第551話:それぞれの戦い その5
レウルスがエイダンとブレインを相手取って立ち回れているのは、“相性の良さ”が大きいだろう。
エイダンもブレインも手練れで、司教になるに相応しい技量を持っているが、エイダンが操る炎に関してはサラと『契約』を結んでいるレウルスには効果が薄く、ブレインが用いた毒に関してもレウルスならば無視して動ける。
それらが結果として意表を突く形になり、技術で大きく劣るレウルスでも互角に持ち込むことができていた。また、技術では大きく劣っていても、『熱量解放』を用いたレウルスならば身体能力、そして動体視力で大きく勝ることが要因と言えるだろう。
「ガアアアアアアアアアアアアァッ!」
咆哮と共に踏み込み、レウルスは愛剣であるラディアを振るう。
いくら身体能力や動体視力で勝っていても、相手の出方を窺っていては押し負ける可能性もある。
エイダンは戦士としてその技量を見るならばレウルスよりも遥かに高みにあり、ブレインはエイダンほど戦いの技量が優れているわけではないが、その身のこなしを見れば自身よりも優れた技量を持つとレウルスは見抜いていた。
――故に、攻める。
多少の傷に構わず、隙を晒すことも厭わず、小枝でも振り回すかのような速度と手数を以てエイダンとブレインを攻め立てていく。
「っと! ハハッ! さっきも思ったがすげぇ殺気だ! ブレインが疑う気持ちもわかるぜ! お前本当に人間かよ!?」
軽口を叩きながらレウルスが繰り出す斬撃を受け流していくエイダンだったが、斬撃のあまりの重さに槍が悲鳴を上げるように撓む。それでも槍を手放さず、その瞳は虎視眈々とレウルスの隙を狙うように細められていた。
「巻き込まれないでくれよ!」
エイダンがレウルスを止めている間、新たな銃弾を装填していたブレインが叫ぶ。それを聞いたエイダンは体勢が崩れるのにも構わず真横へと跳び、射線から退避した。
エイダンの仕草とブレインへかけた言葉から違和感を覚えたレウルスは、咄嗟にラディアを顔の前にかざして防御態勢を取る。
「ぬっ!?」
轟く発砲音。それは今までのものと比べて大きく、レウルスの体に“同時に”複数の衝撃が襲い掛かった。
(これは……散弾か!?)
鎧が弾を受け止めたため、レウルスに傷はない。しかしさすがに衝撃までは打ち消すことはできず、レウルスは体が後方に弾かれそうになるのをギリギリのところで堪えた。
「……一応、中級ぐらいの魔物なら上半身が吹き飛ぶ威力があるんだけどね」
至近距離から放たれた散弾を全身で受けたレウルスだったが、鎧には傷一つついていない。それでもラディアを盾にしたことで視界が制限され、その隙を狙ったようにエイダンが槍を繰り出してくる。
『ひだり』
ラディアの言葉に従い、頭部を破壊するべく放たれた突きを紙一重で回避するレウルス。槍には炎が纏わりついていたが、皮膚が多少焦げる程度ではレウルスは怯みもしない。
「オ――ラアアアアアアァァッ!」
槍が顔の傍を通ったということは、エイダンも近くにいるということだ。レウルスはエイダンがいるであろう場所目掛け、愛剣を横薙ぎに振るう。
「チィッ! この程度じゃ怯みもしねえか!」
エイダンは即座に退き、レウルスが放った斬撃を回避した。しかし僅かに体勢が崩れたのを見て、レウルスはすぐさま間合いを詰めていく。
「ガアアアアアアアアァッ!」
再度の咆哮。レウルスは全力で殺気を放ちながら踏み込み、エイダンはその踏み込みと振りかぶった動きからレウルスが放つ斬撃を“幻視”した。
「お……っとぉっ!?」
迫り来る刃に穂先を合わせて弾いた――そのつもりが空振りし、エイダンはほんの刹那呆気に取られる。しかし遅れて飛んできた斬撃に辛うじて槍を合わせ、その衝撃を逃がすように自分から後方へと跳んだ。
レウルスが行ったのは、コルラードから教わった殺気を使った攻撃方法である。レウルスの場合単純に殺気をぶつけることぐらいしかできないが、これまでの戦い方からそんな真似をしてくるとは思わなかったのだろう。
防ぎこそしたものの、エイダンは着地するなり痺れを除くように手を払う。
「いてて……馬鹿力め。剣筋は素人くせぇのに味な真似をしやがる。完全な素人ってわけでもなさそうだが、誰かに教わったのか?」
少しばかり感心したように呟くエイダンに対し、レウルスは答えない。ブレインの動きに注意しつつもエイダンとの間合いを測り、何歩で距離を詰められるか脳裏に思い描いていく。
そうやって無言で間合いを測るレウルスの姿を見て、エイダンは肯定と取ったのだろう。槍を構えつつ、小さく首を傾げる。
「しかし、『魔物喰らい』に剣術を教えられるような人材がマタロイ南部にいたっけか?」
「『狂犬』が剣を使うとは聞かないしね……『風塵』も魔法使いだ。『魔物喰らい』の動きを見る限り、教えた側も手練れだろうさ」
ブレインは銃に新たな弾丸を装填しながらそう言う。
(あの弾丸、魔力を感じるな……)
ブレインの言葉を聞いたレウルスはそんなことを思いながらも、ピクリと眉を動かす。
「なんだよオイ、グレイゴ教徒ってのは情報を集めるのが得意だと思ってたんだが、俺の剣の師匠を知らないのか? マタロイ南部でも有名な人なんだがな」
「ほう……そいつぁ驚きだ。お前さんがそう言うほどの手練れか。興味があるな」
「……まあ、マタロイ南部は『狂犬』の縄張りだからね。こちらが情報を集め切れてないのは認めるよ」
グレイゴ教徒としてはレウルスが言うほどの強者に興味を惹かれたのか、僅かに聞く体勢を取る。それを見たレウルスは“その名前”を口にすると同時に、地を蹴った。
「コルラードさんだ」
「……誰だ? って、うおっ!?」
エイダンが僅かとはいえ思考を割いた隙に、レウルスは間合いを詰める。そしてラディアで首を刎ねようとするが、寸でのところでエイダンは斬撃を回避した。
レウルスはエイダンが回避するために跳んだ瞬間、即座に方向を変えてブレインとの間合いを詰め始める。エイダンは即座に仕留めきれないが、ブレインならばあるいは、と考えたのだ。
「僕なら簡単に仕留められる……そう思ったのかい?」
ブレインはレウルスに銃口を向け、引き金を引く。しかし発砲音がせず、発砲炎も見えなかった。
(不発――なわけないかっ!)
レウルスは前方の空間目掛けて刃を振るう。金属の弾丸は飛んで来なかったが、魔力は感じるため不可視の――おそらくは風の弾丸が飛んできていた。
振るったラディアが“何か”に接触し、僅かな手応えと共に霧散する。そうやってレウルスが不可視の弾丸に意識を向けたほんの数瞬の間に、ブレインは木箱から拳大の物体を取り出していた。
「すごいね、見えなくても魔力を感じ取って斬ったか……本当に魔物みたいだ」
そう言いつつ、ブレインは取り出した物体をレウルス目掛けて放る。斬るべきか僅かに迷ったレウルスだったが、斬った瞬間爆発でもすれば面倒だと考え、飛んできた物体を無視してブレインとの距離を詰めた。
「し――」
死ね、と言いかけた言葉を遮るようにして、レウルスが無視した物体が炸裂する。しかしそれは、爆弾のようにレウルスを害する効果はなかった。
鼓膜が破れそうな爆音と目を焼かんばかりの閃光が、レウルスを叩きのめさんと飲み込んだだけである。
(っ……耳が……)
背中を向けていたため視界が焼かれることはなかった。だが、さすがに全方位に向かって放たれた爆音を回避することはできず、レウルスは聴覚が麻痺したのを感じ取る。
「面白いだろう? 雷魔法を流用した魔法具なんだけど、君のように身体能力に頼る性格の魔物にはよく効くんだ……って、聞こえてないか」
三半規管が揺らされ、レウルスは倒れこそしないもののたたらを踏んだ。それでも無事だった視覚はブレインが新たに取り出した物体へと向けられている。
(アレは――)
それは、それまでブレインが使っていたものと比べると小型の銃だった。最早擦り切れてボロボロになった前世の記憶でも、即座に“その正体”がわかる形状の銃である。
「さて……これで終わりだよ『魔物喰らい』」
そう言って銃口を向けるブレイン。向けられた銃を前世の記憶に倣って言えば、それまでの単発式の銃とは異なる回転式拳銃らしき代物だった。
耳はイカれているが、動きは見える。レウルスはブレインが引き金を引いた瞬間ラディアを振るい、放たれた弾丸を弾いた。
ブレインはそんなレウルスの動きに僅かに眉を寄せたものの、何故かそれまでの銃と同じように弾をこめるような仕草をしてから再びレウルスへ銃口を向ける。
再度の発砲と、それを斬り払うラディアの刃。それを見た瞬間ブレインは口の端を吊り上げて笑い、引き金を連続して引き絞った。
発砲音が四度連続する。それは“本来なら”意表を突いたであろう出来事だったが、レウルスは銃口の動きから直感で射線を読み取り、スライディングをするように地面を滑る形で回避する。
わざわざスライディングをしたのは、今しがた受けた音の衝撃で思うように足が動かなかったからだ。それでも弾丸を全て回避しきったレウルスは、スライディングの体勢からわざと転がり、ブレインの両足を両断するべく刃を振るう。
“通常ならば”避けられたであろう一閃。しかし、連射した弾丸を全て回避されたブレインは僅かに呆然とし、その結果として反応を遅らせることとなった。
ブレインは咄嗟に回避しようとするが、ラディアの刃が到達する方が早い。
動いた分両足を切断することは叶わなかったが、レウルスが繰り出した刃はブレインの右足を半ばまで断ち、盛大に血を溢れさせる結果となった。
(くそっ……浅かったか)
体勢が悪く、音の衝撃でふらつくように視界が揺れるため、思ったようには斬れなかった。レウルスはそれを残念に思うが、ひとまず機動力を削げただろうと自身に言い聞かせる。
『うしろ』
(……っと)
聴覚は麻痺しているが、『思念通話』によるラディアの声は聞こえる。そのため注意を促すラディアの声と背後から迫る殺気に反応し、レウルスは真横へと飛び退いた。
(くそ……まさかあんなもんを使ってくるとは……)
負傷したブレインを庇うように立つエイダンから距離を取り、レウルスは自身のふらつき具合を確認するように地面を爪先で蹴りつける。
(それに、あの銃もだ……『まれびと』がいるぐらいだし、どこかの誰かが持ち込んだのか? それともこっちの世界で作ったのか?)
“発想”と材料があれば、カルヴァン達ドワーフでも作ることは可能かもしれない。しかしレウルスとて製法は知らず、仮に知っていてもあのような武器をカルヴァン達に教えるつもりはなかった。
(というか、もしかして森の方で狙撃してきた奴ら含めてこれまで単発式の銃を使ってたのって、アレを単発式だと誤認させるためだったのか……?)
ジルバでさえ最初の狙撃はレウルスが防がなければ危険だったほどだが、この世界の人間ならば連発式の銃など見たことも聞いたこともないだろう。
“レウルスが相手でなければ”まさに必殺足り得る武器と作戦だったはずだ。
(……同情も容赦もしないけどな)
奇しくもブレインの策を潰すことになったレウルスは、今のうちに決着をつけるべく即座に動き始めるのだった。




