第560話:果たすべき約束 その2
レウルスとレベッカが戦いを始めた頃。
エリザ達は“それまで”とは異なる理由から混迷とした状況に陥っていた。
「ティナ……聞かせてほしい。どうしてその吸血種を庇ったの?」
レベッカが去った後、クリスは険しい声色でティナへと尋ねる。その声には険しさと同時に困惑の色も混ざっていたが、それも当然だろう。
クリスからすれば、エリザ達は倒すべき相手だ。未熟ながらも“あの”スラウスの血を引くエリザに、サラやネディといった精霊、そしてドワーフだというのに明らかに異質なミーア。
正道派と過激派という派閥の違いはあるが、グレイゴ教の大司教であるワイアットが命じた以上、司教としてその命令に従う必要があるのだ。
それだというのにティナの戦いぶりは明らかに精彩を欠いており、レベッカの邪魔までする始末。クリスとしては妹であるティナが何を考えているのかわからず、同僚の司教としても姉としても尋ねずにはいられなかった。
「ティナ、は……」
そんなクリスの言葉に、ティナは迷いを滲ませた声で呟く。
ティナとしても明確な目的があってレベッカを止めたわけではない。ただ、エリザが目を抉られそうになったのを見た途端、無意識の内に飛び出してレベッカを止めていたのだ。
それがどのような意味を持つか、わからないわけではない。下手すればレベッカに殺されていた可能性すらあった。そうでなくとも、こうしてクリスに疑いの視線を向けられている。
クリスはさりげなく周囲の様子を確認するが、この場に駆け付けたグレイゴ教徒達はレベッカの『魅了』によって操られているため、ティナの行動を問題視するような言動は見られない。しかし、『魅了』が解けた後に報告されればどうなるか。
クリスとしては、何故ティナがそんな行動を取ったのか疑問に思い、怒りこそすれど“それ以上”思うところはない。ただ、半身のように思っているティナの思惑がわからないことに苛立ちと不安が募るばかりで。
「――ワシの力じゃよ」
そんなクリスの耳に、レベッカから解放されたエリザの声が届く。それを聞いたクリスが剣呑な視線をエリザへと向け、ティナは「え?」と小さく呟いた。
「操ってワシを助けるよう仕向けた……それだけのことじゃ。まさか吸血種の力を忘れたとは言わんじゃろう?」
胸を張り、自信満々にそう言い放つエリザ。それを聞いたミーアは仕方ないと言わんばかりに苦笑し、サラは不思議そうに首を傾げる。
「え? なに? エリザってばいつの間にそんなもがっ」
「サラ、しー」
そして、サラは疑問を口にしようとした途中でネディが操る羽衣で口を塞がれた。
幸いというべきか、不幸というべきか、エリザに意識を集中していたクリスはそんなサラの発言に気付かず、疑問と殺気を等分に混ぜた声を零す。
「……スラウスならともかく、あなたにそんな力があるとは思えないけど?」
「ほう? “あの時”からどれだけの時間が過ぎたと思っているんじゃ? おじい様が力を使うところを見て、なおかつあの『風塵』に魔法の扱いを学んだんじゃぞ? 先ほどワシがグレイゴ教徒の動きを止めたのを見ていなかったと?」
成長するとは思わんのか、と言葉を続けるエリザ。その表情は自信満々で、先ほどレベッカに殺されかけたとは思えないほどだった。
――当然ではあるが、エリザはティナを操ってなどいない。
ただ、ティナとは短くない時間を共に過ごした間柄だ。仲間と呼ぶには不適切な関係だが、歳が近い同性ということでエリザやミーアは衣服を貸し与えた仲でもある。
今もレベッカから助けてくれたことに対して感謝しており、エリザは“実の家族”に疑われているティナに助け舟を出したのだ。
あとは状況を見ながら魔法が解けた、あるいはティナに抵抗された、というような演技をすれば良いだろうとエリザは思った。
このままなし崩しにティナに助力を頼み、クリスと捕縛するという手もあったが、それはさすがにまずいだろう。エリザ達は困らないが、確実にティナとクリスの関係がこじれてしまう。
“それ”を躊躇し、避けようと思えるぐらいにはエリザもティナと関係を深めており。
「……死んで」
そんなエリザ以上にティナと関係が深いクリスは、一瞬で怒りの沸点を飛び越えて殺意がこもった声を吐き出した。
「っ!?」
殺気と共に魔力を感じ取ったエリザは、咄嗟に上体を後ろへと逸らす。するとそれまでエリザの首があった場所を風の刃が通過し、そのまま背後に生えていた木を両断した。
「そう……そうなんだ。戻ってきたティナの様子がおかしいとは思っていたけど……お前のせいか、吸血種」
本当に信じたのか、あるいは“そうした方が良い”と思ったのか。殺気を滾らせるクリスの姿に、エリザは失敗したかと思いながらも雷を杖を構える。
増援で駆け付けたグレイゴ教徒達はレベッカの『魅了』の影響により、数こそ多いがそこまで脅威とは言えない。なるべく早く片付けてレウルスのもとへと向かいたいが、感じ取れる魔力から判断する限りレウルスは普段通りに暴れているようだ。
(でも、レベッカが向かったし、なるべく早く行かないと……)
少しでもレウルスを助けるべく、エリザ達はクリスや翼竜の撃退に注力するのだった。
「オオオオオオオオオオオオォォッ!」
「ふふっ……あはははははは!」
踏み込み、ラディアを袈裟懸けに振り下ろすレウルス。対するレベッカは直撃すれば即死するような斬撃を紙一重のところで回避し、笑い声を上げながら拳を振るう。
レウルスとレベッカは『熱量解放』や『魅了』といった能力を除けば、戦い方に似ている部分があった。
大きな魔力で身体能力を向上させ、大剣と拳という違いはあれど己の武器を力任せに叩きつける。それは技術ではなく身体能力に物を言わせた戦い方で、レウルスもレベッカも優れた戦闘技術を持つ者と比べれば大きく劣る。
レウルスの場合、ラディアを用いた斬撃ならば軽くだろうが力任せだろうが直撃すれば即死しかねないほどの威力がある。レベッカもまた、莫大な魔力で強化された身体能力は人間など容易く殺傷できるだけの威力を発揮する。
そんな似たような戦い方の両者を比べた場合、“本来ならば”武器を持っているレウルスの方が有利だ。
だが、レベッカは司教としては拙いながらもレウルスと比べればそれなりに技術を修めている。直撃すれば即死しかねない斬撃を前にしても笑い、自ら踏み込んでいける胆力もある。
現にレベッカはレウルスの斬撃を潜り抜け、その鎧ごと打ち抜かんと言わんばかりに拳を繰り出していた。
「……あら、まあ」
斬撃を回避されたレウルスが、踏み込んだ足を基点に体を回転させてレベッカの拳を回避する。現在身に着けている鎧ならばレベッカの拳でも受け止められるだろうが、内部に伝わる衝撃は馬鹿にならない。そのため回避を選択したレウルスは、拳を避けるなり今度はラディアを薙ぐように振るった。
「初めて出会った頃と比べると、動きが良くなりましたね。無駄が減って“次の動作”へとつながるよう意識されている……それでいて獣のような荒々しさもそのまま。驚いたわ、ええ、驚きましたとも」
「師匠が良かったんでなぁっ!」
ラディアを振るうのに難儀するような、至近距離での斬り合い。
レウルスの懐に潜り込んだレベッカは次から次へと拳を放ち、レウルスは迫り来る拳を回避しつつもラディアを振るう。
時折レウルスの鎧をレベッカの拳が掠めるが、多少の衝撃が伝わるだけで鎧を破壊されるようなことはなかった。むしろ想像以上の頑丈さを発揮しているらしく、レベッカが首を傾げる。
「その剣もそうですけど、鎧も大した逸品ですわね……拳が痛むのはいつ以来かしら?」
そう言いつつ、拳を掌底の形に変えるレベッカ。ジルバほど素手での戦いに長けておらずとも、レベッカの腕力ならば鎧越しに内臓を潰す程度は平気でやりそうな気配があった。
「ガアアアアアアアアアァッ!」
レウルスは咆哮し、レベッカに殺気を叩きつける。そして真正面から斬りかかる――と見せかけて側面に回り、魔力を注ぎ込みながらラディアを振るった。
レウルスの意図を汲んだように、ラディアの刀身から炎が吹き上がる。直撃すれば即死、ギリギリのところで回避しても炎に焼かれる。炎を避けるために大きく動けば、それは次の攻撃を叩き込むための隙になるだろう。
“囮の殺気”を叩きつけた上での攻撃に、レベッカは少しだけ感心したように息を吐いた。
――そして、燃え盛る刃を白刃取りする。
真横に振るったラディアの刃を、レベッカは両の掌で挟み込むようにして止めたのだ。
見た目の豪奢さに反し、レベッカが着ている衣服が即座に燃え上がることはない。難燃性なのかレウルスのように魔物の素材を使っているのか、ラディアの炎でも簡単には燃えないようだった。
ただし、さすがに直接炎で炙られている両腕はドレスの袖が燃え始めている。それでもレベッカは笑顔を崩さず、至近距離でレウルスの瞳を覗き込んだ。
「熱いですわ……ええ、熱い。とてもとても熱くて……こうして炎を間近で見ると、子どもの頃を思い出します」
そう話すレベッカだったが、元々の体格差に加えレウルスは『熱量解放』を使っている。これまでの戦いで多少魔力を消耗しているが、レウルスは一度は受け止められた斬撃を少しずつ押し進め、レベッカへと刃を迫らせていく。
「『傾城』と呼ばれるきっかけの日のことを思い出しますわ……ああ、そういえば王子様。あなた、わたしを模した魔法人形の『魅了』を受けたことはあっても、本体であるわたしの本気の『魅了』を受けたことはありませんでしたよね?」
話しながら、ラディアの刃が迫るのに構わずレウルスと視線を合わせるレベッカ。刃がドレスを斬り裂き、脇腹へと食い込んでいくのに構わずレベッカは艶然とした笑みを浮かべる。
「さあ――抵抗してください」
そう言うやいなや、レベッカから『魅了』の力が放たれるのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイントをいただきましてありがとうございます。
PIASさんからレビューをいただきました。今回いただいたレビューで合計10件になりました。
とうとうレビューが二桁になり、嬉しい限りです。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




