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世知辛異世界転生記(漫画版タイトル:餓死転生 ~奴隷少年は魔物を喰らって覚醒す!~ )  作者: 池崎数也
12章:貴族の闇と果たすべき約束

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第517話:一夜明けて その1

 準男爵への叙爵と祝宴が行われた日の翌日。


 折角の王都ではあるがレウルスは外出することもなく、借家の居間でのんびりとした時間を過ごしていた。ナタリアはニコラに御者を任せて馬車で外出しているが、エリザ達はレウルスが外出しないのならと各々好きに過ごしている。


 コロナは朝から家の掃除に精を出しているが、やることがなく肩身が狭そうにしていたティナに声をかけ、世話を焼きながら掃除を行っている。ティナはそんなコロナに困惑した様子だったが、一緒に掃除をする姿はどことなく楽しそうに見えた。

 レウルスも手伝おうかと思ったが、コロナにゆっくしていてほしいと言われ、その言葉に甘えて居間で“やりたいこと”をやっている。


 準男爵になったからといって、何かしなければいけないわけでもない。家名や家紋を考える必要こそあるが、今日明日にすぐさま決める必要もなかった。

 そのためレウルスは朝から居間に陣取り、武器や防具の手入れを行うことにした。慣れた手つきで『首狩り』の剣と短剣を磨き、鎧を部品から一つ一つ丁寧に磨き、最後の仕上げとして時間をかけながら『龍斬』の手入れを行っていく。


(ふぅ……やっぱり落ち着くなぁ……)


 “以前”の『龍斬』もそうだったが、新たに打ち直した愛剣はいつ、何度見ても素晴らしい。手入れ用の油を塗布して布地で剣を磨いていると、昨晩の祝宴で負った精神的な疲労が癒えていくようだった。


 不思議なもので、以前の『龍斬』ならばその切れ味を試してみたい、何でも良いから斬ってみたいと思ったものだが、今の『龍斬』は刀身を眺めていると落ち着くような気さえした。

 現状、レウルスが持つ武器の中で“問題児”なのは『首狩り』の剣ぐらいだが、それなりに長い期間使ってきたからか以前の妖刀や魔剣染みた感覚は薄れつつある。


 他者が使えばどうなるかはわからないが、今のレウルスにとっては『首狩り』の剣も多少じゃじゃ馬な程度の使いにくさしかなかった。


「しかし、綺麗だなぁ……嗚呼、お前はなんて綺麗なんだ……」


 窓から差し込む陽光を真紅の大剣が反射させ、レウルスの顔を照らす。しかしレウルスはその眩しさを欠片も気にせず、ただただ刀身の美しさに見入っていた。


「何度見ても綺麗だ……堪らねぇ……お前は最高の剣だよ……」


 磨き終わった刀身をじっと眺め、恍惚とした声色で呟くレウルス。居間で本を読んでいたエリザが非常に複雑そうな顔をしていたが、『龍斬』を眺めるのに夢中なレウルスがそれに気付くことはない。


(くそっ、やっぱり剣を振り回せる場所を借りるか? それとも明日は朝から王都の外に出て……いっそ今から行くか?)


 何かを斬りたいというよりも、刀身を日の下に晒して好きに振り回してみたい。それはそれで物騒な考えかもしれないが、レウルスとしては何よりもストレスが発散できそうだった。


(……いや、今日のところは家から出たくないしな。我慢だ我慢……)


 外に出れば昨晩祝宴で取り囲んできた女性達に遭遇する“危険性”もある。ないと思いたいが、偶然の再会を装うべく張り込まれている可能性すらあるのだ。


 レウルスがナタリアの“下についている”のは周知の事実で、王都でどこに住んでいるかを探るのも容易だろう。借家とはいえ新興の男爵として外聞を損なわないような建物となると、自ずと数が限られてしまう。


 つまり張り込むのも容易というわけで――。


(家を一歩出たら『偶然ですね』って声をかけられてもおかしくないしな……自意識過剰だったらそれで良いんだけど、実際に捕まったら……)


 昨晩のように取り囲まれては堪らない。数時間も『ははは』と乾いた笑い声をあげ続けるのも疲れるのだ。祝宴では逃げることも隠れることもできなかったが、今は逃げようと隠れようと居留守を使おうと問題ないのである。


(……うん、やっぱり家にいよう)


 ナタリアとニコラが帰ってきたら周囲に不審な人影がなかったか聞こう、と決意するレウルス。今日はのんびり、疲れた精神を癒す時間に充てようと思った。


「もう一回磨くか? でも、汚れもないしな……」


 せっかくだから『龍斬』の手入れをもう一度しようかと考えるレウルスだったが、既に十分以上に磨き終えている。


 それならばそろそろ終わりにして家名と家紋の件を考えるか、と最後の乾拭きをし始めた。


『くすぐったい』

「…………」


 ――そして、何やら声が聞こえた。


 レウルスは思わず手を止め、数度瞬きをする。そして肩越しに振り返るが、居間にいたエリザはナタリアの私物である本に集中していて気付いた様子もなかった。


(また幻聴……いや、これ幻聴か?)


 昨晩の祝宴で負った精神的な疲労が実はそこまで重かったのか、とレウルスは内心で戦慄しそうになるものの、以前聞いた覚えがある声だったため首を傾げる。


『もう、みがかなくていいよ』

「――――」


 再び声が聞こえた。それは今までと比べればはっきりした声である。


 淡々としているようでいて幼さを感じさせる声色だったが、レウルスとしては何の慰めにもならない。


(『思念通話』……いや、やっぱり魔力がつながってない……え? 誰? やっぱり幻聴か?)


 たしかに祝宴は精神的に辛かったが、レウルスとしてはほんの数時間で幻聴を聞く羽目になるほど精神が弱いつもりもなかった。仮にそこまで精神が弱かったとしたら、生まれ故郷のシェナ村でとっくの昔に発狂していただろう。


 レウルスは『龍斬』を握ったままで立ち上がると、窓際へと移動する。そして意識を集中して周囲を探るが、怪しい気配は感じ取れなかった。


(実は近くに誰かが潜んでいて『思念通話』で話しかけている……なんてことはない、か? 昨日の御令嬢方が犯人だったら軽くホラーなんだが……)


 口調と声色的に違うとは思うものの、万が一を考慮して周辺の“索敵”を行うレウルス。悪戯にしては意味不明で、目的が不明瞭過ぎた。


「なんじゃ? 何かあったのか?」


 『龍斬』を握ったままで周囲の索敵を始めるレウルスの姿に、エリザも読書を止めて立ち上がる。


『なにか、あった?』


 そして、再び声が聞こえてくる。淡々とした口調ながらもレウルスの行動を不思議に思っているように感じられ、レウルスは思わずといった様子で呟く。


「何かあったというよりも、現在進行形で“あってる”んだが……」

「……? ええっと、本当に大丈夫……なんじゃよな?」


 エリザが心配そうに尋ねるが、レウルスとしては大丈夫と断言できない。だが、この場にいるのはレウルス以外にエリザだけである。

 そのためレウルスは恐る恐ると、右手に握った『龍斬』へ視線を落とした。


「もしかして……喋れる……のか?」


 レウルスとしては半信半疑――半分は自身の幻聴を疑いながら『龍斬』に声をかけると、その予想を肯定するように声が返ってくる。


『しゃべれる……よ?』

「……嘘だろ、おい」


 問いかけに明確な返答があり、レウルスは呆然とした呟きを漏らす。しかしすぐさま『龍斬』を鞘に納めたかと思うと、自身の両耳に指を突っ込んで耳が詰まっていないかを確かめた。


「あ、違う。耳じゃなくて脳……心臓? いや、やっぱり脳だわコレ」


 普通に声が聞こえているわけではなく、『思念通話』のように頭に声が響いてくる。そのためレウルスは古びた家電の調子でも確かめるかのように自身の頭を拳で何度も殴り、ついでに頬を抓った。


「レウルス? さっきからどうしたんじゃ? ……本当に大丈夫? ねえ、大丈夫!?」


 最初は何をしているのかと眉を寄せていたエリザだったが、レウルスが自分の頭を殴り始めたのを見て“素”で声を上げる。だが、レウルスはそんなエリザに返答する余裕もなく、鞘に納めた『龍斬』を剣立てに置いてから何故か正座した。


 レウルスはノックでもするかのように『龍斬』の鞘を軽く叩くと、声を潜めて尋ねる。


「誰か入ってますか……入っていたら出てきてください……」

「レウルス……昨晩はそんなに大変だったの?」


 傍目から見れば突如として奇行に走ったとしか思えないレウルスの行動を前に、エリザの瞳に憐憫の色が宿る。そんなエリザの労わるような声に気付いたレウルスは慌てて振り返ると、エリザに向かって首を横に振った。


「い、いや、たしかに大変だったけどそうじゃなくてだな! この剣が喋ったんだよ!」

「…………」


 必死に言い募るレウルスとは対照的に、無言で見つめるエリザの瞳に優しさの色が帯びる。


「そっか……うん、そうね、喋ったよね」

「信じてねえな!? え? 聞こえてないのか?」

「ううん、聞こえたよ……うん、大丈夫だから。色々あったし、レウルスも疲れちゃったんだよね?」


 慈母のように微笑んでレウルスの発言を肯定するエリザだったが、明らかに話を合わせているだけだ。レウルスとしては最早幻聴どころの騒ぎではなく、『龍斬』の柄を再度握って揺さぶるように振る。


「ちょっ、もう一回喋ってくれ! このままじゃ色んな意味で俺がやばい!」

『おしゃべり、する?』

「ほら、今また喋ったぞ!」

「うん……うん。レウルス、大丈夫だからね?」


 『龍斬』の声が聞こえなかったのか相変わらず優しい瞳でレウルスを見つめるエリザ。その視線を受けたレウルスは盛大に頬を引きつらせるが、すぐに思い至る。


(俺だけにしか聞こえない? いや、もしかして触れてないと聞こえないのか?)


 先日ルイスと話している際は距離があっても声が聞こえたが、他に聞こえた者はいなかった。それならば接触していればどうかとレウルスは考え、『龍斬』を鞘から抜いて刀身をエリザに見せる。


「それならエリザ、剣に触ってみてくれ」

「レウルスがその剣に触らせるのって珍しいような……いやでも、剣が喋るわけ」

『おはよ』

「な――いっ!? 今、しゃべっ!? えっ!? 喋った!?」


 今度はエリザも声が聞こえたのか、驚いたように身を震わせて『龍斬』の刀身から手を離す。そして信じ難いようにレウルスを見つめた。


「わ、わたしを驚かせるために裏声で喋ってたり……」

「なんでそんなことをしなきゃいけないんだよ……やっぱり聞こえたんだな?」

「聞こえた……けど、えっ? なんで? サラが『思念通話』で悪戯した?」


 エリザは目を丸くしながら首を傾げるが、レウルスとしても原因がわからない。愛用の剣ではあるが、無機物が突如として喋り出すなどさすがのレウルスでも驚きが勝った。


 そうやってレウルスとエリザが騒いでいると、階段の方から人が下りてくる音が響く。


「ふぁー……レウルスってば、何さわいでんのー……」

「二人ともどうかしたの? 二階の方まで声が聞こえたよ?」

「……どうしたの?」


 姿を見せたのは今まで寝ていたのか目を擦るサラに、不思議そうな顔をしているミーア。ネディも一体何事かと訝しげな顔をしており、騒ぐレウルスとエリザに疑問をぶつける。


「いや、なんと言えば良いのか……」

「け、剣が喋って……」


 レウルスは頭を掻きながら、エリザは挙動不審に視線を彷徨わせながら答える。それを聞いたサラ達は顔を見合わせると、小さく噴き出した。


 朝から面白い冗談を聞いたと言いたげに、おかしそうに笑い出す。


 ――その直後、居間に三人分の驚きの声が響き渡るのだった。






今回の話のタイトルを『キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!』にしようかと数秒悩んだのは内緒です。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  龍斬りは気が長いから、長期間会話が無くても大丈夫だったのだと思いました。会話能力があるのにずっと話して貰えないなんて辛すぎます。 >今回の話のタイトルを『キェェェェェェアァァァァァァシ…
[一言] ではご期待に応えて…… キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!
[一言] 外に出れば昨晩祝宴で取り囲んできた女性達に遭遇する“危険性”もある でれでれで剣としゃべり日の下で振り回すことで頭一杯なやばい人に遭遇したらかなり危険。
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