第544話:開戦 その5
レウルスの発言を聞いたレベッカは瞬時に真顔になり、そのままレウルスを見つめながら口を開く。
「聞き間違い……ええ、聞き間違いよね? そうよね、わたしの王子様? 三対一……聞き間違いよね? “他の有象無象”と一緒にするなんて……わたしの聞き間違いよね?」
聞き間違いだと何度も繰り返すようにして尋ねるレベッカ。その言葉に反応したのはレウルスではなく、槍を担いだエイダンだった。
「ハッハッハ、聞き間違えるような距離と内容じゃねえだろうに。いつもなら舐めてんのかって怒るところだが、『魔物喰らい』の実績は確かなんだろう?」
「『城崩し』、『国喰らい』、『首狩り』、それにかつてハリスト国で暴れた吸血種に『神』。僕としては『傾城』の意見に同意したいところだけど……まあ、これだけの実績があれば調子に乗りたくなる気持ちもわかるよ」
「……“そういう手合い”にゃ見えねえがな」
不快そうな様子を隠さずに答えるブレインに対し、エイダンは小さな声で漏らす。しかしすぐさま好戦的な笑みを浮かべると、レウルスに向かって槍を突き付けた。
「ただまあ、強いは強いがそこまで強そうに見えねえってのも事実だ。なあ兄ちゃん、俺としちゃあ三対一でも構わねえんだが、アンタにそれを成せるだけの力があんのか?」
そんなエイダンの問いかけに、レウルスは愛剣である精霊剣ラディアを右肩に担ぐ。そして両手で柄を握り締めると、前傾姿勢を取った。
「言葉だけで強い弱いを判断するのか? 殺し合いにそんなものが必要だとは知らなかったな」
「ハッ、いいねぇ……お前みたいな奴は嫌いじゃないぜ」
殺気を漂わせるレウルスに対し、エイダンは槍を引いて中段に構えながら笑う。それを見たブレインはやれやれと頭を振り、軽く地面を蹴って後方へと下がった。
そしてレベッカは――動かない。
レウルスをじっと、昏い瞳で見つめている。
「……『傾城』、何をしているんだい? 戦うつもりがあるのなら戦いなよ。ないのなら下がって……いや、消えてくれないか? そこにいると邪魔なんだけど」
一向に動こうとしないレベッカの姿に何を思ったのか、ブレインがそんな言葉を投げかける。
(レベッカの様子がおかしいが……あのブレインって男、後ろに下がったってことは属性魔法の使い手か? 『収集家』って名乗ってたし、魔法具を使う可能性もあるが……)
前衛にエイダンを置き、自身は後衛として下がったブレインの姿にレウルスはそんな推測を行う。まさかエイダンがレウルスと一対一で戦うのを邪魔しないために下がったというわけではないだろう。その証拠に、レウルスはブレインから粘着くような殺気を感じ取っていた。
「そう邪険にしてやるなよ、ブレイン。何やら熱中している“王子様”とやらに再会したんだ。温かい目で見てやろうぜ」
エイダンはレウルスとの間合いを測りながら、軽い調子で言う。しかしそれを聞いたブレインは不快そうに眉を寄せ、吐き捨てるように言った。
「君は呑気だね、エイダン……元々は過激派だったのに今は正道派に鞍替えして、今度は殺すべき相手に尻を振っている淫売だ。いっそ殺してしまった方が面倒もないと思うんだけどね」
そう言いつつ、ブレインは背負っている箱の側面を軽く叩く。すると箱から長身の銃が飛び出し、空中で掴み取って構えた。
その銃はレウルスがこれまで見てきたグレイゴ教徒が持っていた物とは異なり、外観だけで見れば木製の部品は見当たらなかった。銃身から銃床に至るまで全てが鈍い黒色で、僅かに魔力が感じ取れる。
(弾を入れる……マガジンだったか……あれはついてないみたいだが単発式か?)
魔力を感じ取れる以上、ただの単発式の銃とも思えない。しかし強度を増すために『強化』の『魔法文字』が刻まれていたり、材質に魔物の素材が使われていたりするとその限りではないため、現状では判断できなかった。
(他にも何か使ってきそうだし、油断は禁物か……いっそのことレベッカを嗾けて……いや、“それ”はねえな)
レベッカの反応を見る限り、三対一ではなく一対一で、思う存分戦いたかったのだろう。だが、レウルスとしては想定以上の数の司教が出てきたため、レベッカ一人に構っている余裕はない。
――それでも、レベッカとの間に交わした“約束”は果たすつもりだが。
「小童共、楽しむのは良いがきちんと殺すんじゃぞ? そこの『魔物喰らい』は多くの上級の魔物を殺し、なおかつ『神』まで斬ったのじゃ。殺せば『神』も弱ろうし、そもそも数十年は姿を見せんかもしれんぞ」
「あいよ、爺様」
「もちろんですよ、大司教様」
老人の言葉にエイダンもブレインも素直に従う。しかしレベッカだけが返答せず、老人はため息を吐いた。
「小娘、貴様もじゃ。正道派に転じたことに関しては何も言わんが、貴様も司教の端くれなら務めを果たせ。それが出来ぬというのなら、儂が今すぐに殺してやろうぞ」
「……わかってるわ、ええ、わかっていますとも」
微かに殺気を見せる老人に対し、レベッカはそう返答する。
「子狐共は……高々精霊の一匹や二匹、貴様らでも殺せるじゃろう? 他の“おまけ”も……ああ、そういえば」
老人はクリスとティナに対しても声をかけたが、ふと、何かに気付いたようにその視線をエリザに向けた。
「そこの吸血種は残しておけ。儂が直々に殺すからの」
「……了解した」
「……“善処”する」
指示を出す老人と、小さく頷きながら答えるクリスとティナ。しかしそれらの発言はレウルス達に――レウルスとジルバにとっては到底看過できないものだった。
「……ははっ」
思わず、といった様子でレウルスの口から笑い声が漏れる。瞬間的に怒りの許容限度を飛び越え、口から怒りではなく笑い声が出てしまったのだ。
「精霊様を……一匹や二匹? それだけに飽き足らず、殺す?」
「応とも。そこな『魔物喰らい』と比べればだいぶ劣るじゃろうが……ま、殺せば多少の足しにはなろうよ」
そう言って、呵々と笑う老人。それでもジルバの殺気を受けると、困ったように眉を寄せた。
「おお、そうじゃったそうじゃった。一つ聞くのを忘れておったわい……『狂犬』よ、グレイゴ教に入信するつもりはないかのう? あの小娘……カンナが誘ったとは聞くが、儂からも誘おう。どうじゃ? お主なら最初から司教にしてやるぞ?」
「――――」
「なあに、これまで多くのグレイゴ教徒を殺めたことなら気にしなくて良いんじゃ。殺された方が悪いからのう。むしろ弱い司教達が減って助かるぐらいじゃよ」
老人の勧誘に、ジルバは無言で殺気を増大させる。挑発のつもりなのか、あるいは本心からの言葉だったのか、老人はジルバの殺気が膨れ上がるのを感じて残念そうにため息を吐いた。
「ふむ……残念じゃのう。『魔物喰らい』は仕方ないとして、お主ぐらいの手練れなら司教に欲しいんじゃが……仕方ない、縁がなかったということかのう」
そう言いながらも、老人は口の端を吊り上げて笑う。
「それでは老骨ながらお相手仕ろうぞ。以前は『金剛』などと呼ばれておったが……ま、今はしがない大司教、過激派筆頭のワイアットじゃ――参れ、若造」
老人――ワイアットの言葉を聞いたジルバは、殺気を滾らせながら襲い掛かるのだった。
「そういえば……一応、一つだけ……いや、二つ確認しておきたいことがあったんだよな」
近くにいるレウルス達が邪魔だったのか、あるいは場所を変えたかっただけなのか、高速で遠ざかっていくジルバとワイアットを横目で見たレウルスはそんな言葉を口にする。
声は平静そのもので、かける言葉は落ち着いていた。ただし周囲の空気が揺らぎそうなほどに憤怒と殺意を滾らせたレウルスに、エイダンはどこか感心した様子で応じる。
「良い殺気だなぁ、オイ……で? 何が聞きてえんだ?」
「お前らの目的……ジルバさんの見立てじゃもう少し先の平地で、火龍を殺すための準備をしてるんだろ? 他に司教はいるのかい?」
「いや、いねえな。まだまだ時間がかかるし、お前らを殺してからのんびり準備を進めるとするさ」
今にも怒りが溢れそうになるのを感じながらも、レウルスは少しでも情報を引き出そうとする。
(他に司教がいて、戦っている最中に応援が駆け付けるなんてことはないか……司祭とか助祭が来るだけでも面倒だけどな……)
ひとまず、他の司教が駆け付けるということはないようだ。ただし、エイダンが嘘を吐いている可能性も否定はできないが。
「そうかい……それじゃあもう一つ。お前ら、俺やエリザ達を殺すつもりなんだよな?」
「……? 君は馬鹿なのか? さっきからそう言っているだろう?」
“当たり前”のことを確認するレウルスに、ブレインは言葉通り馬鹿にするような表情を浮かべる。だが、レウルスとしては大事なことなのだ。
「そうか、そうか……じゃあ、まあ、なんだ……」
ティナという“話せる司教”がいたためほんの僅かに悩みはしたが、相手の行動と言葉で納得ができた。そのため、レウルスは取っていた前傾姿勢を更に深いものへと変える。
「――お前ら、“敵”だな」
そう呟くと同時、レウルスは『熱量解放』を使った。司教が三人、出し惜しみをするつもりはない。むしろ全力で襲い掛かり、極力時間をかけずに仕留めてしまいたかった。
「オオオオオオオオオオオオオオオォォッ!」
咆哮し、疾走し、全力で斬りかかる。溜まりに溜まった魔力が後押しし、地面を蹴りつける度にひび割れるように陥没していく。
「ハハッ! いいねぇっ!」
一秒とかけずに間合いを詰めたレウルスに対し、エイダンが即座に応じる。初撃で首を刎ねにいったラディアの刃を槍の穂先が跳ね上げ、エイダンの髪を数本斬り飛ばすに留めた。
「……大した魔力と殺気だ。まるで別人だね」
レウルスの初撃を凌いだエイダンの脇を通るようにして、後方に下がったはずのブレインが踏み込んでくる。その手には相変わらず銃が握られており、至近距離でレウルスの顔面目掛けて銃弾が放たれた。
至近距離から放たれる弾丸は、さすがのレウルスといえど斬り落とせるほど遅くない。だが、レウルスは剣で斬り払わず、残像が残るような速度で頭を振って弾丸を回避する。
――こうして、レウルス達と司教達との戦いの幕が上がったのだった。




