第541話:開戦 その2
遠目に見えた発砲炎。それを視認するとほぼ同時にレウルスは背負っていた精霊剣ラディアの柄を握り、魔力を流して鞘から抜き放っていた。
反射的に『熱量解放』を使い、爆発的に向上した身体能力――その視力を以て弾丸を視認したレウルスは、殺気が“向けられた先”へと刃を振るう。
ガキンッ、と金属同士がぶつかり合う音が響き、僅かに遅れて乾いた炸裂音が耳に届く。レウルスは斬り落とした弾丸が宙に舞ったのを横目で捉えつつ、油断しない程度に思考を巡らせた。
(丸い金属の弾……やっぱり銃か?)
おそらくは銃――それも単発式のものだろう。飛んできた弾丸が一発のみで、連射してこないことからレウルスはそう判断する。
前世でも実物は見たことも触ったこともないが、現代日本で生きていればゲームなり映画なりで見た覚えがあった。もっとも、“この世界”に銃があるとは思ってもみなかったが。
(……いや、魔法がある世界だからって銃がないとは限らないか。クロスボウもあったんだしな)
そんなことを考えながらもレウルスは再度愛剣を振るう。そして刃で斬り払った弾丸が地面へと落ち、再び“発砲音”が届いた。
「歓迎の挨拶にしちゃあ無粋なものを持ち出すじゃねえか……」
ラディアで弾丸を斬ったレウルスだったが、手の内に感じる衝撃にそんな言葉を零す。
距離は数百メートル離れていたにも関わらず弾丸は失速せず、一直線に飛来した。そのような精度と威力を持つ銃が存在していることに眉を寄せ、同時に、警戒心を強める。
(昔の日本でもあった……なんだったか……ひ、火縄銃? みたいなやつか?)
あるいは魔法具の可能性もあったが、距離があるからか魔力は感じ取れない。それでも、炸裂音がしたことから火薬を使っているのではないか、とレウルスは推察する。
「……初めて見た武器ですが、狙いは私ですか」
“殺気が向けられていた先”にいた人物――ジルバが眉を寄せながら呟く。
初弾も次弾も狙われた先にいたのはジルバで、仮にレウルスが斬り払っていなければ直撃していただろう。ジルバも殺気には気付いていたが、さすがに銃を見たのは初めてらしく、その声には険しさが宿っていた。
「あれは多分、銃っていう武器でして……あー、金属の弾を火薬で飛ばす武器……みたいな感じです」
「ほう……レウルスさんは博識ですね。しかし銃、ですか……グレイゴ教徒は基本的に飛び道具を使わないはずですが……」
そう言いつつ、ジルバの姿が微かにブレる。それに僅かに遅れて三度目となる発砲音が響き、数秒と経たない内にジルバが右腕を振るった状態で動きを止めた。
「ふむ……たしかにレウルスさんの仰る通り、金属製の弾? ですね」
そう語るジルバの右手には、一センチほどの弾丸が握られていた。
(……素手で掴んだのか? 一発目も俺が防がなくても良かったのかも……)
『熱量解放』を使っているレウルスとは異なり、ジルバは『強化』だけで弾丸を視認し、その上で掴み取ったらしい。さすがに無傷ではいられなかったのか手の平から僅かに出血していたが、それも治癒魔法を使えば数秒で治る程度の傷だった。
「威力は中々……なるほど、“手段を選ばない”あたりアレらは過激派ですか」
「そういえば、以前遭遇した過激派っぽい奴らも飛び道具を使ってましたよ。クロスボウ……いえ、弓を横にしたような形で、引き金を引いたら矢が発射される武器なんですけどね?」
『首狩り』に殺された司祭――キースと名乗っていた男のことを思い出し、レウルスはそう伝える。
「この威力なら下級の魔物ぐらいなら仕留めることができそうですが……もっと威力の高い銃とやらがある可能性もありますし、油断はできませんか」
「ですね……っと」
レウルスは再度飛来した弾丸を斬り捨て、どうしたものかと眉を寄せた。
いくら『熱量解放』を使っているといっても、数百メートルも離れていると距離を詰めるのも容易ではない。遠目に見える人影は三人ほどに増えており、それぞれが銃を持っているのか十秒に一度の頻度で弾丸が飛んでくる。
(グレイゴ教の手練れが襲ってくるのなら予想通りだけど、遠距離から一方的に攻撃してくるのは予想外だな……)
あまり魔力を消費したくない状況だが、距離が離れているのが厄介だった。そのためどう動くがレウルスが検討していると、答えを出すよりも先にジルバが動く。
「レウルスさんはそのまま皆さんの防御を。アレらは私が対処します」
「大丈夫ですか? 引き離すのが目的かもしれませんが……」
「その時は罠ごと食い破るまでです」
そう言うなり、ジルバが疾走する。狙撃される危険性に構わず平地を突き進み、一直線に狙撃手のもとへと駆けていく。
「サラは常に周囲の熱源を探ってくれ。俺達も警戒しながら進むぞ。ジルバさんが不利なら援護を……」
ジルバならば遅れを取らないと思うが、絶対はない。そんなことを考えながらジルバを追うようにして進み始めたレウルス達だったが、そうして進み出すまでにジルバがグレイゴ教徒に襲い掛かる姿が見えた。
狙撃手達は接近してくるジルバ目掛けて発砲していたが、ジルバは距離が縮まっているにも関わらず素手で弾丸を捌き、駆けた勢いもそのままに襲い掛かったのだ。
(あの狙撃手三人が陽動で他の方向から攻撃……は、なさそうだな)
ジルバの規格外さは今更だと思い、正面はジルバが抑えている以上レウルスは周囲を警戒しながら進んで行く。しかしそれらしい人影も気配もなく、内心で疑問を覚えた。
(ジルバさんの見立てだと、グレイゴ教徒がいるのはまだまだ先だって話だったよな……偶然周辺の索敵をしている奴らに引っかかったのか?)
そんなことを考えるレウルスだったが、不意に爆発音が響く。それは銃による発砲音を超える爆音で、一体何事かとレウルスが視線を向けると狙撃してきていた三人が地面に倒れ伏しており、ピクリとも動かなくなっていた。
「周囲に伏兵はいないようですね」
レウルス達が追い付くと、ジルバは周囲を警戒しながらそう言う。レウルスはジルバの足元に転がるグレイゴ教徒達に視線を向けるが、全員息絶えており、地面にはおびただしい血が流れていた。また、周囲には銃の残骸と思しき破片が散らばっており、火薬の臭いが立ち込めている。
「ジルバさんが仕留めた……ってわけじゃなさそうですね」
「ええ。私が接近するなり短剣で喉を突き、銃とやらと一緒に爆発しました。さすがに自爆は予想外でしたが、至近距離で見た限りグレイゴ教徒の中でも下の方……おそらく助祭に届かない程度の腕でしょうね」
「戦う前に戦意喪失した、ということじゃろうか?」
エリザが疑問を呈するが、グレイゴ教徒の凄惨な死に様に若干顔を青くしている。
レウルスは『熱量解放』を解いてからグレイゴ教徒の遺体を確認するが、ジルバが話した通り喉元に刺し傷があり、体のあちらこちらに焦げたような跡があった。
(情報を渡さないために自決するってのは以前も見たが……銃も駄目だな。完全に壊れてやがる)
破片になって地面に散らばる銃の残骸も確認してみるが、引き金や銃身といった金属で作られた部分以外木っ端微塵になっていた。
さすがにそれらの破片だけで銃の種類がわかるはずもなく、レウルスは小さくため息を吐く。
(ジルバさんの見立て通りなら、グレイゴ教徒の中でも弱い奴らを“目的地”の周囲に配置しているのか? それとも偶然? ジルバさんを狙ってたし、待ち伏せのつもりだったのかも……いや待て、仮にグレイゴ教徒が散らばっているのだとしても、今の発砲音と爆発音は……)
そこまで考えたレウルスは、愛剣を握る手に力を込める。
「ひとまずこの場から離れましょう。サラ、遠くから熱源が近付いてきていないか?」
「え? それっぽい熱源は……あっ! 何か来た! こっちに向かってきてる! 数は……三……って増えた! えっと……五……十ちょっと!」
「方向は?」
「あっちとあっち! それと……あっち!」
そう言ってサラが指をさすが、その方向はバラバラだった。おそらくは爆発音を聞きつけ、向かってきているのだろう。
炸裂した火薬の量が段違いだったため、発砲音ではなく爆発音が――“自爆するような何か”と交戦したことが伝わっている可能性が高かった。
「それならこちらに。この人数で移動すれば痕跡が残りますし、向かってきている相手を逆に奇襲しましょう」
「複数人の集まりで向かってきているみたいですし、先制しますか」
ジルバの提案に頷き、レウルスは先導を頼む。平地を抜けて再び木々が多く生える一帯へと足を踏み入れたため、ジルバが先導した方が安全だと判断したのだ。
「俺とジルバさんが前に出る。エリザ達はなるべく魔力を温存しつつ、必要と思えば援護をしてくれ。サラは常に索敵。ミーアは背後の警戒を頼む」
そんな指示を出しつつ、レウルスは『熱量解放』ではなく『強化』を使う。魔力は潤沢にあるが、極力消耗を抑えておきたいのだ。
(『強化』だけでどこまで戦えるか……司祭まではなんとかなるか? ジルバさんと協力すれば司教とも戦えるかもしれないが……)
先ほどの狙撃のように、思わぬ攻撃が飛んでくる可能性もある。そのためいつでも『熱量解放』に切り替えられるよう意識しつつ、レウルスは駆け出すのだった。




