第542話:開戦 その3
狙撃してきたグレイゴ教徒の“自爆”により、爆発音を聞きつけて集まってくるグレイゴ教徒達。爆発音があった場所を囲むようにして接近してくる熱源をサラが感じ取り、それを聞いたレウルスは内心で僅かに驚きの声を漏らした。
(手練れが多いってのは知ってたが、真っすぐじゃなくて囲むように動きながら近付いてくるあたり、やっぱり侮れねえな……)
サラが感知した熱源は十を超えているが、それぞれがバラバラに動くのではなく三人、あるいは四人といった複数で動くよう徹底しているらしい。
間違っても街道で遭遇するような野盗ではありえない動き方に、レウルスは感心すると同時に面倒さも感じていた。
サラが感じ取れるのは熱源であり、魔力や相手の強さではない。レウルス達も複数で固まって動いているが、相手が手練れ揃い――例えば全員司教だった、となれば苦戦は免れないだろう。
「レウルスさん、私が先行します。相手の注意を引くので、不意を打ってください」
そんなことを考えていたレウルスだったが、並走するジルバがそう伝えるなり一気に速度を上げる。レウルスが止める暇もなくあっという間に小さくなるジルバの背中だったが、不意にジルバの体が宙を舞った。
ジルバは跳躍するなり進行方向に生えていた木の幹を蹴りつけると、まるで重力を感じていないかのように進路上の木の幹を“足場”にしながら次から次へと跳ねていく。
一体どのような足腰をしているのか、ジルバの速度は一向に落ちない。むしろ加速すらしているようで、森の中にジルバが木の幹を蹴りつける鈍い打撃音が響き始める。
そんなジルバの移動方法に、接近していたグレイゴ教徒達も気付いた。そのため即座に武器を抜き放ち、周囲を警戒する様子を見せる。
その数は四人。互いに背中を向け合い、周囲三百六十度全てを警戒できる態勢を取り――結果としてはそれは失策だった。
ジルバは一際強く木の幹を蹴りつけ、派手に音を立てる。その音に反応したグレイゴ教徒達の視線がそちらへ向いた瞬間、既にジルバの姿はない。
上方へと跳ねたジルバは頭上に伸びていた木の枝を蹴りつけて一気に落下すると、背中を向け合っていたことで“逆に死角が生まれた”グレイゴ教徒達のど真ん中に着地した。
「なっ!? きょうけ――」
「一つ」
それでもグレイゴ教徒達は即座に反応し、武器を振るおうとする。しかしジルバは一番動きが速かった男の心臓に掌底を叩き込むと、崩れ落ちるのを確認することもなく次なる獲物へと襲い掛かった。
ジルバが一人目を仕留めた間に驚愕から立ち直ったグレイゴ教徒達だったが、それすらも遅い。
ジルバを仕留めるべく抜いていた剣を横に薙いだ男は、剣を振るった瞬間には剣閃の軌道から下へと潜り込んだジルバの姿を目撃した。
「二つ」
折り畳んだジルバの肘が、男の胸部を捉える。鳩尾から上部へと抉るように繰り出された肘は踏み込みの衝撃を十全に伝え、胸骨を根こそぎ粉砕しながらも男を吹き飛ばすことなく、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちさせた。
「一度退いて――」
「どこにだ?」
そんなジルバの動きを見た男が背後へ跳ぼうとした瞬間、踏み込んだジルバの右足が男の左足の甲を踏み砕いていた。背後に跳びかけていた男の体はジルバが強制的に止めたことで宙を泳ぎ、致命的な隙を晒す。
「三つ」
左の掌底が男の胸部を捉える。それと同時に鈍い、“水が入った革袋”が破れるような音が鳴り、男の体が脱力した。
最後に残ったグレイゴ教徒は、咄嗟に首にかけていた笛を咥える。せめて異常を知らせるべく笛を吹き鳴らそうとしたものの、息を吸った瞬間にはジルバが眼前に迫っていた。
「ヒュ」
「四つ」
笛を吹こうとするのと同時、ジルバの振るった手刀が男の首を捉える。その一撃は首こそ刎ねなかったが生木を圧し折るような音を響かせ、グレイゴ教徒の意識を永遠に絶った。
そんなジルバに遅れること僅か。駆け付けたレウルス達が見たのは、一人残らず地面に倒れ伏したグレイゴ教徒達の姿である。
レウルスは警戒するような視線を周囲に向け、敵がいないことを確認した上でジルバに向かって尋ねる。
「ジルバさん、いきなり先行したことに関しては何も言いませんが一つだけ……不意打ちとは一体なんでしょうか……俺は何をすれば……」
「すみません、思ったよりも歯応えのない者ばかりでしたので仕留めてしまいました。多少反応が良いのが一人いましたが、助祭かそれ以下か……この分だと手練れはもっと先に配置されているのかもしれませんね」
そう言いつつジルバはしゃがみ込み、グレイゴ教徒達の懐を漁り始めた。しかし携行するのに支障がない程度の食料や水しか出てこず、ジルバはすぐに立ち上がる。
「命令書などがあれば相手の陣容がわかったかもしれないのですが……そのような物は持たせませんか。吐くことも吐かせる暇もないでしょうし、狩りやすそうな者から狩っていくしかないですね」
(すげえ……この人、殺すとか仕留めるじゃなく狩るってさらっと言ったぞ……ああでも、いつものことか)
ジルバの発言を聞いたレウルスは反応に困ったが、これも“いつものこと”だと割り切った。
「ううむ……頼もしいことはたしかなんじゃが、間違えてグレイゴ教徒以外に襲い掛かったりは……」
「ははは、面白いことを仰りますねエリザさん。私が無関係の人々とあの異教徒共を間違えると?」
「あ、あはは……うん、冗談ですよ冗談……」
ジルバの発言に、エリザは素に戻って乾いた笑いを浮かべる。そんなエリザの気持ちはレウルスもよくわかったが、グレイゴ教徒と戦う上では頼もしいと言う他ない。
「発見を遅らせるためにも死体を隠したいところですが……」
そう言いつつ探るように周囲の地形を確認するジルバだったが、遠くから笛の音のような甲高い音が響いた。それは最初に遭遇したグレイゴ教徒達がいた方向からで、その音を聞いたジルバは肩を竦める。
「あまり時間もなさそうですね……サラ様、敵の数はどれほどですか?」
「んー……っと、増えてる。一塊になってるのがいるから正確な数はわからないけど……十以上二十未満?」
「では、あちらの方向はどうですか?」
そう言ってジルバが指をさすと、サラが早速熱源を探り始める。
「三人……五人?」
「では、進路を変えて進みましょう。後ろの集団を狩りに行っても良いのですが、さすがに数が多いと面倒です。動き回っていればこちらを捕捉するのも難しいでしょうしね」
“目的地”に辿り着くにはまだまだ距離があるため、仕留めることよりも撒くことを選んだらしいジルバ。そんなジルバの判断にレウルスは疑問を覚える。
「てっきり、ジルバさんなら後ろの連中もまとめて始末するものと思ったんですが……」
「そうしたいのは山々ですが、今回は司教が出張ってきているのでしょう? 手練れが少ないとはいえ、極力疲労したくありませんからね。それに、集団が相手となると“もしも”の場合もあり得ますから」
返ってきたのは、極々真っ当な意見だった。そのため、レウルスは納得したように頷く。
「なるほど……」
「それに、こちらが動き回っていれば捜索のために人手を割くでしょう? 集団が別れたところを仕留めていけばその分安全ですよ」
「……なるほど」
どうやら集団を相手にするつもりがないだけで、追ってくる者は全て仕留めるつもりらしい。それを悟ったレウルスは、真顔で頷きを返すのだった。
そうして森の中を進み、時折グレイゴ教徒を仕留め、追跡を撹乱する。そんなことを繰り返していたレウルスは、五度目となる強襲を終えて首を傾げた。
「数が多いですね……これ、数十人じゃなくて百人単位で来てません?」
「そうですね……私が知る限りこの大陸全体で見ればグレイゴ教徒の数は多いですが、このマタロイでここまで大人数が集まるとは……あのヴァーニル殿を狙っているというのも、あながち法螺話ではないのかもしれません」
そう言いながら地面に倒れ伏したグレイゴ教徒の“装備”を確認するジルバ。これまで遭遇したグレイゴ教徒が身に着けていた武器は、図ったように二極化していた。
一つは、剣や槍といった“グレイゴ教徒らしい”近接戦闘用の武器。
そしてもう一つは、クロスボウや最初に見た銃などの遠距離戦闘用の武器だ。
それもそれぞれの武器を持った者達が複数で集まって行動しており、三人組を見つけたと思えば全員がクロスボウ、あるいは全員が銃、近接戦闘用の武器の場合は剣や槍が混ざっていたが、まるで“役割”で分けたかのように装備を均一化していた。
この中で厄介なのが、銃らしき飛び道具を所持している者達である。ジルバが不意を打って仕留めようとしても、自身の命よりも銃らしき物の破壊を選ぶのだ。わざわざ爆破用の火薬を分けて持ち歩いているのか、中にはジルバもろとも自爆しようと飛びついてくる者までいるほどである。
発砲音や自爆の爆発音で他のグレイゴ教徒を引き寄せるという意味でも、面倒な手合いだった。それでも他のグレイゴ教徒と戦っている間に遠距離から狙撃されれば危険なため、放置するわけにもいかない。
そのためグレイゴ教徒の数を減らすこと自体は成功しているが、情報として得られるものは大して多くないというのが現状だった。
ただし、レウルスが“百人単位”と言ったのは根拠のない推測ではない。ジルバがあたりを付けた“目的地”の周囲を警戒するならば円状に人員を配置し、警戒に努める必要があるからだ。
異常を感じ取って寄ってくる者達の数と、サラが熱源を感知できる範囲。それらを組み合わせておおよそながらも数を計算すると、どれだけ少なく見積もっても百人以上いるとしか思えなかった。
――下手をすれば百人どころか二百人、三百人と数が増える可能性もあるが。
「……これ、俺達に振るんじゃなくてベルナルドさんとかが軍を率いて出る案件じゃないですかね?」
思わずジルバに対してそう尋ねるぐらいには、レウルスとしても相手の数が多いように感じられた。
「ふむ……司教や司祭が何人いるか次第ではありますが、かの『天雷』殿が率いる第一魔法隊なら仮に同数のグレイゴ教徒が相手でも軽微な被害で勝てるでしょうしね。ただし、マタロイではグレイゴ教徒よりも他国との戦いを想定して軍を組織しているので、動かせるかは……」
「上級魔法を撃ち込まれたら対処できる人も限られるでしょうし、グレイゴ教徒相手に戦力を消耗させたくない……みたいな考えもあったのかもしれませんねぇ。いやまあ、ベルナルドさんなら喜んで戦いそうな気もしますけど」
休憩がてら水を飲みながらそんな言葉を交わすレウルスとジルバ。エリザ達もそれぞれ水を飲んでいるが、強襲して仕留めるという戦法上一番動いているのはレウルスとジルバのため、エリザ達はまだまだ余裕がある様子だった。
それでも、休憩している間でも周囲への警戒は欠かさない。サラは常に熱源を探り、レウルスもジルバも言葉を交わしていても周囲の気配を探っている。
――故に、仮にサラが敵を見落としてもレウルスとジルバが即座に気付く。
「ヒュー……おいおい、ずいぶん騒がしいと思って来てみりゃ大物じゃねえか。報告通りではあるが、驚きだな」
「アレは『狂犬』だね……なるほど、見張りがずいぶんあっさりと死ぬのも当然だ。もう一人の男は……ああ、あっちは『魔物喰らい』だ。精々助祭程度じゃ止められないわけだよ」
レウルスとジルバが気配を感じ取るなり、“相手もそれに気付いて”声を上げる。どのような手品なのか、サラの探知能力を潜り抜けて接近してきたのだ。
「……司教か」
そして堂々と姿を見せた二人組の居住まいを見て、レウルスはそう呟くのだった。




