第547話:それぞれの戦い その1
レウルスがエイダンやブレインと戦っている頃。その戦いに巻き込まれないようにと多少の距離を取った場所で、エリザ達も戦いに身を投じていた。
エリザとサラ、ミーアとネディの四人。吸血種に精霊にドワーフという組み合わせのエリザ達が向かい合っているのはクリスとティナ、そして巨体の翼竜である。
相手は司教――それも数は二人で、上級に相当するであろう翼竜まで参戦しているのだ。
単独で司教を三人相手取っているであろうレウルスと比べれば、数の上では有利なため負けられないとエリザは思った。
そして実際に戦いが始まったものの、エリザは困惑することとなる。
(なんじゃ? ティナのやつ、一体何を……それにあの翼竜、ずいぶんと動きが悪いような……)
数では勝っていても実力で劣るため苦戦は必至。そう考えていたものの、蓋を開けてみれば僅かながらもエリザ達が優勢と言える状態になっていた。
その原因は“三つ”あったが、エリザが疑問に思ったのはその内の二つである。
一つは、レベッカが操る翼竜が奇妙なほどに動きが鈍いこと。
そしてもう一つは、明らかにティナの動きが精彩を欠いていることだ。
翼竜に関しては動きが鈍くとも、その巨体まで小さくなるわけではない。地面に降り立って直進し、撥ねるなり轢き潰すなりすれば並の人間なら容易に圧死し、エリザ達とて痛手を免れない体格差がある。
事実、翼竜はその巨体を活かして攻撃を仕掛けてくるのだが、突撃してくるにしても余裕をもって回避できる速度であり、前肢や尾を振るって打撃を繰り出してきてもそれに対処できる者――ミーアの存在があるのだ。
「こん――のおおおぉぉっ!」
迫り来る前肢を、ミーアは鎚で殴り飛ばす。尾を振るわれれば受け止め、地面に両足が擦れる跡を残しながらも止めきる。
その小柄さが嘘のように、体格差を覆す働きを見せるミーア。元々膂力に優れるドワーフがレウルスと『契約』を結び、なおかつ“『契約』を結んでからこれまでになかった”レウルスが『熱量解放』を使って全力で戦っているという状況なのだ。
魔力量で見ればレウルス達の中で最も劣るミーアだったが、その分、『契約』を通してレウルスから流れてくる魔力の恩恵が大きいのもミーアだった。
仮に翼竜が全力で暴れていれば話も違っただろうが、今の翼竜はミーアが真っ向から対抗できる程度の攻撃しか繰り出してこない。“その理由”を知らないエリザからすれば、司教三人を相手にして戦っているはずのレウルスの方は、余程優勢に進んでいるのだろうと思えた。
「ふふんっ、ミーアがすっごく頑張ってるけど、わたしも負けないんだからねっ!」
「……ネディも頑張る」
そして、クリスとティナの相手は主にサラとネディが務める。元々それぞれが司る属性の魔法の扱いに長けた精霊であり、今はレウルスと『契約』を結んだ精霊として持ち前の魔力だけでなく“外付け”の魔力タンクを持つサラとネディは、司教が相手でも互角の魔法戦を繰り広げていた。
ただし、その互角の状況もティナの攻撃が消極的なことに助けられていると言っても過言ではない。
時折放たれる雷撃は下級魔法でしかなく、その威力もエリザ達を殺し得るほど強くないのだ。そのため“普通に”攻撃してくるクリスの対処に集中すれば、自然と状況を拮抗まで持ち込めた。
「――そこじゃ!」
サラとネディで拮抗に持ち込めるということは、エリザは完全に手が空く形になる。そのため威力よりも速度を重視し、クリスを重点的に狙って次から次へと魔法を放っていく。
卓越しているとはエリザとしても言えないが、それでも最も長く使用してきた雷魔法。それに加えてナタリアから教わった風魔法を交互に放ち、少しでもクリスに痛手を負わせようと挑んでいく。
仮にエリザの魔法が通じずとも、意識を逸らせばその分サラやネディが放つ魔法を対処するのが困難になる。そうなれば少しずつ勝敗の天秤がエリザ達の方へと傾くだろう。
それでも、可能な限り早くレウルスの援護に向かいたい気持ちがあった。そのためエリザは自分にできることを率先して行うが、思い描いたことを過不足なく実行できる自分に驚く気持ちもある。
(すごく調子が良い……“練習”の時は上手くいかなかったけど、レウルスの魔力が後押しをしてくれる……)
ティナが消極的で、翼竜の動きは鈍い。その二つに加えてもう一つ、エリザにとって誤算があった。それはレウルスが魔力を“溜め込み過ぎていた”ことだ。
普段は魔力量の関係からレウルスの方へと流れる魔力が、今は逆流して一方的に流れてきている。ミーアは『契約』を結んでから常にその状態だったため気付けなかったが、エリザにとっては困惑するほどに強く、多くの魔力が流れ込んでくるのだ。
その魔力の心地良さが、力強さが、エリザの背中を押す。距離が離れていても共に戦えているのだと、エリザの心を奮い立たせる。
「もっと……もっとじゃ!」
雷の杖を握る手に力がこもる。魔力を込めて杖を振るえば雷撃が奔り、矢のようにクリスへと飛来する。
「……させない」
だが、エリザが放った雷撃は『迅雷』とも呼ばれるティナが相殺した。それはクリスを庇うための行動だったが、当の庇われたクリスはサラが放った火球を風の刃で相殺しながら狐面の下で眉を寄せる。
「……ティナ、どうしたの?」
そう尋ねるクリスの声には、強い困惑の色が宿っていた。
これまでにないほど長期間離れ、久しぶりに再会した妹の様子にクリスとしては困惑し通しだった。
約束していたこともあり、グレイゴ教や『神』に関してレウルス達へ説明するためにティナだけスペランツァの町に残して別行動を取ったが、クリスとしては一体何があったのかと疑問に思う。
レウルスにはレベッカのように他者を操る力があったのかと疑ったほどだが、ティナの魔力は正常でそれらしい気配はない。そのため余計にティナの状態が理解できないクリスだったが、ティナ本人も自身の心情を正確に理解できず、伝えることができなかった。
グレイゴ教の司教として、与えられた仕事をこなすだけ――“それだけ”のことがどうにも苦痛で、ティナとしてはエリザ達の攻撃を相殺こそすれど積極的に動く気になれないのだ。
司教として積極的に活動していた時と比べ、スペランツァの町やラヴァル廃棄街、王都ロヴァーマで安穏とした生活を送っていたため、体が鈍っているというのもある。だが、それ以上に精神面でエリザ達と戦うことに拒絶感を覚えていた。
「なによティナってば、攻撃が温いわよっ! お腹でも空いてるの!?」
「……ティナはレウルスじゃない」
そんなティナの戦いぶりにサラが声を上げ、ネディがツッコミを入れる。
サラとしてはレウルスと同様に、顔見知りだろうと“敵ならば”容赦なく戦える。
ネディはそこまで極端ではないが、今回のグレイゴ教徒の目的にレウルスやエリザ、サラ、そして自分が含まれていることから戦うことに忌避感はない。
それでも、今のティナは敵だが、同じ屋根の下で過ごした間柄でもあるのだ。そのためサラがティナに向かってかける言葉もどこか気安く、それが余計にティナの動きから精彩を奪う。
そんなティナの様子にクリスも動揺し、僅かとはいえ動きを鈍らせる。それによって少しずつ不利になるという悪循環だった。
――だからこそ、というべきか。
「っ! うわっ!?」
状況に変化をもたらすとすれば、それはクリスでもティナでもなく、翼竜だった。
それまで一対一で翼竜と戦っていたミーアが、力負けして大きく弾き飛ばされる。空中でくるくると回転し、勢いを殺してから両足で地面に着地したミーアだったが、突然押し切られたことに警戒を一気に強めた。
「驚いた……いきなり力が強くなったよ」
痛みも怪我もなく、鎚を構えながらミーアが言葉で警戒を促す。それを聞いたエリザは何事かと眉を寄せ。
「嗚呼……どうしましょう。ええ、どうしましょう」
ふらりと、木陰から姿を現したレベッカに小さく息を呑んだ。
「っ……馬鹿なっ! レウルスはどうしたんじゃ!?」
『契約』によって魔力がつながっていることから、レウルスが死んでいないことはわかる。しかし、レウルスがレベッカを見逃すはずもなく、また、レウルスに執着しているであろうレベッカがレウルスとの戦いから離脱するとは思ってもみなかったのだ。
レウルスならば『思念通話』で警戒を促してくるだろうとも思うが、複数の司教を単独で相手取っているためその余裕もなかったのだろう。僅かとはいえ『思念通話』に意識を割けば、それが隙になりかねないのだ。
エリザはそう思考しつつ、レベッカの様子を窺う。状況は少しずつ優勢に傾いていたが、レベッカが出てきたとなるとその優勢も一気に傾きかねない。
そのため警戒を強め、先制して魔法を叩き込むか迷ったのだが――。
「わたしの王子様なら“他の何を差し置いてでも”わたしを殺してくれると思ったのに……酷い人だわ、ええ、酷い人……ひどいひと、ヒドイヒト、ひどいヒト……」
俯きながらぶつぶつと呟くレベッカの姿に、エリザは気圧されたように頬を引きつらせる。
(……レウルス、何をしたの?)
思わず素でそう思考するエリザだったが、“何もしなかった”結果だとは考えにも浮かばない。
レベッカに考えがあるように、レウルスにも考えがあった。そしてそれは、戦力差から考えて自分が一人で三人の司教を押し留めようと決断したレウルスと、“そんな状況”でも最優先で戦いを挑んでくると思っていたレベッカの差異に因るものだった。
レベッカとしては、レウルスに加勢してエイダンとブレインを殺し、その上でレウルスと心行くまま愛し合っても良かった。
だが、いくらレウルスと組んでもエイダンとブレインをまとめて殺すには時間がかかる。不意を打って殺そうにも、エイダンもブレインもそのような手に引っかかる輩ではない。
時間がかかれば、大司教であるワイアットが戻って来てしまう。ジルバが相手のためそれなりに時間がかかるだろうが、レベッカとしてはワイアットがジルバに敗れるとは考えていなかった。
それならば、レウルスが今すぐにでも“戦いに来てくれる”理由を生み出せば良い。
「本当に、酷い人――少し意地悪をしちゃいたいくらい」
ぐるん、と回転するような勢いでレベッカが顔を上げ――その昏い瞳は、エリザ達を捉えていた。




