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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
12章:貴族の闇と果たすべき約束

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第525話:大騒動 その2

 大教会で精霊教師を務めるソフィアの協力により、レウルス達には治療のために大教会の客間が解放された。“事件”があった場所からも大教会が所有する馬車に乗って移動することができ、レウルスとしてもありがたい話である。


 いくら体調を持ち直したとはいえ、さすがに今の状態のルヴィリアを歩かせるわけにもいかず、また、ルヴィリアの元妹に関しても馬車を使わなければ移動できないほどの重体だからだ。


 ――そう、重体である。


 半分とはいえ『解毒』の魔法薬を使い、『解毒』を使えたソフィアが治療に当たってこそいるが、予断を許さない状況なのだ。命を永らえるかは半々といったところで、あとは本人の体力次第だろうというのがソフィアの診断だった。


「我々精霊教を信仰する者としては、彼女には生きていてもらった方が“都合が良い”ですからね」


 本心なのか冗談なのか、そう言いながら薄く微笑むソフィアにレウルスは何も言わなかった。そんなレウルスと異なり、エリオは渋い顔をする。


「本当なら我々の詰め所に来てほしいんだが……でも下手人が治療できればこちらとしても助かるし……複数の貴族が関わることだしな……これは困った……」


 エリオとしては第一魔法隊の詰め所に連行したいところだったが、その途中でルヴィリアの元妹が死んでしまえばそれはそれで面倒なことになる。それに加え、詰め所に行くよりも大教会の方が事件の現場から近いというのも困りものだった。


 今回の事件が普通の傷害事件等ならばエリオもソフィアの申し出を突っぱねるが、襲われた側にサラとネディがいる以上、精霊教を無視するのもまずい。そのため隊長であるベルナルドに報告の人員を向かわせつつ、エリオも大教会へ同行することとなった。


 それと同時に、“関係者”に事態を知らせるための人員も派遣している。今回の場合はヴェルグ伯爵家やアメンドーラ男爵家、そして下手人の実家である子爵家などだ。特に、子爵家に関しては弁明の使者を出すよう促す側面もある。


 それらの事柄に関して、レウルスにできることはない。そのためソフィア案内の下、通された大教会の一室で大人しく治療を受けることとなる。


 さすがは広い国土を持つマタロイの中でも王都に居を構える大教会だからか、治癒魔法のみならず『解毒』を使える者が複数いた。その中で最も腕が立つのがソフィアだったが、レウルスの治療を担当する男性も相応に腕が立つ――が。


「『精霊使い』様、一つ失礼なことをお聞きしてもよろしいでしょうか? 治癒魔法の使い手として、これだけはどうしてもお聞きしたいのですが」


 立場や性別の関係上、レウルスとルヴィリアは別室で治療を受けている。レウルスは上着を全て脱いだ上で椅子に座って治療を受けていたが、背後から聞こえる男性の言葉に首を傾げた。


「なんですか?」

「何故この状態で大教会まで歩いてきたのか……是非お聞かせ願いたい。いえ、むしろよく歩いてこれましたね? 普通なら死んでいてもおかしくないほどの猛毒を浴びたと聞いたのですが……」

「あー……これも精霊様のご加護……ですかねぇ?」


 いくら治療をしてくれているとはいえ、自身のことを細かく説明するつもりもない。そのためレウルスが自身の立場に則った発言を雑に行うと、背後の男性は小さく息を呑む。


「なんと……まさか猛毒すら耐えきれるほどのご加護があるとは……やはり精霊様は素晴らしき存在ですな」

(あ、返答を間違えた気がする……でも落ち着いた以上、服が破れたルヴィリアさんと一緒の馬車で移動するってのはなぁ)


 いくら外套を羽織らせたとはいえ、それは外聞が悪すぎるだろうとレウルスは思った。もっとも、今更過ぎる配慮かもしれない、とも思ったが。


 そうやって治療を受けるレウルスだったが、余程強力な毒を使われたのか中々痛みが消えない。のたうち回るほどではないが、背中に熱湯を浴びたような熱と痛みが走り続け、頭がふらつくような気持ち悪さが駆け巡っている。

 治療の邪魔になるからと部屋の外で待っているエリザ達が見れば、心配すること請け合いな状態だった。


(…………ん?)


 そうやってレウルスが治療を受けていると、魔力が近付いてくるのを感じ取る。それと同時に複数の足音が聞こえ、レウルスが治療を受けている部屋の前で止まった。


『エリザ、誰が来たんだ?』

『誰が、と言われるとルイスさんなんじゃが……』

『ああ、ルイスさんか……早かったな』


 『思念通話』で廊下のエリザに確認を取ると、即座に返答があった。そして相手の名前を確認して納得する。


『武装した兵士を連れてきているんじゃ』 


 だが、続いた言葉にレウルスは顔をしかめた。


『何人だ?』

『二十人近くいるのう……あ、どうやらお主に話があるようなんじゃが』

『治療中で良ければ入ってもらってくれ』


 まさか殺しに来たわけでもあるまい、とレウルスが入室を許可すると、エリザが言った通り姿を見せたのはルイスだった。ただし、その顔を見たレウルスは、どう反応すれば良いか迷ってしまう。


 開いた扉から見えた兵士達は鎧や剣を身に着けているが、ルイスはそうではない。腰に剣を差してこそいるが、服装は普段の貴族らしい礼服である。

 ただし、その表情は怒れば良いのか申し訳なく思えば良いのか、あるいは安堵しているのか、様々な感情が入り混じる複雑なものだった。


「レウルス準男爵殿、この度は……なんと言ったら良いか……」


 普段の君付けではなく、準男爵と呼ぶルイスにレウルスは片眉を跳ね上げる。それと同時にルイスの歯切れの悪さ、視線の狼狽え振りに気付き、どう反応すれば良いか迷ってしまった。


「こんな格好ですみませんね。服がボロボロになった上に治療中なもので……」


 ひとまず苦笑しながらそう言ってみるが、ルイスは言葉の選択に困った様子で口を数度開閉する。


「……衣服に関しては、こちらで弁償させていただきます。また、ルヴィリアの治療に使ったという魔法薬の代金も全てこちらで払います。準男爵殿には別途、慰謝料も――」

「あ、そういうのは少し待ってもらえますか? その辺は俺じゃあいまいち判断ができないんで姐さん……アメンドーラ男爵が来てから話したいんですよ」


 慰謝料とルイスは言うが、レウルスとしては適切な相場もわからないのだ。そのためそういった話は後回しにして、レウルスは敢えて普段通りの笑みを浮かべる。


「とりあえず、普段通り話してくれません? 俺としては話しにくくて仕方ないですよ」

「しかし……いや、それが君の願いなら受け入れるとも」


 レウルスの言葉を聞いて逡巡したルイスだったが、数秒悩んでから表情を崩す。


「俺も気が動転していたみたいだ……金のことは後にしてでも、先に言うべき言葉があったよ」


 そう言ってレウルスの傍へと近付くと、ルイスは頭を下げた。


「すまない、レウルス君。当家の事情に君達を巻き込んでしまった……それと妹を、ルヴィリアを助けてくれてありがとう……」


 心底からの謝意を伝えてくるルイスに、レウルスは小さく首を振る。


「いえ……ルヴィリアさんに関しては、エリザ達を守ってもくれましたからね」

「だが、そもそもアレが……セラスがあのような真似をしなければ、君達を危険に晒すようなこともなかったんだ。ルヴィリアは当家の人間として必要なことをした……そう思ってほしい」


 ルヴィリアの元妹――セラスが凶行に及ばなければ危険に晒されることもなかった、というのは正しいだろう。レウルスとしても予想外の行動過ぎたのだ。


 魔力も感じず、戦いに身を投じる者でもなく、ただの令嬢がいきなり馬車の硝子窓を殴り壊して襲ってくるとは思いもしなかった。


「ルヴィリアさんの様子は確認しましたか?」

「いや……今は治療中なのだろう? いくら兄妹とはいえ、さすがに立ち入るわけにはいかないさ」

「ルヴィリアさんの“元”妹っていう子の方は?」


 一応の確認としてレウルスが尋ねると、ルイスの表情が瞬時に険しくなる。


「……ルヴィリアから聞いたのかい? そちらも確認してないさ……むしろするつもりもない。これから彼女の実家……別邸ではあるがドーリア子爵家に行くつもりでね。相手の態度次第では……」


 そう言って剣呑な気配を漂わせるルイス。しかし、そんなルイスを制するように廊下から声が響く。


「あら……それは“純粋な被害者”であるレウルスを差し置いてやるべきことかしら?」


 そんな言葉を投げかけながら姿を見せたのは、ナタリアである。普段着のドレスに似た黒い衣装を身に着けているが、その手には何故か愛用の杖が握られていた。


「アメンドーラ男爵殿……しかし、こちらとしても落とし前を付けなければ面子が立ちません」

「叙爵早々こんな面倒事に巻き込まれたレウルスの面子は潰れたままなのに? そちらだけ面子を立てると? まあ……これはこれは、驚きですわ」


 そう言いながら鋭い視線をルイスに向けるナタリア。それを見たレウルスは、内心だけで冷や汗を流す。


(あ、あれ? 姐さんの様子がちょいとやばいような……)


 苛立ちを隠そうともしないナタリアに、レウルスは右手を彷徨わせる。だが、治療中ということもあって『首狩り』の剣は近くの机に置いてあり、『龍斬』は自宅で留守番中だ。


「聞けば、レウルスはそちらの家中での問題に巻き込まれたのでしょう? ルヴィリア殿が狙われた以上、貴方も動かざるを得ないのでしょうけど……一方的に“お家騒動”に巻き込まれたレウルスの方が報復の権利があるのではなくて?」

「それは……そう、ですが……」


 淡々と告げるナタリアに対し、ルイスは己の不利を悟って眉を寄せる。


「精霊様が巻き込まれた以上、我々精霊教徒としても黙ってはいられない……それは覚えていてほしいものですな」


 そして、レウルスの背中を治療していた男性までもがそんなことを言い出した。それを聞いたレウルスは、エリオが語っていた懸念通りの事態に発展しそうだと焦りを覚える。


 エリオの懸念と異なる点があるとすれば、精霊教とはともかくとしてナタリアとルイスが互いに意見をぶつけ合わせ、剣呑な雰囲気になりつつあることだろう。


「ま、まあまあ二人とも落ち着いて……エリオさんがそのドーリア子爵家? にも人を向かわせているんで、その反応次第で良いんじゃないですかね?」

「レウルス君、準男爵になったばかりの君ではわからないかもしれないが、それでは面子が立たないんだ」

「いやいや、謝罪なり弁明なりの使者が来てから動けば良いと思うんですよ。来なかったり舐めたこと言ったら遠慮も容赦もいらないですし」


 セラスが勝手に仕出かしたことならば、それこそ飛んできて謝罪するだろう。仮にドーリア子爵家が主導して今回の事件を起こしたのならば、レウルスもルイスを止めるつもりはない。むしろ先陣を切っても良いと思えるほどだ。


「こちらから兵を出しても相手の方が非を認めた、という形が重要なんだけどね……アメンドーラ男爵殿の言う通り、純粋な被害者であるレウルス君がそう言うのなら飲み込まざるを得ない、か」


 不満そうな色は隠せないが、ルイスはレウルスの顔を立てることにしたようだった。そのため王都で即報復戦が始まることはないだろう、とレウルスは思ったのだが――。


「ドーリア子爵は現在領地に滞在しており、別邸に詰めていた執事達も今回のことは何も知らなかったようで……」


 戻ってきた兵士が冷や汗を流しながらそう報告してきたため、レウルスは思わずその場で両手を上げるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] レウルスの叙爵の時に居なかったって事か? 政治イベントから遠ざけられてる?
[一言] レウルスからもらったミサンガの件でルヴィリアの気持ちに拍車がかからなければいいけど・・・まぁどうせ手遅れなのは一緒か(笑)
[一言] 唯一弁明出来る子爵が王都に居ないって… こらあきまへんわ(白目)
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