第471話:強くなりたい その2
「話? 珍しい……ってわけでもないけど、ミーアはあっちに加わらなくていいのか?」
そう言ってレウルスが指さした先では、カルヴァンを始めとしたドワーフ達がこれから作る工房や炉、そして何よりもヴァーニルの素材を使った武器や防具に関して熱心に言葉をぶつけ合っている。
その熱意たるや、距離を取っているレウルスのもとに熱風となって伝わってきそうなほどだ。鍛冶師としての血が騒ぐのか、お祭り騒ぎと表現すべき騒々しさである。
そんなレウルスの問いかけに対し、ミーアはどこか寂しげに微笑む。
「ボクもね、みんなの気持ちはわかるよ。でも、みんなみたいに我を忘れて……なんて熱意は……ない、かな」
「……そう、か」
ミーアの表情を見て、レウルスは相槌を打つに留める。そして盛り上がっているカルヴァン達を一瞥すると、ミーアを誘ってその場から距離を取った。
「それで? 話っていうのは?」
カルヴァン達の声が聞こえない程度に距離を取ったレウルスは、ミーアに水を向ける。大切な仲間で、家族の話なのだ。興味を惹かれたのかヴァーニルがついてきていたが、しっしっと野良犬でも追い払うように手を振る。もちろん、その程度で離れるようなヴァーニルではないが。
レウルスはヴァーニルを追い払うことを諦め、ミーアを伴って近くに置かれていた建材に腰を下ろす。ミーアもレウルスの隣にちょこんと腰掛けたが、その表情はどこか気まずそうだった。
「えーっと、ね……その、今回レモナの町で戦いがあったじゃない? でも、ボクは“また”役に立てなかったなぁ、って……」
僅かに俯き、後悔の念を滲ませながら言葉を吐き出すミーア。しかし、そんなミーアの言葉を聞いたレウルスは不思議そうに首を傾げた。
「役に立たなかったって……ミーアがいてくれていつも助かってるし、この前も助かったぞ? ミーアがいなかったらエリザを救出しに行く途中で道に迷っただろうしな」
落ち込んでいるミーアの様子から、敢えて軽い口調で笑ってみせるレウルス。無論、言葉こそ軽いものの嘘を吐いているわけではない。心底から助かっているという思いが、その声色には滲んでいた。
スペランツァの町もそうだが、下水道の構造は複雑というほどではない。むしろ単純に柱と壁と天井だけで構成されているが、“だからこそ”レウルスは迷ってしまう可能性が高かった。
ほとんど代わり映えしない風景の中、方向を見失わずに歩数だけで正確な距離を測り、目的地まで進むなど簡単なことではないのだ。
地下ということで視界も悪く、広さも数百メートルはあるのである。エリザとの『契約』を頼りに進もうにも地下では魔力のつながりが薄く、『ここだ』と思って地上に出たら、目的地どころかナタリアとスラウスが魔法を撃ち合ってる場に顔を出す羽目に陥ったかもしれない。
その場合、スラウスに狙いがバレてエリザの救出は失敗していただろう。今でこそスラウスがエリザを害していたとは思えないが、戦況に大きな悪影響が及ぼされたことは疑いようがなかった。
「そう言ってくれると嬉しいな……でも、さ。“それ”はボクじゃなくても、他のドワーフの誰かでもできたことだよ。あの時はボク以外のドワーフで実際にレモナの町を訪れた人がいなかったから、ボクが行ったけど……方向と距離を伝えていれば、それだけで案内できたと思うもん」
悲しげに、自嘲するようにミーアが言う。ミーアでなくとも、スペランツァの町造りに協力しているドワーフならば元々物理的な意味で“山の中”に住んでいたのだ。距離と方向さえわかれば道案内ぐらいはできたとミーアは言う。
「そりゃまあ……そうなのかもしれないな」
その点に関しては否定できず、レウルスは小さく頷く。その返答を聞いたミーアは気弱に微笑み、そうだよね、と呟きを零し。
「でもさ……俺はあの時、ミーア以外のドワーフについてきてもらうって考えは微塵も浮かばなかったよ」
「――――え?」
レウルスは隠すことなく己の心情を伝える。そして、今更気付いたと言わんばかりに頭を掻いた。
「そうか、距離と方向さえ伝えておけばドワーフなら誰でも良かったのか……いや、その考えはまったく浮かばなかったな。ミーアのことはスラウスも事前に一度見てたし、ミーアがいないことで俺達別動隊に気付かれると厄介だとは思ったけど、ミーア以外に頼むってのは端から考えてなかったわ」
これまで様々な戦いを共に潜り抜けてきたのだ。スペランツァの町の地理に詳しかったのもあるが、ミーアならば助け出したエリザを守ってくれると、ミーアならば任せられるとレウルスは考えていた。
それ故に、レウルスの頭にはミーア以外のドワーフに頼むという選択肢が初めから存在していなかった。
「エリザを助けに行くんだし、あの状況で確実についてきてくれて、なおかつ信頼できるのはミーアだけだったからな……ミーアもエリザを助けたいって思ってたんだろ?」
「う、うん……それはもちろんだよ」
「それなら役に立ってない、なんて言わないでくれよ。いつも助かってるし、頼りにしてる……って、これ、前にも言った気がするな」
ミーアも不安に思ったのだろうが、レウルスとしてはミーアが役に立たないなどと思ったことはない。そもそも、“そんなこと”を目的としてミーアを見たことがないのだ。
それがレウルスにとって偽らざる本音であり――ミーアは、それでも悲しそうに微笑む。
「ありがとう……レウルス君はいつもそう言ってくれるよね」
「こんなことで良ければいつでも言うぞ?」
「あはは……いつでも聞いてたらありがたみが薄れちゃうし、ボクも恥ずかしくなっちゃうよ」
レウルスの言葉を聞いて、ミーアの表情に喜色が混ざった。しかし、それ以上に思うところがあるのか、ミーアはその視線を空へと向ける。
「うん……そう、だね。ちょっと弱音というか、嫌なこと言っていい?」
「お、ミーアがそんなことを言うなんて珍しい……ってか初めてだな。好きに言ってくれよ……そこにヴァーニルがいるのが気になるけどさ」
レウルスはミーアが心情を吐露するにあたり、さすがに出歯亀が過ぎると言わんばかりにヴァーニルを見た。ヴァーニルはレウルス達のすぐ傍にいるわけではないが、視線を向けつつ腕組みをして、聞き耳を立てているように見えた。
「お前、昨晩は野暮がどうとか言ってただろ。なんでミーアの時は離れようとしないんだよ」
「なに、向こうに行けば土の民達が我の爪や鱗を追加で剥ぎにきそうでな……というのは冗談としても、その娘の悩みがちと気になっただけだ」
我のことは気にするな、と軽く手を振るヴァーニルに、レウルスは溜息を吐く。一体何が気になるのか、場所を移してもついてきそうな雰囲気があった。
「レウルス君、ボクは別に構わないよ。ヴァーニルさんにはさっきから聞かれてるし……その、レウルス君だけだと、“嬉しい言葉”ばっかりで気持ちが揺らいじゃいそうだしさ」
「……ミーアがそれで良いなら、俺も構わないよ。それで、何を言いたいんだ?」
レウルスは努めてヴァーニルの存在を視界から消し、ミーアの話に集中する。ミーアは唇を引き結び、数秒沈黙してからゆっくりと口を開く。
「この町ができたら機会も減ると思うんだけど……ボク、これからはレウルス君達が旅に出る時、この町にいようかなって思うんだ」
「……それはまた、どうしてだ?」
突然のミーアの言葉にレウルスは目を瞬かせる。
「今回、さ……敵って言って良いのかわからないけど、エリザちゃんが捕まったでしょ? それでね、思ったんだ。レウルス君達と旅をしている時に、もしも似たようなことが起きた場合……“これから先”、捕まる可能性が高いのはボクだろうなって」
淡々と、己の感情を隠すようにミーアが言葉を紡ぐ。それと同時にミーアは己の両手を見下ろし、数度開閉した。
「レウルス君達と一緒なら、多分……ううん、確実に守ろうとしてくれるとは思う。でも、“足手まとい”を守るためにみんなが傷ついたら、ボクはきっと……自分を許せないよ」
そう言って、ミーアは両手を拳の形に変えて強く握り締める。
ドワーフという生き物は、魔物の中では中級に位置する。武器を扱う分、並の魔物や兵士よりは強いと言えるだろう。だが、仮にレモナの町で勃発した戦いのように、上級に足を踏み入れている面々との戦いに巻き込まれればどうなるか。
これまでは強い魔物一体に対し、レウルス達全員で挑むような形が多かった。あるいは強い相手をレウルスが引き受け、他の手に負える相手をミーア達が担当する、ということもあった。
“それ”がミーア達の手に負えない――正確に言えばミーアの手に負えない相手ばかりになれば、どうなるか。
レウルスは頼りにしていると言ってくれるが、それに甘えてばかりもいられない。旅の途中で武器や防具の手入れを引き受けてもいたが、こと戦闘においてはミーアが活躍できる余地が乏しいのだ。
更に言えば、エリザ、サラ、ミーア、ネディの内、ミーアだけがレウルスと『契約』を結んでいない。基本的に『契約』というものは結べるだけの強さを持つ者が行うものだが、エリザは吸血種であり、サラとネディは精霊と“『契約』を結びやすい”種族である。
だが、ドワーフであるミーアはそうではない。レウルスと『契約』を結べるような強さもなく、仮に結べたとしてもレウルスに何の恩恵もないだろう、と思う。
加えて、これはミーアの魔物としての勘だが。
(エリザちゃんは、きっとこれからもっと強くなる……でも、ボクは……)
――強くなれるだけの下地が、才覚がない。
魔物として多少強くとも、世の中にはミーアでは歯が立たない者が多くいる。スペランツァの町ではスラウスに加え、レウルスでさえ死にかけるような謎の黒い物体まで出てきたのだ。
エリザはこれから吸血種として強くなる。サラは元々魔力が足りてさえいれば上級魔法を撃てるほど火炎魔法が達者な精霊で、ネディは水と氷の二属性を操る精霊だ。
そんなエリザ達と比べ、己にあるものは何だ、とミーアは思う。
鍛冶や魔法具作りはそれこそ父親であるカルヴァンがいる。ドワーフは力が強い種族だが、レウルスと比べれば劣る。戦い方も力任せなもので、技術と呼べるものはほとんどない。仮に戦うための技術を身に着けたとしても、圧倒的な力を前にすれば抗し得ないだろう。
共に在る仲間と、レウルスが家族と呼ぶ者達を己を比べた時、ミーアは胸が軋むような痛みを覚える。それは黒く、暗く、ドロドロとした嫉妬に近い劣等感だ。
(ああ……いやだなぁ……)
ミーアはそんなことを考えてしまう自分が醜く思えて、そんなことをレウルスに相談してしまっている自分が、とてつもなく弱くて嫌だった。
「…………」
ミーアの話を聞き、その心情を大まかながらも察したレウルスは沈黙を守る。
それなら強くなれば良い――などと無責任なことは言えない。
レウルスもコルラードに戦い方を学び、実戦で磨き上げているような有様なのだ。他人に対して強くなれば良い、強くなる方法を知っている、などとは言えない。
レウルスのようにコルラードに師事して様々な技術を身に着ければ“ある程度”は強くなれるだろうが、それはミーアが求めている水準に届き得るものだろうか。
ミーアが思ったように、エリザにはこれから強くなるだけの“伸びしろ”があるだろう。対して、ミーアはどうか。
属性魔法の才能もなく、補助魔法の『強化』が使える程度で魔法使いとしての才能に恵まれているとは言えない。魔力量が膨大ならば『強化』だけでも十分な武器になるが、誇れるほど高い魔力量があるわけでもない。
レウルスとしては、例えミーアが強くなくとも一緒にいてほしい。強いから一緒にいたいなどと、一度も考えたことはない。ミーアがミーアだからこそ、共に在ってほしいのだ。
しかし、今のミーアにそれらの言葉は届かないだろう。届いたとしても、ミーアの中に根付いた感情を取り除けるとは思えない。
それでも黙り続けるわけにもいかないとレウルスは思考を巡らせる。
ミーアが強くなることを求めるのなら、コルラードに頼み込んで鎚を使った戦い方を学んでも良い。優れた武器が必要なら、ヴァーニルから譲られた素材を割いても良い。他にも方法がないか、探して回れば良い。
レウルスはそう思い、ミーアを止めるための言葉を口にしようとして。
「――それならばレウルス、貴様の方から『契約』を結んでやればいいではないか」
話を聞いていたヴァーニルが、そんなことを言い出したのだった。




