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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
12章:貴族の闇と果たすべき約束

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第561話:果たすべき約束 その3

 レベッカが扱う『魅了』の力は、通常の魔法と比べて厄介な点がある。

 それは能力自体も厄介だが、通常の魔法と違って目視も回避も防御も不可能ということだ。


「ッ――!?」


 レウルスは思わず押し殺すような声を漏らす。


 眼前の少女(レベッカ)に対して胸中に湧き上がる感情。それは慕情や愛情と言うべきもので、レウルスは自分が何故レベッカと対峙しているのかすら忘れそうになる。


「ん、の……ガアアアアアアアアアァッ!」


 レウルスは咄嗟に右足を振り上げ、ラディアの刃を受け止めているレベッカの腕を蹴り上げた。そうして強引に白刃取りを解かせると、即座に刃を返してレベッカの首を刎ねようとする。


(動か……ねぇ!?)


 だが、意思に反して体が動くことはなかった。レベッカを傷つけることなどありえない、何故“最も大切な相手”を傷つけるのだ、と言わんばかりに体が硬直し、剣を振るうことを拒んでいた。


 レウルスが初めてレベッカと戦った時は、レベッカ自身を模した魔法人形が『魅了』の力を使ってきた。その時でさえ抵抗するのに苦労したが、今回はその時の比ではない。


 心臓がドクドクと勝手に脈を打ち、血が顔に集まっていくのが自覚できる。戦闘による興奮とは別物の、心地良さを含んだ熱が頭から爪先に至るまで、全身を隈なく駆け巡っているように感じられた。

 この世界に転生して以来、錆び付いて“微塵も動かなくなっていた感情”が軋むような音を立てた気さえする。それは潤滑油でも得たかのように急速に動き始め、レウルスの手足に感動を伴う震えすら与えていた。


 それも、時間が経つにつれてレベッカに向ける感情が大きくなっていくように思える。眼前のレベッカを抱き締め、そのまま組み伏せたい。他に何もいらないと思うほどだ。


「レ、ベッカ……」


 思わず、意味もなくその名前を口にする。素敵な名前だな、などという感想が脳裏に飛び交い、いつの間にか炎が消えていたラディアを手放しそうになる。


「ええ……そうです。わたしはレベッカです」


 そう言って、レベッカは柔らかい笑みを浮かべた。そしてレベッカは一歩前に踏み出すと、火傷を負った右手をそっとレウルスへと伸ばす。


 仮に、レベッカが殺気を滾らせながら攻撃してくればレウルスとて反射的に動けたかもしれない。しかしレベッカは笑みを浮かべたままでゆっくりと右手を近付け、レウルスの頬を撫でた。


「ふふ……いつものあなたなら、ここまで近づいた瞬間に斬られていそう……全力でこの力を使ってここまで抵抗されているのも初めての経験ですわ、ええ、そうですとも」


 そう言いつつ、レベッカは首を傾げる。


「でも、これ以上の抵抗は無理そうですか? わたしが見込んだ王子様なら、もっと抵抗できそうなものですが……」


 レベッカの見立てでは、レウルスにある程度の影響を与えつつも『魅了』を破られると思っていた。だが、レウルスは完全に操られこそしていないが、時間でも止められたかのように動きを止めている。


『ちかづかないで』


 そんなレウルスを助けるように、ラディアが火炎魔法を行使する。接近したレウルスとレベッカの丁度中間に火球を出現させると、レウルスの火炎魔法への耐性と防具の頑丈さを見込み、そのまま炸裂させた。


「っ! よく、やった……」


 その衝撃でレウルスは数メートル吹き飛ぶことになったが、なんとか足から着地してラディアへ声をかける。続いて剣を構え直すものの、体が鉛にでもなかったかのように動きが鈍かった。


 同時に、何故レベッカから引き離したのかと怒りの感情も湧き上がってくる。その怒りが赴くままにラディアへ怒声を浴びせそうになるのを、レウルスは全力で抑え込む。


(まずい……これは、まずい……これがレベッカの本気……本気の『魅了』か……)


 気を抜けば、構えを解いてレベッカの方へ歩み寄りたくなる。レウルスとしては走り寄って斬りかかりたいと思考するが、本能はレベッカを斬るではなく剣を捨てて抱き締めろと訴えていた。


「……おかしい、ですね。ええ、おかしいです」


 そんなレウルスの様子に、レベッカは怪訝そうな顔をする。


 『魅了』が“効いた上で抵抗される”のはレベッカとしても予想通りだ。そうだからこそ、そんなレウルスだからこそ執着し、この場を整えたのだから。

 しかし、レウルスの様子を見る限り抵抗こそしているが徐々に『魅了』の力に押されているようだった。“前回”と何が違うのかとレベッカは頭を悩ませる。


 ――魔法人形ではなく、レベッカ本人が全力で『魅了』を使っているから?


 だが、初めて戦った時と比べるとレウルスも成長しており、溜め込んでいる魔力も比べ物にならないほど大きい。


 ――前回は偶然耐えきれただけで、今回はそうではなかった?


 偶然で耐えきれるほど、自身の『加護(のろい)』は優しいものではない。


 ――そうなると、前回との違いは?


 そこまで思考し、レベッカは「ああ」と呟いた。


「レンゲ……でしたね? あなた、そこの男を片づけたら向こうにいる吸血種と精霊、ドワーフを殺してきてくださいな。ええ、そうしてくださる?」


 レベッカが発したのは、エリザ達を殺せという言葉。すると、それまで『魅了』に抵抗するために動きが鈍かったレウルスの体が、ピタリと止まる。


「――――」


 レウルスは無言だった。怒りの声を上げることもなく、ただ無言でレベッカを見る。“普段”のレウルスを知る者が見れば、ひどく大人しい反応だった。

 しかしレベッカはレウルスから放たれる殺気が急速に強まっていくのを感じ取る。ラディアの柄を握る手に力が込められ、捻り潰すと言わんばかりに軋むような音が響く。


「――あは」


 そんなレウルスの変化に、レベッカは笑い声を漏らした。無邪気な子どものように、待ち焦がれた異性と出会った少女のように、いっそ純粋と言えるほどに無垢な笑みを浮かべる。


「仲間としての感情なのか、父性なのか、親愛なのか、家族愛なのか、友情なのか、慕情なのか……単純に怒りで『魅了』の力を凌駕したのか、わたしにはわかりません。ええ、わかりません。でも、あなたはやっぱり」


 レベッカはレウルスの殺気が膨らみ続けるのを感じながら、笑顔を浮かべたままで、言う。


「わたしを拒否(あい)してくれるんですね」


「――オオオオオオオオオオオオォォッ!」


 レウルスが駆ける。ラディアを両の手でしっかりと握り、『魅了』の力を受けたままで間合いを詰め、袈裟懸けに刃を振り下ろす。


 『魅了』の影響で体は斬ることを拒否しようとするが、レベッカへの愛情を塗り潰す勢いで滾る怒りが刃を振るわせる。


 それでも思い描いた斬撃と比べれば踏み込みの位置がおかしく、剣筋もぶれて、刃を避けることは容易で。


 ――回避されることも防御されることもなく、ラディアの刃がそのままレベッカに到達した。


「っ…………」


 僅かに漏れる、レベッカの苦悶の声。レウルスの踏み込みが浅かったため両断されることはなかったものの、間違いなく致命傷と呼べるほどの深さの傷が斜めに走っていた。


「ぐっ……」


 剣を振り下ろした体勢のまま、レウルスが小さく声を漏らす。


 これまで幾十人も斬り、数えきれないほど魔物を斬ってきたレウルスの勘が、“仕留めた”という手応えを与えていた。


 同時に、レウルスはレベッカが何も抵抗しなかったことに疑問を抱く。胸を掻きむしりたい、むしろ心臓を自らの手で抉り出したいと思えるほどの喪失感を覚えつつも顔を上げると、傷口から大量の血を溢れさせながらも笑みを浮かべたままのレベッカと視線がぶつかった。


「……どうして、避けなかった?」


 思わず、といった様子でレウルスが尋ねる。


「避ける……必要、が……ない……から……」


 当然、と言わんばかりにレベッカが答える。


「あ、はは……もう、とうの昔に、“わたし”は死んでいた……から……ここにいる、のは……受け入れてほしくて、否定してほし……かった、だけの……抜け殻……だから……」


 そう言いつつ、たたらを踏んで倒れそうになる体を持ち直すレベッカ。自身の体に斜めに走った傷を両腕で押さえ、笑みを苦笑の形に変える。


「この体、が……『魅了』の、力が……憎か、ったんです……でも、わたしに遺ったのは、それだけ、で……」


 そこまで言った途端、レベッカの体から力が抜けて膝から崩れ落ちる。それを見たレウルスは剣を振り下ろした状態からゆっくりと立ち上がり、再度構えた。


「一応、聞いておく……最期に言い残す言葉はあるか?」


 普段ならば問答無用で斬っているが、そんな言葉が自然と出てきたのは『魅了』の力によるものか。レウルスの問いかけに対し、レベッカは首を横に振る。


「わたし、が……『傾城』と呼ばれ、る、ことになった……あの日……全て……置いて、きたもの……」

「……そうか」


 レベッカの身に何があったのかは、レウルスも聞かない。ただ、膝を突いたことで首を差し出すような姿勢になったレベッカの傍に立ち、ラディアを振り上げた。


「これ、で……会いに……いける……」


 ポツリと声を漏らすレベッカ。そんなレベッカの首目掛け、レウルスは刃を振り下ろす。


「……おかあ、さま……と……ま……」


 今際(いまわ)の際に零れる言葉。そこには深い絶望と怒り、そして僅かな安堵が込められていた。


「……じゃあな」


 振り下ろした刃が、抵抗なくレベッカの首を通過する。ラディアの並外れた切れ味は痛みも衝撃も与えずに、レベッカの意識を永遠に絶った。


 レウルスはレベッカの首を落とし、魔法人形ではないことを確認すると、『魅了』の力が消え失せているのを感じ取る。


「……チッ」


 どこか満足そうに死んだレベッカの顔に、レウルスは苛立ちの混じった舌打ちを叩く。しかし未だに戦いは終わっておらず、数秒だけレベッカの顔を見つめてから視線を上げるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 実はレウルスのに対して愛はなくて父と母を慕う気持ちが根底にはあったんやなぁ。レウルスもレベッカも家族愛
[気になる点] 安らかに眠れレベッカ…… ところで、レンゲに出した指示はまだ生きていたり?
[一言] レベッカ死ぬんですか! やだー! と言うネタはおいといても、約束だからしゃーないって感じですかね… なんだかんだレウルスの人生に死なないでつきまとってくる印象だったので、残念と言うか悲しい…
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