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第50話:幸せ

 エリザ自身も知らなかった能力が判明してから一週間後。レウルスはエリザを連れて笑顔でナタリアの前に立っていた。


「どうだい姐さん。そろそろ信用してくれるか?」

「……そうね、魔物がそのお嬢さんを避けているというのは本当みたいね」


 レウルスがこの一週間で行ったのは単純明快。畑に向かう農作業者の護衛依頼を受け、エリザの“価値”を示すことだった。


 農作業者の護衛で一番厄介なのは、畑への道を定期的に人が通ると魔物も知っていることである。そのため以前レウルスが対峙した魔犬のように、度胸試しで突っ込んでくる魔物も少なくなかった。

 それ以外でも人間を襲おうとする魔物は多い。決まった場所を定期的に通る、あるいは畑に留まって農作業をする“エサ”を魔物が見逃すはずもなく、時に群れとなって襲い掛かってくるのだ。


 そのため護衛依頼は危険度が高く、報酬もそれに見合ったものになる。他者を守る必要があるためそれは当然で、自分以外にも他者を守れる技量を持っている必要があるのだ。

 それだというのに、エリザはそれを覆した。エリザが護衛依頼に参加するだけで魔物は寄りつかず、仮に寄ってきても回れ右をして逃げてしまうのだ。


「シャロンだけでなく、他の冒険者からも報告を受けたわ。普段なら護衛がいようと魔物が襲ってくるのに、ここ一週間は平穏だったとね。背中を向ける魔物を仕留めるだけだから、危険も少ないと聞いているわ」


 受付の机に頬杖を突き、手慰みのように煙管をクルクルと回しながらナタリアが答える。


「うん……俺もあそこまで効果があるとは思わなかった」


 それまで笑顔を浮かべていたレウルスだったが、不意に真顔へと変わった。魔物がエリザを避けるのは予想していたことだが、効果(こうか)覿面(てきめん)すぎるのである。


 特に、紫色の巨鳥――トロネスと呼ばれる魔物が空中でUターンして逃げ出した時など思わず噴き出したほどだ。その時はシャロンが氷の矢で長距離狙撃して撃ち落としたが、下級上位のトロネスでも逃げる辺り効果は大きいらしい。


 魔物によって逃げる距離は変わるが、魔力を持っている魔物の方が過敏に反応して逃げている。それがここ一週間の検証の結果であり、エリザが畑の周囲を歩き回っていれば魔物がまったく近づいてこないほどだ。

 効果範囲は最低でも五十メートルはあるだろう。遠くからでもエリザに気付けば魔物が逃げ出し、一度逃げればしばらくは近づいてこなかった。


「それでも、魔物は近づかずに逃げているだけよ? この町に限って考えるならそれでもいいけど、要は“他の場所”に追い払っているだけ……その点については何も思わないのかしら?」


 魔物が近づいてこないというのは一聴する限り便利な能力に思えるが、ナタリアの言う通り追い払っているだけである。他の場所に群れとなって向かっている可能性もあり、手放しで喜ぶことはできなかった。


「この町の住人としては、この町の安全以上に優先することはないだろ? まあ、中級以上の魔物に効くかはわからないしなぁ……上手いこと魔物を誘導できれば“狩場”が作れそうだし、その辺は姐さんの采配に任せるよ」


 エリザを連れて歩き回れば、その分魔物の活動範囲を狭めることができるかもしれない。そうなった場合、意図的に魔物と遭遇しやすい場所を作ることもできるだろう。

 あとは敢えてエリザを連れてその場所に向かい、逃げる魔物を背後から襲うだけで楽に狩れそうである。問題があるとすれば、言葉にした通り中級以上の魔物にもエリザの力が通用するか未知数という点か。


「かつて大暴れしたという吸血種は、強さで言えば上級に届いていたと聞くわ……弱い魔物からすると、このお嬢さんもキマイラのように逃げ出す必要がある相手に見えているのかもね」


 普段と異なり、確信が持てない様子でナタリアが言う。困惑するように眉を寄せ、レウルスの背後に隠れて顔を半分だけ出すエリザを見て首を傾げていた。


「……まあ、それは追々確認すればいいわ」


 しばらく悩んでいたナタリアだったが、最後には疲れたように言い放つ。それを聞いたレウルスは目を丸くした。


 追々――それはつまり、エリザがこの町にいることを認めたのだ。未だに戦う術は持っていないが、それでも役に立つと、冒険者として依頼を任せられるとナタリアが認めたのである。


 もちろんエリザ単独で依頼を遂行することなど不可能だろう。継続してレウルスが面倒を見る必要があるが、冒険者として必要な知識はシャロンから教わることができた。

 これからはシャロンが“引率”をする必要もないかもしれない。そう考えたレウルスに対し、ナタリアは釘を刺すように言う。


「ただし、身分は冒険者見習いのままよ? せめて一人で角兎が倒せるぐらいにはなりなさいな。それまではシャロンを補佐につけるわ」


 どうやらこれからは監視ではなく、純粋にエリザを鍛えるためにシャロンが同行するようだ。戦闘能力がないままでは正式な冒険者として認められないというのも、妥当な話だろう。


「そこまでいけば下級下位冒険者として認めましょう。そうね……その時は併せて謝罪もさせてもらいましょうか。娼婦だけでなく、冒険者としても生きられる……それを見誤ったことに対して、ね」

「姐さん……」


 完全に認めたわけではないが、ナタリアもエリザのことを多少なり受け入れたようだ。初めて会った時と比べて雰囲気が柔らかくなっている。


「その時のためにも、坊やはしっかりと面倒を見てあげるのよ?」

「もちろんさ。姐さんがエリザに謝りたいっていうのなら、俺は大歓迎なんでね」


 ナタリアが謝罪をすれば、エリザも少しは苦手意識が改善するのではないか。そう考えたレウルスだったが、服の裾が引っ張られる感覚に振り向くと、目線の高さの違いから自然と上目遣いになっているエリザの視線とぶつかった。


「のうレウルス……つまり、どういうことなんじゃ?」


 初対面で徹底的に追い詰めてきたナタリアが苦手なのか、エリザはナタリアではなくレウルスに尋ねる。レウルスはその態度も仕方がないと苦笑すると、腰を折って視線の高さを合わせ、エリザに笑いかけた。


「この町の“身内”だって認められたってことさ――お前の“力”が認められたんだよ」

「……本当か? 本当に……本当か?」


 言葉が怪しくなっているが、それだけエリザとしても驚きが大きいのだろう。レウルスはエリザの両脇に手を差し込むと、そのまま持ち上げた。


「本当だっての! よーし、今日はおやっさんのところで宴会だ!」

「おー! ……って、下ろさぬかっ! なんでお主はそうやってワシを子ども扱いするんじゃ!」


 幼い子どもをあやすように、エリザを持ち上げて笑うレウルス。そんなレウルスに対し、エリザは言葉こそ怒っていたものの顔には満面の笑みを浮かべていたのだった。








「ふんふふーん……ふんふーん……」


 夕暮れの中、鼻歌を歌いながらご機嫌な様子でラヴァル廃棄街の大通りを歩くエリザ。その足取りは軽やかであり、今にもスキップでもしそうだった。

 そんなエリザに続いて歩くレウルスは苦笑を浮かべていたものの、喜ぶエリザを咎めることはない。この町で冒険者として生きるにあたり、最大の難関であるナタリアがとうとうエリザの価値を認めたのである。


 今のところは“魔物避け”として認めただけだが、エリザが魔法を使えるようになれば話も変わるだろう。


 今はまだ己の魔力を感じ取れるかどうかという未熟さだが、このまま努力を重ねれば魔法使いとしての最低ラインである『強化』を覚えるのも遠い未来の話ではないはずだ。

 属性魔法が使えるかはそれ以降の修練次第だが、補助魔法の『強化』が使えるだけでもラヴァル廃棄街では貴重である。


 魔物が勝手に逃げるというのならエリザ自身の戦闘能力は高くなくても良いが、それでも最低限の自衛手段は持つべきだった。中級以上の魔物にも効果があるかはわかっておらず、エリザの力をアテにした結果強力な魔物に襲われて命を落とす危険性もある。


(あんなに喜んでるんだし、別に今言うことでもないか……)


 飛び跳ねるようにして全身で喜びを表しているエリザの姿に、レウルスは苦笑を深めた。

 喜び過ぎだと思うが、幼い頃に住んでいた町から追い出され、更には共に逃げてくれた家族を殺されたエリザにとって、新たに安住の地を得られるというのはレウルスが考える以上に大きいはずである。


(安住の地、か……)


 レウルスとしても、ラヴァル廃棄街は大切な場所だ。生まれ故郷であり十五年間生きていたシェナ村とは比べ物にならない、比較することすら馬鹿げているほどに大切な場所だ。


 エリザにとってもそうであるのなら――これからそうなるというのなら、それはとても嬉しいことだと思う。


 レウルスは腰につけている革製のポーチに意識を向けると、ここ最近の仕事で手に入った報酬がいくらだったか、と記憶を探る。財布代わりの布袋はそれなりに重く、中身がいくら入っていたか正確にはわからないが、さすがに天下の往来で取り出すのは危険だ。


(えーっと……町の周囲の魔物探索と薬草集め、それにここ最近は護衛の依頼ばっかりだったし、魔物もそれなりに倒せたから……)


 農作業者の護衛依頼は大変かつ危険だが、その分魔物退治と比べても報酬が良い。仮に魔物が襲ってこなくても依頼は達成であり、報酬が下がるということもなかった。


 ラヴァル廃棄街の周辺で一日魔物退治をする場合、空振りでも大銅貨2枚はもらえる。これは『探索した場所に魔物がいなかった』という情報への報酬だ。


 ラヴァル廃棄街の門や柵、あるいはその周辺に待機し、町に近づいてくる魔物を監視する依頼の場合は大銅貨1枚の報酬である。これは最も安全な依頼のため報酬も安い。


 そして、護衛依頼の場合は基本報酬が大銅貨5枚だ。魔物が襲ってくる可能性が高いため報酬も高いが、倒せればその分の報酬は当然上乗せされる。

 魔物の討伐報酬に加えて素材を売った代金が支払われるため、角兎を一匹仕留めるだけでも一日で銀貨2枚以上稼げるのだ。命を賭ける値段としては安すぎるだろうが、ラヴァル廃棄街の中では“高給取り”の部類である。


(エリザのおかげで逃げる魔物を後ろから斬るだけだったし、素材も綺麗に取れた……金を稼ぐには手っ取り早いな)


 エリザを見た魔物は戦うことよりも逃げることに集中しているため、背後から斬るのも容易だった。追いつくのが大変だが、追いつけない時はシャロンが氷の矢を撃ち込むため討ち漏らす心配もない。

 そのためここ最近は懐が温かく、生活費を差し引いても銀貨20枚ほど手元に残っていた。金貨換算で2枚――日本円として考えると20万円程度である。


「この金でエリザの装備を整えて……いや、さすがに装備は自分で買わせるか? そうなるとこの金は貯金する……いやいや、その前に家を探すか。まさか敷金礼金はいらないよな……」


 ドミニクの料理店で物置を自室として借りているレウルスだが、エリザも一緒に寝泊まりしているため狭いどころの話ではない。そのため住環境を整えるのは重要なことであり、借家でも探そうかとレウルスは考えていた。


「……家?」


 それまではしゃいでいたエリザだが、レウルスの呟きが聞こえたのだろう。不思議そうに、きょとんとした顔で首を傾げる。


「ああ、家だ。借りるか……さすがにまだ無理だろうけど、建てるか。できればおやっさんの料理店に近い場所がいいな。あの辺に空家ってあったっけ……」


 借家を借りる場合もナタリアに相談すれば良いのだろうか。それともラヴァル廃棄街の顔役であるドミニクか、あるいは冒険者組合の長であるバルトロにでも相談すれば口利きをしてもらえるのか。

 エリザはレウルスの傍に歩み寄ると不安そうな、それでいて期待に満ちた眼差しでレウルスを見詰める。


「も、もしかしてじゃが……ワシも一緒に住んで良い……のか?」

「ん? そのつもりだったんだけど……なんだ、嫌か? それなら、誰に聞けばいいかわからないけど、俺からエリザも家を借りられるよう口を利いても――」

「住む! 一緒に住みたいのじゃ!」


 レウルスの言葉を遮り、慌てたようにエリザが叫ぶ。その瞳はキラキラと輝いており、夕焼けによるものかそれとも別の理由があるのか、エリザの頬が赤く染まっていた。


「おう、そうか。まあさすがに家賃は折半にするけど――」

「払うのじゃ! なんなら全部負担するぞっ!」


 再度レウルスの言葉を遮るエリザ。どうやら余程嬉しいらしい。


「……エリザに家賃を全額払わせて俺も住むとか、周囲の目が気になるどころの話じゃねえな」


 自分よりも年下の少女が家賃を払う家で一緒に住むなど、世間の風当たりがハリケーン並の瞬間風速を叩き出しそうだ。その光景を想像したレウルスはぞっとしないな、と頭を振る。


「そういうことは自力で稼げるようになって言え。イーペルすら狩れないんじゃ家賃どころか食費すら払えねえぞ」

「むうぅ……が、頑張るのじゃ」


 レウルスの指摘はもっともだと思ったのか、エリザも渋々頷く。それでもすぐに笑顔になると、急かすようにレウルスの手を引いた。


「それなら“帰って”ドミニクさんに話を聞くぞっ。ドミニクさんなら色々と知ってるじゃろ!」

「……ああ、そうだな。今は帰ってメシを食うのが先決だよな」


 どうやらエリザはドミニクの料理店が“帰る場所”だと思っているようだ。それは無意識のものなのかもしれないが、帰るべき故郷も家族も失ったエリザにとっては非常に大きな変化のはずである。


(そんで、次は自分達だけの帰る場所を作るかねぇ……)


 ドミニクの料理店も居心地は良いが、“自分の家”というのは特別なものだ。レウルスの場合は生まれ故郷になど帰りたくないのだが、エリザの気持ちも理解できる。


 レウルスは早く早くと手を引くエリザに苦笑し、歩く速度を少しだけ速めた。エリザはそんなレウルスに対して朱色に染まった頬を綻ばせ、心底嬉しそうに笑う。


「今まで辛いことばかりじゃったが、この町まで逃げてきて良かった……レウルス、お主と出会えて良かったのじゃ」

「初対面で斬りかかった俺が悪いけど、あんなに怯えてた奴のセリフとは思えねえな」

「むっ! アレはお主が悪いんじゃろ!? まったく……」


 レウルスがからかうように言うと、エリザは頬を膨らませて抗議する。その姿は年相応のもので、レウルスも自然と頬を緩めていた。


「“みんな”のことはこれからも忘れられんじゃろう……でも、これからは前を向いて歩ける……そんな気がするのじゃ」

「……そうか」


 少しだけ吹っ切れたように微笑むエリザ。その笑顔はつい先ほどまでの年相応なものとは異なり、大人びて見えた。


 エリザは胸に手を当てると悲しそうに、それでいて切なそうに微笑む。


「うん……みんなのためにも、これからは少しでも幸せになりたい……できるなら、レウルスと一緒に」


 普段の口調と違ったその言葉は、エリザの心からの願いなのか。


 レウルスはどんな返答をするべきか迷い――ドン、と誰かが横からぶつかってきた。


「っと…………ァ?」


 最初に感じたのは、ぶつかられたことに対する驚き。次いで感じたのは――。


「……レウ……ルス?」


 革鎧の側面、留め具の隙間を縫うようにして脇腹に突き立てられた短剣がもたらす、燃えるような激痛だった。呆然と呟かれたエリザの声も、どこか遠くに聞こえる。


「ヅウゥッ!? なん」

「――ざぁんねぇん」


 痛みに声を漏らすよりも先に聞こえた、聞き覚えない男の声。反射的に背中の大剣ではなく腰の短剣を抜きながら視線を向けたレウルスが見たのは、拳大の石を振り上げる見知らぬ男の姿。


「迎えに来たよぉ――化け物」


 その言葉と同時に繰り出された一撃は、石が砕けるほどの衝撃と共にレウルスの意識を奪うのだった。







どうも、作者の池崎数也です。

早いものでプロローグを除いて50話に到達しました。

ここまで毎日更新が続けられるとは思っていませんでしたが、続けられたのは読者の方々のおかげです。


毎度ご感想やご指摘、評価ポイントをいただきましてありがとうございます。

ここ数日で感想数が一気に増えて300件を超えました。みなさん中年男性がお好きなんですね……。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。




以下、感想欄を見て今作でもやろうと思った前作で50話ごとにやっていたネタ。

・名前がある登場人物の男女比率

 男性6名(30歳以上3名)、女性4名、??1名の合計11名

 パーセンテージでいうと男性54.5%(30歳以上27.3%)、女性36.4%、??9.1%


 登場キャラの少なさもありますが、今作ではおじ様キャラよりも女性キャラの方が多いようです。

 これは異世界転生ファンタジーですね。間違いない。

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