第477話:いざ特訓 その2
「……土の民ってのは、てっきり住んでる場所からそう呼ばれてるのかと思ったんだが」
今でこそ家屋に住んでいるミーア達ドワーフだが、元々は山に穴を掘って集落を形成していたのである。土の民と言われても、その“生態”を指しているのだろうとしかレウルスは思わなかった。
しかし、ヴァーニルから言わせれば違う意図があったらしく、レウルスの言葉を聞いて首を横に振る。
「そういった意図もあるが……ドワーフの娘よ、貴様らは土の中に巣を作る際、どうやって作る?」
「え? えーっと……その、素手で掘るよ?」
ヴァーニルに話を振られたミーアは困惑しながら答えた。ミーア達ドワーフが自分達の“家”を作る際もそうだが、基本的に道具は使わない。家と家をつなぐ道にしても、土中に素手で穴を掘って作るのだ。
「それよ。レウルス、おかしな話だとは思わんか?」
「何がだ? 土の中を掘り進むってんなら、あのでかいミミズ……『城崩し』だかコリボーだか。アレも同じようなことをしてるだろ」
レウルスが思い返すのは、ヴェルグ伯爵家の領地で遭遇した巨大なミミズの魔物、コリボーである。『城崩し』とも言われる巨体のものはレウルスが初めて倒した上級の魔物だったが、アレは厄介だった、と昔を思い出して遠い目をする。
移動の際は土中を掘り進み、いざ戦ってみれば全長二百メートル近い巨体。『龍斬』が破損しておらず、今のレウルス達が全員揃っていれば問題なく勝てるだろうが、当時は空中に打ち上げられて死ぬ思いをしたのである。何より、泥臭い味が残念だった。
「アレはそういう魔物だからな。だがドワーフ……土の民は違う。レウルス、貴様が素手で地面に穴を掘り、人が一人住める大きさの塒を作るのにどれほどの時間がかかると思う?」
「素手で穴掘りとか拷問かよ……いや待て、“そういうこと”なのか?」
『熱量解放』を使って作業をしても先に魔力が尽きそうだな、なとど考えていたレウルスだったが、ヴァーニルが何を言いたいのか悟る。
「つまり何か? ミーア達ドワーフは知らず知らずのうちに土魔法を使っていたのか?」
そう言葉に出し、レウルスはふと、思い当たる節が脳裏に過ぎった。
ミーアと出会ったばかりの頃、ミーアは兵士に尾行されているレウルス達に接触するべく、地中を掘り進んでレウルスの傍まで近づいてきたことがある。その時は“人が歩く程度の速度”だったが、よくよく考えてみるとそれほどの速度で地中を掘り進むなど尋常なことではない。
カルヴァンなども初めて顔を合わせた時は、文字通り“山の中”で生き埋めになっていたにも関わらず地上まで掘り進んできたのだ。人間が同じような事態に陥れば、酸欠で死ぬ以前に土に圧し潰されて死ぬだろう。
「強力なドワーフならば意識して使える者もいるかもしれんがな。貴様と『契約』を結んだことで魔力が増し、意識的に使えるようになったのか、あるいはそれこそがその娘の変化なのか……」
ヴァーニルは興味深そうにミーアを見る。そんなヴァーニルの言葉を聞いたレウルスは、真剣な表情を浮かべる。
「俺がミーアと『契約』を結ぶ前に言っていたよな? ミーアには“何か”あるかもしれないって……それが土魔法の才能だっていうのか?」
もしもそうならば、ヴァーニルは『契約』を結んだ後に何が起こるのか予想がついていたのかもしれない。数百年を生きる火龍の知識の広さを賞賛すべきか、事前に教えてくれれば良いのにと怒るべきか、レウルスは少しだけ迷ってしまった。
しかし、ヴァーニルは腕組みをしながら首を傾げる。
「うむ……それはわからん」
「……おい」
半ば感心していたレウルスが思わずジト目になると、ヴァーニルはミーアを頭から爪先までじっくりと眺め始める。
「土魔法が使えるようになるかもしれぬとは思ったが、この娘に感じる“何か”は……そうさな、我の勘に妙に引っかかるものがある、というだけの話よ」
「そ、そんな言い方をされると怖いんだけど……」
他人――それも数百年を生きる火龍に『お前、何かあるぞ』と言われたミーアは不安そうに自分の体を抱き締めた。
「鍛え抜けば我と対等に戦えるようになる……ううむ、違うな。それならばレウルスの方が当てはまりそうだ。強くはなりそうだが、そこまで伸びるかは……」
自身が感じ取っている感覚が理解できないのか、ヴァーニルは頻りに首を傾げている。
(数百歳って言ってるし、本当はボケてるなんてことはないだろうな……)
龍種の寿命がわからず、ヴァーニルは永遠と思える寿命を持つなどと言っていたが、実は呆けているのではないかとレウルスは失礼な思考を抱いた。
それでもしばらく悩んでも答えが出てきそうになかったため、レウルスは一度ヴァーニルから意識を外してミーアを見る。
「ヴァーニルの言うことが本当に合ってるかわからないし、ミーアが土魔法を使えるか試してみないか?」
「う、うん……でもどうやって使えばいいのかな?」
「それはほら、魔力と気合を乗せて、地面に『動け』って念じてみる……とか?」
レウルスも『契約』を通してサラの力を引き出し、火炎魔法を扱うことができる。だが、レウルスの場合理屈ではなく感覚で魔法を行使しているため、属性魔法の使い方を教えることは難しかった。
「大まかには間違っていない。ティナの場合は魔力を雷に変換している感覚だけど、土魔法なら魔力を通して操る方が感覚としては近いと思う」
そこで助け船を出したのは、まさかのティナだった。淡々とした口調ながらもその場にしゃがみ込み、地面に手を触れながらミーアに属性魔法の使い方を伝えていく。
「ただし、人によっては魔法を発現しやすい動作があったりする。単純に杖を振ったり、攻撃に組み込んだり……そういった動きをしないと魔法が使えないとなると問題だけど、感覚を掴めるようになるまでは何かしらの動作を挟んだ方が覚えやすいかもしれない」
「まさか、グレイゴ教の司教に魔法を教えてもらうなんてことがあるとは思わなかったよ」
これまでレウルスが聞いた中でも、最も長く喋っていたかもしれない。そんなことを考えながらレウルスが話を振ると、ティナはそっと視線を逸らす。
「『魔物喰らい』とその仲間が強くなるなら、司教としては歓迎すべきことだとティナは思う」
「そうか……ありがとうな」
立場上深入りするつもりはないが、“技術”に関わることを教わったのならば礼の一つも言うべきだろう。そう思ってレウルスが小さく頭を下げると、ティナは大きく首を横に振った。
「居候の代金がわり」
「……そりゃ居候って言ったのは俺だけどさ」
代金を払ったのだからと長期間居座られてはたまらない。
そうやってレウルスとティナが話している内に、ミーアは実践の準備に取りかかっていた。鎚を握り締め、自身の魔力を操りながらレウルス達から距離を取る。
「土魔法……地面を掘る時みたいな感じで……魔力を込めて……地面に向かって……えいっ!」
ヴァーニルの話があったからか、ミーアは地面を掘る時の感覚を思い出しながら鎚を振るう。
“それが普通で当然”のことだと、事実、これまでもそうしてきたからと。ミーアは素手で地面を掘るのではなく、手の代わりに鎚で地面を掘るのだという意識で鎚を地面へと叩きつけた。
そして次の瞬間、鎚が触れた地面が大きく陥没する。それはミーアの腕力で陥没したと考えるには不自然なほど大きく、深い。地面がすり鉢状に陥没したことで鎚の先端が宙に浮いたミーアは、振り下ろした体勢からバランスを崩して前のめりになる。
「わわっ!?」
「っと……成功か?」
それに気付いたレウルスが即座にミーアを左腕一本で抱き留めた。そして陥没した地面に視線を向けると、陥没の不自然さに目を細める。
幅は二メートル近く、深さは一メートル近くすり鉢状に陥没しているのだ。いくら『契約』によって魔力を増したとはいえ、ミーアが軽く鎚を振り下ろしただけで陥没するには巨大すぎる穴である。
「ほう……一度で成功とは筋が良いな。ただまあ、地面が陥没したからどうだという話だが……いや、相手の踏み込みと同時に地面を陥没させれば隙を生み出すことができるやもしれぬな」
ヴァーニルが相変わらず興味深そうな顔で陥没した地面を覗き込み、そんなことを言う。
「踏み込みと同時に陥没か……実戦でできるかはわからないけど、実際にできたら厄介だな」
「で、でもこれってその……地味、じゃない?」
レウルスもヴァーニルの言葉を聞いて興味深そうな顔をしたが、地面を陥没させたミーアからすると気に入らない点があったらしい。
「ん? 地味って言っても、踏み込みが邪魔されたらかなり戦い難いんだけど……そうですよね、コルラードさん?」
「何故必死に気配を消していた吾輩に話を振るのだ……おほんっ! まあ、レウルスの言う通りであるな。吾輩などは基本的に近接戦闘しかできんが、迂闊に踏み込めないとなると戦い難くて仕方がないのである」
不満そうにしながらもきちんと答えるコルラード。そんなコルラードの返答を聞いたレウルスは首を傾げた。
「ちなみに、コルラードさんならその場合はどうします?」
「……石や短剣を使った投擲か、踏み込みを“騙して”不発にさせて斬るか……その時次第である。吾輩には難しいが、貴様なら地面が陥没する前に踏み込んで斬るというのが単純な解決法だろうが……これは相手の技量次第であるな」
コルラードは真面目に検討し、レウルスはなるほどと頷く。
そうしている間に、ミーアが陥没させた地面を見たサラが目をキラキラとさせながらミーアに抱き着いた。
「今は地味でも、これから派手にしていけばいいじゃない! そうね……地面を叩いたら土の津波が生まれて相手を飲み込むとか!」
「……土の塊を飛ばす、とか?」
サラのように抱き着くことはなかったが、ネディもミーアを励ますように会話に参加した。それを聞いたミーアは、はっとしたように目を瞬かせる。
「そう、だよね……うん。これから練習すればいいんだよね」
どこまでできるかわからないが、土魔法を発現することはできたのだ。それならば、あとは伸ばしていくだけだとミーアは表情を綻ばせるのだった。
「…………」
そんなミーアの笑顔を、エリザは悔しそうに見つめていた。
ナタリアから借りた杖を使えば風魔法を使うことはできるが、それも微風としか言えないような威力でしかない。火炎魔法や氷魔法に関しては感覚が掴めずにいた。
風魔法の発現ができただけでも進歩ではあるのだが、ミーアの土魔法と比べて風魔法は目に見えない。発現していることは感じ取れるが、“効果”が目に見えない分エリザとしては気が逸る思いだった。
「集中が途切れているわよ。他人を羨んでもあなたがすぐに成長できるわけではない……それは理解しているでしょう?」
エリザの心情を正確に見抜いたナタリアがそう言うと、エリザは不承不承ながらも頷いた。そんなエリザの反応にナタリアは苦笑を浮かべる。
「ミーアのお嬢さんは土魔法一本、あなたは複数の属性魔法。どうしても習熟に差が出るわ。仮に風魔法と雷魔法しか使えないとしても、最低でもミーアのお嬢さんの二倍は頑張らないとあなたの魔法は同水準に達しないでしょうね」
「そう……じゃろうな」
複数の属性魔法を扱う場合、一つの属性魔法に特化した者には劣る面が出てくるだろう。精霊であるネディでさえ氷魔法と水魔法の二種類で、エリザの場合可能ならば火炎魔法に氷魔法まで習得して四属性の魔法を扱おうというのだ。
ミーアを羨んでいる暇があれば、少しでも練習をするべきだとエリザは気合いを入れ直す。
むん、と拳を握り締めるエリザだが、それを見たナタリアは苦笑する。
「あなたはまず、自分が如何に恵まれていることを理解するべきね」
「……恵まれている? ワシが?」
「ええ。わたしが言っても嫌味に聞こえるかもしれないけど、保有できる魔力の量というのは生まれ持った才能に因るところが大きいわ。訓練によって増やすことも可能だけど、元々の最大量の何倍にも増やせるわけじゃない……そうね、質の良い訓練を積んで、才能に恵まれれば五割増しまで伸ばせるかどうか、というところかしら」
そう言いつつ、ナタリアはエリザを元気づけるように微笑む。
「もちろん、あくまでわたしが知る限りでは、という話よ。あなたの場合、レウルスと『契約』で結ばれているから魔力を自身の最大量以上に使える可能性がある……それに、二種類ぐらいならともかく、四種類……あるいはそれ以上に属性魔法を使えるかもしれないのだから、あとは訓練を積むのみよ」
「うっ……が、頑張るのじゃ!」
風魔法を使えた喜びもある。これからだという希望もある。だからこそエリザは気合いを入れて大きく頷いた。
「――――」
だが、不意にナタリアが無言で視線を切る。その目は鋭く細められており、スペランツァの町の方角に視線を向けて怪訝そうな顔をした。
「馬蹄の音……数は少ないけど、かなり速いわね。それに地面を蹴りつけるこの音は……商人の荷馬ではなく軍馬かしら?」
「え? う、馬? そんな音は聞こえないんじゃが……」
突然のナタリアの呟きに、エリザは困惑したような声を漏らす。しかしナタリアはそんなエリザに言葉を返さず、険しい表情を浮かべながら訓練を一度打ち切ることにした。
ナタリアの耳に届いたのは、王軍を率いていた頃に散々聞いてきた軍馬の駆ける音である。だが、アメンドーラ男爵領にいる軍馬はコルラードやその部下達が所有するものぐらいで、軍馬を駆けさせる予定など聞いていない。
つまりは“他所から”の来訪者で――ひとまずスペランツァの町に戻ったレウルス達が聞いたのは、予想外の言葉である。
「冒険者レウルス、我々は貴殿の叙爵に関する使者である」
「…………え?」
思わぬ言葉に、レウルスは呆然とした声を漏らすのだった。




