第553話:それぞれの戦い その7
ブレインが使用した魔法人形。それを見たレウルスは、ラディアを握る手に余計な力がこもっているのを自覚しながらも、力を抜くことができなかった。
(なんだありゃ……ピリピリときやがる)
女性を模した魔法人形と対峙しながら、レウルスは心中で呟く。
和装というのもあるが、目を惹くような美人だ。黒髪は絹のようで僅かな風でもサラサラと揺れ、整った目鼻立ちは可愛いというよりも綺麗と評すべきだろう。
スタイルも良く、程よく大きな胸も魔法人形ながら女性的な魅力に溢れている――が、外見の美醜はともかくとして、レウルスはどうにも全身の毛穴が開くような焦燥感を覚えていた。
(魔法人形……だよな? 誰を真似たやつだ……というかアレは、本当に魔法人形か?)
魔法人形は身動き一つせず、焦点が合っているかもわからない、何を見ているかわからない瞳をレウルスへと向けている。
その立ち姿もそうだが、身に着けている衣服が白一色の白装束というのが不気味さを誘う。まるで死人が身に着けているかのような衣装に加え、足元は裸足である。
死体が動き出したと言われても納得できそうなほど、その魔法人形は精巧な作りだった。
「……ずいぶんと物騒な代物じゃないか。なんだ、アンタの彼女かい? 人形遊びをする歳でもないだろうに」
レウルスは意識して手の力を緩めつつ、軽口を叩く。それで何かを漏らしてくれれば儲け物、と思いながら投げかけた言葉に対し、ブレインは裂けそうなほどに大きく口を歪め、笑みを浮かべた。
「良い勘してるね、君……コレを見て物騒だってわかるんだ」
「……まあ、な」
何故わかるのかと問われれば、勘だとしか答えようがない。動いておらず、魔力も感じ取れないが、レウルスの本能は眼前の代物が危険なものだと叫び声を上げていた。
「レベッカのやつが作った魔法人形か? 毛嫌いしてそうな感じだったけど、使えるものは使う主義なんだな。さすが司教だ。尊敬するぜ」
ゆっくりと、少しずつ間合いを離しながらそんな言葉を紡ぐレウルス。
魔法人形といえばレベッカだという考えがあったが、同時に、明らかに不仲な様子だったため“そちらの方面”からボロを出さないかと挑発ついでの言葉である。
「あの淫売の作品……だって? 僕の聞き間違いかな……コレを、あの女が作れると思うのかい?」
「魔法人形を使う司教といえば『人形遣い』だろう? レベッカなら他の司教とは“毛色”も違うし、敵を倒すのに武器じゃなくて魔法人形を使うのはアイツぐらいだろうさ」
言外に、レベッカ以外で魔法人形を使おうとしているお前達は司教失格ではないか、と“口撃”するレウルス。しかし、ブレインはその言葉を聞いて頬を引きつらせるが、エイダンは苦笑しながら肩を竦めた。
「いやはや、耳が痛ぇな。俺としても槍一本で仕留めきれれば良いんだが、“それができない”相手を仕留めるのになりふり構っちゃいられねえ。正道派の連中はそれでもって言うんだろうし、俺も賛同する気持ちがあるんだが……」
そう言いつつ、エイダンは槍を構え直して穂先をレウルスへと向ける。
「上級の魔物に勝てる人間は一握りしかいねえし、使って有利になるってんなら使うべきだろ? “どんな手を使ってでも殺さねえと時間を稼げねえ”んだ……人類のためだとか、正義のためだとか言うつもりはねえが……まあ、アレだよ」
エイダンが槍を構えた途端、それまで身動ぎ一つしなかった魔法人形の瞳に僅かな光が宿った。
「悪いとは思うが死んでくれや」
ほんの少しだけ申し訳なさそうに告げるエイダン。そんなエイダンと並ぶようにして立っていた魔法人形の姿が、不意に消え失せる。
「――っ!?」
魔法人形の姿が消えたと思えば、既に眼前へと迫っていた。瞬き一つの間に十メートル以上離れていた距離を潰し、いつの間に生み出したのかその手には氷魔法で作ったと思しき薙刀が握られていた。加えて、魔法人形からは莫大な魔力が感じ取れる。
「オオォッ!」
レウルスは短く呼気を発し、袈裟懸けに振り下ろされた薙刀目掛けてラディアを振り上げた。
いくら氷魔法で生み出されたとはいえ、ラディアの切れ味と頑丈さに比べれば遥かに劣るのだろう。軽い手応えと共に薙刀が半ばから断ち切られ――斬れた断面から刃が飛び出した。
「っ!?」
“仕掛け”としては単純な、斬られたから再生するという攻撃方法。しかし、それをラディアで両断した瞬間に実行するなど並の手合いではないだろう。
薙刀を一度両断したことで剣を振り切ったレウルス目掛け、再生された薙刀が迫る。狙いはレウルスの右肩――肩関節の鎧の継ぎ目だった。
それを反射的に見抜いたレウルスは振り上げたラディアの柄から手を離しつつ、体を捻って打点を逸らす。そうすることで薙刀の刃が肩関節ではなく右の二の腕へと命中し、それと同時にレウルスは地を蹴って倒れた独楽のように“真横”に回転する。
天地が一瞬逆さまになりながらも、薙刀の衝撃を逃がすレウルス。続いて空中で手放していたラディアの柄を掴み、回転した勢いを乗せて片手斬りを繰り出す。
そんな意表を突くようなレウルスの攻撃に対し、魔法人形は瞬時に距離を取って回避行動を取った。そして退いた魔法人形のカバーをするようにエイダンが槍を繰り出してくる。
だが、エイダンが槍を繰り出した時には一度退いたはずの魔法人形が既に再度の攻撃態勢を取っていることに気付き、レウルスは咄嗟に左逆手で『首狩り』の剣を引き抜いた。
魔法人形の薙刀を敢えて斬り飛ばさずにラディアで受け止め、エイダンの槍は『首狩り』の剣で受ける。
『熱量解放』を使った状態ならば膂力で勝る者は早々いない。そう思ったレウルスがわざと受け止めた武器を力任せに弾こうとしたが、エイダンの槍はともかく魔法人形が振り下ろした薙刀は拮抗し、弾き飛ばすことができなかった。
(重……てえ……なんだこの力!?)
拮抗しているとはいえ、魔法人形から感じ取れる膂力は『熱量解放』を使っているレウルスでさえ右手一本では押し切られるのでは、と思うほどだった。
『おしてだめなら』
そんな声が聞こえると同時に、ラディアの刀身が炎に包まれる。その熱量は瞬時に氷の薙刀を溶かし、拮抗していた状態から解放された刃が魔法人形の首を薙ぐ軌道で奔った。
拮抗していたことで少しだけ前のめりになっていた魔法人形は、迫り来る刃を見て回避行動を取らない。その代わりに右手に炎を纏わせたかと思うと、ラディアの“側面”を叩くようにして刃の軌道を強引に変えた。
「俺を忘れるなよっ!」
軌道を逸らされたレウルス目掛け、エイダンが刺突を放つ。胴体を狙った一撃に気付いたレウルスは、魔法人形の対処方法を真似るように逆手に抜いていた『首狩り』の剣を力任せに槍に叩きつけ、穂先の軌道を変えた。
そうして始まるのは、エイダンと魔法人形を相手取った二対一の近接戦闘である。さすがに二方向から攻撃されてはラディアだけでは防げないと判断し、レウルスは抜いていた『首狩り』の剣を左手に握り、即席の二刀流として構えを取った。
ただし、右手に握ったラディアは大剣のため、歪にもほどがある二刀流である。当然ながらレウルスに二刀流の経験などない。さすがにコルラードからも教わってはいない。
しかし、ラディアだけで凌ぐには魔法人形の動きが速すぎた。距離を取って一対一に持ち込もうにも追い付かれ、刃を交えている間にエイダンも追いついて攻撃を仕掛けてくるのだ。
それでもレウルスは持ち前の反射神経と膂力で二対一という状況を凌いでいく。さすがにエイダンだけでなく魔法人形まで前衛として動いていると狙撃するのも難しいのか、ブレインから銃撃が飛んでくることはない。
「さあ、その剣を僕に寄こせ! 奪い取るんだ!」
銃撃の代わりに飛んできたのは、ラディアを求めるブレインの声である。レウルスはそれに眉を寄せるが、エイダンと魔法人形を相手にしている状態でブレインに斬りかかるのは不可能だった。
「さっきまでの勢いはどうしたぁっ!? 攻撃は大したもんだが、守勢に回ると動きがぎこちねえなぁオイ!」
狙撃はないが、次から次へと弾丸のように放たれるエイダンの刺突。レウルスはそれを『首狩り』の剣で弾きつつ、魔法人形が繰り出す薙刀による斬撃をラディアで受け止める。
「そっちの大剣には劣るが、こっちの剣も中々の業物じゃねえか!」
「ごちゃごちゃやかましい――っ!?」
顔面目掛けて飛んできた刺突を『首狩り』の剣で強引に弾くレウルスだったが、打ち合わせていた魔法人形の薙刀から雷撃が迸り、思わず苦悶の声を漏らす。
その雷撃はレウルスの右腕から煙が立ち昇るほどの威力で、鎧を通して全身に雷撃が通り、レウルスの動きを止めた。
「仕留め――いや、こっちだな!」
レウルスの隙を突こうとしたエイダンだったが、例え感電していようともレウルスなら咄嗟に“動く”と考えて行動を変化させる。
槍を繰り出すと見せかけてレウルスの視線を集め、瞬時に体勢を入れ替えてレウルスの右手首へ蹴りを放った。
「くっ!?」
痺れた直後に強烈な蹴りを叩き込まれ、レウルスの右手からラディアが零れ落ちる。すると瞬時に魔法人形が薙刀を振るい、ラディアをブレインの方へと弾き飛ばした。
ラディアはくるくると回転し、最後には地面へと突き刺さる。それを見たブレインは喜色満面といった笑みを浮かべ、魔法人形に向けて笑いかけた。
「彼女……レンゲはどうだい? 僕が蒐集している魔法具の中でも最高の逸品さ。今の状態でもまだ全力じゃないんだけど、大したものだろう?」
魔法人形――レンゲと呼んでいると思しき代物に笑いかけるブレインだったが、その笑みがよりいっそう深まる。
「君のこの魔法具も大したものだし、いっそレンゲに持たせてみようか……いや、魔法人形に持たせるのはもったいない……ああ、希少な魔法具を手に取るこの瞬間、いつだって心が躍るよ!」
レウルスは痺れる体を無理矢理動かし、『首狩り』の剣を構えた。そしてブレインの言葉を聞き流しながら、エイダンとレンゲの動きを注視する。
(この魔法人形、氷に炎に今度は雷……しかも近接戦も上手い……ここまでくると他の属性魔法を全部使っても驚かないが……)
ラディアを手放す形になったレウルスだったが、そこに焦りはなかった。それどころかブレインに視線すら向けないレウルスの様子に、槍を構えるエイダンが怪訝そうな顔をする。
「右手が雷撃で焼けたっていうのに、ずいぶんと余裕そうじゃねえか……アイツの収集癖は本物だから二度とお前さんにゃ返さな……っ!? ブレイン! その剣にさわ――」
「少し遅かったな」
エイダンが警告の声を上げるが、それよりも先にブレインがラディアの柄を握った――握って、しまった。
『さわっていいなんて、いってないよ?』
ラディアがそう呟くと同時、大剣から炎が噴き出してブレインを飲み込むのだった。




