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第47話:雨中の来訪者 その1

 服屋で二時間ほど服選びに時間をかけたレウルス達は、その足でドミニクの料理店へと戻っていた。


 エリザの手にはレウルスが購入した服があり、上機嫌に笑っている。冒険者として活動する際に着用する、動きやすさを重視したシャツとズボンが一着ずつ、それに加えて私服のシャツとスカートが一着ずつ、更には替えの下着が三着とそれなりに多くなった。


「レウルスさん、本当にわたしまで買ってもらって良かったんですか?」

「ああ。普段から世話になってるしね。今日もわざわざ買い物に付き合ってもらったんだし、そのお礼だよ」


 そして、コロナにはおさげを留めるためのリボンを贈っていた。高すぎるとコロナが遠慮するため安価の、しかしそれなりに質が良い桃色のリボンを見繕い、普段の礼ということでプレゼントしたのである。

 その代わりというべきか、レウルスが購入した物は何もない。買い物にかけた二時間で手甲の修理が終わったため、引き取ってきただけである。手甲は留め具をつけ直し、開いた穴を革で塞ぐだけだったため短時間で修理が終わったのだ。


「帰って早く着たいのう……家族以外から贈り物をされたのは初めてなのじゃ!」

「ふふっ……良かったですね」


 泥が跳ねるのに構わず嬉しそうに飛び跳ねるエリザの姿に、コロナも笑みを深める。服屋には布一枚で仕切っただけだが試着室があり、体に合っているか確認するためにも試着したのだが、エリザとしてすぐに着たくてたまらないようだった。


(詫びの意味もあったけど子どもの笑顔はプライスレス……プライスレスってなんだっけ? 悪い意味じゃなかったよな?)


 喜ぶエリザの姿に頬を緩めたレウルスだったが、懐の財布代わりの布袋はだいぶ軽くなってしまった。

 まとめて購入するということでコロナへのプレゼントを含めて銀貨4枚で済んだが、昨日稼いだ金の三分の二が飛んだことになる。手甲の修理費を含めれば四分の三がなくなったわけだ。


 どの口でエリザに貯金を勧めたのかと自己嫌悪したが、心底嬉しそうに跳ね回るエリザを見ると悪い使い道ではなかったと思える。

 自分を納得させるように何度もレウルスが頷いていると、いつの間にか隣に並んだコロナが微笑みながら言った。


「この髪留め、大切にしますね? ずっとずっと、大切にしますから」


 天気は大雨にも関わらず、コロナの笑顔には晴れ渡る青空のような温かさがある。その笑顔を受けたレウルスは、『やっぱり間違いじゃなかったなぁ』と思いながら頭を掻いた。








「どうじゃ? のう、どうじゃ? 似合っておるか?」


 ドミニクの料理店に戻るなり、エリザは物置に引っ込んで早速私服に着替えてきた。そして見せびらかすようにその場でターンし、レウルスに感想を求める。


「おう、似合ってる似合ってる。可愛い可愛い」

「ふふふ……そうかっ! 買ってくれてありがとう、嬉しいぞっ!」


 以前冒険者組合で似たようなやり取りをしたが、今回はエリザも心からの笑みを浮かべていた。子どもらしい、純粋で眩しい笑顔である。


 レウルスが買い与えた私服は前をボタンで留める長袖のブラウスに、膝丈まで長さがあるスカートだ。着飾ればエリザもどこぞの令嬢に見える――というのはさすがに言いすぎだが、冒険者というよりは年齢相応な普通の町娘にしか見えなかった。

 ついでに言えばターンした際にスカートがめくれてかぼちゃパンツまで見えたが、そちらは見せパンツのようなものだと判断して触れないレウルスである。


 ブラウスは薄い黄色、スカートは黒に近い藍色と地味なものだったが、エリザとしては十分なのだろう。嬉しそうに笑い、レウルスの周りで一人ファッションショーを繰り広げていた。


「少しなら布の端切れがありますし、エリザちゃんさえ良ければ可愛らしく飾り付けますよ?」

「なんとっ!? コロナはすごいのう……料理だけでなく裁縫も得意なんじゃな!」


 嬉しそうにクルクルと回っていたエリザに、コロナが微笑みながら言う。それを聞いたエリザは目を見開いてコロナを褒め称えた。


 一緒に服を買いに行ったからか、ずいぶんと仲良くなったらしい。エリザとしても身近なところに同性で話せる相手がいた方が良いだろう。

 コロナが言う“飾り付け”とはフリルのようなものを足すということだろうか。前世でも裁縫をほとんどしたことがないレウルスとしては想像ができないが、エリザの外見と相まってフリル付きの服は似合いそうである。


 ちょこちょこと周囲を動き回るエリザを相手にしつつ、余った時間で何をしようか、とレウルスは頭を悩ませた。

 買い物でそれなりに時間がかかったが、時刻は正午にもなっていない。普段は開店の準備をするから出て行くように言うドミニクも、今日ばかりは何も言わなかった。大雨の中で“身内”を追い出すような冷たさは持っていないのである。


 そうなるとドミニクの手伝いをするか、あるいはエリザに文字でも習ってみるか。体を休めても良いのだが、何かしていないと落ち着かないのはこれまでの生活の影響だろうか、とレウルスは苦笑を浮かべる。


「――ごめんください」


 レウルスが時間の潰し方について考えていると、規則正しいノック音と共にそんな声が響いた。その音に釣られてレウルスが視線を向けてみると、いつの間に現れたのか一人の男性が店の入口に立っている。


(……いつからそこにいた?)


 雨の音が邪魔をしているが、店の入口から声をかけられるまでその男性の気配に気付けなかった。その事実に驚愕し、レウルスは反射的に腰裏の短剣の柄に手を伸ばす。


 その男性は外見だけで判断するならば四十歳程度だろうか。短く切り揃えた髪は白一色だが背筋が真っ直ぐに伸びており、ドミニクと大差ない身長は一切曲がっていない。それでいて細身ながらも体の“厚み”が見て取れ、年齢を悟らせなかった。

 男性は上下とも真っ黒の服で身を包み、女性らしきレリーフが刻まれた首飾りを下げている。手には蔓で編んだと思わしきカゴを持っており、何か入っているようだった。


「こちらにレウルスさんという若い男性がいらっしゃると聞いたのですが……おや、貴方ですか?」


 そう言って、壮年の男性はレウルスに柔和な笑顔を向けた。


「……どちらさまで?」


 少なくとも初めて会うはずだ。目の前の男性ほど印象が強い相手を忘れるほどレウルスもボケてはいない。

 警戒するレウルスをどう思ったのか、男性は申し訳なさそうに頭を下げた。


「これは失礼を……私、ジルバと申します。突然の訪問、お許しいただきたい」

「あ、これはどうも御丁寧に。レウルスと申します」


 元サラリーマンの(さが)か、丁寧に挨拶をされると同じように対応してしまうレウルスである。名刺があればそのまま渡してしまいそうだった。

 頭を下げる男性――ジルバに倣うように短剣から手を離して頭を下げる。


「それでその、ジルバさん? 俺に何か御用でしょうか?」


 それでも用件を聞かなければ完全に警戒を解くこともできない。レウルスが住んでいる場所を知って訪れた以上、何かしらの目的があるはずだった。

 一応の確認として厨房にいるはずのドミニクに視線を向けてみると、何故か険しい顔をしている。どうやらドミニクとも顔見知りらしい。


「貴様……何故ここに?」

「これはこれはドミニクさん。お久しぶりですね。ご壮健なようでなによりですよ」


 口調自体も険しいドミニクとは対照的に、ジルバは親しみを感じさせる様子で笑みを深めた。


「おやっさん?」

「……害がある相手ではないが、少なくとも油断できるような相手でもない」


 レウルスが首を傾げると、ドミニクはジルバをそう評する。ラヴァル廃棄街でも有数の実力者であるドミニクにそこまで言わせるとは何者なのか、とレウルスが驚いていると、傍にいたコロナがそっと耳打ちをした。


「ジルバさんは精霊教の方です。エステルさんの補佐の方ですよ」

「え? あ、ああ……そういえば補佐の人がいるって言ってたっけ」


 そういえば、と納得するレウルス。ドミニクだけでなくコロナも知っているということは、ラヴァル廃棄街でも知られている人物なのだろう。

 ジルバは柔和な笑みを浮かべたままで店に入ってくると、胸に右手を当てながら一礼した。


「精霊教徒のジルバです。先日は当教会に多額の寄付をいただいたとのことで……御挨拶が遅れまして申し訳ございません。幼い子どももいるためエステル様も教会を離れられず、代役で恐縮ではありますが感謝と謝罪のために参った次第です」

「ああいえ、お気になさらず。こちらも怪我を治してもらったんですから」


 どうやらレウルスが金貨3枚を寄付したことに関して改めて礼を言いに来たらしい。ジルバは笑顔を浮かべたままで手に持っていたカゴを差し出し、中身を見せる。


「これは教会の裏の畑で子どもたちが作った野菜です。ささやかで恐縮ではありますが、寄付をいただいたせめてものお礼にと」


 カゴの中に入っていたのは、ジルバの言う通り野菜だった。前世で言うところのピーマンや玉ねぎ、トマトに似た野菜が合計で十個ほど入っている。


 金貨3枚の寄付に対する礼としては、確かにささやかなのだろう。それでもレウルスとしては対価が欲しくて寄付をしたわけではなく、受け取って良いものかと悩みながらドミニクに視線を送った。


 傍に誰もいないのならば素直に受け取ったかもしれないが、ラヴァル廃棄街と精霊教の間にあるパワーバランスは気にする必要がある。

 レウルスは既にラヴァル廃棄街の住人であり、“外部”の勢力である精霊教に対してどこまで踏み込んで良いのかわからないのだ。


「レウルスは己の怪我を治してもらった対価に金を渡したんだ。貸し借りはなし……それで済む話だろう?」


 レウルスの助けを求める視線に気付き、ドミニクが厳めしい顔を更に険しいものに変えながらそう言う。だが、ジルバとしてもそんなドミニクの言葉を予想していたのか、苦笑を浮かべて頷いた。


「私もこの町の流儀は弁えております。ただ、このお礼は子ども達が言い出したのですよ」


 ドミニクの鋭い視線にもまったく怯まず、ジルバは答える。


「レウルスさんの寄付のおかげで、子ども達に服を買い与えることができました。金貨3枚あればしばらくの間は十分な食事をさせてあげることもできます。そのお礼に、せめて感謝の気持ちを表したいと」


 その言葉に嘘はないのだろう。教会の子ども達が言い出したというのも、おそらくは本当なのだ。ジルバは子ども達の行動を誇らしく思っているらしく、その笑顔には温かさがあった。


「そういうことなら……ありがたくいただきましょう」

「レウルス……」


 ドミニクが心配そうに声をかける。レウルスとしてはその心配が嬉しく、有り難かったが、野菜を贈ってきたのが子ども達だと聞いた以上は受け取らないわけにもいかない。


 顔を合わせたわけではないが、教会には十人近い子どもがいた。聞こえてきた声から判断する限り十歳にも満たない子どもばかりなのだろう。

 そんな子ども達が自らの手で作った野菜なのだ。教会の生活が困窮しているというのはエステルやジルバの語り口からおおよそ察せられる。ジルバが持ってきた野菜も、本来ならば子ども達が自分達のために作った物なのだ。


 レウルスが金貨3枚を寄付したのだから、作った野菜が必要なくなった――そんなことは断じてない。育ち盛りの子どもならばいくらでも食べ物があった方が良い。困窮しているというのならなおさらだ。

 それでも感謝の形として野菜を贈られたのならば、レウルスとしても断ることはできない。


「というわけで早速」

「え?」


 カゴを受け取り、ピーマンに似た野菜を取り出す。そして疑問符を浮かべるジルバを他所に、レウルスはそのままピーマンに似た野菜に噛み付いた。


「うん、うん……苦い……でも、美味い」


 しっかりと噛み締め、ピーマンに似た野菜を味わう。苦みもあるが旨味もあり、レウルスは瞬く間に一つ食べ終えた。


「ありがとう、美味しかった。お礼はたしかに受け取った……そう伝えてください」


 残りはドミニクに頼んで調理してもらおう。レウルスがそんなことを考えながら空になったカゴを返すと、ジルバは呆気に取られた様子でカゴを受け取る。


「ふっ……はははははっ!」


 数秒ほど固まっていたジルバだったが、不意に噴き出したかと思うと笑い出す。しかしすぐに笑いを引っ込めると、今までとは種類の違う柔らかい笑みを浮かべた。


「いや、失礼。こう言っては失礼かもしれませんが、レウルスさんはこの町の方とは毛色が違いますな」

「元々はシェナ村ってところで農奴として育ちましたからねぇ。この町に来てまだ一ヶ月と少しですし、毛色も違うでしょうよ」


 異端というよりは純粋に褒めているらしく、ジルバの言葉には嫌味がない。そのためレウルスも笑って答えると、ジルバは胸に右手を当てながら頭を下げた。


「そのような状況であれほどの寄付をいただけるとは……このジルバ、レウルスさんの信心に……いえ、“思い遣り”に感謝いたします」


 レウルスは精霊教を信仰しているわけではない。そのためジルバも言葉を変えたのだろう。レウルスが精霊教に入信したのではなく、純粋な厚意から寄付をしたのだとドミニクにも言っているのだ。


「おやっさんが言ってくれましたけど、怪我を治してもらったお礼ですから。こうやって美味い野菜ももらえましたし、万々歳っすわ」

「そうですか……子ども達からのお礼だけでなく、私個人からも何かお礼をしたいところですね」

「あっ、それなら二つ……いや、三つほど聞いても良いですか?」


 ジルバが“借り”に思ってくれているのなら、この場で清算しておこう。ジルバの口振りからそう考えたレウルスはすぐにそう提案するのだった。


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