なら滅多に遭遇しないであろう上級の魔物と何度も遭遇して、『神』とも戦って……まさかあいつら、俺ならまた戦うことになるって考えたんじゃないだろうな?)
これまでの遭遇頻度からその可能性に思い至り、レウルスは思わず頭を抱えたくなった。
「ふむ……まあ、ベルナルド殿から庇った見返りの情報としては物足りませんが、こんなものですか。それではそろそろ……」
そして、他に情報が出てこないと判断したのかジルバがそんなことを言い出し、レウルスは実際に頭を抱えた。
そろそろ、の後に続く言葉を聞くのが怖い。『思念通話』を使ってサラやエリザ、あるいはラディアにジルバを止めてもらおうかと思考するレウルスだったが、止める理由があるのかと言われれば微妙なところだった。
「俺としては、ティナがエリザを助けてくれたことで借りがあります。情報も受け取りましたし、逃げるのなら追うつもりはないんですが……」
「ベルナルド殿から庇い、片割れの司教の怪我を治しました。どちらかといえば貸しの方が大きいのでは?」
「それは……そう言われるとそうですね」
たしかに、と思わず頷いてしまうレウルス。だが、司教という立場を抜きにしてしまえば、クリスもティナも――。
(これで向かってくるなら斬るんだが……正直なところ、この二人ってただの“子ども”なんだよな……)
半人前扱いされていようが、司教として扱われるだけの実力はあるのだろう。それでも、レウルスからすればクリスもティナも子どもにしか見えない。
無論、敵として襲ってくるのなら躊躇も容赦もなく斬る。しかし襲ってこないのならば率先して斬りたいとも思わなかった。
「……まあ、レウルスさんならそう言うと思っていました。見逃すというのなら、今回は目を瞑りましょう」
(おっと……なんかジルバさんが少し優しい気がする……)
いつ馬車の壁を突き破ってジルバの腕がクリスとティナを掴み、外へ引きずり出すか警戒していたレウルスだったが、ジルバの反応は思ったよりも穏健だった。
もしかすると、レウルスと同様にクリスとティナをただの子どもだと思ったのかもしれないが。
「なら、お言葉に甘えてクリスとティナは退かせてもら」
「――ついていったら駄目?」
クリスの言葉を遮り、ティナはそう頼み込むのだった。




