第545話:開戦 その6
「シャアアアアアアアアアアアァァッ!」
咆哮し、溢れんばかりの魔力と殺気を全身から放ちながら大剣を振るうレウルス。
三対一という状況ながらもレベッカが積極的に動こうとしておらず、まずは前衛であるエイダンを斬り伏せるべく怒涛の連撃を繰り出していく。
連撃と一口に言っても、その一撃一撃が直撃すれば並の人間ならば即死するような威力だ。レウルスは『熱量解放』によって爆発的に底上げされた身体能力で、身の丈を超える大剣を縦横無尽に振るっていく。
「よっと! はっ! ははっ! いいねぇ! こりゃすげえ!」
だが、応戦するエイダンとて並の技量ではない。レウルスが繰り出す斬撃に槍の穂先を合わせて逸らし、あるいは体捌きで回避し、歓喜の声を上げる。
「訂正するぜ『魔物喰らい』! テメェは大したタマだ!」
「ああそうかい! そりゃどうも!」
連撃の隙間を縫うようにして顔面目掛けて繰り出された刺突を紙一重で回避し、穂先を引く際の動きで首を斬られそうになるのを敢えて踏み込むことで回避するレウルス。しかしそんなレウルスの動きにもエイダンは動じず、瞬時に槍を引き戻して胴を薙ごうとするレウルスの斬撃を受け止めた。
「さっきとは別人じゃねえか! すげえ力だなぁオイ!」
「大人しく斬られて――っ!?」
僅かな拮抗。それを隙と捉えたように、エイダンの斜め後ろに陣取っていたブレインが銃口を向ける。
いつの間に銃弾を装填したのか、発砲炎と共に弾丸が放たれるのを目視したレウルスは飛来する銃弾を手甲で弾き飛ばす。
そのほんの数瞬の間にエイダンは二メートルほど後ろへと跳び、槍を一振りしてから構え直した。
「いやはや、噂ってのは大体誇張されて伝わるもんだがコイツは驚きだ。噂通りの腕じゃねえか」
「銃弾を手甲で弾かれたのは初めてだよ……まったく、忌々しい」
ウキウキと楽しげに笑うエイダンとは対照的に、ブレインは言葉通り忌々しそうに眉を寄せる。それでもその間にエイダンは手を動かし、引き金の上に設けられた機構に小さな筒のような物体――弾薬を差し込んだ。
(マガジンはねえが、ああやって装填するタイプの銃か……腕次第じゃ連射に近いことをしてくるか?)
エイダンの技量も厄介だが、合間合間に差し込まれる銃撃も厄介だった。レウルスとエイダンの戦いを邪魔するように、レウルスが不利になるように、あるいはエイダンが有利になるように銃撃を行ってくる。
それはつまり、レウルスとエイダンの動きについていけるだけの動体視力があり、なおかつレウルス達の動きを予測した上で銃を撃ってきているということでもある。
(背中の箱も、どうにもきな臭いしな……)
そう思考しつつ、レウルスは踏み込んできたレベッカに視線を向けた。“今の魔力量”で『熱量解放』を使っているレウルスよりも劣るが、並の魔法使いを遥かに上回る魔力で『強化』されたレベッカの動きは素早く、レウルスの胴体目掛けて拳を振るってくる。
だが、その動きはどこか単調だ。踏み込みも拳も速いためレウルスは回避を選択するが、レベッカは追撃することなくすぐさま後ろへと退いてしまう。
レウルスとしては、拳を敢えて受けながらレベッカを斬ることもできたが――。
(あの野郎、明らかに狙ってるな)
動きを止めればレベッカごと撃ち抜いてきそうな気配をブレインから感じ、レウルスは内心で舌打ちした。
一対一ならば相打ち覚悟でレベッカを仕留めるが、三対一という状況で相打ちを狙うほどレウルスも狂ってはいない。そもそも、自分が死ねばエリザ達やジルバの負担になるどころか、『契約』の関係上サラも死ぬ。そのため容易には選べない選択肢だった。
「本当にやる気ねえな……おいレベッカ、やる気がねえなら下がってろ。せっかくの上等な獲物なんだ。いくらあの爺様でも『狂犬』を仕留めるにゃあ時間がかかるだろうし、邪魔するぐらいならその辺で座って見てろや」
そんなレベッカの戦い方を見てどう思ったのか、エイダンが呆れたように言う。
「まったく君ときたら……いくらなんでも座って見ていたら大司教様よりも先に僕が先に殺すよ?
せめてもう少し……って、ああ、そうだ」
ブレインは途中で言葉を切り、レベッカの様子から何か思いついたように口の端を吊り上げる。
「『魔物喰らい』は僕らと三対一で戦うつもりみたいだけど、それに付き合う義理もないよね? 『傾城』、君は操っている翼竜と一緒に精霊達を殺してきたらどうだい? あの半人前の司教二人じゃ返り討ちに遭うかもしれないしね」
嘲笑するように言うと、レベッカは殺気の籠った瞳をブレインへ向けた。しかし、すぐさま頷いてエリザ達の方へと駆け出す。
「待て――」
「お前さんはこっちだよ!」
エリザ達も既に戦いを始めているのか、後方から魔力がぶつかり合うのをレウルスは感じ取っていた。そのためレベッカを止めようとするが、それを邪魔するようにエイダンが槍を繰り出してくる。
「邪魔を……チィッ!」
槍を力任せに弾こうとしたレウルスだったが、穂先を隠すようにして炎が噴き出しているのを見て大きく回避した。“軌道”は読み取れても間合いを誤り、弾こうにも空振りする可能性があると判断したのだ。
「女の尻を追いかけるよりもこっちで遊んでいけよ、『魔物喰らい』。ここからは俺も本気でいくからよ」
エイダンはそう言いつつ、槍の穂先だけでなく槍全体に炎を纏わせていく。それを見たレウルスはよりいっそう警戒心を強め、ラディアを握る両手に力を込めた。
「あだ名の通り、火炎魔法の使い手か」
「応よ。わかりやすくて良いだろう?」
自身が生み出した炎だからか、エイダンが炎に巻かれる様子はない。しかしレウルスだけでなくブレインも熱を感じ取っているからか、鬱陶しそうに更に距離を取った。
エイダンは真っすぐにレウルスを見据え、槍を一振りしてから構えを直す。それと同時に戦意と魔力が膨れ上がり、笑いながら前へと飛び出した。
「火炎が閃く槍――故に『火閃槍』ってなぁっ!」
その言葉と同時に、炎の槍が繰り出される。エイダンの動きを見れば“どんな攻撃が繰り出されるか”は読めるが、穂先から石突まで炎に包まれた槍は正確な距離感を奪う。
そもそも、槍に炎が纏わりついているだけでなく、至近距離から火炎魔法を放たれる可能性すらあるのだ。レウルスは火の精霊であるサラと『契約』を結んでいるため火炎魔法にもある程度耐性があるが、さすがに無傷で済むほどではない。
(軌道が読み辛いし、フェイントも上手いっ!)
それでいて、エイダンは槍の技量も司教の名に相応しいものがあった。
直撃すればレウルスでも痛手を負いそうな刺突、レウルスが反応すれば即座に引いて体勢を崩そうとする刺突、炎という“目を引く”代物を先行させてから僅かに遅らせて時間差での直撃を狙う刺突。
次から次へと放たれる刺突はブレインが放つ弾丸にも似た速度でレウルスを狙い、レウルスは至近距離で炎に炙られながらも刺突を捌いていく。
ラディアで穂先を弾き、手甲や肘で槍の柄を打ち払い、優れた動体視力と運動能力に物を言わせて強引に回避する。急所や関節を狙う“本命”とレウルスの動きを束縛するフェイントを直感で嗅ぎ分け、機関銃のように迫り来る炎の切っ先を全て凌いでいく。
「っと!?」
その合間に飛んできた銃弾は再び手甲で弾き飛ばす。カルヴァン達ドワーフが丹精込めて作り上げた鎧ならば銃弾だろうと受け止められるだろうが、僅かとはいえ衝撃で動きが止まれば危険なのだ。
「ハハッ! 本当に何だよテメェ! 熱くねえのか! というか動きがところどころ素人臭ぇのになんでこっちの“狙い”がわかるんだ!」
レウルスがフェイントに引っかからないことに疑問を覚えつつも、エイダンは喜びの声を上げる。だが、明らかに戦いを楽しんでいる様子のエイダンと異なり、レウルスは普段の戦い以上に集中を強いられていた。
(槍の腕はベルナルドさんの方が上だが、どのみち俺より武器の扱いが達者なんだから変わらねえ……“予習”がなければ凌ぐのもやっとだけどな)
レウルスが以前模擬戦を行ったベルナルドと比べれば、エイダンの技量は一枚劣るだろう。フェイントを仕掛けてくることこそあれど、“小細工”の頻度や巧みさはベルナルドの方が上で、なおかつ雷魔法を扱うベルナルドと比べれば火炎魔法を扱うエイダンはレウルスと相性が良い。
それでも単純な技量はエイダンの方が上で、なおかつブレインの援護がある状況なのだ。レウルスとしては一瞬たりとも気が抜けず、司教二人を相手にしても互角の戦いを演じているが綱渡りに近い。
ベルナルドとの――強者との戦いには楽しさを感じつつあったレウルスだったが、それ以上の集中を強いられれば楽しむ余地などなかった。ただただ、目の前の敵を斬り伏せるべく愛剣を振るうだけである。
「っ!?」
だが、技量差があるということは“引き出し”の多さが異なるということでもある。フェイントに見せかけてレウルスの左腕を狙った刺突に反応が遅れ、露出している二の腕を掠めるようにして穂先が抉り、その上で焼いていく。
『熱量解放』を使っているため痛みはほとんどないが、自身の肉が焼ける臭いにレウルスは眉を寄せた。
エイダンから距離を取って左腕に視線を落としてみると、焼灼したように傷口が焼けているため血こそ出ていないが、掠めた部分が“根こそぎ”なくなっている。
「掠った程度だが、とうとう俺の槍に触れちまったな。気を付けろよ? 腕だからその程度で済んでるが、胴体に命中したら“中身”ごと焼いちまうからな」
傷口を焼き、下手すれば骨や内臓すらも焼く魔法具。それこそがグレイゴ教の司教第四位であるエイダンが操る魔法具、『火閃槍』だ。
自身の二つ名に合わせて作らせた魔法具は命中すれば上級の魔物ですら内側から焼き、殺し尽くす魔法具である。仮に致命傷を負わずとも、少しでも傷を負えば傷口全体が熱と痛みを持つため動きを妨げ、傷も既に“焼いて塞いでいる”ことから治療を遅らせる効果があった。
「その腰に下げてる瓶、『治癒』の魔法薬だろ? 使うなら使えよ。そこまで効果は出ねえけどな」
レウルスはエリザとの『契約』により、多少の傷ならば時間をかけずに治すことができる。しかし傷口が一向に塞がろうとしないことに疑問を覚えていたが、エイダンの言葉から合点がいった。
――そのため、焼いて塞がれた傷口を指で毟り取る。
左手にラディアを持ち替え、エイダンとブレインに隙を見せないよう注意しながら右手で傷口を指で毟ったレウルスに、エイダンとブレインは目を丸くした。
「……俺の話を聞いてすぐにそんな行動をしたのは、テメェが初めてだな」
「……いくら治らないといっても、自分から傷を広げるとはね」
「さすがに動かしにくいんでな」
そう言いつつ、レウルスは高い集中力を保ったままでエリザとの『契約』を通して吸血種としての力を引き出す。すると瞬く間に左腕の傷が塞がり、それを見たエイダンとブレインは丸くしていた目を警戒のものへと変えた。
「おいおい……今一瞬、気配が変わったぞ」
「魔物……それも上級のものかな。仕方ない、これは使いたくなかったけど……」
レウルスの気配が変化したことを敏感に感じ取ったエイダンとブレイン。
ブレインは背負っていた木箱の底面を軽く叩いたかと思うと、何かを握ってレウルスの頭上へと放る。
どうせろくなものではないだろうと判断したレウルスは即座に駆け出そうとしたが、それを妨げるようにブレインが銃撃を放った。
ただし、放たれた弾丸が狙ったのはレウルスではない。
レウルスの頭上に放られた物体――ガラス瓶を正確に撃ち抜き、その衝撃に反応したように紫色の煙が爆発的に発生してレウルスを飲み込むのだった。




