第482話:新たな相棒
スペランツァの町の外縁部。北東の隅に陣取るようにして造られた“それ”は、傍目には土で作成された巨大な長方形の箱に見えた。
屋根にあたる部分からは何カ所も煙突が突き出て盛大に煙を吐き出し、採光用に硝子窓が嵌め込まれてこそいるものの、建材の多くが土で造られたそれはドワーフ達の工房である。
煙突や窓はともかく、周囲への騒音を配慮しているのか壁は分厚い。建物の基礎となる部分は防火性のレンガを用い、更に土を盛ってドワーフの腕力で突き固めた土壁になっており、下手すると防備が薄い町や村の土壁よりも余程頑丈に思えるほどである。
いずれは周囲に家が建つことを見越し、工房の入り口は木製ながら扉が三重になっており、なおかつ遮音性を高めるために工房を囲うようにして土壁を設ける徹底ぶりだ。敵に襲われたとしても、中に逃げ込めば籠城戦が可能なほどに頑丈で分厚い土壁をドワーフ達は造り上げていた。
工房はドワーフ達が使用する前提のため天井が若干低いが、鎚などを振るうのに難儀しない程度には高さを取ってある。ドワーフ達が三十人詰めかけても余裕をもって作業できる広さがあり、資材を置くための倉庫や休憩部屋を含めればレウルスの自宅の数倍近い面積だ。
(この町でまともに造られてるのが俺の家と工房だけってのもまずい気がするけどなぁ……まあ、ドワーフのみんなも喜ぶし、これも報酬の一部だし、良いか……)
そんな完成したての工房を訪れたレウルスは、中に案内されながらそんなことを考えた。
工房が完成し、試運転も済んだということで早速レウルスの武器と防具を作るのである。以前『龍斬』を作った時と違い、今回は時間的な制限も厳しくはない。レウルスが王都に行かなければならなくなったが、時間的にはまだまだ余裕があった。
そのためカルヴァンを始めとしたドワーフ達には納得できるまで、心行くまで鍛冶に専念してもらうことが可能なのだ。
ただし、今回の武器や防具作りに関しては必要な人数が限られているため、制作に“携われない”ドワーフは怒りを発散するべく町周辺の畑作りに励んでいる。ただでさえ作業が速いドワーフが無我夢中で畑作りを行うため、そのペースは過去にないものとなるだろう。
「そ、それじゃあレウルス君はこっちに来て……」
レウルスはミーアに促され、工房の隅へと案内される。そこには布で仕切ったスペースがあり、ミーアは目盛りが振られた帯を持ち出すと、顔を真っ赤にしながら視線を逸らした。
「それで、えっと……ふ、服をね? 脱いでほしいんだけど……」
「ああ、体のサイズ……じゃない、大きさを測るのか」
武器や防具を作る際、素材や作り手の腕も重要だが、使用者の“肉体的な情報”というものも非常に重要である。
当然ながらサイズが合っていない防具を作られても着用の際に違和感が湧き、最悪の場合装備すらできないこともあり得た。また、武器にしても身長や手の長さ等を考慮した上で“重心”を決めなければ取り回しに難が出る可能性がある。
レウルスは以前にも『龍斬』や防具を作ってもらったが、当時と比べれば身長が伸び、筋肉もついていた。そのため再度計測し、体に合った寸法にする必要があるのである。
――その計測をミーアが担当する必要があるのかは、レウルスとしても疑問だったが。
「れ、レウルス君、こうして測ってみると筋肉がけっこうついてるんだね……うわぁ……」
「昔はもっと細かったんだけどなぁ……冒険者になって、防具着て走り回って、剣を振り回してたら自然とこうなったんだよ」
上着を脱ぎ、肌着だけになったレウルスの腕回りや胴回りをミーアが計測していく。昔と比べれば本当に筋肉がついたとレウルスも思うが、つけようと思ってつけたものではなく、戦う内に自然とついたものだ。
野生の獣のようにしなやかな、それでいて“戦うための筋肉”で覆われたレウルスの体は、ラヴァル廃棄街に流れ着いた頃と比べれば厚みが違う。脂肪はほとんどついておらず、絞りに絞った肉の塊だ。
そんなレウルスの体のあちらこちらを計測するミーアだが、表情こそ真剣なものの顔がどんどん赤くなっていく。針で突けば破裂するのではないかと心配するほどに真っ赤なミーアの顔を見たレウルスは、思わず声をかけた。
「ミーア? 恥ずかしいのならカルヴァンのおっちゃんか他のドワーフに頼んで――」
「うるせえ馬鹿野郎テメェこの野郎! 良いから黙ってミーアに測られとけ! それとミーア! 喜ぶのは結構だが、計測にズレがあったらレウルスの野郎に危険が及ぶってしっかり理解して測れよ!」
「よ、喜んでなんてないよぉっ!?」
道具の準備をしながらレウルスの言葉を遮って叫ぶカルヴァンと、そんなカルヴァンの怒声を掻き消しそうなほど大声で叫ぶミーア。カルヴァンはそんなミーアの叫び声に鼻を鳴らして答えると、火を入れた炉の傍に座り込むサラへ視線を向けた。
わざわざ炉の傍に用意された椅子に座ったサラは、死んだような目で遠くを見ている。椅子は背もたれに足置き、肘置きまで設けられており、非常に快適そうだ。目は死んでいるが。
「サラ様よぉ、その椅子の座り心地はどうだ?」
「いいよ……いいんだけど、いいんだけどっ! わたしの体にぴったり過ぎて『絶対にこの場所から逃がさない』的な意思がすごいんだけどっ!?」
「そりゃあそう思ってるからな。手枷や足枷をつけなかった分、自重したと思ってくれや。ネディ様、そっちはどうだ?」
“火の番”をするために炉の前からあまり動けないサラと異なり、ネディはカルヴァン達から乞われた際に魔法で水を生み出すだけのため、ある程度自由に動ける。それでも精霊のためにとドワーフ達がサラと同様の椅子を用意しており、ネディは満足そうな様子で頷いた。
「快適……まんぞく」
「そりゃ良かった。ミーア、オメェはその仕事が終わったらネディ様達の面倒を見てろ。レウルスは……いてもいなくてもいいが、邪魔だけはするなよ?」
真剣な表情で、念入りに己が使う道具を再点検するカルヴァン。これまでに何度も点検しているが、使う素材が素材だけに万が一にも失敗はしたくないのだ。この場には他にもドワーフがいるが、それぞれ真剣な表情で道具の点検をしている。
そんなカルヴァンの様子に、邪魔になるようなら体のサイズを測り終わった後は外に出ていようかとレウルスは思った。しかし、それを察したのかサラが悲鳴のような声を上げる。
「やだやだぁっ! 退屈で死んじゃう! レウルスもここにいてよ!」
「そっちの方が集中できるのなら、傍にいるよ……頼むぞ、サラ。今まで以上の武器と防具が必要なんだ」
いつも通り駄々を捏ねるサラだったが、レウルスもまた、真剣な表情で頼み込む。カルヴァンの腕を疑うことはないが、少しでもより良い武器や防具ができるのならば不眠不休でサラの傍についているつもりだった。
「むぅ……し、仕方ないわねー! レウルスにそこまで頼まれちゃったらもう、仕方ないわねー! よっしゃ! 火の管理だろうと任せなさい! 三日三晩だろうと乗り切ってみせるわ!」
胸を叩いて元気良く宣言するサラ。それを聞いたカルヴァンは獰猛な笑みを浮かべる。
「聞いたかお前ら! サラ様が一週間だろうと一ヶ月だろうと付き合ってくれるそうだ! 気合い入れていくぞ!」
「えっ!? ちょ、そんなの言ってな――」
「素材を運び込め! さあ、鍛冶の時間だ!」
サラの抗議するような声を掻き消すほどの大声が工房を満たし、鍛冶作業が始まるのだった。
カルヴァンを始めとしたドワーフ達の作業は、三日三晩どころか五日五晩を過ぎてもなお、終わらなかった。
カルヴァンだけでなく他のドワーフ達も皆真剣で、休む暇すら惜しむようにして各々の作業を進めていく。
鎚が金属を叩く音、炉で炭が弾ける音、炎が猛る音。音と熱風で満たされた工房内は炉から距離を取っているレウルスでさえ全身から汗を掻くほどで、体が弱い者ならば一日と言わず一時間ももたずに体調を崩すだろう。
そんな中、わざわざ椅子を用意されたサラだったが炉が複数あるため、頻繁に歩き回る必要があった。
人間であるレウルスにはわからないが、火の精霊であるサラには何か“見えるもの”があるのだろう。時折炉に向かって手をかざしては炎を操り、火力を巧みに操っていく。
そんなサラとは対照的に、ネディが行うことは少ない。カルヴァン達に乞われたタイミングで水を生み出し、時には氷でカルヴァン達の体を冷やす程度で、椅子に座っている時間の方が遥かに長いほどだ。
「……………………」
そんな光景を、レウルスは無言でじっと見ていた。家にも帰らず、眠ることもなく、ただじっと、無言で見ていた。
カルヴァン達の職人技が見ていて飽きなかったというのもあるが、その中でもカルヴァンが鍛えている武器――『龍斬』を超えるであろう剣が徐々に形作られていく様を、見届けたいと思ったのだ。
そんなレウルスの様子に何か思うところがあったのか、家に戻ってこないレウルス達を心配して様子を見に来たエリザも時折差し入れを行う程度で、止めることはしなかった。
ミーアもサラやネディの面倒を見つつ、カルヴァン達の手伝いとして忙しなく動き回っている。時折カルヴァンに言われてレウルスの剣に向かって鎚を振るうこともあったが、それにレウルスが何かを言うこともなかった。
火龍であるヴァーニルの牙や爪、鱗といった素材。ドワーフ達が製錬した鉄に、ドワーフ達が持つ鍛冶の技術。そこに火の精霊であるサラの炎と、水と氷の精霊であるネディの水。
それらを混ぜ合わせるように、徹底的に鍛え上げていく様は見ようと思っても見られるものではない。
そうやってレウルスがじっと見つめていると、手甲や脚甲などが真っ先に完成する。剣と比べれば小さい分、時間もかからなかったのだろう。それでも五日という長時間になっており、レウルスとしては感謝の気持ちしかない。
六日目には腰当や胴鎧、肩当などが完成する。以前の防具と比べれば金属が多く使用されたそれらは、素材が素材なだけに赤みを帯びた色をしていた。
――そして、鍛冶を始めて一週間の時間が過ぎる。
「できた……ぞ……」
作業を始める前と比べれば痩せて見えるカルヴァンが、掠れた声で呟く。
出来上がった剣は以前の『龍斬』と大差ない大きさで、切っ先から柄尻までの長さがレウルスの身長とほとんど変わらない片刃の大剣である。
柄は持ち手をつけていないため金属が剥き出しで、鞘に納めていないため刃すら剥き出しである。きちんと研ぎ上げたわけでもないため完成したと言い切れるわけではないが、それでもカルヴァンが言うからには後は“装飾品”をつけるだけで完成するのだろう。
研ぎ上げられているわけではない――だが、生まれ変わった『龍斬』から目を離せない。
「またよろしくな……相棒」
カルヴァンと同様にほぼ不眠不休で鍛冶を見届けたレウルスは、作業台に置かれた『龍斬』を見つめて心底から嬉しそうに笑うのだった。




