第510話:伏魔殿 その1
前世を含めても初めて訪れた“お城”は、レウルスとしても驚きを隠せないほどに凄まじいものだった。
壁の材料として使用されている石材は形も大きさも均一かつ綺麗に磨かれており、王城の正門は金属製で『強化』の『魔法文字』が刻まれている。
話によると三階建てらしいが見上げるほどに高く、そこかしこに見張りの兵士が立ち、執事や侍女が忙しなく行き交っている。中には豪奢な服を着た者もいるが、おそらくは貴族なのだろう。
王城を訪れたレウルス達を誰何する兵士もその立ち居振る舞いから練度の高さが垣間見え、ナタリアが名乗ってレウルスの叙爵のために訪れたと聞くと恭しく一礼する姿から、礼儀も教養も弁えていることが窺えた。
(まさに別世界だな……絨毯踏んでも怒られないよな?)
正門から入ってすぐ、一階に敷かれた絨毯を見てレウルスはそんなことを思う。踝まで埋まってしまいそうなほど毛足の長い赤い絨毯は人の往来が頻繁な割に汚れがなく、何かしら特殊な加工がされているのだろう。あるいは、素材自体が特殊なのかもしれない。
王城内部にはいたるところに絵画や壺、剣や鎧などが飾られているが、素人目に見てもその全てが優れた作品だと理解できた。
王城の中は非常に広く、部屋数も相当多そうでそれに付随して廊下もあちらこちらにあるが、いたるところにそういった展示品が飾られているあたり大国の中心地に相応しいと言える。
「アメンドーラ男爵様、レウルス様、どうぞこちらに。私がご案内いたします」
王城に足を踏み入れるなり、年嵩の執事が音もなく現れてレウルス達の案内を申し出る。ナタリアはそれを当然のように受け入れて頷くが、レウルスとしては頬を引きつらせることしかできない。
(様付けされて“ご案内”されるような人間じゃないんだけどなぁ……いや、これからそういう人間になるみたいだけどさ……)
先導する執事に従って歩きながら、レウルスは心中でため息を零す。それでも視線だけを動かして周囲を観察してみると、その周囲からも観察の視線が飛んできていることに気付いた。
(……見られてるな)
執事や侍女はそうでもないが、服装から判断する限り貴族と思しき者達から視線が向けられている。数はそれほど多くないが、中にはレウルス達が訪れることを知っていたのか複数人で固まり、談笑しながらも視線だけは向けてくるような者までいた。
彼らはレウルスと視線がぶつかると一様に笑顔を浮かべ、目礼をしてくる。そのためレウルスも目礼を返すが、どうにも嫌な気配があった。
ただレウルスを見ているだけではなく、その視線からは探るような意図が感じられる。表面上は友好的に微笑んでいるように見えるが、その視線には粘つくような感覚があった。
中には純粋に微笑んでいる者もいるが、“そう見えるだけ”でレウルスが感じ取れないほど観察の色が薄められているという可能性もある。一度疑いを持つと全てが胡散臭く感じられ、レウルスとしては今の段階で回れ右をして帰りたい気分だった。
レウルスはナタリアと共に執事に先導され、二階へと上がっていく。階段にも毛足の長い絨毯が敷かれており、仮に足を滑らせても怪我一つなく転がり落ちることができそうだ。
「むっ? おお! レウルス殿か! 先日以来だな!」
そして、二階に上がるなりそんな言葉が飛んできた。それに釣られて視線を向けてみると、そこには複数の貴族と共に並ぶサルダーリ侯爵の姿が見える。
サルダーリ侯爵は右手を上げながら近付いてくると、レウルスの格好を眺めて相好を崩した。
「うむ! 似合っているな! 貴殿は上背があるし、体も鍛えられているから何を着ても似合うのか! 羨ましい限りである! だが、貴殿の場合は先日の姿の方が様になっていた気もするな!」
「ははは……ありがとうございます、サルダーリ侯爵様」
格好を褒めちぎるサルダーリ侯爵だったが、そこには今までに見た貴族から感じられたような嫌な気配はなかった。知り合いに会ったことを単純に喜び、褒めているのだろう。
それが感じ取れたからこそ、レウルスも苦笑を返すに留めた。親しいと呼べるような付き合いはないが、落ち込む一方だった気分が持ち直したように感じられる。
「貴殿があの『精霊使い』殿か。お噂はかねがね」
「今日は準男爵への叙爵と聞きました。おめでとうございます」
「おっと、これはアメンドーラ男爵殿。お久しぶりです。相変わらずお美しいですな。それと遅れましたが男爵への昇爵、おめでとうございます」
サルダーリ侯爵と共にいた貴族達も歩み寄り、それぞれ声をかけてくる。何故か一様に苦笑を浮かべており、中にはサルダーリ侯爵の腕を引く者までいた。
「ほら、侯爵殿もあまり邪魔をしてはいけませんよ」
「そうですよサルダーリ侯爵殿。彼も色々準備があるでしょうし、ほどほどにしてこっちに戻ってきてください」
爵位まではわからないが、侯爵相手に気さくに声をかけてレウルスの邪魔をしないよう促す貴族達。それを聞いたサルダーリ侯爵は眉を寄せ、渋々といった様子で引き下がった。
「むぅ……邪魔になるか。それはいかんな」
「ええ。我々としても是非とも話を聞いてみたいですが、それは叙爵が終わってからでもいいでしょう?」
「うむ! それもそうであるな! それではレウルス殿、我々も叙爵の儀には立ち会うが、話すのはまた後でにしよう!」
サルダーリ侯爵はそう言ってレウルスに背中を向けて歩き出す。周囲の貴族達もそれに続いたが、一部の貴族は苦笑を浮かべたままでレウルスに軽く手を振り、すまないと言いたげに口を動かした。
「今のはマタロイ北部の貴族達ね。相変わらずというか何というか……」
「あの人達も貴族なんだよな……」
顔を知っている者がいたのかナタリアが呟きを零し、レウルスはそれに曖昧な言葉を吐き出す。
(話には聞いていたけど、あれも慕われてるって言って良いんだろうな……)
サルダーリ侯爵が“中心”だからか、マタロイ北部の貴族達の態度はレウルスとしては好感が持てるものだった。
――問題があるとすればサルダーリ侯爵と話している間、周囲からの視線が強まったことか。
(一階もだけど二階にも貴族がちらほら……ん? 雰囲気的に“別口”か?)
身なりの良い者ばかりだが、幾人かこれまで見たことがある貴族とは毛色が違う者がいる。強いて言えばソフィアに近い雰囲気があり、その立ち居振る舞いからは戦いに身を置く者の“匂い”がなく、それでいて油断できない目付きが印象的だった。
「宮廷貴族よ」
そんなレウルスの視線に気付いたのか、ナタリアが周囲に聞こえないよう小声で呟く。それを聞いたレウルスは表情に出さないよう注意しながらも、納得したように頷いた。
(なるほど、あれが……今回の俺の叙爵に関して、推薦者の中に何人も宮廷貴族がいたっけか……話しかけてはこないんだな)
名前も爵位もわからず、友好的かどうかもわからない相手というのはどう接すれば良いのかわからない。そのためレウルスは目礼するに留め、ナタリアと共に案内の執事の後をついていく。
そうやって歩いていくと、今回の叙爵が行われる者達のために用意された控室へと到着した。
「叙爵の儀に関して準備が整ったら迎えの者が来るわ。今みたいに後ろをついていって、謁見の間まで来れば右膝を突いて待機。あとは国王陛下が来られてあなたに準男爵の爵位を授けるから、一礼すればそれでおしまい……簡単でしょう?」
「そんなに簡単に終わらせるのなら、スペランツァの町に来た使者に『あなたは今日から準男爵です』って許可証でも持たせりゃ良かったんじゃないかな……」
「形式というのは大事よ? 特に王族や貴族にとっては……ね」
「ま、そうだよな……」
簡単に叙爵が済んでしまえばありがたみもないだろう。レウルスとしてはそれで構わないが、“こういった式典”が大切だというのも理解している。
「俺の方から喋ることもないんだよな?」
「基本的にはないわね。ただ、わたしの時は新しい領地のこともあって声をかけてきたから答えたわ……話しかけてきたのは国王陛下ではなく宮廷貴族だったけどね」
(王様じゃなくて宮廷貴族が声をかけてくることもあるのか……まあ、失礼にならないよう答えればいいか?)
そんなことを考えるレウルスだったが、視界の端に見知った顔があったためそちらに視線を向けた。
「あれは……」
控室の扉からやや離れた場所にグリマール侯爵とルイスの姿があったが、何やら話し込んでいてレウルス達に気付いた様子はない。ただし、両者の雰囲気に違和感があったためレウルスは首を傾げる。
「おそらくだけど、今回の件に関してグリマール侯爵が文句をぶつけてるんでしょうね。ルイス殿はあなたの推薦者として名前を連ねたけど、グリマール侯爵殿には話が通っていなかったんですもの」
そんな二人の様子に察する部分があったのか、あるいは距離があっても会話を聞き取ったのか、ナタリアが苦笑しながらそう告げる。
「とりあえず仲裁してくるわ。あなたは控室に入っていてちょうだい。もう少し時間があるはずだけど、案内が来たら先に謁見の間に行っておくから」
そう言って背を向けるナタリア。レウルスはそれを見送り、案内の執事が開けた扉を潜って控室へと足を踏み入れる。
(……ん? まだ誰も来てないのか)
控室の中には誰もおらず、レウルスは首を傾げた。
(こういうのってまとめてやるって聞いたんだけどなぁ……)
レウルスが聞いた話では、ナタリアが男爵になる際にルイスが伯爵に、コルラードが準男爵になったように、複数人の叙爵や昇爵をまとめて行っていたはずだ。
騎士爵になる者などもいるため、大量とは言わずとも相応に人がいてもおかしくないはずである。それだというのに人っ子一人見当たらず、レウルスは不思議がる。
(まさか今回は俺一人ってこともないだろうし……とりあえず迎えの人が来るまで待っとくか)
控室にあった椅子に腰を下ろし、大きく息を吐くレウルス。王城にあるものだからか、これまでに座った椅子の中でも最も座り心地が良く、一脚ぐらいもらって帰れないだろうかと戯れに思考する。
控室には椅子だけでなくテーブルも置かれているが、それ以外に目につくものはない。喉が渇けば執事や侍女を呼んで持ってきてもらうのだろう。
(とりあえず面倒な文言やらを覚えなくて済むのは助かるよな……準男爵……準男爵か……そういえば名字も決めないといけないんだよな……)
準男爵になるにあたり、家名を決める必要があった、とレウルスは頭を悩ませる。今すぐ必要というわけではないが、準男爵に叙されてから家名や家紋の申請を行い、他の貴族家と被っていないか確認してから承認されるのだ。
なるべく家名は他家と被らないように、家紋は絶対に被らないよう注意する必要がある、ともナタリアから聞かされている。しかしレウルスとしてはネーミングセンスもデザインセンスもないと思っているため、現状以上の難題だった。
「っと、誰だ?」
そうして頭を悩ませていると、控室の扉がノックされる。その音で思考を中断したレウルスが視線を向けると、扉が開いて先ほどレウルスをここまで案内した老執事が姿を見せた。
「お待たせいたしました、レウルス様。叙爵の儀の準備が整いましたので私がご案内いたします」
「……他に叙爵する人はいないんですか?」
まさか、と思いながら尋ねると、老執事は不思議そうな顔をしながら頷いた。
「本日の叙爵はレウルス様だけとお聞きしていますが……」
(……姐さんもそんなことは言ってなかったけど、どういうことだ?)
とりあえず椅子から立ち上がりながらも、レウルスは違和感を覚えて首を傾げるのだった。




