第566話:果たすべき約束 その8
武装した状態で姿を見せたベルナルド。その背後には部下と思しき兵士達が五人ほど続いていたが、レウルス達に向かって一礼するとすぐさま駆け出し、周囲の警戒に当たり始める。
それを横目で確認したレウルスは、ベルナルドと視線を合わせて困ったように頬を掻いた。
「一応、お聞きしますが……何故ここに? 今回第一魔法隊は動けないという話だったと思うんですが」
「ああ、そうだな……その移動速度から捕捉することが難しいであろう“亜龍退治に関しては”動けないはずだった。だが、正体不明の武装集団が確認されたということで、我が第一魔法隊に出撃命令が下ったのだ」
どうやらレウルス達が亜龍退治という名目で王都から出発した後、武装集団の排除という名目でベルナルド達も出撃したらしい。
事前にそれを知らされていなかったレウルスは不快に思うが、レウルスと向き合うベルナルドはそんなレウルス以上に不快かつ不機嫌な様子だった。
「“貴殿”の不満もよくわかるぞレウルス準男爵殿。貴殿らが命がけでグレイゴ教徒の手練れを打倒した後に我々が駆け付けたのだ。“最初から”ついて来いと言いたくなるだろう?」
「……さて、その辺りはなんとも言えませんね」
下手なことは言わない方が良いと判断し、レウルスは軽くとぼけてみせる。ベルナルドはそんなレウルスの様子にため息を吐くと、愛用の槍で二度、三度と自身の肩を叩く。
「王宮……いや、宮廷雀の一部は命がけで戦った貴殿らから手柄を取り上げることをお望みらしい。貴殿らが司教を仕留めていればそれで良し。そうでなくともある程度の怪我を負わせているだろうから、我々がとどめを刺して手柄を総取りしろということだろうな」
そこまで事情を“ぶちまけた”ベルナルドは、不機嫌さを増しながら眉間に皴を寄せた。
「まったく、反吐が出る……命がけで戦う者への侮辱だ。出撃の命令を持ってきた者をその場で殺そうかと思ったほどだぞ。グレイゴ教徒の脅威を取り除ける機会でなければ、出撃を拒否していたところだ」
「……残党を仕留めてもらえるのはありがたいですが、王都の守りは大丈夫なんですか?」
レウルス達がグレイゴ教徒に敗れた場合に襲来する可能性があったヴァーニルに備えて、ベルナルドが率いる第一魔法隊は王都を離れられないはずだった。
「魔法は使えんが歩兵隊や弓兵隊、それに近衛兵などもいるからな……」
「……それ、火龍が飛んで来たらどうにもなりませんよね?」
「そんな僅かな危険性よりもグレイゴ教徒……おっと、正体不明の武装集団が王領で暴れている方を危惧したのだろうよ」
「そうですか……しかしよく追い付けましたね」
レウルス達が戦い始めて一時間と経っていない状況で駆け付けたのを見る限り、出発時刻はレウルス達と大差なかったはずである。最初からレウルス達が勝つと思っていたのか、あるいはヴァーニルが襲来することはないと踏んでいたのか。
レウルス達は馬車を連れていたため街道を通ったが、街道を通らず文字通り真っすぐ突き進めばレウルス達よりも時間をかけずにこの場所へ辿り着くことができるとは思うが――。
「真っすぐ向かってきたからな……ただ、途中の村で迅速に補給を受けることができた。どうやら突発的な命令ではなく、事前に根回しを済ませていたようだ」
「……それはなんとも」
亜龍退治という名目でこそあったが、踊らされたか、とレウルスは思う。
(ソフィアさんは俺達が司教を何人かでも片付けられれば、マタロイが国として楽に対処できるって言っていたが……いや、それにしてもベルナルドさん達をそのまま戦場に乗り込ませるか?)
ベルナルドの部下達は掃討戦に移っているのか、常に複数で動きながらグレイゴ教徒を探し、会敵すれば数の差を活かして仕留めているのが遠目に見えた。
レウルス達の戦いが一段落してから駆け付けたのかもしれないが、既に返り血を浴びている兵士があちらこちらに見える。それを見る限り、レウルス達と同様に戦いを繰り広げていたのかもしれない。
「ただ、後から来て手柄を奪うような真似はできんのでな。相手に気取られないよう注意しつつ、端の方から削れるだけ削ってきた。数は四十ほどで……ああ、あと何やら魔法具を使って準備している奴らがいたから、そちらも仕留めてある」
「魔法具……それはどっちの方向ですか?」
レウルスが尋ねると、ベルナルドは太陽の位置を確認してから指で方向を示す。それは、レウルス達がこれから向かおうと思っていた方向だった。
「貴殿らと司教が交戦していたからか、かなり手薄でな。周囲の魔力を一点に集めて何かをするつもりだったようだが……情報を吐かせる前に自決しおった。気味が悪いほどに徹底している奴らだな。あとは高純度の『魔石』がいくつか見つかったが……」
「魔力を集めて……ああ、そういうことですか」
首を傾げるベルナルドに対し、レウルスは納得がいったように頷く。
(『魔石』に加えて魔力を集めてたってことは……あいつら、できるできないは別として、本気でヴァーニルを殺すつもりだったのか)
そんなことを考えつつ、レウルスは僅かな部品だけになってしまったレンゲへと視線を向けた。
最早実現し得ないことではあるが、仮にレンゲに大きな魔力を集め、更に『魔石』で“上乗せ”しながら魔法を行使すればどうなるか。合体魔法を扱えたレンゲならば、魔力さえあれば上級魔法を連射することぐらいは平然とこなしそうである。
「何か思い当たる節があるのかね?」
「あるんですが……ベルナルドさんが魔力を集める仕組みを壊したんでしょう? こっちは集めた魔力で魔法を撃つ役割の……“人”を仕留めたんで、もうどうにもならないと思いますよ」
「ほう……」
感心したように呟くベルナルドだが、そんなベルナルドの反応を見ながらレウルスは内心で疑問を覚える。
(しかし、そんなに重要な代物なら司教の一人ぐらいは残していそうなもんだが……グレイゴ教徒の反応を見る限り、他に大司教や司教はいないよな?)
大司教や司教の内、生き残ったのはクリスとティナだけのはずだ。実は司教であることを告げずに潜んでいる者がいたのかもしれないが、レンゲをレウルスが破壊し、“装置”をベルナルドが破壊したのならば結果は変わらない。
(というか、グレイゴ教徒じゃなくて魔法人形が上級の魔物を仕留めた形になっても『神』ってのは弱るんだろうか……いや、“次善”とやら次第か?)
色々と準備していたようだが、グレイゴ教徒にとって予想外のことがいくつもあったのだろう。その筆頭はおそらくレベッカで、レウルスは思わず渋い顔をした。
すると、そんなレウルスの表情に何を思ったのか、ベルナルドが苦笑を浮かべる。
「我々が駆け付けた時には既に軒並み司教が討ち取られ、残ったグレイゴ教徒達も半数を切っていた……そんな形で報告を挙げるつもりだ。部下の手前さすがに手柄がゼロというのは無理だが、貴殿らの手柄を横取りするような恥知らずな真似はできん」
そう言いつつ、ベルナルドはその視線をクリスとティナへ向けた。
「部下達が遺体の埋葬がてら確認するが、一応確認しておきたい。貴殿らが仕留めたのは……」
「大司教が一人、司教が三人、依頼にあった翼竜が一匹。他にもジルバさんが司祭や助祭、信徒を仕留めてますけど、そっちは数が多いので……」
「ほう……大司教がいたのか。それに司教が三人も……第一魔法隊だけでぶつかっていれば、大きな被害が出ていたかもしれんな」
顎に手を当てながら彼我の戦力を計算してそう呟くベルナルド。ただし、その視線は相変わらずクリスとティナへ向けられている。
「ところで、そちらの奇妙な面をかぶった二人だが……」
「あれ? ベルナルドさんは王都で会ったことがありませんでしたっけ?」
そう言いつつ、レウルスはティナにサインを送って狐面を取るよう促す。すると、クリスの治療を行っていたティナが困惑しながらも狐面を取った。
「見た覚えがあるような……貴殿の仲間か? それとも部下か?」
「部下と呼ぶ間柄ではないですね」
仲間であるとは言わない。また、ベルナルドに王都で会ったことがないか尋ねはしたが、自分達の仲間だとは一言もいわないレウルスだった。
ベルナルドはそんなレウルスの態度をじっと見つめていたが、やがて苦笑を一つ零してから背中を向ける。
「ひとまず我々は残党の追跡と対処を行う。敵の遺体はまとめて埋めておくが、“亜龍退治”の証はきちんと確保しておくのだぞ?」
そう言って部下の兵士達と共に立ち去るベルナルド。その後ろ姿が見えなくなるまで見送ったレウルスは、大きく息を吐いた。
「ふぅ……ところでジルバさん、なんで口を挟まなかったんですか?」
レウルスとしては助け船がほしかったが、ジルバが口を挟むことはなかった。それを不満には思わずとも疑問に思ったレウルスが尋ねると、ジルバは苦笑を浮かべる。
「『天雷』殿は話がわかる御仁ですし、公的な身分で言えば準男爵であるレウルスさんがこちら側では一番上ですからね。『天雷』殿は気にしないでしょうが、礼儀の一環ですよ」
「そんなもんですか……しかし、俺達とは別に第一魔法隊が動いていたとは……」
王都に帰ればナタリアが荒れていそうだ、とレウルスは思う。それでも無事に乗り切れたことは喜ばしく、レウルスはラディアを鞘に納めてこれからどうなるのかと肩を竦めるのだった。




