第492話:王都への二度目の旅路 その1
王都ロヴァーマへ行くにあたり、レウルスが行うべきことはほとんど存在しない。
レウルスは叙爵を受ける身ではあるが、やったことといえば王都で必要になるであろう礼服を引っ張り出し、あとは不在の間近隣の魔物が悪さをしないよう“縄張り”の確認をした程度である。
ラヴァル廃棄街の周辺全ての魔物を狩り尽くしてしまっては冒険者達の食い扶持が減ってしまうため、中級以上の魔物を探して山林を駆け巡る日々である。しかしラヴァル廃棄街の周辺は危険だと思われているのか、中級以上の脅威に敏感な魔物は一匹たりとも見つからなかった。
多少遠出をしてみても中級以上の魔物はおろか野盗の姿もなく、レウルスは生まれ変わった『龍斬』を鍛錬がてら振り回すだけで、成果と呼べるものは挙がらない一週間だった。
もちろん、ラヴァル廃棄街が安全になるという点では無意味なことではない。ナタリアからの要請で不在の間ラヴァルの兵士が周囲を巡回することになっているが、少しでも危険の芽を摘めたのだと思えば安心して旅立てるというものだった。
そんなレウルスとは対照的に、多忙な日々を送ったのはナタリアである。レウルスの叙爵に伴い王都に向かうといっても、その準備は多岐に渡るからだ。
ラヴァルから兵士を借り受けて急使として先に走らせ、王都で一時的に滞在する場所の確保。
王都までの旅で必要となる馬車の手配に糧食や寝具の準備。
不在の間に溜まった政務を片付け、更に当面不在になるということで片付けられる政務は前倒しで片付ける。
時には指示を出し、時には自ら動き、政務を片っ端から処理していくその姿は鬼気迫るものがあった。下手をするとレモナの町での戦いが終わった直後よりも疲れて見えたほどだ。
そうして殺人的な量の政務を処理したナタリアだったが、レウルス達だけを王都に送り出すという選択肢もあるにはあった。王都に召喚されたのはレウルスだけであり、必ずしもナタリアが同行する必要はないからだ。
しかし、立場的にも心情的にもそれはできない。様々な思惑が絡んだ結果とはいえ、無遠慮に“懐に手を入れられた”以上、無視するわけにはいかないからだ。
レウルスの叙爵に賛成した面々――特に宮廷貴族が絡んでいる点から油断などできるはずもない。レウルスは戦いの場に放り込むのならば十全に暴れるだろうとナタリアは思っているが、相手は政略と謀略、弁舌で宮廷を生き抜く魑魅魍魎の類である。
他にもソフィアやルイスといった、知己ではあるが油断できない相手もいる。ついでに“色々と”処理してこようと思うナタリアは、身を削るようにして準備を進めていた。当面王都に向かう予定はなかったが、折角訪れるのならば最大限に機会を活かそうと思ったのだ。
そんなレウルスにとっては多忙ではないものの落ち着かない、ナタリアにとってはひたすら多忙な一週間が過ぎると、出発の日と定めた日が訪れる。
レウルスは朝から防具を身に着けて『龍斬』を始めとした武器を装備し、旅の荷物を背負った上でドミニクの料理店へと向かう。そうしてエリザ達と共に朝食を作ってもらうと、味わうようにして完食した。スペランツァの町にいた時もそうだが、暫くの間はドミニクの料理を食べることができないからだ。
旅にはコロナが同行するものの、さすがにまだまだドミニクには及ばない。また、コロナといえど旅の途中に料理をしたことなどないため、料理を作っても普段と比べれば味が落ちてしまうのだ。
「準備……できました」
生まれて初めての旅となるコロナは、レウルス達が朝食を摂っている間に着替えを済ませて二階から降りてきた。普段とは異なり、動きやすいようズボンを穿き、靴も長距離歩き続けることができるよう頑丈なものへと変わっている。
着替えや調理器具、調味料を詰め込んだ革袋を両腕で抱きかかえており、その表情には長旅への不安と僅かな興奮が混ざり合っていた。
ドミニクはコロナの服装を確認すると、ため息を一つ吐いてからレウルスへ視線を向ける。
「色々と言いたいことがあるんだが……まずは無事に帰ってこい。ナタリアも一緒な以上大丈夫だとは思うが、コロナを守ってくれるな?」
「当然だよおやっさん――命に代えても守り抜くさ」
新しくなった防具一式に、『龍斬』があるのだ。仮にそれらがなくとも、素手で戦うのだとしても、例え首だけになろうともコロナを守り抜くつもりだった。
エリザ達も共に行く以上、並大抵の相手ならば守り抜けるだけの戦力があるのである。
「それじゃあお父さん……いってきます」
「ああ……いってこい」
ドミニクも同行する者達の実力を理解しているからか、コロナにかける言葉は少なかった。これはドミニクが薄情というわけではなく、この一週間で様々な言葉を交わしたのだろう。あるいはレウルス達の力を信じ、コロナが無事に帰ってくると確信しているのかもしれない。
レウルスはそんなドミニクとコロナのやり取りを見届けると、コロナが抱えていた荷物を受け取ってからドミニクの料理店を後にするのだった。
ラヴァル廃棄街を発つにあたり、集合場所は冒険者組合である。レウルスはコロナやエリザ達と共に冒険者組合へ向かうと、そこには一台の馬車と三つの人影があった。
一人は当然ながら同行するナタリアである。見慣れてきた旅装で馬の手綱を握っており、レウルス達の姿を見ると時間通りだと言わんばかりに頷いた。
もう一人は冒険者組合の組合長であるバルトロだ。ナタリアほどではないが多忙な日々を送っていたのか、頬のあたりが痩せたように見える。
最後の一人はシャロンで、レウルスが到着するなり何故か恨めしそうな目を向けてきた。こちらもナタリアの旅装と同様にレウルスとしては見慣れてきた、侍女服姿である。
「おはよう姐さん……って、シャロン先輩はなんでそんな目で俺を見てるんだ?」
「こんな目にもなる……仕方ないとはいえ、ボクはこの格好でコロナの代わりにドミニクさんの店の手伝いがあるんだ」
「ご、ごめんなさいシャロンちゃん」
シャロンの言葉を聞いて申し訳なさそうな顔をするコロナだったが、レウルスは内心だけで首を傾げる。
(別に店の手伝いをするだけなら違う服装でも良いんじゃ……)
制服が決まっているわけでもあるまい、とレウルスは思った。手伝いに向いた服装ならばドミニクも何も言わないはずである。料理を提供する店である以上、清潔な服ならば問題もないはずだ。
(……怒ってるように見えるけど、実はあの格好を気に入っている……とか?)
冒険者として活動する時とは異なり、スカートを穿いたシャロンは相応に女性らしい外見へと様変わりしている。実は照れ隠しなのではないか、とレウルスは思った。
そんなレウルスの視線に気付いたのか、シャロンの眦が吊り上がる。それを察したレウルスは即座に視線を逸らし、ナタリアを見た。
「それじゃあ姐さん、これで出発か?」
レウルス達――レウルスにエリザ、サラにミーア、ネディは既に準備万端だ。旅が初めてというコロナは仕方がないが、レウルス達に気負った様子はない。
相変わらずレウルスが監視という名で同行させているティナに関しては、ラヴァル廃棄街の店を利用して自腹で揃えたのかきちんと旅の準備を整えていた。以前着ていた着物のような衣服はラヴァル廃棄街では売っていないため、コロナと同様に動きやすいズボンやシャツを身に着けている。
準備はきちんと整っている。自宅の戸締りも万全で、今回ばかりは鍵をドミニクに預けてあった。
あとは旅立つだけだと思ったレウルスだったが、ナタリアは首を横に振る。
「あともう一人、この場に来るのだけど……ああ、来たわね」
そう言ってナタリアが視線を向けた先には、ニコラの姿があった。それを見たレウルスは驚いたように首を傾げる。
「って、ニコラ先輩? 先輩も見送りに来てくれたのか?」
「ニコラも一緒に行くのよ。馬の御者もできるし、レウルスも男一人というのは辛いでしょう?」
しかし、ナタリアからかけられた言葉にレウルスは再度首を傾げる。
同行者が全員女性のため、ニコラが一緒ならば気が楽になるという意味では助かるだろう。しかし御者ならばミーアも以前したことがあり、サラやネディも率先して手綱を握りたがる。わざわざ御者として連れて行く必要はないはずだった。
女所帯に男が一人だけというのも、レウルスとしては既に慣れたことだ。配慮は嬉しかったが、レウルスが苦にしていないことはナタリアとて理解しているはずだった。
「先輩が一緒だっていうのなら助かるけど……事前に教えてくれても良かったんじゃ?」
おそらくはニコラを同行させるに足る“理由”があるのだろう。そう判断して話を振ると、ナタリアは疲れたようにため息を吐いた。
「……同行するよう説き伏せるまで時間がかかったのよ。ええもう、本当に……ね」
そう語るナタリアの様子から、今は触れない方が良いのだろうとレウルスは判断する。ニコラは冒険者として活動する際の皮鎧に手甲や脚甲、あとは剣を身に着けた姿で、肩に革袋を担いでいた。
「……まあ、よろしく頼むわ」
レウルスの視線に気付くとニコラは不機嫌そうに、不満そうにそんな言葉を投げかけてくる。普段のニコラを知るレウルスからすれば驚くほどぶっきらぼうなその言葉に、何と言えば良いか一瞬迷ってしまうほどだった。
「……兄さん」
そのため、真っ先に声をかけたのは妹であるシャロンだ。さすがにシャロンにまで不満をぶつけることはないのか、ニコラは大きく息を吐いてから答えた。
「姐さんの頼みでもあるし、行ってくらぁ」
「うん……気を付けて」
「姐さんやレウルス達が一緒なんだ。俺が気を付けることなんてねえさ」
そう言ってひらひらと手を振ると、ニコラは御者台に飛び乗る。それを見たレウルス達は顔を見合わせると、説明を求めるようにナタリアを見た。
「説明は歩きながらでもできるし、とりあえず出発しましょうか」
苦笑しながら出発を促すナタリア。レウルス達は各々頷きを返すが、コロナを除いて旅路に不安はなくとも、これから“先”のことに関しては少しばかりの不安を抱くのだった。




