第489話:動揺 その2
僅かに時を遡り、場所はレウルスの自宅へと変わる。
一人でコロナの元へと向かったレウルスだったが、それを見送ったエリザ達は互いに顔を見合わせていた。
「レウルス君、少し様子が変じゃなかった?」
そんな疑問を呈するのはミーアである。ラヴァル廃棄街の中だからと『龍斬』や防具を置いていったことに関しては理解できるが、家を出る際のレウルスの表情がどうにも気にかかったのだ。
「うむ……様子がおかしかったのう」
「……変だった」
ミーアの疑問にエリザとネディも同意する。しかし、そんな三人の会話を聞いたサラは首を傾げ、扉を指さした。
「追いかける? というか追いかけましょうよ! レウルスってば、わたしだってコロナとお話したいんだからね!」
「それはワシも同意見じゃが……」
サラの言葉に頷きつつも、勝手に先走らないようその腕を取るエリザ。レウルスを追いかけたいのは山々だったが、『留守の間、家の世話をしてくれたコロナちゃんに礼をしてくる』と言われたため追いかけて良いものかと迷ったのだ。
「レウルスならわたし達がついていっても怒らないでしょ? コロナも怒らないでしょ?」
頬を膨らませて抗議するサラだが、エリザ達は動かない。ミーアも苦笑しながらサラの腕を掴み、エリザと一緒に左右から捕獲して勝手に走り出さないようにする。
エリザやミーアとしても、レウルスの様子がおかしかったことは気になる。しかしそれはそれとして、レウルスとコロナが一緒に出掛けることを止めるというのも間違っている気がしたのだ。
コロナならばその性格から怒ることはないと思うが、“逆の立場”だったならば自分は怒る。それはもう、間違いなく怒るとエリザは自身を分析していた。
ミーアはエリザとは異なる心境だったが、それでもレウルスと一緒に二人で出掛けているところを邪魔されたくはないな、と思う。
「えー……でも、レウルスが変な感じだったし、心配じゃない?」
「心配かと言われたら心配じゃけれども……」
「それは……うん……」
「……心配」
心配かどうかを尋ねられれば、エリザやミーア、ネディとしても心配だと答えるしかない。それでも渋るエリザ達に、サラは名案を思い付いたと言わんばかりに両手を打ち合わせた。
「そうだ! レウルスならわたし達が後ろをついていっても気付くでしょうし、ついていっちゃ駄目な時は止めるでしょ?」
エリザ達はレウルスと『契約』を結んでいるため、距離が離れるか地中に潜るなどしなければ魔力のつながりによってすぐさま位置がわかる。そのためサラの言葉に顔を見合わせたエリザ達は、その条件ならばと家を後にすることにした。
「…………」
一応はレウルスが監視するという形になっているティナは、無言で四人の後をついていく。放っておいた方がいいんじゃないか、という言葉は飲み込んで。
レウルスが“いつも通り”ならば、すぐさま気付いて直接声をかけるなり『思念通話』を飛ばすなりしてくるはずだ。そう思って後を追いかけるエリザ達だったが予想に反し、レウルスは何も反応を見せない。
ドミニクの料理店の裏手で四人は顔を見合わせ、首を傾げ合う。何かおかしいとは思うものの、それが何なのかわからないのだ。
そうして待つことしばし。レウルスとコロナが店の入り口から外へと出ていく。その際、着飾っているコロナと様子が相変わらずおかしなレウルスを見たエリザ達は、再度顔を見合わせた。
「これは……追わん方が良いじゃろうな」
「え? なんで?」
コロナの服装と嬉しそうな笑顔を見たエリザは、少しだけ不満にしながらも二人を追うべきではないと発言する。
しかしその理由がわからないサラは心底不思議そうにしており、エリザはミーアと視線を交わす。と、互いに頷き合った。
「それはねサラちゃん、野暮ってものだからだよ?」
「……野暮?」
ネディも理由がわからなかったのか首を傾げるが、エリザとミーアが止めたため素直に止まる。サラは今にも駆け出しそうだったが、エリザとミーアが再びサラの腕を掴み、左右から持ち上げて家へと引き返し始めた。
「コロナが掃除をしてくれていたようじゃが、ワシらの方でも掃除をしておいた方がいいじゃろうな」
「そうだね……ボク達が戻ってきたって聞いたら、今夜あたりシャロンさんがお風呂に入りにきそうだしね」
「えっ、ちょっ、なんで? ねえなんで駄目なの?」
ずるずると引きずられて騒ぐサラを無視して、エリザ達は自宅へと戻っていく。色々と思うところはあるが、普段から一緒にいる自分達がコロナの邪魔をするわけにはいかないだろう。
エリザ達はそう判断し、レウルスとコロナを追うことを止めたのだった。
それが正しい判断だったのかは、わからなかったが。
「準……男、爵?」
そしてコロナは、レウルスからかけられた言葉を繰り返すようにして呟いていた。
聞き間違いかと首を傾げるが、長年ドミニクの料理店で働いてきたのである。客からの注文を聞き逃すことがないよう、聴覚には自信があった。
準男爵――騎士爵と同様に準貴族と称される立場だが、騎士爵との違いがあるとすれば世襲可能という点だろう。望めば管理官としてラヴァル廃棄街ほどの規模の町を治めることもでき、もっと小規模で良いのなら領地を得ることもできる立場だ。
当然ながら多くの者にポンポン与えるわけにもいかないため、準男爵になれる者というのは非常に少ない。長年国に対して貢献したか、あるいは優れた功績を挙げたか、その両方を挙げる必要があるのだ。
それも騎士爵を飛び越えていきなり準男爵になるなど、コロナは聞いたこともなかった。
“そんな立場”になると、レウルスは言う。
「あ――お、おめで、とう……ございます……」
理解するまで数十秒の時を要し、それでも辛うじて祝う言葉を口にする。それを聞いたレウルスは、コロナの様子を見て狼狽えたように視線を彷徨わせた。
「いや、まだなったわけじゃないし、断れるなら断りたいぐらいなんだけど……姐さんが言うには面子の関係もあって断れないらしくて、その、なんだ……」
コロナの表情を見たレウルスは、あたふたと両手を上下させる。
レウルスからすれば、準男爵への叙爵というのは余計な厄介事が転がり込んできたという程度の認識でしかない。サルダーリ侯爵は厚意からレウルスを騎士爵に推薦したのかもしれないが、そこに様々な思惑が上乗せされて準男爵という立場まで膨れ上がってしまったのだ。
ナタリアは断れないというが、レウルスとしては可能ならば拒否したい。“その程度”のものなのだ。
だからこそ、軽い話題として振ってしまった。そして、その話を聞いたコロナの反応は劇的だった。
「そう、なんですか……レウルスさんは、お貴族様になるんですね」
スカートの裾を握り締め、俯きながらコロナが言う。
「お貴族様って……そんな柄じゃないし、王都に行ってみたら事情が変わるかもしれないんだ」
それを聞いたレウルスは慌てた様子で否定する。
レウルスにとって、身近な貴族として男爵になったナタリアがいる。準男爵としては同じ立場にコルラードがいるため、“慣れている”という面があった。しかし、コロナにとってはそうではない。
ナタリアとは同じ廃棄街の仲間として相応に親しく接することができるが、庶民にとって貴族というのは本来雲の上の存在なのだ。いくら準男爵が本来の貴族と比べて数枚落ちる存在とはいえ、立場の差に大きな違いはない。
「推薦した人はともかく、それに乗っかってる面々が怪しいみたいでさ。何を考えてるかわからないし、もしかしたら準男爵じゃなくて騎士爵ぐらいで落ち着くかもしれないから……」
何故こんな弁明をしているのか、レウルス自身にもわからなかった。ただ、コロナが悲しそうで、今にも泣きそうな顔をしているということに気付いたら、自然と声が出ていたのだ。
「騎士様でも、国に認められたすごい人……なんですよ?」
「そう……なのかもしれないけど」
レウルスの脳裏にコルラードの顔が過ぎる。コルラードと自身を比べた場合、騎士爵という立場すら分不相応な気がしてしまった。
(サルダーリ侯爵って人に推薦を取り下げてもらって……って、王様? が認可してるから無理なんだよな……)
コロナの表情を見ていると、準男爵という地位も受け取らなくて良いのではないかと思ってしまう。しかし仮に突っぱねたとしても、それが原因で王都からナタリアへ文句をつけられる可能性もあるのだ。
(ソフィアさんに頼んで精霊教側から……宮廷貴族も絡んでるんだっけ? くそ、どうやっても無理じゃないか、これ……)
焦って思考がまとまらない。何か言わなければと思っても、それが言葉にできない。
「レウルスさん……どんどん強くなっていって、最近は会える時間もほとんどなくて、それでも……“それでも”って思ってた、けど……」
動揺するレウルスと同じように、コロナもまた、心情が定まっていないようだった。声を震わせながら、何かを言おうと言葉を探している。
「けど……でも、わたしは……わたしじゃ……」
ぎゅ、とスカートの裾を握る力が強くなる。コロナは肩を震わせ、何かを言おうとし――。
「ああ、ここにいたのね」
“それ”を遮るようにして、声が響いた。その声に弾かれたようにレウルスが視線を向けてみると、“普段着”に着替えたナタリアが煙管を咥えながら怪訝そうな顔をして立っている。
「コロナ……と、レウルスも一緒だったのね? ちょうど良かったわ」
「な――んだよ姐さん。いきなり現れて、何か急ぎの用か?」
レウルスが疑問の言葉を投げかけると、ナタリアは眉を寄せて不機嫌そうな顔をした。
「いきなり現れてって……わたし、普通に道を歩いてきただけよ? 今の時間帯ならコロナはお店の準備をしてると思ったのだけど……」
そう言いながら、ナタリアはコロナの服装を横目で見る。そして咥えていた煙管から口を離し、紫煙を吐き出した。
「急ぎというほどでもないのだけれどね。早めに確認しておいた方が良いと思ったのよ……でも、邪魔をしたみたいで恐縮だわ」
「あ、そ、そんな……邪魔だなんて……」
コロナは小さく首を横に振る。ナタリアはそんなコロナの反応を見ると、今度はレウルスの顔をじっと見つめた。
「……ふぅん」
何かを確認するかのような呟き。それにレウルスが疑問を挟むより早く、ナタリアはコロナへと視線を向けた。
「コロナ」
「えっ、あ……はい。なんでしょう?」
話を振られると思っていなかったのか、コロナが少しだけ驚いたように目を見開く。ナタリアはそんなコロナをじっと見つめ、問いかけた。
「あと一週間もすればわたし達は王都に向かうつもりなのだけど……あなたも来ない?」
それはコロナにとっても、そしてレウルスにとっても予想外の申し出だった。二人は目を瞬かせるが、先に我に返ったコロナが首を傾げる。
「……わたしが、ですか? でも、何をすれば……」
「わたしの身の回りの世話を頼みたいというのもあるけど、“将来”のことを思えばあなたに王都の料理を食べてもらっておいた方が良いと思ったのよ」
あくまでコロナの意思を優先する、と言わんばかりにナタリアは問いかける。
「料理の勉強を兼ねてついてきてほしいのだけど……どうかしら? ドミニクさんからも許可は取っているわ」
「でも、お父さん一人でお店を開くのは……」
「その辺は大丈夫よ。侍女としての練習にもなるでしょうし、シャロンに手伝わせるから」
「シャロンちゃんに……」
コロナは心動かされたように呟く。それでも即断しないコロナに対し、ナタリアは言葉を紡いだ。
「あとはあなたの意思次第よ、コロナ……どうするの?」
そう問いかけるナタリアの視線は、何故かレウルスに向けられていたのだった。




