第470話:強くなりたい けどその前に
僅かに時を遡り、エリザとナタリアが話を始めた頃。
レウルスはサラやネディと共に、昨晩姿を消したヴァーニルと自宅を出てすぐの場所で対面し、一抱えもある布包みを受け取っていた。文字通り、レウルスが“一抱え”しなければならないほど大きい代物である。
「レウルスよ、これが昨晩話していた物だ」
そう言われて受け取った布包みを解き、中身を確認したレウルスは小さく首を傾げる。
「爪と鱗とこれは……牙?」
「うむ。我の……というよりも、龍種の素材の中でも滅多に手に入らないであろう代物だ。爪や鱗は戦っている最中に折れたり剥がれたりもするが、牙は基本的に龍種を殺さねば手に入らぬ故な」
布包みに入っていたのは、かつてヴァーニルから受け取ったものよりも多い。鱗が二十枚前後、爪は二本、そして牙が一本入っていた。
「牙って……え? 人間でいったら歯が一本抜けたようなものだろ? 大丈夫なのか?」
「なに、しばらくすれば新しく生えてくるから気にする必要はない……ちと、痛かったがな」
そう言って人間の姿で自身の顎を撫でるヴァーニル。一メートル近い大きさがある牙は頑丈そうで、それだけでも鈍器になりそうである。
「しばらくすれば生えてくる……つまり、牙を抜きまくれば質の良い武器が大量に作れるってこと?」
レウルスの隣で話を聞いていたサラが、良いことを思いついたと言わんばかりに表情を輝かせながら尋ねた。
「その場合、生えたばかりの牙では魔力があまり籠っていないから素材としては大したものにならないと思うぞ?」
冗談を――おそらくは冗談であろうサラの言葉を、ヴァーニルは手を振って否定する。レウルスはサラの言葉に軽く笑ってから表情を引き締めると、ヴァーニルに向かって頭を下げた。
「アンタへの“借り”……たしかに受け取った。礼を言わせてくれ」
「いずれ“返してもらう時”を楽しみにしておこう」
レウルスの言葉にヴァーニルは口の端を吊り上げて笑う。その言葉を聞いたレウルスは頭を上げ、これからカルヴァン達の元へ話をしに行こうと視線を巡らせ――。
「ヴァーニルの旦那の素材……だと?」
振り向けば、そこにカルヴァンを筆頭とするドワーフの集団がいた。一体いつから話を聞いていたのか、三十人近いドワーフがレウルスが抱える布包みを注視している。
「火龍……それも数百年以上生きている火龍の素材……」
「鱗に爪、そして牙……」
「滅多に手に入らない……いや、生きている間に触れることすらなさそうな……」
ひそひそと言葉が呟かれ、それはやがてザワザワとした喧騒へと変化していく。気のせいかドワーフ達の目付きが危険なものへと変わっており、飢えた獣が血肉を狙うかの如くレウルスの持つ布包みを睨んでいた。
(ああ……こいつはまずいやつだな、うん)
レウルスは気軽にカルヴァン達に頼もうと思っていたが、ドワーフからすれば一生触れることがないかもしれない素材である。それも、昨晩ヴァーニルから“取れたばかり”の新鮮かつ強力な素材だ。
「……なあ、レウルスよぉ。お前さんがそんな上質の素材を抱えてるってことは、俺達に依頼したいことがあるんだよな? なあ? そうだよな?」
以前ヴァーニルの素材を扱ったことがあるからか、比較的冷静な様子でカルヴァンが尋ねる。それを聞いたレウルスはレモナの町での戦い以降、そろそろ行おうとしていた“慣らし運転”の相手がドワーフ達にならなくて良さそうだと密かに安堵した。
もちろん、斬ったりはしない。『熱量解放』を使った上で、悪鬼羅刹も裸足で逃げ出しそうな様子のドワーフ達から逃げ回るだけである。むしろ『熱量解放』を使わないと逃げ切れない可能性すらあった。
「以前作ってもらった剣を超える武器と、防具……それらを作ってほしいんだ」
早く返答しないとまずいと思い、レウルスは素直に要望を口にした。
アメンドーラ男爵領の開拓に協力してもらっているドワーフ達だが、今回の武器や防具の作成に関してはナタリアからも駆り出して良いと許可を得ている。町造りが思わぬ速度で進んでいるため、ドワーフ達の手を多少取られても問題はないという判断だった。
「…………」
「…………」
「…………」
そして、沈黙と殺気が周囲を満たした。
ドワーフ達はそれぞれ周囲の者に視線をぶつけ、さりげなく立ち位置を変え、拳を握り始める。ドワーフ達の中にいたミーアだけは苦笑しながら両手を上げ、静かにその場から離れていく。
「……この中で一番腕が良いのは俺だ。つまり、今回も俺が引き受けるべきだろう?」
そんな混沌とし始めた状況の中で、カルヴァンが真っ先に名乗りを上げた。『龍斬』を鍛え上げたのもカルヴァンだったが、今回も自分が引き受けるべきだと宣言したのである。
「おいこらテメェ! カルヴァンテメェ! 前回引き受けたんなら今回は譲れよ!」
「そうだ! テメェは大人しく町の堀でも整えてろ!」
「次は俺だ! 俺にやらせてくれぇっ!」
今にも掴み合い、殴り合いが始まりそうな状況だった。特に、カルヴァンは真っ先に狙われそうである。
「ハッハッハ。我、この者達のこの習性、割と好きだぞ」
ドワーフ達の様子を見て、ヴァーニルが心底楽しそうに笑う。ヴェオス火山にドワーフ達を受け入れた後もたまに酒を飲み合に行っていたが、ヴァーニルとは波長が合うのかもしれない。
(しまったなぁ……でも、カルヴァンのおっちゃんだけに伝えて鍛冶をしてもらおうにも、絶対に途中で他のみんなに気付かれて袋叩きに遭いそうだったし……)
レルウスとしてもヴァーニルの素材の希少さは理解しているが、ドワーフ達の様子には鬼気迫るものがある。
「……あっ! わたしなんか嫌な予感がする!」
突如としてサラが大きな声を上げた。良からぬ未来を予知してしまったかのように、問答無用でその場から離脱を図る。
「逃がさねえよサラ様ぁっ!」
「前の時は人間の軍隊が近くにいたから時間の制限があったが、今回は別だ!」
「満足のいくまで! 気の済むまで! 精霊様の炎で鍛冶をさせてくれよぉっ!」
そしてあっさりと取り囲まれた。それまでの剣呑さが嘘のような連携でサラの行く手を塞ぎ、ゾンビの群れのようにサラの捕獲を試みる。
「ぎゃああああああああああぁぁっ! もういやだからねっ!? 前回もずっと炉の傍で火を見続ける羽目になったじゃない! 炉から離れられなかったら誰がレウルスにお肉焼いてあげられると思ってんの!? レウルスが飢えて死んじゃうでしょ!」
「いや、死なねえよ」
機敏な動きでドワーフの手から逃げ回りつつ、涙目で叫び声を上げるサラ。レウルスは冷静にツッコミを入れるが、サラには届いていない。
「ハハハ……ハァーッハッハッハ!」
逃げ回るサラを見て、ヴァーニルの笑い声が一段と強くなった。そうして一頻り笑い声を上げると、ヴァーニルはふと、何かに気付いたように笑い声をおさめる。
「ふ、む……精霊の炎で鍛冶か。となると、精霊の水を使えば更に良い結果になる……か?」
レウルスの傍に立ち、黙って様子を見ていたネディに視線を向けながら、ヴァーニルはそんなことを呟いた。
「…………」
「…………」
「…………」
再度の沈黙が場を満たす。そしてドワーフ達の視線が一斉にネディへと向けられ、ネディはびくりと小さく肩を震わせてレウルスの背中に隠れた。
「鍛冶に使う水も、精霊様が生み出した水で……」
「水属性……炉の火はサラ様で、水はネディ様に……」
「新しい境地が見える可能性が……」
何かドワーフ達の琴線に触れるものがあったらしい。それぞれがネディに視線を向ける中、レウルスは拳を握って構える。
「依頼を持ち込むのはこっちだが、ネディを怖がらせるようなら俺も乱闘に参加すんぞこの野郎ども」
「わたしとネディで扱いが違う!? え、え? わたしも助けてよぉレウルスゥッ!?」
そう言いながらサラはレウルスの背中に飛びつき、勢い余ってそのまま肩に着地する。いきなり肩車をする羽目になったレウルスは両手を伸ばしてサラの両脇に差し入れ、そのまま持ち上げて地面に下ろした。
「いやすまん。サラにもきちんと協力を求めるべきだったな……俺の新しい武器と防具のために、お前の力が必要なんだ。俺を助けると思って協力してくれないか?」
頼む、と頭を下げるレウルス。すると、サラは何故かネディをちらちらと見た後、腰に両手を当てながら胸を張った。
「ふっふーん! もう、レウルスってば仕方がないわね! わたしってばレウルスの精霊だし? 頼まれたらもう、気合い入れて頑張っちゃうんだからっ!」
「…………」
胸を張って勝ち誇ったように鼻高々な様子のサラを、ネディはじっと見る。しかしすぐにレウルスの服を摘まむと、ちょいちょい、と引っ張った。
「……ネディも手伝った方がいい?」
「あ、ああ……ネディが良いのなら、手伝ってくれると助かるよ」
「じゃあ、がんばる」
そう言って小さく微笑むネディ。それを見たレウルスは驚きから少しだけ目を見開き――すぐに破顔した。
「というわけでカルヴァンのおっちゃん、みんな、気持ちはわかるけどほどほどで頼むよ。ボロボロになった剣と鞘も別の形で再利用したいし、やることはいっぱいありそうだろ?」
鍛冶のことは詳しくないが、と付け加えると、カルヴァンが乱雑な手付きで自身の頭を掻きむしる。
「ぐっ……できれば全部俺の手で作りたいところだが、他の奴らも収まらねえか」
「当たり前だこの野郎」
「独り占めしようものならボコボコにして埋めらぁ」
一頻り騒いで冷静になったのか、カルヴァン達はそれぞれ意見を出し始める。
そもそもからして、現状ではアメンドーラ男爵領の開拓を優先していたため、カルヴァン達が満足して鍛冶をできるような炉がないのである。工具や農具を修理できるよう簡易的な炉を造ってはいたが、“大物”を鍛え上げるとなると相応の炉が必要だった。
いっそ今のうちに本格的な工房を建ててしまうか、それならばどこに建てるか。その辺りもナタリアに相談する必要があるだろう。サラやネディの力を借りるのならば、炉の形などもある程度変化させる必要がある。
やはりドワーフにとって鍛冶は特別なのか、カルヴァン達はサラとネディを交えて話をし始めた。それを見たレウルスは、なんとか話がまとまりそうだと安堵のため息を吐く。
「レウルス君……少し話をしたいんだけどいいかな?」
そして、カルヴァン達を苦笑しながら見ていたはずのミーアが表情を真剣なものへと変え、呼び止めてきたのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、お気に入り登録や評価ポイント等をいただきありがとうございます。
前回の更新でいただいたご感想が合計で4000件を超えました。
いつの間にやら前作の感想数を超え、初の4000件越えです。
執筆のモチベーションにもつながっており、ありがたい限りです。感謝感謝です。
それでは、このような拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。
次はミーアの話……と思って書いていたらカルヴァン達が暴れていました。




