第518話:一夜明けて その2
論より証拠と言わんばかりに『龍斬』に触れさせ、“会話”を行ったサラ達の驚きぶりは三者三様だった。
「剣が喋ったああああああああぁぁっ!?」
「……え? 今、しゃべ……え?」
「……びっくり」
驚愕して叫び声を上げるサラに、目を丸くしながら視線を『龍斬』とレウルスの間で往復させるミーア。そして、普段と比べれば目を見開き、困惑したように呟くネディ。
レウルスはそんな三人の反応に何度も頷く。その驚きぶりはレウルスとしても納得できることで、これで冗談でも嘘でもないと信じてもらえるだろう。
「ミーア……一応聞いておくけど、こんな機能……機能? 魔法? とにかく、喋る魔法具としてこの剣を作ったのか?」
「父ちゃんからそんな話は聞いてないし、そんなことはない……んだけど……喋ってる、よね」
『龍斬』の制作に携わったミーアに尋ねてみるが、ミーアも思い当たる節がないのか困惑を強めるばかりだ。
「わわっ! この子ってばなに? 何で喋れるの? 実はエリザが『思念通話』で喋ってるとか?」
「なんでわたしがわざわざそんな真似を……んんっ! ワシがそんなことをする理由がないじゃろ」
『ない、よ?』
「また喋ったっ!?」
テーブルの上に置いた『龍斬』の刀身に触れながら、再度驚きの声を上げるサラ。
そんなサラの騒ぎぶりも聞こえていないのか、ミーアは『龍斬』の刀身に触れながら目を細め、しきりに首を傾げている。
「父ちゃんの悪戯……って、これだけの素材を扱えるのにそんな真似をするとは思えないし……剣に喋らせる魔法……『魔法文字』を使ってもどうやればいいのか……そもそも剣を喋らせる魔法なんてどうすれば……『変化』じゃないだろうし……」
『龍斬』を見つめながらぶつぶつと呟くミーアだが、明確な答えが出ないのかその表情は非常に複雑そうだ。
『龍斬』を主に“新生”させたのはカルヴァンだが、ミーアも途中で何度も鎚を振るっている。そのため断言できるが、武器としての純度は高めても剣が喋るような作りは一切していないのだ。
――そもそも、どうやれば剣が喋るのかも理解できないが。
「レウルスさん? さっきから声が聞こえていますけど、どうかしたんですか? サラちゃんも叫んでますし……」
そうやって騒ぐレウルス達の様子が気になったのか、掃除をしていたコロナが顔を覗かせる。そんなコロナに釣られてティナも顔を覗かせたが、『龍斬』の周りに集まって騒ぐレウルス達を怪訝そうに見ていた。
「あっ! コロナ! レウルスの剣ってばすごいのよ!」
「すごい……ですか?」
「うん! レウルスの剣がね、喋ったの!」
「…………」
目を輝かせながらコロナに説明するサラだったが、コロナはサラの発言を聞くなり無言で静かに微笑むに留めた。そして数秒ほど言葉を探した後、優しく微笑みながらサラの頭を撫でる。
「そうですか……すごいですね」
「でしょう!」
何故か自分のことのように自慢するサラと、そんなサラの頭を微笑ましそうに撫でるコロナ。さすがのコロナも冗談だと思っているのだろうが、レウルスはそんなコロナの反応に苦笑するしかない。
「コロナちゃん、俺としても信じられないんだが……本当のことなんだよ。この剣に触れてみてくれるか?」
「え? はい……こうですか?」
レウルスが促すと、コロナは『龍斬』の刀身に触れる。そしてそのまま数十秒ほど経ってから首を傾げた。
「えっと……何も聞こえませんけど……」
「……あれ? お、おーい、もう一度喋ってみてくれないか? ほら、コロナちゃんって呼んでみてくれ」
『こぉなちゃん』
「呼べてねえ……コロナちゃん、今のは聞こえたかい?」
舌足らずにコロナの名を呼ぶ『龍斬』だったが、レウルスはともかくコロナは声が聞こえなかったのだろう。不思議そうに首を傾げている。
「コロナさん、魔力がないから『思念通話』がつながらないのかも」
そんなコロナの様子にティナが該当しそうな原因を伝えると、レウルスはそういうものなのか、と首を傾げた。
「……ティナも触れてみていい?」
「ああ……よく斬れるから気を付けろよ」
窺うように上目遣いで尋ねるティナに、レウルスはすぐさま許可を出す。しかし『龍斬』の刀身に触れたティナは十秒ほどしてから首を傾げた。
「ティナも聞こえない。本当に喋ってる?」
「そうなのか? 俺達は聞こえるんだが……」
自分だけ聞こえるのならばレウルスとしても本当に幻聴を疑うところだったが、どうやらコロナだけでなくティナにも聞こえないらしい。レウルスはそれを不思議に思いながらも、ティナの頭に手を乗せて『思念通話』を使った。
『こんな感じで『思念通話』みたいに声が聞こえるんだが……本当に聞こえないのか?』
『……聞こえない。あ――』
レウルスが手を離すと、ティナはレウルスを見上げて何か言いたげな顔をする。その視線を受けたレウルスは首を傾げた。
「何か思い当たる節があるのか? あったら教えてほしいんだけど……」
「う、ん……ちょっと、待って」
そう言ってティナは視線を床に落とす。
グレイゴ教の司教ならば何か知っているかもしれないと思ったレウルスはティナを眺めるが、頭部に生えた狐耳が忙しなく動き、エリザから借りているスカートの下で尻尾がパタパタと動いているのが見えるだけだ。
「喋る魔法具……魔法人形ならともかく、剣が喋るなんてティナも聞いたことが……」
そこまで話したティナだったが、言葉を切って記憶を探るように目を細める。そしてしばらくして首を傾げると、自信がなさそうに口を開いた。
「噂だったと思うけど、そういう剣が存在するって話を聞いたような……でもアレは精霊の『変化』だった……かも?」
「……精霊って武器に『変化』することができるのか? あれ……ヴァーニルがあの巨体から人間の大きさに化けられると思えば武器になるぐらい普通……か?」
精霊が剣に『変化』するなどどんな現象だ、とは思ったものの、身近なところにもっとおかしな真似をしている知り合いがいたためレウルスは辛うじて納得する。
数十メートルある火龍の巨体が人間大に『変化』するのだ。それと比べれば精霊が武器に『変化』する方がレウルスとしてはまだ理解もできた。
「あー……君は精霊、なのか?」
レウルスは『龍斬』に向かって尋ねる。ティナも噂程度で確証がない口振りだったが、カルヴァンが悪戯で喋る機能を付けた、などと思うよりは余程あり得そうだった。
問題は、いつ、どこで、どうやって精霊が生まれて『龍斬』に“入り込んだ”のかだが。
『せいれい?』
しかし、『龍斬』から返ってきたのは不思議そうな声である。初めて聞いた言葉の意味を問い返すような声色に、レウルスは困惑を強める。
「……男の子かな? それとも女の子?」
『……?』
試しに他のことを質問してみるが、これまた不思議そうな気配が返ってくるだけだ。
「君は剣……だよな?」
『……うー……ん……ううん?』
精霊とも剣ともわからない、曖昧な反応。あるいはそのどちらの言葉も理解していないだけかもしれないが、声だけで判別するのも難しかった。
(わからん……剣から声が聞こえるのだけは確かなんだが……)
ここまでくれば幻聴とは思わないが、“素性”を確かめられるような返答がない。喋ることこそできるが語彙が少ないのか、あるいは剣自体が己の正体を知らないのか。
(俺やエリザ達だけに声が聞こえて、コロナちゃんやティナには聞こえないってのは……俺が『契約』を結んでいる相手以外には聞こえないってことか? でも、以前は離れていた俺にだけ声が聞こえてエリザ達には聞こえなかった……)
この世界に生まれて早十七年。レウルスとしてはわからないことだらけだが、今回は極めつけだ。魔物に魔法、精霊と、前世と比べてもわからないことが多すぎる。
(ヴァーニルの奴が『変化』で人間サイズになるのもおかしな話だけど……ん? ヴァーニル?)
現実から逃避するように考え事をしていたレウルスだったが、ふと、ヴァーニルの顔が思い浮かんで疑問を覚えた。
(そういえば、以前別れる時にアイツ何か言ってたよな……カルヴァンのおっちゃんとミーアに見事だとか何だとか……まさかアイツ……)
“こうなる”こともわかっていたのではないか、と考えてしまうのは妥当なのか邪推なのか。しかし今すぐヴェオス火山に行って確かめるわけにもいかず、レウルスはため息を吐きながら頭を抱える。
「家でのんびりするつもりが、朝から驚いて疲れた気がするな……いや、“この子”が悪いわけじゃないんだけどさ……」
「そうじゃな……」
レウルスの言葉に同意するようにエリザが頷く。だが、そんなレウルスの言葉を聞いたサラが疑問を覚えたように口を開いた。
「ねーねーレウルス、“この子”の名前はどうするの?」
「……名前? 名前……名前か」
『龍斬』と名付けた愛剣だが、それでは駄目だろうか、と首を傾げるレウルス。その正体も性別もわからないが、そのまま『龍斬』と呼ぶのも据わりが悪いのも確かだった。
「『龍斬』じゃ駄目か?」
「いや……駄目だと思うんじゃが」
「えー、可愛くない」
「ボクは格好良いと思うけど、似合うかは……」
「……新しくつけてあげた方がいいと思う」
一応確認してみるレウルスだったが、エリザ達全員から渋い反応が返ってくる。そのためレウルスは腕組みをしながら目を瞑った。
(名前って言われてもな……俺、そういうの苦手なんだよな……)
サラやネディに名前を付けた身ではあるが、サラは“冗談”を真に受けたサラが自ら名乗り、ネディは三日ほど悩んだ結果である。
顔も性別も正体もわからない者の名前を決めるのは、家名や家紋を決めるより難題ではないか、と頭を抱えるレウルスだった。




