第533話:大問題 その5
『龍斬』が零した声に反応したソフィアは、周囲を見回して最後にはレウルスへと視線を向ける。
「いきなり『思念通話』をつないで裏声でわたしに声をかける……なんて、『思念通話』で声を偽るのは無理か。え? じゃあ今の誰の声よ? ネディ様……じゃあないわよね。そもそもわたしに話しかけてくれなさそうだし」
「……ネディ、あなたには進んで話しかけようと思わないよ」
「精霊教師としては心が折れそうになる発言をありがとうございます……じゃあ、一体誰?」
怪訝そうな顔をするソフィアだが、ナタリアから探るような目で見られていることに気付く。
「その目はなんですか、ナタリアさん……『この子、いきなり変なこと言い出したけど大丈夫かしら?』みたいな空気を感じるんですが?」
「そんなことは思っていないから安心してちょうだい……わたしには聞こえない声があなたには聞こえるのが、少し気になってね」
「……ナタリアさんには今の声が聞こえなかったんですか? “耳が良い”ナタリアさんが?」
わたしを担ごうとしてませんか、とソフィアは疑わしげな表情を浮かべる。
『れうーす、へんなのいるー。へんなの』
「……今も聞こえたんですけど、ナタリアさん、本当に聞こえてないんですか? 舌足らずにレウルス君の名前を呼んで、多分わたしのことを変なの呼ばわりしてるんですけど……というか、そこのレウルス君じゃなくてわたしが変って言われるの微妙に傷つくんですけど……」
「今、すさまじい風評被害を受けた気がする」
レウルスは思わずツッコミを入れるが、このまま事態を放置するわけにもいかない。そのためどう説明したものかと迷いながらも、『龍斬』を軽く持ち上げてみせた。
「さっきから喋ってるのはこの剣でして……この前から喋るようになったんですよ」
「そんな自分の家の赤ん坊が最近喋るようになった、みたいに言われても困るんだけど」
本当に困った様子で眉を寄せるソフィアだったが、『龍斬』を見ながらレウルスへと尋ねる。
「ねえ……ちょっと“目”を使ってもいい? 少し……というか、かなり嫌な予感がするんだけど……」
「……構いませんよ」
レウルスとしても、『龍斬』に宿った“何か”に関して少しでも情報が欲しいところだった。そのため頷きを返すと、ソフィアは魔力を目に集中させていく。そして数秒かけてその目を赤く輝かせると、『龍斬』を切っ先から柄頭までじっくりと眺め始めた。
「嘘、でしょ……え? なんでこんなものが……」
そして、どこか呆然とした様子で呟く。そんなソフィアの反応に、レウルスは思わず眉を寄せた。
「気になる反応ですね……この剣がどうかしましたか?」
「どうかしたか、なんて話じゃ……こ、この剣、素材は何? 製法は?」
ソフィアらしからぬ取り乱した様子を怪訝に思いながらも、レウルスは情報を得るためだと思いながら答える。
「知り合いの上級の魔物からもらった牙と爪、それと鱗……あとはドワーフが製錬した鉄が材料ですね。製法に関しては詳しくないんで……ミーア?」
さすがにヴァーニルの名前は出さずに説明するレウルスだったが、途中からミーアへと話を投げる。
「細かく説明すると長くなるんだけど……とりあえず、レウルス君が言った材料をサラちゃんの炎とネディちゃんの水を使ってボクの父ちゃん……ボクが知る限り一番腕の立つ鍛冶師が鍛え上げた逸品だよ。ボクも途中で何度か鎚を振るったけど、大体は父ちゃんが作ったって言えるかな?」
そう言って誇らしげに胸を張るミーア。手伝い程度ではあったが、ドワーフとしては自身が制作に関わったものが優れた出来になると嬉しくて仕方ないのだ。
「その子はたしかドワーフの……なるほど、その“上級の魔物”がどれほどの存在かで変わるけど……ってこれ、“魔力の色”を見る限り火炎魔法……それもこの質は……火龍? ん? あれ?」
ミーアに視線を向けながら話を聞いたソフィアは、再び『龍斬』へ視線を戻しながらぶつぶつと呟く。だが、その途中で何かに気付いたように再度ミーアへと視線を向けた。
「…………」
「な、なに? そんなにじっと見られると恥ずかしいんですけど……」
赤く輝く瞳でじっと見つめられたミーアは、居心地が悪そうに肩を縮こまらせる。内心すら見透かすように覗き込んでくるソフィアに“嫌悪感が湧いた”が、気のせいだろうと思いながら。
「ドワーフ……ドワーフ? いやでも、これは……以前視た時はこんな……変質している?」
「ソフィアさん? そんなに気になることを言われるとこちらとしても黙っていられないんですが」
『龍斬』を見て、ミーアを見て、再び『龍斬』を見て。
視線を彷徨わせるソフィアに異常を感じながらもレウルスが声をかけると、ソフィアは我に返ったように目を瞬かせる。そしてコロナが淹れてきた緑茶を一気に飲み干すと、大きなため息を吐いた。
「……先に結論から言います。そちらの剣には精霊様……と思しき存在が宿っています。そしてそちらのドワーフ……“ミーア様”でしたか。精霊様……に近い気配があります」
「ボクが……精霊に近い?」
ソフィアの言葉に、ミーアは困惑した様子で首を傾げる。
「ええ……以前視た時は間違いなくドワーフでした。それがドワーフと精霊の中間……いえ、やや精霊寄りに変質しています。最近、何か変わったことはありませんでしたか? 魔力が増えたとか、以前は使えなかった魔法が使えるようになったとか……」
「変わったことって言われても……」
そう言いつつ、ミーアはレウルスに目配せを送った。それを受け取ったレウルスは、一度頷きを返してから口を開く。
「俺と『契約』を結んだら“そうなった”な」
「…………」
ソフィアは完全に沈黙し、錆び付いたロボットのような動きで首を捻ってレウルスを見る。
「『契約』を結んだ? アンタ本当に人間? というかアンタ、さっき風評被害がどうとか言ったわよね? どう考えてもアンタの方が変でおかしいわよ? 謝ってちょうだい」
「は、はあ……ごめんなさい」
レウルスが素直に謝罪すると、ソフィアは何度も深呼吸を繰り返す。
「……失礼、取り乱したわ。ごめんなさい」
「いや、それは良いんですが……本当に大丈夫ですか?」
レウルスが気遣うようにして尋ねると、ソフィアは頬を引きつらせる。
「アンタとその周囲が原因でこうなったんだけど……ううん、それは良いわ。置いておきましょう。今必要なのは“今後”どうするか……どうしようかしら……」
本当に困った様子で呟くソフィアだが、レウルスとしてはソフィアの反応の大きさの理由がいまいち理解できない。ソフィアは俯き、ぶつぶつとつながりが感じ取れない言葉を呟きながら数分間思考を巡らせていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「まず、そちらの剣だけど精霊……それも若干赤みがかっているけど“無色”に近いものが宿っているわ。サラ様のように火の精霊というわけではなく……剣に宿ったのだから剣の精霊とでも言うべきでしょうね」
「剣の精霊……聞いたことないな。ああでも、どこかで精霊が『変化』で剣に化けたって……」
レウルスが首を傾げると、ソフィアからジト目が飛んでくる。
「風の精霊の血を引く者が『変化』で武器に姿を変えた、という噂話なら聞いたことがあるけど、これは全くの別物よ。正直なところ、何ができて何ができないか……それもほとんどわからないわ」
「ほとんどってことは、何かわかったことがあるんですかね?」
揚げ足取りかもしれないが、と思いながら尋ねるレウルス。するとソフィアは『龍斬』へ視線を向け、眉間に皴を作りながら答える。
「この剣、多分だけどグレイゴ教徒が執着している『神』にも届き得ると思うわ。素材、作り手の技量、そしてそれを振るう者の力……ああ、『神』は知ってるわよね? バルベリー男爵のところで起きた事件について被害の報告を見たけど、“それっぽい”のが出たんじゃない?」
「知ってるけど……ソフィアさんも知ってるんですね」
ソフィアの口から出てきた『神』という言葉に片眉を跳ね上げるレウルスだったが、ソフィアは苦笑するようにして言う。
「立場上は……と言いたいけど、マタロイでも国の上層部は大体が知っているわ。国王陛下や大臣といった国の指導層、あとはわたしみたいにグレイゴ教を探っている者……それと実際に対峙したことがある者とかね」
「“アレ”を知っているのなら、この国でのグレイゴ教の扱いがもう少しマシになると思うんじゃが……いや、そうしてしまうとそれはそれで面倒じゃな」
ソフィアの話を聞いたエリザが疑問を口にするが、すぐさま一人で解答に辿り着いたのか嫌そうに表情を歪める。
「基本的にいつ、どこに現れるかわからないし、頻繁に現れるものでもないのよねぇ。グレイゴ教徒を受け入れてマタロイで網を張らせるとしても、腕だけはたしかな連中だから領地を持つ面々からすると魔物以上に危険な存在とも言えるし……」
そこまで話したソフィアは一度首を横に振ると、ずれかけた話を元に戻す。
「っと、そんなわけでその剣には精霊が宿っているわ。そしてそちらのミーア様に関しては……レウルス君と『契約』を結んだ影響かしら? 魔法……多分土魔法だと思うけど、使えるようになってない? 魔力の色が変化しているんだけど……」
「……土魔法、使えるようになったな。でもドワーフの中には土魔法が使える奴もいるって聞いたんですが」
「魔力を見る限り、以前は使えなかったんでしょ? ここまで短期間で魔力が変質していたら“何か”あったってわかるわよ……あ、さすがに目が疲れてきたわ……」
ソフィアはそう言って赤く輝いていた目を正常に戻すと、コロナが再度淹れてきた緑茶を再び一気に飲み干し、その視線をレウルスに向けた。
「……宮廷の連中が“事態を動かす”のを止める気はなかったけど、気が変わったわ。レウルス君、亜龍退治の話があったでしょう? あれ、グレイゴ教の連中にあなたをぶつけるための嘘よ」
そして、レウルスが驚くほど唐突に情報を伝え始めるのだった。




