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第55話:血の契約

 暗い森の中を駆ける。月明かりによって僅かに照らされているものの森の中は視界が悪く、下手すれば木の根などに足を取られてしまいそうだ。


 エリザを担いだレウルスはそんな森の中で駆けていく。木の根に足が取られそうになれば強引に蹴り抜き、地面の起伏は力任せに踏み潰し、足場の悪さを気に留めず走る。


「ちっ! 鬱陶しい!」


 足場の悪さよりも、気にするべき点があった。それはレウルスを追いかけてくるグレイゴ教徒であり、彼ら、あるいは彼女らが時折投じる短剣の対処である。

 視界が悪いためほとんど見えないが、放たれる殺気に合わせてレウルスは大剣を振るう。負傷した右腕でエリザを抱きかかえているため左手一本で大剣を保持しているが、『熱量解放』によって底上げされた身体能力は普段ならばできないことを容易く成していた。


 風を切って迫る短剣を、それ以上の暴風を纏って大剣が弾き飛ばす。鋼を打ち払う甲高い音と共に火花が散り、一瞬だけ周囲を明るく照らした。

 今まで対峙していた男ほど近接戦闘が得意でないのか、周囲のグレイゴ教徒は接近戦を挑んでこない。ただし、『熱量解放』によって高速で地を駆けるレウルスを相手にして、一定の距離を保ちながら包囲網を崩さないのだ。


 向けられる殺気や魔力、投じられる短剣の方向から判断する限り、周囲にいるのは五人前後。中には魔力を持っていない者もいるようだが、巧みな連携でレウルスの動きに追従している。


 グレイゴ教徒はただ追いかけて短剣を投じるだけでなく、レウルスの反撃を警戒してか森のあちらこちらに生えている木々を盾にしていた。

 レウルスを囲みながら走るだけでなく、反撃を受けない距離を見切り、なおかつほとんど見えない視界の中で盾になる木を即座に見つける判断力。一対一ならば負けないのだろうが、相手は集団で狩りをするようにレウルスを攻めてくる。


(こりゃキツいな……『熱量解放』がなかったらとっくの昔に死んでるぞおい)


 『熱量解放』によって強化されているのは身体能力だけではない。急激に強化された自身の体を的確に動かせるだけの思考力や動体視力も備わっている。

 投擲される短剣を弾けるのも、体に掠らせることすらなく回避できるのも、視認した短剣の軌道を見切っているからこそできる芸当だ。“普段”ならば全身に短剣が命中してハリネズミのようになっているだろう。


「エリザ、俺の背中にしがみつけ。さすがにこのままじゃやばい」

「こ、こうか?」


 右腕で抱えていたエリザへおんぶの要領でしがみ付くように言うと、エリザは素直に従った。レウルスの首に両腕を回し、肩に顎をつけ、両足をレウルスの胴体に巻いてコアラのようにしがみ付く。


「よし、動きやすくなった……で? 何か考えがあったんじゃないのか? ……っと!」


 背中にしがみ付いたエリザを狙った短剣。それを振り向きざまに打ち払いつつレウルスは尋ねる。


「う、うむ……そう、なんじゃが……」


 耳元から聞こえるエリザの声は、多分に躊躇の色が含まれていた。レウルスは体を傾けることで飛来する短剣を回避すると、時間差で放たれていた短剣を大剣で弾く。


「その、じゃな? 考えというかじゃな? えっと、ワシと……」


 もごもごと口ごもるエリザ。背負っているため聞き逃すことはないが、下手すれば聞き逃してしまいそうなほどにエリザの声は小さい。レウルスは左右から挟みむようにして飛んでくる短剣のうち、左側だけ弾いて残りは前に踏み込むことで回避する。


「この状況で……いや、この状況だからこそ、というべきなのかもしれんが……」


 周囲の敵の配置、自身に向けられる殺気を探りながらレウルスはエリザの言葉を待つ。あの厄介な男はレウルスが叩き込んだ蹴りが効いていたのか、まだ追いついてこない。


「わ、ワシとじゃな……」

「さっさと言えよ!? こっちは殺し合ってる真っ最中で――っていい加減鬱陶しいんだよくそったれがぁっ!」


 一向に“考え”を明かそうとしないエリザに業を煮やしたレウルスは叫ぶと、距離を開けたままで短剣を投じてくる敵に向かって一気に距離を詰めた。


 相手は一抱えもありそうな太さの木を盾にしながら距離を開けようとするが、レウルスはそれに構わず全力で踏み込み、両手で握った大剣を横薙ぎに叩き込む。


「――――?」


 振るった大剣に、僅かな違和感。剣先から“何か”が放たれたのをレウルスは感じ取った。


 『強化』の『魔法文字』が刻まれた大剣は容易く木の幹を両断すると、勢いを保ったままでその後ろにいた敵まで到達する。敵は咄嗟に背後へ跳んで剣閃を回避しようとするが、如何なる力が働いたのか、回避しきれず胴体を切り裂かれた。

 敵はくぐもった呻き声を漏らし、血しぶきを上げながら後ろへと倒れる。剣先が“触れていない”というのに湿った肉でも斬るような感触が両手に伝わり、そのまま倒れた相手を見たレウルスは思わず眉を寄せた。


(おいおい……なんか斬れちまったぞ。いや、斬るつもりではあったんだけど……)


 レウルスは初めて人を斬った感触に戸惑う――などということはなかった。


 日頃から魔物という生き物を斬っているのだ。それが人間になっただけであり、むしろ魔物と比べて容易く斬れて楽だと思うぐらいである。そもそも殺し合っている最中に悩む暇などない。悩めばすぐに死んでしまうのだ。

 “そんなこと”よりも気になったのは、今しがた起こった現象についてだった。剣先の延長線上にいた敵を切り裂いた一閃は、レウルスが意図して起こしたものではない。


 さすがに離れていた相手を斬るというのは初めてのことであり――。


(……そういえば、エリザと初めて会った時も数本の木をまとめて斬っちまったっけ?)


 よくよく思い返してみれば、似たようなことは既にやっている。キマイラと戦った時も、雷魔法を斬る際に同じような感覚が宿っていた。


(魔力で斬った……のか?)


 周囲の敵を威嚇しながらもレウルスの内心は困惑で満ちている。キマイラと戦った時もそうだったが、『熱量解放』は普段と感覚が違いすぎるのだ。身体能力もそうだが、“できること”に差がありすぎるのである。


「まあいい……それで? お前は何が言いたかったんだ?」


 それでも、今は悩む時間がない。そう考えたレウルスは背負っているエリザに声をかけると、大剣を握る両手に力を込めながら包囲網を突破するべく駆け出す。


 右腕に力を入れると傷口から血が溢れたが、一緒に毒も抜けるから丁度良いとレウルスは笑った。


 周囲の敵は今しがたのレウルスの攻撃を警戒したのか、包囲の輪を先ほどよりも大きくしながら追ってくる。相変わらず短剣が飛んでくるが、さすがに投げる短剣も尽きてきたのか頻度が少なくなっていた。

 投げるものがなくなれば、敵はどんな行動に出るか。ないとは思いたいが、玉砕覚悟で全員同時に突撃してくるかもしれない。その場合、さすがに力尽くで蹴散らすのは難しそうだ。


「ワシは……」


 声をかけたエリザは、この期に及んでも言いよどんでいた。何か言いにくいことなのかとレウルスは訝しんだが、どちらかといえば覚悟を決めるために言葉を探しているように思える。


「――お主を信じても良いのか?」


 十秒ほど経ってエリザが絞り出したのは、不安と期待が半々に混ざった問いかけだった。その問いにどんな意味があるのか、レウルスにはいまいち掴みかねる。それでもエリザにとっては大事な問いなのだろうと判断した。


「知るか」

「……えっ?」


 故に、レウルスは真剣にその問いかけを切って捨てる。さすがにその反応は予想外だったのか、背負っているエリザが全身を硬直させたのをレウルスは感じ取った。


 今までと違い、意表を突くように低い軌道から放たれるようになった短剣を大剣で弾きつつ、レウルスは背中のエリザへ声をかける。


「俺を信じるかどうかはお前が決めろ。他人に尋ねてどうするんだよ」


 『あなたを信じても良いですか?』などと聞かれても、レウルスとしてはそう答えるしかない。エリザの過去を思えば仕方がないのだろうが、そんなことを尋ねられても困るのだ。


 信じるかどうかはエリザが決めれば良い。短いとはいえこれまでレウルスと共に過ごした時間をどう見るか、どう思ったか。

 その判断はエリザ自身がするしかない。レウルスがどう思ったかではなく、エリザ個人の意思が重要なのだ。


「……レウルスは意地悪じゃな」

「そう思うのも、お前の自由さ」

「女性に対する気遣いも知らん」

「“女性”ならちゃんと気遣うぞ? 気遣ってほしいなら……そうだな、あと五年は成長しろ。しっかりメシを食って、よく寝て、よく運動しろ。そうすりゃちゃんと育つさ」


 エリザの言葉にくくっ、と笑い、背後から飛んできた短剣を振り向きざまに弾き飛ばす。弾くのは良いが、拾われて再利用されているのかもしれないな、とレウルスは思った。


「……そういうところは嫌いじゃ」


 ――化け物の自分にも“未来”があるのだと、当たり前のように語るから。


 その呟きは、飛来する短剣を弾く金属音に紛れて消えた。


「“人間”だからな。好きも嫌いもあって当然だろ」


 消えた呟きが聞こえていたのか、聞こえていなかったのか。それはエリザにはわからない。わかるのは、今もレウルスが自分を守るために命懸けで戦っているということだけだ。


 その姿を信じられないのなら、他に何を信じられるというのか。


「もう……一人は嫌じゃ」

「ああ、一人ってのは嫌だよなぁ」


 この世界に生まれてからほんの三年程度で両親が死んだレウルスには、エリザの気持ちがよく理解できた。


「誰かを信じるのは、怖いのじゃ」


 エリザの言葉をレウルスは黙って聞く。その間にも投げられる短剣がなくなったと思わしきグレイゴ教徒が短剣を構えて挑みかかってくるが、先に対峙した男と比べればその動きは遅かった。


「邪魔を……するなぁっ!」


 突き出される短剣を回避し、すれ違いざまに大剣で胴を薙ぐ。グレイゴ教徒は短剣を盾にしようとしたが、レウルスはそれに構わず短剣ごと叩き切った。


 月明かりの下、血しぶきが舞う。一撃で敵が絶命したことを確認したレウルスは油断なく周囲を見回し、次の攻撃に備えた。


 そんなレウルスの背中で、エリザは振りほどかれないよう絡めていた両手両足に力を込め、吸血種のエリザではなく一人の少女として言葉を紡ぐ。


「でも――あなたを信じたい」


 それは、信じられるかを問うのではなくエリザ自身の願いを形にした言葉。


「意地悪で、でも優しくて、温かくて……そんなあなたを信じたい。これからも、一緒にいたい」


 周囲の気配を窺っていたレウルスには、当然ながら背中のエリザの表情は見えない。それでも、その体が震えていることは理解できる。


「一緒にいて……くれますか?」


 拒否されることが怖くて怯えているのか、体だけでなく声まで震えていた。レウルスは大剣を構えたままで苦笑すると、隙を見せないよう注意しながら右手を持ち上げて背負っているエリザの頭を撫でる。


 ようやく出てきたエリザの願いだ。こんな血生臭い状況には相応しくない願いの気もしたが、エリザを助けるために飛び込んでこの状況になっているである。

 今更すぎる願いだろう、と思いながらレウルスは苦笑を深めた。


「ああ……お前が飽きるまで一緒にいてやるよ」

「――うんっ!」


 嬉しさが弾けたような声。その声を背中に聞いたレウルスは、先ほどから気になっていたことを尋ねる。


「それで、だ……そろそろお前の考えを聞かせてくれないか?」


 エリザにとっては重要なことだったのだろう。しかし、元々はエリザに現状を打破する考えがあると思ったからこそ森の中に飛び込んだのだ。


 敵が暗闇に潜むグレイゴ教徒だけならば、時間がかかるがどうにかなる。だが、司祭と呼ばれた男が加勢すれば形勢は逆転するだろう。


「あららぁ……何人か死んでるねぇ。これだから助祭以下の雑魚を連れ歩くのは嫌なんだよなぁ。司教様から怒られるじゃないか」


 そして、言っている傍から先ほどの男が追い付いてきた。レウルスの蹴りは一時的な痛みしか与えられなかったのか、男の動きによどみはない。


 暗闇の中に潜む気配の数は減っているが、これで一気に不利になった。レウルスはそう思いながらエリザの頭を撫でた右手を下ろし、大剣の柄に添える――それよりも早く、エリザがレウルスの右手を掴んでいた。


「最早、迷いはない」

「……エリザ?」


 覚悟を固めたような、エリザの声。その固い声色にレウルスは疑問を覚えたが、エリザは止まらなかった。


 背負っているエリザから魔力とは別種の“違和感”が溢れ出す。敵意や殺気は感じず、むしろ神々しいとでも評すべき清涼な気配が場を満たす。


「吸血種エリザ=ヴァルジェーベの名と魂において宣す! この身、この魂が果てるその時まで――此の者と共に在り、共に歩むことを血を以って『契約』する!」


 それは、エリザが祖母から教わった吸血種としての契りの交わし方。


 生涯に渡って共に歩みたい相手ができた時に交わすよう言われた、宣誓の儀式。


 グレイゴ教徒が推奨するように、多数の人間の血を吸って力を蓄えるためではない。たった一人、“人として”共に歩みたい相手とだけ交わす血の『契約』。


 宣言の直後、エリザはレウルスの右腕にある傷口に唇をつける。


 そしてレウルスの血を飲み――エリザの体から莫大な魔力が溢れ出した。






どうも、作者の池崎数也です。

掲載を始めてから続いていた毎日更新が途切れましたが、作者が力尽きるよりも先にパソコンが力尽きました。2章が完結するまでは毎日更新ができるかと思っていましたが、データが吹き飛んだので昨晩は更新できませんでした。申し訳ございません。

今回の話から新しいパソコンで書いていますが、執筆に使っているソフトが変わったので当面は変換ミスが多発するかもしれません。作者もチェックしていますが、もしも誤字脱字を見つけられた場合はお気軽に感想欄へ書き込んでいただけると嬉しく思います。


ナタラージャさんからレビューをいただきました。これで3件目のレビューです。ありがとうございます。パソコン故障→データ吹き飛ぶ→毎日更新が途切れるのコンボで凹んでいた気持ちが持ち直しました。感謝感謝です。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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