第520話:王都観光 その2
レウルス達が乗り込んだ馬車は、ヴェルグ伯爵家が使用するだけあって大型かつ乗り心地も快適な造りになっていた。
大きさは幅が二メートル、長さが三メートルと少々。長方形の箱馬車は木材と金属板を組み合わせて作られており、壁には外を見るための窓が設けられている。
細部にも拘っており、金属の支柱には花を模した模様が彫り込んであった。ソファーのような椅子も設置されているが、綿をふんだんに詰め込んでいるため馬車が進む際の衝撃を吸収するようになっている。
レウルスにエリザ、サラにミーア、ネディにルヴィリアと六人が乗り込んでも余裕を持って座ることができる広さ、そして内装の豪華さは伯爵家の者が使用するに足る。馬車に詳しくないレウルスでさえそう思えるほどに、“立派”な馬車だった。
馬車の座席は二つあり、向かい合うようにして設置されている。その内一つにレウルスとエリザとネディが、もう一つにルヴィリアとサラとミーアが座っていた。
(姐さんもこういう馬車を買うのかねぇ……というか、俺も買わなきゃいけないのか?)
望まずとも準男爵という立場を得てしまった以上、身分相応の移動手段を手に入れるべきなのか、とレウルスは内心で疑問に思う。町中ならともかく、野外を移動するならば自分の足で森の中を突き抜けた方が文字通り最短距離で目的地にも向かえるため、馬車を購入するメリットも特にないように思えたが。
(コルラードさんも買ってなかったし、いいか……)
今は必要あるまい、と結論付けるレウルス。必要になったならばナタリアやコルラードが話を振ってくるだろうと記憶の片隅に追いやることにした。
「おー……」
馬車で王都の中を進むにあたり、一番“満喫している”のは意外というべきかネディである。窓にべったりと顔を寄せ、流れて行く風景を興味深そうに眺めているのだ。風景が右から左へと流れていくのが面白いらしい。
(移動する時に荷物を載せるのにも使えるし、ネディが喜ぶのなら馬車を買っても良いかもな……でも馬の世話とかもあるか)
レウルスは前言を撤回して馬車の購入を検討し始める。ただし、買うとしてもさすがに当分先の話になるだろう。
「きょ、今日は良いお天気ですねっ」
そうやって馬車の乗り心地やネディの様子を観察していたレウルスだったが、正面に座ったルヴィリアが話題を振ってきた。まさかの初手で天気の話題が飛んできたため、レウルスは窓から空を見上げて大きく頷く。空は雲一つない快晴だった。
「ええ、良い天気ですね」
「そ、そうですよね」
「ええ」
そこで会話が途切れる。続く話題は何かと思考するレウルスだったが、ルヴィリアは頬を赤らめながら視線を右往左往させていた。
(……ルヴィリアさん、滅茶苦茶緊張してないか?)
金色の髪を指先で弄びながら、一生懸命話題を探すルヴィリア。そんなルヴィリアの姿に思うところがあったのか、レウルスの隣に座ったエリザが軽く肘で突いてくる。
(ルイスさんからの情報は……喋ってくれそうにないな。とりあえず喋りながら緊張を解すか)
目的地である薬屋まで“このままの空気”でいるというのも居心地が悪い。普段なら大騒ぎするサラも、振動で揺れる座席の感触に御満悦な様子で会話に参加するようには見えなかった。
レウルスは脳内で話題を探す。そしてせっかくの機会だからと尋ねることにした。
「そういえばルヴィリアさん、一つ聞きたいことがあるんですけど」
「えっ? き、聞きたいこと……ですか? わたしに答えられることなら何でもお答えしますっ!」
胸の前で両腕を構えるようにしながら、勢い込んでルヴィリアが頷く。その様子に苦笑しながらも、レウルスはつい先ほどまで頭を悩ませていた話題を振ることにした。
「貴族の人って自分の子供にどんな名前をつけるんですか? 男の子か女の子かで付ける名前も変わるんでしょうけど、やっぱり意味を持たせたりするんですかね?」
「…………はぇ?」
“この世界”における名付けのルール――などと大層なことは言わないが、どのようにして名前が決められるのかレウルスが尋ねる。
レウルスの場合は三歳の頃に両親が死んでしまったため聞けなかったが、何かしらの意味を込めて名前をつけたのだと思うのだ。
「そ、それは、そのっ、ど、どういう……?」
「いえ、自分が“名前を付ける立場”ならどうするかって話なんですが……男の子なら格好良い名前にするとか、女の子なら可愛い名前にするとかですか?」
今まで以上に顔を赤くし、挙動不審になりながら尋ねてくるルヴィリアにレウルスは笑いながら答える。
レウルスが名前を話題に選んだのは、『龍斬』に宿った“何か”の名前を決めるためのヒントを求めてのことだ。さすがに剣に謎の存在が宿ったから名前を決めたいんです、などとは言わないが。
「名前……こ、子供の名前……気がはや――」
だが、ルヴィリアは顔の赤みを更に増しながら呟きを漏らす。
「んんっ! レウルス? “誤解”を招くようなことを言ってはダメじゃぞ?」
そう言ってエリザがレウルスの横腹を突いていた肘に力を込める。ぐりぐりと、抉るようにして肘が横腹にめり込み始めてレウルスは首を傾げた。
(誤解? いや、まさか“そんなこと”があるわけ……)
エリザが何を言いたいのかをすぐさま読み取ったレウルスだったが、ルヴィリアの様子を見て口を閉ざす。そして数秒ほど思考を巡らせ、視線を窓の外に向けた。
「……訂正します。ほら、俺って家名を決めないといけないじゃないですか。そのヒント……じゃない、取っ掛かりがほしいんですよね」
「……えっ? あ、ああ……そういう……」
ルヴィリアは我に返ったように目を瞬かせる。そして熱を持った頬を冷ますように両手で挟み込むと、ぼそっと呟いた。
「……レウルス様、いじわるです」
「…………」
馬車の中であり、距離も近いためルヴィリアの呟きはレウルスの耳に届く。
レウルスの自業自得ではあるが、薬屋までの道程は些か以上に気まずいものになったのだった。
ゴトゴトと音を立てながら馬車が進み、辿り着いたのは目的地の薬屋である。
王都ではあちらこちらに大店や中小規模の店があるが、様々な店が軒を連ねて市場と呼ぶべき規模になっている区域が四カ所ほど存在する。
それらは王都を俯瞰した場合、東西南北に分かれて一カ所ずつ存在した。近隣の住民が頻繁に利用するからか活気に溢れ、人通りも多い。
そんな四カ所存在する市場の中でも、西の市場に今回の目的地があった。
セバスが操る馬車が止まり、レウルスは扉を開けて地面に降り立つ。そうして視線を巡らせてみれば、ビーカーのような物体を看板に描いた“いかにも”な建物が視界に映った。
「っと……ルヴィリアさん、手をどうぞ」
件の薬屋に足を踏み入れるよりも先に、レウルスはルヴィリアのエスコートに移る。馬車から下りようとするルヴィリアに右手を差し伸べると、ルヴィリアは目を丸くしてきょとんとした顔付きになった。
(……あれ? こういうことってしないのか?)
少しでも貴族らしいことを、と思って行動したレウルスだったが、ルヴィリアの反応が鈍い。そのため何が悪かったのかと思考を巡らせ、“言い方”が悪かったのだろうと結論付けた。
「――お手をどうぞ、お姫様」
「っ……はいっ!」
ルヴィリアは嬉しそうにレウルスの手を取り、馬車から下りてくる。それは実に嬉しそうな表情で――。
「ん?」
レウルスは刺すような視線を感じ取り、そちらへと視線を向ける。
(さっきの馬車……か?)
レウルスが視線を向けた先にあったのは、借家の前で通りがかった馬車である。相変わらず家紋を掲げておらず、御者も顔が見えないようにしているため確証は持てないが、馬車の外観だけで判断するならば同一のものと思われた。
(ついてきたのか? それとも先回りしたのか……)
何か“用事”でもあるのか、とレウルスは思うが、視線が飛んでくるだけで相手が動く様子はない。
「……レウルス様? どうかなさいましたか?」
手を取った状態で視線を動かしたレウルスに疑問を思ったのだろう。ルヴィリアが不思議そうに尋ね、レウルスはそれとなく手を引っ張ってルヴィリアの体勢を崩すと、支える振りをして抱き寄せる。
「きゃっ!? れ、レウルスさまっ! こんなところで何を――」
「出発前にすれ違った馬車がいます。気のせいなら良いんですが、どうにもこっちを見ているようで……狙いは俺か、ルヴィリアさん……もしくはサラだと思うんですが心当たりはありますか?」
抗議するルヴィリアだったが、レウルスは視線を飛ばしてくる馬車に背を向ける形で表情を隠しつつ、ルヴィリアへと小声で問いかけた。するとルヴィリアもすぐさま現状に気付いたのか、困惑したように眉を寄せる。
「いえ……何がなんだか……」
演技なのか本心なのか判別できないが、ルヴィリアはレウルスの瞳を真っすぐ見ながら答える。
(嘘じゃないな……となると、狙いは俺か? それともルヴィリアさんが気付いていないだけか? さすがに王都で精霊のサラを襲おうってやつはいないだろうけど……)
仮にサラを狙った場合、どこからともなく精霊教徒が駆け付けてきそうだ。そんなことを思考しながらも、レウルスは抱き留めていたルヴィリアを立たせて笑顔を浮かべる。
「そうだ! せっかくだから薬屋よりも先に軽く食事でもしませんか? ルイスさんから聞いたんですが、美味しい焼き菓子を売っている店があるんですよ!」
レウルスはわざとらしく声を張り上げ、行き先の変更を提案した。すると、御者席で手綱を握っていたセバスが賛同の声を上げる。
「それは良いですな! 以前私も行ったことがありますし、ご案内いたします! ……申し訳ございませぬ。不審な馬車に気付かぬとは……」
大きな声で賛同した後、小声で謝罪するセバス。その謝罪は本心のものだろう――が、レウルスは妙に引っかかるものを感じた。
(俺が気付いたことにセバスさんが気付かなかった……本当に?)
セバスは視線を向けられていたわけではないため、気付かなかった可能性もある。そう思いながらもレウルスは『思念通話』を使い、サラに言葉を投げかけた。
『サラ、少し離れたところに止まっている馬車があるだろ? 御者が布で顔を隠しているやつだ。その馬車の中には熱源がいくつある?』
『え? 突然どしたの? えーっと……周りに人が多いからわかりにくいけど……一つ、かな?』
(一人? ここまでわかりやすい視線を飛ばしてきてるし、相手は本当に素人か? もしくは陽動で他に誰かいるとか……)
“わかりやすい”敵を置いて、そちらに注目している間に別動隊が迫ってくる危険性もある。そう判断したレウルスは、ルヴィリアと共に馬車に戻りながら笑顔を浮かべた。
「せっかくですし、王都観光と洒落込みましょう!」
他者に聞かせるように声を張ったレウルスは、扉を閉めてセバスに馬車を出してもらう。そして困惑するルヴィリアを他所に窓から外へと視線を向け――止まっていた先ほどの馬車が追ってきていることに気付いて舌打ちするのだった。




