第531話:大問題 その3
フィオリ侯爵と書記の若者二人が退室した後、応接間にはレウルスとナタリア、ルイスにベルナルド、エリオが残された。
これ以上応接間に用もないため解散――とはいかず、ナタリアが心境を表すようにため息を吐く。
「まさかフィオリ侯爵殿が出てくるとは……これはますますもってきな臭くなってきたわね」
「そうなのか? 油断できない感じはしたけど、想像してたより普通の事情聴取だったと思うんだが……」
ナタリアの言葉を聞き、レウルスは疑問を示すように首を傾げる。すると、それを聞いたルイスが苦笑を浮かべた。
「当家……ヴェルグ伯爵家にアメンドーラ男爵家、それに準男爵とはいえ精霊教とつながりが強いレウルス君が関わっているからね。場合によってはドーリア子爵家との調停も担当することになるし、聴取が“まとも”なのはフィオリ侯爵殿の身を守ることにもつながるわけさ」
「そんなものですか……まともじゃない聴取をする人もいるんですか?」
「便宜を図る代わりに“袖の下”を要求したり、何か条件をつけたりね……今回の場合、それをすると君がどう動くかわからないからこういう形になったんだと思うよ」
苦笑を浮かべたままでそう話すルイスに、レウルスは疑問を深める。
「俺が何かするとでも思われたんですかねぇ……さすがに滅多なことを言われたり、されたりしない限り、何かしようとは思わないんですが」
「ははは……うん、その可能性があるだけで……ね? さすがに上級の魔物を何体も倒している相手とわざわざ事を構えようと思う酔狂な人はいないから……」
ルイスは乾いた笑い声を上げるが、レウルスとしては危険人物だと思われているのか、と少しだけ気にかかった。
「というか、その理屈で言うとドーリア子爵のところってその“酔狂な人”になるんじゃ……」
「……子爵本人は知らない可能性が高いからね。普通に考えればそんな真似をしないと思うからこそ、うちのセバスもセラスの凶行を止められなかった面が……っと、これは言い訳だった。忘れてくれたまえ」
レウルスはルイスと言葉を交わすが、話を聞いているのかいないのか、何やら思案に耽っている様子のナタリアへと視線を向ける。
「というか姐さん? 何か気になることでもあるのか?」
「……気になるというか、王宮やその周囲の動きで少し、ね。先ほどのフィオリ侯爵殿の様子を見て、どうにも腑に落ちないというか……まさか、と思うことはあるのよ」
そう言いつつ、ナタリアは応接間に残っていたベルナルドとエリオに視線を向けた。するとその視線にベルナルドが反応し、口の端を吊り上げるようにして笑う。
「どうした? 都合が悪いなら俺もエリオも外に出ているぞ?」
「いえ……それは構わないのですが、一つだけ質問が。そこのエリオ殿が今回の件の現場を確認していましたが、第一魔法隊としてはどのような動きをするつもりですか?」
男爵と準男爵という身分の違いがあるにも関わらず、ナタリアはベルナルドを“上”に立てて話す。それは余計なことを漏らす者がいないと判断してのことだろうが、ベルナルドもそれに応じるようにして頷いた。
「さて……現在、王都の守護を担当しているのが我々第一魔法隊だからな。第二魔法隊も第三魔法隊も出払っているし、他の隊では何かあった際に戦力で劣る……その上で答えるのなら、陛下からは動くよう命令が下っておらん」
「となると、動かしたいのはやはりレウルスですか……今回の件もレウルスを動かすための一環か、あるいは本当にセラス嬢が暴発しただけなのか……」
「俺を動かす? 王都の西にいるっていう亜龍退治の件か? あれも実際はいないらしいけど、俺が動くと何かあるのか?」
ナタリアの口調には何かしらの考えがあるように感じ取れ、レウルスは素直に尋ねる。国王であるレオナルドからは“もっともらしい理由”をつけて依頼を受けてほしいと言われたが、亜龍が本当に存在しないのならば何を目的としているのか。
「あくまで推測でしかないけれどね……叙爵の儀以降、あなたの周囲で起きたことから考えるとあなたが何を考え、何を基準として動くのかを見ているのではないか、と思うのよ」
「俺が何を基準として動くか……か」
「ええ。金銭なのか名誉なのか、立場なのか領地なのか、あなた個人に関することなのか、あるいは周囲の者や異性なのか……わたしもあなたの報酬をどうしようか迷うと言ったでしょう? 宮廷の面々からすれば、あなたが何を求めているかわからなさ過ぎて動きが取りにくいんだと思うわ」
ナタリアからも何度か言われたことだ。しかし、レウルスとしては現状でも十分満ち足りているため、何を求めるのか探られても困ってしまう。
(そういえば、王様の依頼を断ったら準男爵って立場を“取り上げてくれるのか”確認したら変な顔してたっけか……叙爵が終わったあとの祝宴でも、あの肉しょ……じゃねえ、お嬢さん方が群がってきたのもその一環か?)
レウルスが準男爵になったことで行われた祝宴で取り囲んできた女性達の様子を思い返し、レウルスはげんなりとした表情を浮かべる。ギラギラとした熱意を放つ者が多かったが、中には観察するような視線を向けてくる者もいたためナタリアの話もあながち間違いではないと思えた。
「そういったわかりやすい釣り餌に食いつかないから、俺がどう動くかを見るためにあのセラスって嬢ちゃんが襲ってきた可能性もあると?」
「可能性はあるわ……ただ、アレは周囲に及ぶ被害が大きすぎるから別口だとも思うのよね。もちろんあなたがどんな反応を示すのか観察していたんでしょうけど、少しでもあなたを知る者なら絶対に選ばない方法だもの……仮にあの猛毒がエリザ達にかかって、死ぬなり重傷を負っていたらどう思う?」
「……? 姐さん、おかしなことを聞くんだな。身内に手を出したんだから落とし前をつけに行くぞ?」
レウルスはきょとんとした顔つきで答えるが、それを聞いたルイスやエリオは頬を引きつらせる。
「レウルス君、その……落とし前というのはどのようなものになるんだい?」
「聞いておきたいような、聞かない方が良いような……」
その時は“どうなる”のか、自分でもわからない。そのためレウルスが無言で視線を返すと、ルイスとエリオはそっと視線を逸らした。
「……つまり、ルヴィリアは“そこまで”想う相手ではないということか」
だが、視線を逸らしたままでルイスがそんな言葉を口にする。それは小さな呟きのようで、それでいてレウルスの耳に届く大きさの声だった。
「んー……いえ、嫌いではないんですよ? むしろ評価は高いと言いますか、気に入っている部分もあると言いますか……貴族のお嬢さんの割に根性あるなって思いますし、どんな悪影響があるかわからない液体が飛んでくるっていうのに、エリザ達を庇う度胸もありますし」
「それはまた……貴族の娘に対する評価としては喜べば良いのか迷うところだね。妹は喜びそうだけど」
ルイスは複雑そうに言うが、レウルスとしては他に言い様がない。
少なくとも悪感情は抱いていないのだ。時折行動に驚かされることもあるが、ルヴィリアの純粋ぶりはレウルスとしても心地良いものがある。
「話が逸れているわね。ひとまず、今回の聴取でレウルスが“何に反応するか”をおおよそ見切られたと考えるべきだわ」
「アメンドーラ男爵殿? これまでの話を聞くと、レウルス殿は“何にも反応しない”ように思えたのですが……」
話の軌道修正を行うナタリアに対し、即座にエリオが疑問を呈した。すると、ナタリアは苦笑を浮かべる。
「ええ。だからこそ、相手が選ぶのは正攻法……真っ向から依頼を用意して、適正な報酬を出す……そういった形になると思うわ」
「だが、あくまで推測だろう?」
ナタリアの言葉を聞き、からかうようにしてベルナルドが言う。それを聞いたナタリアは苦笑を浮かべて頷いた。
「たしかに推測の域を出ませんわ。ただ、レウルスを動かすのが目的なら依頼を提示して受けさせる……冒険者としてこれまで培ってきた方法を採用する方が可能性が高いですから」
「ふむ……強者ではあるが俺のように陛下に仕えて武器を振るう、という性格でもないか。自身が巻き込まれたというのに動かないあたり、宮廷雀も頭が痛かろうが……」
「本当ならわたしの領地を引き合いに出して、開拓の期間を延長する、あるいは援助を増やす……そういった話を振ってレウルスを動かしそうですが、事前にその辺りは潰していますからね」
そう言って自信ありげに話すナタリアだったが、何か思うところがあるのか表情を曇らせる。
「ただ、動くとしても“誰が来るか”で変わると思います。先ほどのフィオリ侯爵殿ならまだ話も付きやすいのですが、ね……」
話している間に何か確信を得たのか、ナタリアはそう締め括る。
(依頼を誰が持ってくるか、って話か……さすがに王様が直接来たりはしないだろうけど……)
ナタリアとベルナルドの話を全て理解することはできなかったが、おおよその展望は見えた。
レウルスとしては抗議したいところだが、金にも名誉にも女にも反応を示さないことから扱いに困っているらしい。そのため“普通に”依頼を用意するようだが、それを誰が運んでくるかナタリアは警戒しているようだった。
そして、そんなナタリアの警戒は正しいものとなる。
「こんにちは。やっと治療から解放されましたよ。あ、あの人はうちの治癒魔法使いが診ていますし、信用の置ける手練れもいますのでいきなり暗殺されたりはしないので安心してくださいね? それで――グレイゴ教の司教、ここにいますよね? 会わせてもらえます?」
借家に帰るなり訪ねてきたソフィアが、笑顔でそんなことを言い出したのだった。




