第497話:人材不足 その2
王都に到着した翌日。レウルス達はナタリアの提案により、王都の中でも大店が並ぶ区域へと足を運ぶこととなった。
目的は侍女服や執事服を購入することだが、前回王都を訪れた際とは異なり、今回はオーダーメイドではなく既に出来上がっているものを購入する予定である。
もちろん各人の体型に合わせたものを購入するが、それでも新品のため、小金貨が必要になるほど高額の買い物になってしまう。
従者が主人よりも目立つわけにはいかないため服の質はほどほどに、しかし見ていて見苦しくない程度には綺麗にしてある必要がある。“そのライン”が小金貨一枚前後で、大貴族ならばまだしも独立したばかりの男爵家であるナタリアが用意するには上等な部類のものだった。
ナタリアはアメンドーラ男爵領の開拓に合わせてシャロンの教育を始めたが、実際に侍女や執事が必要になるのはまだ先のことだと考えていた。
侍女や執事に仕事をさせるための屋敷がそもそも存在せず、政務に関しては基本的にナタリアがいれば事足りる。仮に手が必要でも長年冒険者組合で組合長を務めていたバルトロに任せれば良く、侍女や執事の育成に関する優先度は低いものだったのだ。
それがここにきて、レウルスの叙爵に伴い王都に滞在する必要性から問題が表面化した。さすがのナタリアといえどレウルスの叙爵に関しては予想外の出来事であり、侍女や執事の確保ができていないのは痛手だった。
そもそも、侍女や執事というものは育成に手間と時間がかかる。礼儀作法だけでなく主人に付き従う身として一般常識はもちろんのこと、様々な知識や教養があることが望ましい存在だ。可能ならばそこに“戦う術”まで持ち合わせていれば引く手数多だろうが、そこまでいけば高望みが過ぎるだろう。
(でも、姐さんがこんな明確な失敗をしたのは初めて見たような……)
馬車で服屋に向かう道すがら、レウルスは同じように馬車に乗り込んでいるナタリアを眺めながらそんなことを考える。昨日の騒ぎがあったため、さすがに表に出て歩くわけにはいかないのだ。ただし、エリザ達は馬車の外を歩いているため、気付く者はすぐに気付くだろうが。
そんなレウルスの視線に気付いたナタリアは、その思考まで読み取ったのかため息を吐く。
「何か言いたげね、レウルス?」
「いや……姐さんなら今回みたいなことにも何かしら手を打ってるんじゃないかって思っただけさ」
レウルスから見たナタリアは、その立場に恥じることのない傑物だ。
元々王都で一軍を率いていたこともあり、指揮も取れれば単独でも非常に強い。政治に策略に謀略になんでもござれと言わんばかりのハイスペックぶりに、レウルスとしては脱帽するしかない心持ちだった。
「あなたがわたしをどんな風に思っているかは敢えて聞かないけど、わたしだって人間なのよ? 失敗だってするわ」
「そりゃそうだろうけど……」
「仕込むにしても、シャロンだけで手一杯だったのよ。シャロンがある程度“見られる”腕になったら次は執事を、と思っていたのだけどね……」
ナタリアは元々準男爵で準貴族の家系ではあったが、ラヴァル廃棄街の管理官ということで侍女や執事等はいなかったのだ。領主として村や小規模の町を領有していたのならばともかく、役職上侍女も執事も必要なかったのである。
そのため、シャロンの指導もおおまかにしかできておらず、執事に至っては着手すらできていない。期間を区切って他家から執事を借り受け、ラヴァル廃棄街の若い男に執事としての立ち居振る舞いを仕込んでもらうべきかと迷うほどだった。
しかし、アメンドーラ男爵領の開拓が通常では考えられない速度で進んでいたため、そちらに資材を回したり、近隣の貴族家や商人から援助を引き出すためのやり取りを行ったりと、中々に多忙だったのである。
「ラヴァル廃棄街にはけっこう人が住んでるんだし、見込みのある奴もいるんじゃないのか?」
「それなりに学があって、礼儀作法を覚えることができて、他人に仕えることに向いた性格をしていて……これから先のことを思えば、なるべく若い方が良いわね。そんな条件に合う人が早々いると思う?」
「……いないのか?」
「学ぶ意欲があればもう少し条件を緩くしてもいいのだけどね。それらの条件から考えると、あなたも執事に向いていると言えば向いているのだけど……さすがに準男爵になる人間を執事にはできないし、戦力的に勿体なさすぎて選べないわ。スペランツァの町が形になったら町の子供達の教育はどうしようかしら……」
馬車の縁に肘を乗せ、深々とため息を吐くナタリア。独立できたこと自体は喜ばしいが、いざ領地を形にして運営していくとなると問題は山積みなのだ。
「あの……他所から侍女や執事を雇うというわけにはいかないんですか?」
馬車に同乗していたコロナが控えめに尋ねる。いないのならば他所から連れてくるというのは、ある意味真理だろう。
「信用できるかどうか、というのも大きいのよ。雇ったものの間者だった、なんてことになったら笑えないわ……ねえコロナ、あなたには形だけでも侍女として振る舞ってもらおうと思っているけど、本格的に学んでみる気はある?」
「え? わたしが……ですか?」
「料理人兼侍女……人手が少ない現状だと掛け持ちも十分に“あり”なのよね。あなたなら物覚えも良いし、接客も得意だから人当りも良いし、何より信頼もできる……あら、意外と天職かもしれないわね」
「姐さん、実は割と焦ってないか?」
冗談なのか本気なのかコロナに侍女となることを勧め始めるナタリアに、レウルスは心配半分呆れ半分でツッコミを入れた。すると、ナタリアは真顔になる。
「自分の……いえ、アメンドーラ男爵家にとって“足りないもの”が何か、見えてきたんだもの。焦りもするわ。コロナ以外に侍女に向いていそうなのは、口調を改めさせたエリザと……あとはミーアぐらいかしら? でも、その二人をあなたから引き離すわけにもいかないでしょう?」
「エリザやミーアがそれを望むのなら……と言いたいところだけど、『契約』を結んでるからな。今回みたいな状況ならともかく、ラヴァル廃棄街とスペランツァの町に別れて行動するってのは難しい……かな?」
「そうでしょう? とりあえず今回はコロナとエリザの分の侍女服を買って、あとは……っと、着いたわね」
そこまで言って、ナタリアは会話を打ち切るのだった。
王都には様々な店が軒を連ねているが、レウルス達が足を踏み入れたのは貴族向け――正確に言えば貴族の邸宅で使用する物品を専門的に扱う大店だった。
衣服や小物、調度品と言った物品を扱っているが、ナタリアが希望した通り“ほどほど”の品質と値段の商品を揃えてある。そもそも大貴族の場合は御用商人がいるため大店に買い物に来る必要がなく、貴族の中でも小身の者に狙いを定めて商品を揃えているのだ。
そんな店で買い物をすること一時間ほど経った時のことである。レウルス自身は特に買うものもないため大人しくしていたが、ナタリアに呼ばれて衣服が多く並べられた一角へと移動する。
ナタリアはエリザとコロナを連れて店員と何事かを話し込み、レウルスは残ったサラ達が勝手に店の商品に“悪戯”をしないよう見張っていたのだ。
「どう……ですか?」
「ど、どうじゃ?」
――そこにいたのは、侍女服に身を包んだコロナとエリザだった。
コロナとエリザが身に着けているのは、黒一色で占められている侍女服である。レウルスがかつて見たことがある侍女――アネモネが身に着けていたような、上質な綿布を使用しているようだった。
袖口をボタンで留める長袖に、足首まで届きそうなロングスカート。わざわざ用意したのか革靴を履いており、頭はホワイトブリムで髪が乱れないようまとめている。
「…………」
そんな二人の侍女服姿を見たレウルスは、思わず沈黙してしまった。先日コロナが私服を披露した時もそうだったが、普段と違う格好をしているのを見ると、妙に感慨深いものが湧いてくるのだ。
何と声をかけようか、などとレウルスが思考をこねくり回していると、コロナとエリザの背後に立っていたナタリアが無言で手を動かし、急かすように何かしらのジェスチャーを送ってくる。
「……二人とも、よく似合ってる。可愛いし綺麗だ」
ナタリアに急かされたからというわけではないが、レウルスは直球でコロナとエリザを褒めた。それはあくまで本心であり、嘘偽りのない本音でもあった。
「そ、そうですか……」
「ははは……なんじゃ、照れるのう……………………うん、照れる」
コロナとエリザは視線を伏せ、満更でもないように頬を朱に染めた。そんな二人の反応にレウルスは困ったように頬を掻いていると、傍にいたサラが音が立つ速度で右手を上げる。
「はいはーい! レウルスが喜ぶのならわたしもこれ着るー!」
「……ネディも着る、よ?」
「え? み、みんなが着るのならボクも着よう……かな?」
「メイド服を着せるのが趣味みたいに聞こえるからやめてくれ……」
サラに釣られるようにして侍女服を着てみようかと口にするネディとミーアだったが、それを聞いたレウルスは真剣に頼み込む。『精霊使い』は侍女服が好みだ、などと噂が流れでもしたら一生王都に近づけなくなってしまうだろう。
コロナとエリザの侍女服姿は眼福ではあるのだが、諸刃の剣にも思えてしまうレウルスだった。
「なあ姐さん、なんで俺までこんな格好をせにゃならんのだ……」
そんなレウルスの耳に、ニコラの心底嫌そうな声が届く。それに何事かと思って視線を向けてみると、執事服に身を包んだニコラの姿があった。
こちらもコロナやエリザの侍女服と同様に、黒色を基調とした一品である。ナタリアの手によるものか、あるいは店員がそうしたのか、ニコラは赤髪をオールバックにしており、執事服姿に妙に似合って見えた。
「レウルスは準男爵になるのよ? 執事服を着せて執事の真似事をさせるわけにもいかないでしょう?」
「そりゃそうだがよ……普段通りの格好で良いじゃねえか。というか、執事が必要なら見込みありそうな若いやつを一緒に連れてくりゃ良かっただろ……」
「せっかくの王都なんだし、着飾らないとね」
「俺の話聞いてねえし、これは着飾るって言わねえ……」
ぶつぶつと呟きながら肩を落とすニコラだったが、それを聞いたナタリアはにこりと笑みを浮かべる。
「とりあえずそれぞれ三着ずつ買って帰るわ。あとは、家に戻ったら付け焼刃でいいから作法の練習ね」
「……本気かよ姐さん……」
コロナとエリザは満更でもない様子だったが、ナタリアの言葉を聞いたニコラはその場に膝を突きそうなほど落ち込むのだった。




